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タグ:文明

『日本史の謎は「地形」で解ける』など、歴史や文明に関する竹村公太郎さんの一連の著作を読んでいると、竹村さんがもちいている研究の方法が一般の人文学者とはことなることに気がつきます。竹村さんの探究の方法は「仮説法」であることをここで確認しておきたいとおもいます。

たとえば『本質を見抜く力 - 環境・食料・エネルギー -』のなかで竹村さんは、人文学者は「概念で表現されますが、私は理科系の人間なのでデータに基づいて話します」とのべています。

一般の人文学者は、概念がまずあって、つぎにさまざまなケースをとりあげたり想定したりして概念を論理的に展開し、そして結論をつぎつぎにひきだしていきます。

それに対して竹村さんは、まず現場と現場のデータに注目します。そして、自然の法則やさまざまな外的条件などを参照のうえ、仮説をたてます。仮説をたてたら、ふたたび現場を調査して仮説を検証していきます。

現場のデータ → 法則や条件を参照 → 仮説をたてる → 検証する

これは自然科学の方法です。仮説を検証するとはいいかえると実験をするということです。竹村さんは、物理学者や化学者が室内で実験をするかわりに現地調査をしているのです。

竹村さんは、従来は人文学者の研究領域だった歴史や文明を自然科学の方法で研究してみたわです。そもそもこのようなことをした先駆者は梅棹忠夫さんです(注1)。梅棹忠夫さんの『文明の生態史観』などを竹村さんも実際に読んでいます。一方、人文学者のなかでは梅原猛さんが同様な方法をもちいて研究をしています(注2)。このような方法は「仮説法」とよんでもよいでしょう。

「仮説法」は推理小説の方法と実はおなじです。現場のデータから仮説をたて、そして検証していく一連の流れは推理の過程にほかなりません。

竹村さんらは、その推理の過程(研究のプロセス)をそのまま書きあらわしているので文章が教科書的にならず、読者も一緒に推理をたのしめるようになっています。このあたりのところを意識しながら竹村さんのらの本を読んでみるとおもしろいとおもいます。



▼ 注1

▼ 注2

養老孟司・竹村公太郎著『本質を見抜く力 - 環境・食料・エネルギー -』は文明をささえる下部構造に注目しながら、文明の本質にアプローチしていく本です。

目 次
第1章 人類史は、エネルギー争奪史
第2章 温暖化対策に金をかけるな
第3章 少子化万歳! - 小さいことが好きな日本人
第4章 「水争い」をする必要がない日本の役割
第5章 農業・漁業・林業 百年の計
第6章 特別鼎談 日本の農業、本当の問題(養老孟司&竹村公太郎&神門善久)
第7章 いま、もっとも必要なのは「博物学」


■ 人類史はエネルギー争奪史である
アメリカの覇権は1901年に石油が大量に出たことからはじまりました。アメリカの大国化や覇権については人文科学の方がいろいろ分析していますが、単純に石油の力だったと言いきることができます。先の日米戦争も油ではじまり油でおわったのです。

日本国内をみても徳川幕府にはエネルギーに関する長期戦略がありました。

このようにエネルギーの面からみると歴史がかなりちがってみえてきます。人類史とはエネルギー争奪史であるという仮説をたてると、かくれていた下部構造にこそ真実があったことがわかります。


■ 未来の日本文明は北海道がささえる
地球温暖化問題が大きくとりあげられていますが、温暖化対策に金をつかうことは無意味です。原因はともかくとして温暖化は今後ともすすんでいきます。

それではたとえば日本はどうのるのでしょうか? 温暖化した未来では北海道の気候が今の関東平野ぐらいの気候になります。そして北海道が大穀倉地帯になります。北海道は、東北6県プラス茨城県・栃木県という広大な面積があり、日本文明にとっての切り札になります。首都を札幌にうつしてもよいです。

いまは大都会ばかりが繁栄していますが、将来は、こういった自然の恵みのある地域が強くなるのはあきらかです。情報は、インターネットでどこにでもいきわたりますから情報の問題ではありません。

そもそも今日の日本文明が発展できたのは、日本中の英知と力を集中させることができる関東平野があったからです。この関東平野は徳川幕府が湿地帯だった関東地方を「関東平野」につくりかえたのです。この関東平野のインフラが日本文明を今日にいたるまでささえてきたのです。したがって未来は、北海道が「第二の関東平野」になって将来の日本文明をささえることになります。

地球温暖化のもとでは、南北に長い国土をもつ日本は大変有利な条件にあります。国土が小さかったり東西に長かったら環境変動についていけません。それにくわえて日本人は、環境・食料・エネルギーに関する対策をこれまでもしてきた民族です。人類の文明史のなかで、山の木を植林でまもろうとしたのはおそらく日本文明だけでしょう。したがって日本文明は今後とも崩壊しません。

それに対して、二度と回復することのない「化石地下水」のくみあげなどを継続しているアメリカの農業はいずれたちゆかなくなることはあきらかです。


■ インフラは文明をささえる
インフラには人に見えないという意味があります。インフラ・ストラクチャーとは「人には見えない構造物」のことです。文明をささえている下部構造は意識しないと見えない宿命をもっていますが、インフラは文明を下部からささえています。

このようなインフラは自然環境をそのままつかうのではなく、自然をいかしながらもそれを改良してつくります。「環境派」の人々も人間の手をくわえたほうがいいことに気づきはじめました(注)。


■ 五感をはたらかせる
これからは概念で理論を構築する分野ではなくて、博物学のように五感をはたらかせるやり方が必要です。博物学のように、帰納的に下からつみあげる学問は普遍性をえることができます。今まで見えてこなかったこと、あるいは見なかったことが見えてくるようになります。
 
このような博物学的な感覚と、それから第一章で述べたモノからかんがえる方法、この二つを組みあわせて物事をとらえることが、今後の日本あるいは世界の行方をきめてゆくうえで必要なことです。


どうでしょうか。この斬新な視点。説得力があるとおもいますがそれ以上におもしろい。まずは本書を読んで自分なりに推理をたのしんでみるのがよいでしょう。



▼ 引用文献
養老孟司・竹村公太郎著『本質を見抜く力 - 環境・食料・エネルギー -』(Kindle版)PHP研究所、2008年9月12日
本質を見抜く力―環境・食料・エネルギー PHP新書


▼ 注
わたしの意見では、国立公園のように自然をそのまま保全する地域を確保したうえで、別の地域では自然環境をいかしながらも手をくわえるのがよいとおもいます。


現場のデータから仮説をたてる - 竹村公太郎さんらの方法 -


竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける(文明・文化篇)』は、前著『日本史の謎は「地形」で解ける』の続編です。前著にひきつづいて本書を読むと日本文明に関する理解が一層すすみます。

本書の中核をなすのは、第4章〜第7章の江戸の都市づくりに関する論考です。ここを中核にして、その前の時代の織田信長、その後の日本の近代化に関する論考を読むと、日本列島という地形のうえで日本文明がいかに成長したかについて理解をふかめることができます。

目 次
第1章 なぜ日本は欧米列国の植民地にならなかったか ①
第2章 なぜ日本は欧米列国の植民地にならなかったか ②
第3章 日本人の平均寿命をV字回復させたのは誰か
第4章 なぜ家康は「利根川」を東に曲げたか
第5章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか ①
第6章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか ②
第7章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか ③
第8章 貧しい横浜村がなぜ、近代日本の表玄関になれたか
第9章 「弥生時代」のない北海道でいかにして稲作が可能になったか
第10章 上野の西郷隆盛像はなぜ「あの場所」に建てられたか
第11章 信長が天下統一目前までいけた本当の理由とは何か
第12章 「小型化」が日本人の得意技になったのはなぜか
第13章 日本の将棋はなぜ「持駒」を使えるようになったか
第14章 なぜ日本の国旗は「太陽」の図柄になったか
第15章 なぜ日本人は「もったいない」と思うか
第16章 日本文明は生き残れるか
第17章 【番外編】ピラミッドはなぜ建設されたか ①(注1)
第18章 【番外編】ピラミッドはなぜ建設されたか ②

たとえば徳川家康は、関東の弱点が関宿にあることを見ぬいたり、利根川を東にまげる大工事をおこなったり、東京湾岸に運河をつくったりして関東と江戸をみごとにつくりかえました。関東平野の改良と制御なしには江戸時代の繁栄はありえませんでした。またこの江戸と関東平野がその後の日本の近代化の基盤となりました。

家康らは、自然環境に一方的に支配されたり環境にただ適応して生きていたのではなく、自然環境に対して主体性を発揮してそれを能動的に改良したのです。そこには、自然環境とそこで生きる人々との相互作用をみとめることができます。大げさにいえば江戸と関東平野は自然環境と家康らの合作であったのです。そしてそのうえにたってその後の文明が成長できたというわけです。

著者の竹村公太郎さんの方法はこのように一般の人文学者とは大きくことなります。つぎのようにのべています(注2)。

歴史を芝居にたとえると、歴史の下部構造は舞台と大道具で構成された舞台装置である。歴史で活躍した英雄たちは、その舞台装置の上で演技する俳優たちである。俳優たちの演技を評論する人は多いが、舞台装置を評論する人はない。インフラに携わってきた私は、下部構造の舞台装置が気になってしまうのだ。

登場人物だけに注目するのではなくて彼らが行動していた「舞台」すなわち大地も同時に見ること、要素とともにそれが入っている空間全体を見るが大事だということでしょう。

徳川家康は、現場をあるいて地形を観察しつくしていた日本史上最高級のフィールドワーカーであったそうです。家康にはおよばないにしてもわたしたちも家康からまなび、まずは野外にでて、理屈をはなれて自分の目で自然を見ることからはじめたいものです。



▼ 引用文献
竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける(文明・文化篇)』(Kindle版)PHP研究所、2014年2月3日
日本史の謎は「地形」で解ける【文明・文化篇】 (PHP文庫)


▼ 注1
第17〜18章のピラミッドに関する論考も斬新です。このような視点は一般の考古学者にはないのではないでしょうか。歴史や文明を「基盤」からとらえなおすことが大切であることをおしえてくれるとともに、文明にはかならず「基盤」があることもしめしています。

▼ 注2
竹村公太郎さんは専門の歴史学者ではないことも自由な発想を可能にしているとおもわれます。専門の歴史学者は定説や学会の価値観にとらわれているので常識とはちがうことは言いづらい状況にあります。また学校教育の影響もあって言語をつかってかんがえる習慣を身につけている人が多いです。それに対して竹村さんはあきらかにフィールドワーカーです。あちこちにでかけていっていろいろなアイデアをおもいつく。たのしいことです。その根底にはマチュア精神があるのではないでしょうか。アマチュア精神は是非大切にしたいものです。

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歴史の流れを地形でとらえる 〜『地形から読み解く日本の歴史』〜
地形をみて歴史の謎をよみとく - 竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける』(1)-
空間全体に意識をくばって情報処理をすすめる - 竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける』(2)-
鎌倉から日本国をとらえなおす - 竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける』(3)-
現場をあるいて地形を観察する - 竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける(文明・文化篇)』-
五感をはたらかせて文明の下部構造をとらえる -『本質を見抜く力 - 環境・食料・エネルギー -』-
現場のデータから仮説をたてる - 竹村公太郎さんらの方法 -


竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける』は、地形の観点から日本史の謎をあらたに読みといた本です。地形をみて仮説をたてて歴史の常識をひっくりかえしていく様子は推理小説を読んでいるようでもあり大変おもしろいです。 

目 次
第1章 関ヶ原勝利後、なぜ家康はすぐ江戸に戻ったか
第2章 なぜ信長は比叡山延暦寺を焼き討ちしたか
第3章 なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたか
第4章 元寇が失敗に終わった本当の理由とは何か
第5章 半蔵門は本当に裏門だったのか 徳川幕府百年の復讐 ①
第6章 赤穂浪士の討ち入りはなぜ成功したか 徳川幕府百年の復讐 ②
第7章 なぜ徳川幕府は吉良家を抹殺したか 徳川幕府百年の復讐 ③
第8章 四十七士はなぜ泉岳寺に埋葬された 徳川幕府百年の復讐 ④
第9章 なぜ家康は江戸入り直後に小名木川を造ったか
第10章 江戸100万人の飲み水をなぜ確保できたか
第11章 なぜ吉原遊郭は移転したのか
第12章 実質的な最後の「征夷大将軍」は誰か
第13章 なぜ江戸無血開城が実現したか
第14章 なぜ京都が都になったか
第15章 日本文明を生んだ奈良は、なぜ衰退したか
第16章 なぜ大阪には緑の空間が少ないか
第17章 脆弱な土地・福岡はなぜ巨大都市となった
第18章 「二つの遷都」はなぜ行われたか

本書の中核となるのは第1章と第5〜13章に見られる江戸と徳川幕府に関する論考です。

たとえば江戸城の半蔵門は江戸城の裏口であり、緊急時の将軍の脱出口であったとわたしもおもっていました。しかし第5章「半蔵門は本当に裏門だったのか」を読むと・・・。

竹村公太郎さんは、最初、天皇・皇后両陛下が半蔵門からお出になるのを見て、裏口の半蔵門からなぜお出になるのか疑問におもいました。また勤務先がちかくだったこともあってお堀端をよく散歩していました。そして、そこで見た光景が広重の絵《山王祭ねり込み》とかさなり最初の着想をえました。「半蔵門のところには橋がかかっておらず土手になっていた」。その後、江戸の古地図を見て甲州街道(今の新宿通り)が半蔵門に直結していることなどから「半蔵門は・・・」という仮説をたてました。そして仮説を実証するために皇居周辺を再度あるいてみました。現地調査です。すると、新宿通りは尾根道、難攻不落の地形、江戸の誕生は甲州街道から・・・、つぎつぎに新発見(再発見?)がありました。

こうして最初の疑問から、散歩をして、絵をみて、地図をみて、仮説をたてて、現地調査をして、検証をしていったわけです。これはフィールドワークの方法です

竹村さんは「地形を見ると、歴史の定説がひっくり返る」「地形を見ていると新しい歴史が見えてくる」といい、地形と歴史のあたらしい物語をみごとにえがきだしています。そしてなんと、江戸の地形からの推理が「忠臣蔵」の謎解きに発展していくのです。

本書は、著者と一緒に推理をすすめながら読める書き方になっています。著者と一緒に推理をたのしんでください。そして今度は、歴史のその現場を実際にあるいてみて自分の目でたしかめてみるとさらにおもしろいでしょう。



▼ 引用文献
竹村公太郎著『日本史の謎は「地形」で解ける』(Kindle版)、PHP研究所、2013年10月1日
日本史の謎は「地形」で解ける (PHP文庫)


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現場のデータから仮説をたてる - 竹村公太郎さんらの方法 -

インドの仏たちをみながら、仏教史を概観することができます。
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中村元著『古代インド』は、古代インド人の生活と思想を歴史的にのべたインド古代史の概説書です。著者の調査旅行の結果もとりいれられていて、現代からとらえなおしたインド古代史になっています。

目 次
第一章 インドの先住民
第二章 アーリヤ人の侵入
第三章 農村社会の確立とバラモン教
第四章 都市の出現
第五章 原始仏教の出現
第六章 統一的官僚国家の成立ーマガダ国からマウリヤ王朝へ
第七章 異民族の侵入
第八章 クシャーナ王国
第九章 大乗仏教
第十章 グプタ王朝の集権的国家
第十一章 セイロンとネパール

今回は、釈迦が生きた時代について特に検証してみたいとおもいます。釈迦が生きた時代については「第四章 都市の出現」と「第五章 原始仏教の出現」におもに記述されています。

第四章では、インド地域に進出してきたアーリア人が農業を発展させたことがのべられています。

ガンジス川中流域に移住してきたアーリア人たちは、積極的に開墾を行った。

アーリア人たちは開墾をおこない田をつくり、灌漑水路をつくり、耕地を整備して多量の農産物を生産するようになりました。彼らの物質的生活はきわめてゆたかになり、物資がゆたかになるとともに商工業が発達し、いくつかの大きな集落は小都市へと発展しました。アーリア人たちは農業革命をおこしたといってもよいでしょう。そしてこれがその後の都市国家成立の基盤になりました。

これらの小都市を中心に、周囲の町々や村落を包括する群小国家が多数併存していた。

これは都市国家の時代とよんでもよいでしょう。初期のころの都市国家はそれぞれ小規模であったため、都市国家同士のあいだに明確な国境はなく争いもありませんでした。都市国家は領土国家(帝国)とはちがう点に注意してください。
 
時代の経過とともに、群小諸国はしだいに大国に合併されていく過程にあった。

その後、それぞれの都市国家が発展してその規模が大きくなってくると摩擦や衝突がおこり、より強力な都市国家がより弱い都市国家を併合していきます。ここでの併合は、平和的な併合よりも武力による併合つまり戦争の方が多かったのではないでしょうか。

原始仏教聖典のうちには、しばしば当時の大国を「十六大国」として総称してその名を挙げている。

このような都市国家が群雄割拠する時代に釈迦は生まれたのです。

そして、「十六大国」のひとつであったマガダ国が他国をうちやぶりながら成長し、前5世紀末、インド全体を統一することになるのです。マガダ国は、首都ラージャグリハのあたりに優秀な鉄の生産地をもち、武器の製作技術にすぐれていたことが戦争に勝利する大きな要因だったそうです。

一つは巨石を射出する弩機(どき)であり、他の一つは鎚矛(つちほこ)をさきにつけて、疾走しながら敵軍にひじょうな損害をあたえる戦車である。

このように釈迦が活動した時代は都市国家の時代の末期だったのであり、都市国家同士が戦争をはじめた時代であったとかんがえることができます。それは同時に、インド統一国家(領土国家あるいは帝国)が成立していく初期段階でありました。

都市国家 →(戦争)→ 領土国家

このように人々が戦争をはじめた残酷な時代、苦悩の時代だったからこそ仏教が成立し、またひろく受けいれられたのではないでしょうか。

今回は、東京国立博物館の特別展「インドの仏」と関連資料から立てた仮説を『古代インド』をつかって検証してみました。


▼ 引用文献
中村元著『古代インド』(講談社学術文庫)、講談社、2004年9月10日
古代インド (講談社学術文庫)

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▼ 追記
「都市国家→(戦争)→領土国家」という転換は南アジアだけではなく世界各地でみられ、これは人類史上のひとつの大きな転換点であったとかんがえられます。領土国家の時代は現代までつづいていて、人類は、領土あるいは国境をめぐる紛争や戦争を今でもくりかえしています。戦争の起源を知るためにも、都市国家とその末期の状況について知ることは重要なことだとおもいます。いいかえると人類は、都市国家の時代の中期ごろまでは戦争はしていなかった、人類は元来は平和な種(species)だったのではないかとかんがえられます。


中村元著『ブッダ入門』は、仏教の開創者であるゴータマ=ブッダの生涯と思想を解説したブッダ入門書です。神話的な聖者としてではなく、一人の人間としてブッダの姿を学術的にのべているのが特色です。春秋社が主催した連続講演会の記録をもとに執筆された解説書であり、ブッダをたたえる神話・伝説を記述したいわゆる仏伝ではありません。

目次
第一章 誕生
 一 はじめに
 二 家系と風土
 三 釈尊の誕生
第二章 若き日
 一 幼き日々
 二 若き日の苦悩
 三 結婚
 四 出家
第三章 求道とさとり
 一 釈尊とマガダ国王ビンビサーラ
 二 道を求めて
 三 真理をさとる
第四章 真理を説く
 一 説法の決意
 二 釈尊の説いたこと
 三 伝道の旅へ
第五章 最後の旅
 一 釈尊とヴァッジ族の七つの法
 二 終わりなき旅路
 三 最後の説法

著者が実際に現地を訪問したときの見聞をおりまぜながらかたっているのでとてもわかりやすく、読んでいると実際に行ってみたくなります。

ブッダはルンビニー(現ネパール領内)で誕生しました。「釈迦の誕生は紀元前463年、亡くなったのは紀元前383年」という説を著者は提出していますが、確定的なことはいえないそうです。29歳で出家して、その後ブッダガヤーの菩提樹の下で悟りをひらき、サールナートで説法をはじめ、故郷をめざしてあるいている途中のクシナーラーで入滅しました。

ブッダの生涯については、ルンビニー、ブッダガヤー(ボードガヤー)、サールナート、クシナーラー(クシナガラ)という聖地(場所)にむすびつけてとらえることができ、理解しやすくてありがたいです。特定の場所(地図上の位置)にむすびつけて情報を理解し記憶しておくと、あとでそれらの情報がつかいやすくなります。

またブッダが生きた時代の背景にも注目しておきたいとおもいます。

釈尊は、出家してから七日目に、当時最大の国であったマガダ国の首都、王舎城におもむいたといわれています。(中略)当時の都市は城郭で、城壁でとり囲まれていたので、王舎城というのです。この「城」を日本のお城の意味で解釈すると、ちょっと食い違います。むしろ都市ですね。(87ページ)

王舎城(注)の城壁の跡が今でも見られ、城壁の中全体が都市だったそうです。つまり当時の国家は基本的には都市であり、国の規模はまだ小規模であったのであり「都市国家」とよぶことができるでしょう。

のちに、王舎城のマガダ国はあちこちの都市を征服してインド統一にのりだしていくことになります。それにともない首都はパータリプトラ(現パトナ)にうつされます。そして前3世紀、マウリヤ朝アショーカ王の時にインド初の統一帝国がきずかれました。

つまりブッダが活動した時代は、いくつもの都市国家同士が戦争をはじめた非常にきびしく残酷な時代だったということができます。多くの都市国家が滅亡して領土国家(帝国)が建設されていった時代です。都市国家が崩壊して都市国家の時代がおわりつつあり、領土国家(帝国)の時代へとうつりかわっていく大きな歴史的転換期にブッダは生まれたとかんがえられます。

このようにブッダという一人の人間の一生を知ると同時に、ブッダが生きた時代の背景もあわせてとらえることが大切だとおもいます(図)。

150421 一生と時代的背景
図 人の一生と同時に時代的背景もとらえる



▼ 注
王舎城は、パーリ語で「ラージャガハ」、サンスクリット語で「ラージャグリアハ」といい、現在のインド・ビハール州・ラージギルです。周囲は連山でかこまれ、その中は平地で都市になっていて、連山に城壁をめぐらせて敵から都市を防御していました。Google Earth でみると連山が確認できます。当時のインドでもっとも文明がすすんでいた都市のひとつでした。

Google Earth <ラージギル(王舎城)>


▼ 引用文献
中村元著『ブッダ入門』春秋社、1991年9月10日
ブッダ入門

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学研教育出版が、『学研まんが世界の歴史』の電子書籍版の配信をはじめました。第1巻〜第3巻までは、通常価格は 500 円(紙の単行本842円)のところが、セールス価格 200 円(税込み)で大変お買い得になっています。セールス期間は4月15日までです。

このシリーズは、人類がきずいてきた世界の歴史を15の時代にわけ、それぞれの時代を生きぬいた代表的な人物を中心にして物語をえがいています。とてもわかりやすくまとめられており、大人が見てもたのしめる内容になっています。

第1巻『古代文明のおこりとピラミッドにねむる王たち』はつぎの5章から構成されています。

1 人類が出現する前
2 人類の登場
3 メソポタミア文明
4 エジプト文明
5 ユダヤ教の成立

今回は、漫画が、速読法や記憶法の教材としてつかえることを強調したいとおもいます。

たとえば、ある敷地(土地)にまとまった5棟の建物群がたっているとイメージします。それぞれの建物には上の5つの章の看板がついています。電子書籍の各ページを見ながら、それぞれのページは階(フロアー)であり、漫画のひとコマひとコマは部屋であるとイメージします。そしてページをめくりながら1階、2階、3階と建物をのぼっていくイメージをします。

章は「建物」、ページは「階」、コマは「部屋」と空間的構造的なイメージをえがくことがポイントです。そして、各コマあるいは各ページをなるべく高速で見ていきます。読むというよりも見た方がよいです。視覚で情報をキャッチするのです。

このようにするとインプットがすばやくでき、インプットされた内容が記憶にのこりやすくなります。人がおこなう情報処理において、見たり読んだりすることはインプットに相当し、記憶はプロセシングととらえます。

こうすると何かをアウトプットするときに「あ!そういえば」といろいろなことが思い出しやすくなり、必要な情報がうかびやすくなります。

日本では、大抵の分野の漫画が出版されていますので、とくに何かあたらしい分野を学習したいとおもったときに漫画が役にたちます。


▼ 引用文献
『学研まんが世界の歴史』(電子版)学研教育出版、2015年3月


『はじめて学ぶ世界遺産100』は世界遺産検定3級に合格するための公式テキストですが、受検をしない人が読んでもおもしろく、世界遺産を旅するための手引きとして役立ちます

検定の教科書だけあって多数の専門家のチェックがはいっており、情報(データ)が非常に正確なのが最大の特色です(注)。通常の旅行ガイドとはレベルがちがいます。

目 次
1章 世界遺産の基礎知識
2章 日本の世界遺産
3章 人類の誕生と古代文明
4章 アジア世界の形成と宗教
5章 ヨーロッパ中世とルネサンス、大航海時代
6章 アメリカ、アフリカ、オセアニアの文明と東アジアの変動
7章 近代国家の成立と世界の近代化
8章 テーマでみる世界遺産(文化的景観、戦争・紛争、地震、危機遺産、負の遺産)
9章 世界の自然遺産


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本書は、日本の世界遺産17件と世界の遺産100件を厳選してとりあげていて、これらは世界遺産のいわば「情報の核」としてつかえます。

本書のページを順にめくっていくと全体として人類の歴史をたどることができます。読みものとしてもおもしろいです。

一方で世界地図もついていますので、自分の興味のある地域の世界遺産を地図から検索してしらべてみるのもよいでしょう。わたしは、チベット・南アジアと環太平洋に興味があるのでそこを中心にしてながめています。


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旅行計画をたてるときの参考書としてもつかえますので世界遺産に関心のある方におすすめします。


▼ 文献
世界遺産検定事務局著『はじめて学ぶ世界遺産100』マイナビ、2013年12月21日
はじめて学ぶ世界遺産100 世界遺産検定3級公式テキスト


▼ 注
世界遺産の最新情報は下記サイトをご覧ください
http://www.sekaken.jp/books/pdf/text_class3_201502.pdf


▼ 関連記事
心のなかにファイルをつくる 〜『きほんを知る世界遺産44』〜
場所に情報をむすびつけて記憶する -世界遺産・記憶法-


▼ 関連書

池上彰・佐藤優両氏が対談し、混迷をふかめる現代の国際情勢を読みといています。

ウクライナの内戦や停戦、「イスラム国」の擡頭など、このところの世界の情勢の急変は、動きを追いかけていくだけでも大変です。しかし、こういうとき、表面的に事実関係を辿っていても、事の本質には迫れません。その地域には、どんな歴史があるのか、民族や宗教の分布はどうなっているのか、背景や深層を知ることで、初めて真相に近づくことができます。

という指摘からはじまり、ウクライナ内戦、欧州の闇、アメリカの失敗、「イスラム国」出現と中東の混乱、チベット問題、尖閣問題、朝鮮問題、従軍慰安婦問題などについて具体的に解説しています。

著者らは、現代は、「過去の栄光よ、もう一度」という「新帝国主義」が台頭してきた時代であり、戦争と極端な民族対立の時代が当面つづいていくと結論しまた予想しています。「過去の栄光よ、もう一度」という「新帝国主義」は、未来を想像することができずに過去の栄光にモデルをもとめてしまった結果としてあらわれてきたものであり、そこには「未来としての過去」の存在があります。

たとえば、ロシアがクリミア半島の権益をまもる。中国が南シナ海からさらにインド洋に進出する。「イスラム国」がインドからスペインまでを取りもどそうとする。過去の栄光をふたたびもとめる動きがむきだしになってきています。一方でグローバル化がいちじるしく進展しつつあるということも相まって、文明の衝突と転換が複雑にからみあい、国際情勢はかつてないほど混迷してきています。

著者らは「嫌な時代」になったとのべ、「嫌な時代」がしばらくつづくと予想しています。このような時代を生きぬくために、「嫌な時代」を認識できる耐性を個人が身につける必要があり、そのためには歴史と国際情勢を知り、知識において「代理経験」をしなければならないと強調しています。

現代を知るために読んでおくべき一冊といえるでしょう。


▼ 文献
池上彰・佐藤優著『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』(文春新書)文藝春秋、2014年12月19日
新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書)




『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』の第8章(最終章)では、池上彰さんと解剖学者の養老孟司さんとが対談していて、仏教と一神教との違いなどについて解説しています。

池上 キリスト教やイスラム教では、死んだら「最後の審判」があり、天国と地獄に振り分けられる、という死生観ですね。

養老 (中略)生きている時の行いが善だったか悪だったか決められるっていうからには、その人の一生を通した総体としての「自分」みたいなものが前提になっている。それが一神教の文化です。

でも仏教は「無我」というように、「私なんて無い」という立場です。人間は日々変化していき、今ある姿はかりそめのものに過ぎない。されにいえば、「生きている」ということだってかりそめでしょう。

その世界に一神教みたいな自己を入れても、折り合うわけがない。これは、いちばん根本的な違いじゃないかと思います。

(中略)

養老 一神教は、都市の宗教です。自然から切り離され、人間しかいない人工世界ですから、死生観だって人間中心主義になる。日本は世界から見れば「田舎」に属していて、一神教が普及しなかった。

このように、仏教と一神教とは根本的に違うということがのべられています。


また、一神教に関連して、宗教と科学の住み分けについてのべています。

養老 西洋の場合は、宗教と科学は対立するというより、表裏一体でしょうね。(中略)

池上 要するに、それぞれが住み分けをするという形での妥協ですね。(中略)

養老 デカルトが典型ですね。人間についても心身二元論になって、心のほうは宗教の領域、身体のほうは科学の領域と切り分けるようになった。


デカルトについては、池上さんはつぎのように説明しています。

有名なのは、「我思う、ゆえに我あり」という言葉です。知覚される全てを疑っても、その疑っている精神が存在することは疑いようがないということを起点として、デカルトは新しい哲学の方法を述べました。それが理性によって真理を探究するという近代哲学の出発点となり、身体を含めて世界を機械とみなす世界観の確立ともなりました。この世界観、身体観の上で、ヨーロッパの近代科学は展開したのです。


そして、文明の衝突についてのべています。

池上 世界全体をみると、キリスト教とイスラム教の対立といった、「文明の衝突」が言われます。再び宗教の時代に入ってきているのでしょうか。

養老 一神教同士はぶつかるようにできているんですよ。十字軍はまさにそうだし、ヨーロッパの中でもカトリックとプロテスタントの間で三十年戦争が起きています。

今日、グローバル化がすすんできて、出身のことなる人々が世界各地で混在するようになり、あらたな衝突もおこりはじめたと言えるのではないでしょうか。

最近の世界のニュースを理解するためには、世界の宗教、特に一神教に関する基本的な認識がやはり必要でしょう。一神教について知るためには、仏教や神道との相違を知ることがひとつの重要な方法になります。そのために、池上さんらの解説はとても参考になるとおもいます。


▼ 文献 
池上彰著『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』(文春新書)文藝春秋、2011年7月20日


▼ 関連記事

国立民族学博物館の展示は、文化的にひとまとまりのある地域を単位にしていて、とてもわかりやすい展示になっています。具体的には、つぎの地域の展示を順番に見ることができます。オセアニア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、南アジア、東南アジア、中央・北アジア、東アジア(朝鮮半島、中国地域、アイヌ、日本)。それぞれの展示(地域)が情報のひとまとまり、つまりファイルになっています。

わたしは、これらの展示を見ることにより、世界一周の「圧縮体験」をすることができました。これはこれで思い出にのこる貴重な体験でした。

しかしその後、この体験をふりかえっていて、今度は、環太平洋地域が見えてきました。

国立民族学博物館には、環太平洋地域という展示はありません。そこで、オセアニア、東南アジア、台湾、日本、アイヌ、アメリカの各展示のイメージを接続して、環太平洋地域のイメージをえがいてみました。

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オセアニア


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台湾原住民族


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沖縄の海のくらし


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アイヌの家


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アメリカの農作物


環太平洋地域は、自然環境の観点からは、大地震・火山噴火・津波・台風などがある大きな変動帯としての共通点があります。特に近年は大災害が増えています。一方、経済的政治的には、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が進行中であり、あらたな経済圏が形成されつつあります。環太平洋という、ひとまとまりのある あたらしい地域(単位)ができつつあるのです。環太平洋地域は、世界的に見ても目がはなせない地域になってきました。

既存の展示を見て理解し記憶するだけではなく、このように、いくつかの展示イメージをピックアップして、イメージ空間のなかでそれらを自由に接続し、あらたなイメージをえがいてみることはとてもたのしいことであり、イメージ訓練(心象法)としても意味があります。このような方法は博物館の発展的な利用法であり、一歩ふみこんだ博物館の「応用編」と言ってもよいでしょう。


国立民族学博物館 >>


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150104 国立民族学博物館 世界地図
国立民族学博物館の世界地図

これは、国立民族学博物館の地域展示のコンセプトにそってつくられた世界地図です。展示ガイド(注)から引用しました。地球上を、文化的なまとまりにもとづいて、9つの地域に分けています。これは、わかりやすい世界の見取り図としてつかえます。

それぞれの地域の文化的特色をつかむためには宗教について知ることが重要です。この地図から、世界の宗教の分布も見えてきます。大局的に見ると、たとえば、つぎのような地域と宗教との対応関係があります。宗教を、空間的なひろがりとしてとらえなおすことができます。

 ヨーロッパ:キリスト教
 中央・北アジア:イスラム教、キリスト教
 西アジア:イスラム教
 南アジア:ヒンドゥー教
 東アジア
  チベット:チベット仏教
  中国:儒教(一部は道教)
  日本:日本仏教
 東南アジア:上座部仏教(一部はイスラム教)
 アメリカ:キリスト教

西アジアに北アフリカがふくまれているところなどに注目してください。


また、いわゆる文明との対応関係もあります。伝統的な文明を空間的にとらえなおすことができます。

 ヨーロッパ:ヨーロッパ文明
 西アジア:イスラム文明
 南アジア:ヒンドゥー文明
 東アジア
  チベット:チベット文明
  中国:中国文明
  日本:日本文明


この世界地図をおぼえておけば、世界のニュースやグローバルな情勢に接したときに理解がすすむとおもいます。


博物館のなかをあるいて見学すると、各展示物とその解説は、博物館のなかの特定の展示室での体験として記憶されます。

そして一通り見おわったら、それぞれの展示室での歩行体験、展示物を見たときの体験を、この地図上でとらえなおしてみるとよいです。すると、それまでの体験が、今度は、地図上の特定の地域にむすびつけられて理解され記憶されることにもなるのです。

こうして、この世界地図の9つの地域は、それぞれが情報のひとまとまり、情報のユニット、つまりファイルになります。すると、この地図は、そのようなファイル(展示物のイメージや解説などの情報)を想起するためのインデックス・マップとしてもつかえるようになります。折にふれてこの世界地図を見なおすことにより、博物館のなかでの体験を、地域ごとにおもいだすことができるのです。

* 

国立民族学博物館には、かならずしもそのことがガイドにしめされているわけではありませんが、理解や記憶や学習のための よくできた仕掛けが随所にあります。情報処理の訓練と世界の理解のために、とてもつかい勝手のある博物館だとおもいます。


▼ 注
『国立民族学博物館展示ガイド』国立民族学博物館、2012年3月30日 


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写真1 国立民族学博物館のアメリカ展示

国立民族学博物館のアメリカ展示では、南北アメリカ大陸全体の多様性を、自然環境と民族の観点から展示していて、多様性を大観できる構成になっています。

アメリカといえばアメリカ合衆国(USA)をすぐにおもいうかべますが、ここは、USA の展示をしているのではありません。


まず、自然環境が多様です。 

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写真2 アメリカの多様な自然環境

砂漠、草原、熱帯雨林、氷雪地帯など、アメリカ大陸にはじつに多様な自然環境がみられる。その理由のひとつは、アメリカ大陸が赤道をはさんで、北は北極ちかくまで、南は南極ちかくまでひろがる広大な地域だからである。もうひとつの理由は、アメリカ大陸を南北に長大な山脈が走っているからである。その代表的な地域がアンデス山脈で、緯度の低い地域では山麓の熱帯雨林地帯から氷雪地帯まで高度によってさまざまな自然環境がみられるのである。


このような多様な環境に適応するために、各民族は、それぞれに衣服を開発しました。

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写真3 さまざまな民族の衣服

アメリカ大陸の北から南に至る広大な地域の異なる環境に適応するため、人びとはさまざまな種類の衣服を作り出してきた。環境の違いや利用できるもののちがいが衣服にも反映している。

たとえば、イヌイットは、野性トナカイの毛皮をつかって衣服をつくりました。毛皮は、防寒性と保温性にすぐれていて、零下30度以下の寒さから身をまもることができるそうです。その他、大平原地域にすむクローの革製の衣装、高地マヤの衣装、アンデス高地の衣装など、実にさまざまでした。衣装は、それぞれの自然環境を反映しています。


また、トーテムポールもありました。

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写真4 トーテムポール

これは、北アメリカの北西海岸先住民が巨木をつかってつくった木柱であり、祖先の功績をたたえる記念柱、死者を安置する墓柱、家の前に立てる入口柱、家のなかの家柱などです。

その他、「出会う」「食べる」「祈る」「創る」などの展示でも多様性を見ることができました。 


このように、アメリカ展示は、アメリカの多様性を大観できる仕組みになっています。大観という方法は、全体(大局)を一気に見る方法であり、対象のすべてを大きくとらえる方法です。要点だけを見る「飛ばし見」や「拾い見」ではありません。要約あるいは分析ともちがう方法です。

多様性とは、大観することによってこそわかることです。国立民族学博物館のアメリカ展示は、大観し、多様性を知るために適した展示だとおもいました。


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写真1 国立民族学博物館の西アジア展示

国立民族学博物館の西アジア展示では、西アジアの信仰、砂漠のくらし、パレスチナ・ディアスポラ(離散)、日本人と中東、音文化とポップカルチャーの展示がありました。わたしは、西アジアあるいは中東には行ったことがないので勉強になりました。



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写真2 西アジア展示であつかっている地域(北アフリカがふくまれている) 

国立民族学博物館の西アジア展示には北アフリカがふくまれています。これは、イスラム教徒の分布を意識した地域割りです。写真2で、「マシュリク」とは日出でる地を意味し、「マグリブ」とは日没する地を意味するそうです。この地域が、文化的にまとまりのある一つの地域になっているために「マシュリク」と「マグリブ」ということになるのでしょう。
 


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写真3 「覆う」文化とイスラム教の展示

印象にのこったのは、「覆う」文化とイスラム教の展示でした。つぎのような説明がありました。

頭部を覆い隠す風習はイスラム以前からあった。コーランでは、女性はうつくしさを身内以外にはみせないようにとされたため、その習慣はムスリム女性のたしなみとなった。被り物の名称や形は地域によってさまざまで、覆う範囲や巻き方には個人差や流行もある。


また、イスラム教は、予言者ムハンマドの後継者選出をめぐる対立から、スンナ派シーア派に分裂したそうです。スンナ派に反対して、預言者のいとこで、娘婿でもあるアリーとその子孫のみを指導者とみとめた人々がシーア派です。

現在、イスラム教徒の大多数(85%)がスンナ派ですが、イラン・イラク・バーレーン・アゼルバイジャンなどはシーア派が多数を占めています。イランはシーア派を国教としています。


このように、西アジア〜北アフリカの地域は、ひとまとまりのある文化圏になっています。そして、この地域を理解するためにはイスラム教について知らなければなりません。

世界を認識するときには、文化的にひとまとまりのある地域を地図上でまずおさえ、その地域に、さまざまな情報をむすびつけて理解し記憶していくとよいです。そのときには、地形的あるいは物理的な境界にとらわれる必要はないのです。すると、その地域は、意味のある情報のひとまとまり、つまりファイルとしてとりあつかえるようになります。国立民族学博物館の「西アジア展示」はそのための参考になります。


注)イラク共和国の大統領だったサダム=フセインはスンナ派でした。


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国立民族学博物館のヨーロッパ展示から、ヨーロッパは伝統的に麦作農業の地域であることがわかり、一方、日本展示から、日本は稲作農業の地域であることが対照的にわかりました。

また、その他の展示を見ると、麦作は、ヨーロッパから東の地域へとひろがり、稲作は、日本から西の地域にひろがっていることがわかりました。

そして、南アジアが、麦作と稲作の境界地帯になっています。したがって、このあたりの人々(インド人やネパール人)は、伝統的・歴史的にパンも食べますし、ライスも食べます。インドの代表的なパンは「ナン」です。

* 

実際、わたしは、西ネパールに行ったときに、昼はライスを食べ、夜はパンを食べる人々に出会いました。そこでは、ライスとパンが半々でともに主食となっていたのです。

これをモデルにすると下図のようになります。モデルとは、細部はきりすてて、重要なことのみを単純化してえがいた図、対象の本質のみをあらわした模式図のことです。


150103 生業モデル
 
図1 ユーラシア大陸の麦作地域と稲作地域のモデル
 

麦作地域は、ヨーロッパから南アジアまでひろがり、稲作地域は、日本から南アジアまでひろがっています。


これに、さらにつけくわえると、ヨーロッパは、実際には〔麦作+牧畜〕地域であり、日本は、〔稲作+漁撈〕の地域でした。したがって、ヨーロッパ人は、パンにバターをぬって食べ、日本人は、炊いた飯に魚をのせて食べます。

すると、南アジアではどうでしょうか?

南アジアでも、牧畜はさかんにおこなわれています。したがって、つぎのくみあわせが本当の姿です。

麦作+牧畜〕あるいは〔稲作+牧畜

〔麦作+牧畜〕の人々は、パンにバターをぬって食べています。インドやネパールでよく見かけます。

一方、〔稲作+牧畜〕の人々もいます。稲作からはライスがつくられ、牧畜からはミルクやバターやヨーグルトができます。したがって、〔稲作+牧畜〕の人々は、ライスに、ミルクあるはヨーグルトをかけて食べることがよくあるのです。

南アジアあたりを旅行して、ライスにミルクやヨーグルトをかけて食べている人々を見て「びっくりした」と言っている日本人がときどきいますが、びっくりする必要はありません。これは変な習慣でもなく、ましてや貧しいからそうしているのでもありません。〔稲作+牧畜〕という半農半牧を反映しているのであり、その背後には、それに適した自然環境があるのです。

わたしは、ネパールで2年間くらしていた間に、ヨーグルトあるいはミルクをライスにかける食文化にすっかり慣れました。


以上から、図1のモデルを提案することができます。これは、国立民族学博物館の展示を大観したことによって想像できたことです。このようなことは、ユーラシア大陸を旅行してみてもわかるかもしれませんが、まずは、この博物館を見学してみるとよいとおもいます。


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国立民族学博物館 >>

国立民族学博物館の展示は、日本展示も非常に充実しています。
 
世界各地の展示室を一通りみおわってから日本の展示室に到達すると、日本を、世界のなかに位置づけて相対化してとらえなおすことができます。

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稲作の道具展示(日本展示)

日本展示では、日本の農業は稲作農業が中心であり、これが、日本文化の形成に非常に大きな役割をはたしてきたことがよく表現されています。

しかし、稲作および稲作文化に関する展示とともに、一方で、漁業(漁撈)に関する展示にもかなりのスペースをとっています。

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漁業(漁撈)に関する展示(日本展示)

これらの展示を見ていると、日本は、〔稲作+漁撈〕の半農半漁の地域だということがうかびあがってきます。これが、炊いた飯の上に魚をのせてたべる、寿司の食文化をつくりあげたことがわかります。日本食の代表が寿司であることは言うまでもありません。

このことは、ヨーロッパ展示と対比させると一層鮮明に想像できます。ヨーロッパは〔麦作+酪農〕の半農半牧であり、ヨーロッパ人はパンにバターをぬって食べます。それに対し、日本は〔稲作+漁撈〕の半農半漁であり、日本人は、米の上に魚をのせて食べるのです。

このように、博物館の各展示を空間的に対比させて見ると、おもしろいことがわかってきます。そのことは、直接みえる形で展示されているとはかぎりません。展示を見ているうちに想像できたということでよいのです。

建物のなかで、各展示物を空間的にとらえて想像をふくらませることは、博物館のなかをあるくたのしみのひとつです。


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ヨーロッパのパンの数々(国立民族学博物館、ヨーロッパ展示)

国立民族学博物館のヨーロッパ展示でパンを見つけました。とてもおいしそうでした。もちろん模型ですが。

パンは、麦作を生業の中心としてきたヨーロッパではもっとも基本的な食べ物の一つです。

* 


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酪農にかかわる道具の数々(国立民族学博物館、ヨーロッパ展示)

その裏側にまわってみたら、酪農に関係する道具の展示がありました。

酪農(牧畜)は、ヨーロッパの農業の重要な一部分をなしています。牛・羊・豚を中心に、その乳と肉が利用され、特に乳は、バターやチーズに加工され、人々の日常的な食物のひとつになっています。

* 

これらのパンと酪農の展示から、ヨーロッパの農業は〔麦作+牧畜〕つまり半農半牧であること、そして、麦作農業からパンが生まれ、牧畜(酪農)からバターとチーズが生まれることを、展示物にむすびつけて理解し記憶できました。

そして、パンに、バターをぬってたべているヨーロッパ人の姿を、リアルに想像することができました。

具体的な物にむすびつけて理解し記憶し、そして、そこでは見ることはできないことでも想像してみることは大切なことです。博物館のなかをあるくたのしみのひとつは、自由に、想像をふくらませることができる点にあります。

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国立民族学博物館

大阪・千里にある国立民族学博物館を先日みてきました。

とても大きな博物館だったため、とても1〜2日では見れないことがわかりました。そこで、まずは、すべての展示を一気に見てしまおうとおもいました。

展示は、オセアニアからはじまって、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、西アジア、音楽、言語、朝鮮半島、中国、中央・北アジア、アイヌ、日本、沖縄となっていて、東回りに世界を一周し、最後に日本にたどりつくことができました。なお、南アジアと東南アジアの展示は改装中だったため電子ガイドで見学しました。

141231 国立民族学博物館平面図
展示案内図


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西アジア展示

このように、全展示を一気に見たことによって、かえって、いくつかの巨大文明の姿が見えてきて、また、それらの比較もできました。たとえばつぎの通りです。

 ヨーロッパ:ヨーロッパ文明
 西アジア:イスラム文明
 南アジア:ヒンドゥー文明
 中国地域:中国文明

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中国展示


このように、短時間で一気に見ることの利点は、大局がつかめるところにあります。一気に全部を見ることは、決して、手抜き作業や飛ばし見ではありません。一気に見るからこそ大局がわかってくるのです。

こうして、国立民族学博物館の展示室をひと通りまわることは、世界一周の「圧縮体験」をすることになります。

これが、もし時間をかけてゆっくり見ていたら、途中で時間切れになって、世界一周の「圧縮体験」はできませんでした。ゆっくり見ていると、どこかの細部(局所)はわかりますが、大局はつかめません。

実は、わたしはかつてほかの博物館で、途中で時間ぎれになった経験が何回もあります。そこで、まず、全体を一気に見てしまい、そのうえで、興味のある展示については、そこへあらためて行ってくわしくみるという方法にしました。

そうすれば、時間の長短にかかわらず、ひとつのまとまりのある体験ができ、局所も、大局の中に位置づけて理解することができます。

『梅棹忠夫 語る』の第四章「情報は分類せずに配列せよ」では、あつめた資料や情報のとりあつかい方についてかたっています。

分類するな、配列せよ(中略)大事なのは検索。

この原則は今日では常識となりました。

現代では、資料や情報はすべてコンピューター・ファイルになりますので、ファイル名にキーワードや日付をいれるなどして、ファイル名を適切につくっておけば、検索はできます。したがって、ファイルは分類せずに時系列にファイルしてゆけばよいわけです。

問題は、集積されたファイルをどう活用するかという、つぎの段階にあります。その方法として、梅棹さんは「こざね法」を提案しています。



つぎに、情報産業についてのべています。

情報と産業を分けて考えたらあかんねん。情報産業と言うもんや。(中略)工業時代の次に来るのが、情報産業の時代ですよ(中略)一種の進化論です。農業の時代、工業の時代、その次に来るのが情報産業の時代。

梅棹さんは、単なる情報論を展開したのではなく、文明学あるいは進化論のなかに位置づけて、情報産業を論じています。

わたしたちは、今日、情報産業時代に突入したのであり、人類進化の真っただ中にいるのです。そんことは大げさだとおもう人がいるかもしれませんが、そうではありません。あとの時代の人類から見れば、20世紀末から、大規模な情報革命がおこり、情報産業の時代に入ったということはあきらかです。

したがって、情報処理の方法をとりあつかうときに、技術も無論必要ですが、単なる技術論におちいらないで大局をとらえることが大切です。


梅棹忠夫著『知的生産の技術』についてはつぎのようにのべています。

コンピュータ時代を先取りしたもの、基本設計図。

コンピュータは、要するにノートと鉛筆だ。

梅棹さんは、文明学を大規模に展開しましたが、それだけではなく、情報技術の開発にもとりくんだことに注目しなければなりません。技術から文明学・進化論までを総合的に論じ、同時に、文明の大局のなかに技術を位置づけて実践しました。

このように、大局をとらえたうえで、技術にとりくんでいくことが重要なのだとおもいます。

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