発想法 - 情報処理と問題解決 -

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連日、「ISIS」(イラク・シリアのイスラム国)関連の報道がつづいています。本書『池上彰が読む「イスラム」世界』をよめば、事件や出来事の背景を概観することができ、ニュースをよりふかく理解することができます。多数の図解をつかって解説していてとてもわかりやすいです。

おいそぎの方は、第4章「現代イスラムが抱える問題 01 フセイン政権が倒れて果たして平和は訪れたのか?」の最後に掲載されている図解をご覧ください。


まず、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教について説明しています。

イスラム教の聖典である『コーラン』には、キリスト教の「イエス」も、『旧約聖書』の「モーセ」も出てきます。それぞれアラビア語で書かれているので、イエスは「イーサー」、モーセは「ムーサー」として登場しています。(中略)キリスト教の元はユダヤ教。イスラム教の元はユダヤ教とキリスト教。同じ唯一神を信じ、非常に近い伝承を持ちながら、微妙に違いを見せています。

(中略)ユダヤ教を「親」に持ち、キリスト教を「兄」に持つのがイスラム教と考えるとわかりやすいかもしれません。

しかし、紛争がつづいています。

同じ「唯一神」を信じながら、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒は決して〝仲がいい〟とはいえません。宗教間の争いといえば、最初は「十字軍」でしょう。事の発端は11世紀ごろ、急成長を遂げるイスラム教の勢力にイエスの墓があるエルサレムが占領されたことにあります。

エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地です。現在、この3つの宗教の信者がそれぞれ、自分たちがエルサレムを管理したいと主張し対立しています。


中東問題(パレスチナ問題)についてはつぎのとおりです。

国際政治情勢でしばしば大きな問題となる「中東問題」。中東問題は別名「パレスチナ問題」ともいわれます。  

パレスチナには2000年前まで、ユダヤ人(ユダヤ教徒)の王国がありました。ダビデ王、ソロモン王は有名ですね。ユダヤ人の聖典『律法の書』によれば、パレスチナはかつて「カナンの地」と呼ばれ、神がユダヤ人の祖先に対して「この地をあなたたちの子孫にあたえる」とした〝約束の地〟です。  

しかし、やがてローマ帝国によって王国が滅ぼされ、ユダヤ人たちはこの地を追い出され世界各地に離散していきます。これをディアスポラといいます。  

ユダヤ人たちがいなくなったこの地に住むようになったのが、イスラム教徒のアラブ人たちです。

一方、ディアスポラでヨーロッパへ渡ったユダヤ人たちは、キリスト教社会で差別を受けました。中世のヨーロッパでは、ユダヤ人は「ユダヤ人がイエス・キリストを十字架にかけた」と言われ迫害されたのです。


そもそも中東問題の種を蒔いたのはイギリスだったそうです。

そもそも中東問題の種を蒔いたのはイギリスです。  

かつてはユダヤ教徒もイスラム教徒も、比較的平和に暮らしていました。激しく対立するようになったのは第1次世界大戦後のことです。  

近世の歴史を振り返ると、19世紀は帝国主義・植民地主義の時代でした。ヨーロッパが大不況に陥り、失業者が増加。人口も多すぎました。そこでアジア、アフリカに進出して植民地支配をし、新しい市場、領土を獲得してこれらの問題を解決しようとしたのです。

エルサレムあたりのパレスチナは当時、オスマン帝国が支配していました。イギリスは第1次世界大戦でそのオスマン帝国と戦います。自分が持っている植民地と自国を結ぶ位置にあるパレスチナがどうしても欲しかったのです。  

オスマン帝国を倒すには、オスマン帝国と戦う勢力を増やしたほうがいいと、イギリスは二枚舌ならぬ〝三枚舌〟を使います。

まずは、オスマン帝国内のアラブ人たちに呼びかけます。「もし反乱を起こしてくれたらオスマン帝国が倒れた後、ここに自分たちの独立国家をつくっていいよ」。じゃあ協力しようかなと、アラブ人がオスマン帝国に対して反乱を起こします。このとき、アラブ軍を率いたのが「アラビアのロレンス」です。


つぎに、9・11とイラク戦争です。

9・11アメリカ同時多発テロ事件がイラクの仕業だと決めつけ、イラクが大量破壊兵器を持っていると世界に言って、強引にイラク戦争を始めたブッシュ政権。「イラクがアルカイダを含む国際テロリストのネットワークを支援している」などというのは言いがかりで、イラク戦争はアメリカの石油利権やブッシュ家の私怨を晴らすための戦争ともいわれている。


また、シリア情勢が悪化しました。

シリア情勢は悪化の一途をたどり、アサド政権と反政府勢力の泥沼の内戦により死者は2014年4月までに15万人を超えました。騒乱を避けて、多くの難民が隣国のトルコやヨルダン、レバノンに逃れています。


そして、ISIS(イスラム国)がでてきました。

この組織は、イスラム教スンニ派の過激派で、中東地域にイスラム原理主義国家を建設することを目的にしています。イラクには、スンニ派とシーア派の住民がいますが、マリキ政権がシーア派優遇の政治をしていることにスンニ派住民が反発し、同じスンニ派のISISを支持しているのです。もともとはイラク国内の「イラクのイスラム国」という少数派でしたが、隣国シリアで内戦が始まると、組織名を「イラク・シリアのイスラム国」と変えて、シリアに潜入。反政府勢力が統治する地域に攻め込んで武器と資金を奪い、イラクに戻ってきました。

ISIS(イスラム国)については、第4章「現代イスラムが抱える問題 01フセイン政権が倒れて果たして平和は訪れたのか?」の最後に掲載されている図解がシンボリックでわかりやすいです。

アメリカがはじめたイラク戦争と、イスラム教のスンニ派とシーア派の対立がからみあって、スンニ派の過激組織ISIS(イスラム国)が台頭してきたということです。


以上のように、本書をよめば、連日報道されているニュースがよりふかく理解できるようになります。

事件や出来事そのものだけではなく、それをとりまく背景を知ることは必要なことです。そうでないと、せまい視野でニュースを見てしまい、認識をあやまることになりかねません。

150126 ニュースと背景
図 背景とともにニュースをとらえる


本書は、今回の事件の約半年前の2014年7月31日の発行であり、ISISと日本とのかかわりについては記述されていませんが、中東情勢の大きな背景と流れのなかで今回の事件もおきていることがわかります。対象を、背景と流れの中でとらえることはとても重要なことです。


▼ 文献
池上彰著『池上彰が読む「イスラム」世界』(知らないと恥をかく世界の大問題 学べる図解版 第4弾)KADOKAWA / 角川マガジンズ、2014年7月31日
知らないと恥をかく世界の大問題 学べる図解版 第4弾 池上彰が読む「イスラム」世界 (―)


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アップルストア表参道

アップルストア表参道に行ってきました。国内のアップルストアでは最大サイズのガラスパネルを使用した全面ガラスばり構造の建物で、表参道との一体感をかもしだしていました。展示スペースは、アップルストア銀座や渋谷よりもはるかに大きく、広々としていました。

注目は、Mac の最新 OS X「Yosemite」と iPhone/iPad との連携機能「Continuity」を実体験できるスペースが用意されていたことです。MacBook Pro と iPhone 6 と iPad Air 2 が1セットになって多数展示されていました。

ここでは、「Handoff」、「Instant Hotspot」、Mac で電話 などのあたらしい機能を実際にためすことができます。

「Handoff」とは、Mac と iPhone/iPad の間で、一方のデバイスでおこなっている作業をもう一方のデバイスにひきつげる機能です。

「Instant Hotspot」とは、Wi-Fi 環境がなくても iPhone があれば、Mac がインターネットにつながるとても便利な機能です。ただし、キャリア側で、テザリングのオプションに加入していないとつかえませんので注意してください。ソフトバンクモバイルの場合は 500円/月(加入から2年間は無料)がかかります。



これらの連携機能は、どこのアップルストアでも体験できますので、まずは、店に行ってためしてみるのがよいでしょう。使用方法がわからないときは、ちかくのスタッフがおしえてくれます。

また、あわせて、最新のクラウド(iCloud)も実際にためしてみるとよいとおもいます。

ある分野の最先端の技術を知ることは、その分野の全体像(大局)をつかむためにも役立ちます。

これからの時代は、個々のハードウェアよりも、このようなシステムや仕組みの方が重要になり、Mac や iPhone や iPad などは、システムのなかの端末としてすべてあつかわれるようになります。今後は、端末にとらわれるのではなく、システム全体を道具としてつかいこなしながら、みずからが主体になった情報処理をすすめていくことが重要でしょう。 


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旅行にでかけると、実にたくさんのあたらしい体験ができます。できればそれらについてメモをとって、家にかえってから、体験をおもいおこせるようにしておきたいものです。

何かのメモをとるとき、多くの場合は、自分の関心のある物事のみに注目して、それについてのみメモをつけるかもしれません。それは、自分の関心のある部分だけを、その空間のなかから切りとっているようなものです。しかし、せっかく旅行に行ったのに、これはもったいない話です。もっと幅広く見聞きした方がよいでしょう。

旅行先では、さまざまな印象的な場面に遭遇します。そのよう場面で、自分の五感を総動員して、自分が存在する空間全体をしっかりとらえます。対象だけではなくその周囲も同時に見ます。つまり、その時その場の全体を体験します。

実際、うつくしい風景に接したときには誰もが五感を総動員しています。局所だけでなく、その周囲もふくめて全体的に見ています。中心視野だけではなく周辺視野も同時につかっています。

メモは、そのような、その時その場の全体的で新鮮な体験を想起できるような言葉にするとよいです。その時のその場の体験に、シンボリックなラベル(標識)をつけてみるのです。

たとえば、iPhone の音声メモ機能をつかえば、移動しながら行動しながらでも、簡単にメモをとることができます(テキストで記録されます)。便利な時代になりました。

* 

このようなメモ(ラベル)を書く作業自体がひとつの情報処理の過程になっています(図1)。つまり、五感を総動員して現場を体験することはインプットであり、感動したり理解したり記憶したりすることはプロセシング、メモ(ラベル)を書きだすことはアウトプットです。

141224 五感→感動→メモ
図1 メモを書きだす作業は情報処理の過程になっている。


そして、iPhone に1件のメモがファイルされるごとに、体験のひとまとまりのファイルができることになります。1回の情報処理(1回のアウトプット)により1個のファイルができていきます。1つのメモが1つの体験に対応します(図2)。

141224 メモ&体験
図2 体験のファイルができる。メモは体験のラベル(インデックス)である。


すると、このようなメモは単なる記録ではなく、体験を想起するためのキーワード(検索語)になります。メモは単なる言葉ではなく、体験を想起するための手段(インデックス)となるのです。

旅先では、スマートフォンのアプリをつかって積極的にメモをとるとよいでしょう。すると、おのずとメモのリスト(ファイル)が蓄積されてきます。後日、そのメモを見なおすことにより、たのしかった旅行の場面・体験をいつでも想起することができます。これは第2の旅行と言ってもよいかもしれません。


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▼ 参考文献
栗田昌裕著『絶対忘れない! 記憶力超速アップ術』(日文新書)2010年5月28日

日々、さまざまな場面でえられる発見や、折々に意識の場にうかんでくるアイデアを着実にとらえ、記録しておくことはとても重要なことです。

ポイントは、その瞬間に、即座に記録をとることです。そうでないとわすれてしまうことがあります。

そのためにはスマートフォンをつかうのがよいです。わたしは、iPhone 6 Plus (iOS 8) をつねにもちあるき、iPhone に最初から入っている「メモ」アプリに記録するようにしています。

記録の方法は、音声メモ手書きを利用しています。キーボードを打っていると時間がかかり、おもいついたことが消えてしまうことがあります。迅速にメモをとらなければなりません。


■ 音声メモ

iPhone で音声メモを利用するには、「Siri」が有効化されている必要があります。ホーム画面から【設定】→【一般】→【Siri】に移動し、【Siri】のスイッチをオンにしておきます。

「メモ」をひらき、日本語キーボードを選択します。日本語をテキスト化することができます。

キーボードに、マイクボタンが表示されます(下の写真の赤枠内)。このマイクボタンをタップして、iPhone にむかってしゃべります。リアルタイムで声がテキスト化され、メモがとれます。文字変換精度は非常に高いです。

メモを書きおわったら、最後に【完了】ボタンをタップします。

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下の追記も参照してください。


■ 手書き

音声メモはとても便利ですが、電車のなかなどにいて声が出せないこともあります。そのようなときに役にたつのが手書きアプリ「mazec」です。


「mazec」を、iPhone にインストールしておけば、手書きでメモがとれます。

ひらがなで書けば漢字変換候補が表示されます。読み方がわからない漢字でも、見たままのメモをすばやくとることが可能です。多数の漢字変換候補一覧からさがす手間もなく、むずかしい地名・人名なども快適に記録ができます。

漢字とひらがなの交ぜ書き、日本語と英数字の交ぜ書きもできるため、文字種をきりかえたりするわずらわしさもありません。一気に手書きして、スピーディーにメモをとることができます。

タッチペン(スタイラスペン)があると便利です。タッチペンにも、書き味のよいものとそうでないものがあることがわかってきました。まずは、いろいろためしてみるのがよいでしょう。

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「メモ」は、iCloud で、Mac や PC や iPad などと同期することができます。移動中に iPhone で、直観的なメモをつくり、かえってきてから、それを Mac あるいは PC でちゃんとした文章にするということが可能です。便利な時代になりました。

アイデアは、それがひらめいたときにすぐにメモをし、また、メモをとることを習慣化することが重要です。そして、アイデアのメモをファイルにして蓄積し、アイデアの芽をそだてていく努力をしていくことが大切でしょう。


■ 音声メモの追記
句読点と改行
音声入力時に句読点を入れたいときは、「てん」「まる」と話すことで、句読点が入ります。たとえば、つぎのようにしゃべります。「リアルタイムで声がテキスト化され てん メモがとれます まる」

改行したいときには、「かいぎょう」と言います。

記号
音声メモでは、記号もメモできます。たとえばつぎのように言います。
 # しゃーぷ
 ★ くろぼし
 $ どるきごう
 ♂ おすきごう
 
記号の日本語通用名、または、通用名+「きごう」と言えば、大体の記号は入力できます。

たとえばつぎの通りです。
 「 鍵カッコ 
 」 鍵カッコ閉じ 
 ! びっくりマーク 
 ? クエスチョンマーク 
 ・ なかぐろ 
 / スラッシュ 
 @ アットマーク 
 . ドット 
 ¥ 円記号 



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下の写真は、杉原厚吉著『錯視図鑑』の67ページから引用したものです。大きな円と小さな点のならび方はどうでしょうか。

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大きな円も小さな点も、どちらもうねっているように見えないでしょうか。

実は、5つの点は、直線上にあります。これは、錯視の一種です。大きな円にひきずられて、点の位置をあやまって知覚したのであり、この錯視を「重力レンズ」というのだそうです。わたしは、「重力レンズ」を本書を見てはじめて知りました。おもしろいですね。

わたしたちは、知らず知らずのうちに、大きな情報にひっぱられて、個々の情報を位置づけてしまっているのかもしれません。

この錯視を修正するための方法としては、座標系をつかうことがかんがえられます。X軸、Y軸を設定し、それぞれの値を特定すれば、本当の配列をつかむことができます。これは、数学やサイエンスに通じていく話であり、空間を正確に把握するやり方です。

たとえば、情報処理のために地図を利用するということは、このような方法にあたります。

対象をパッと見るだけではなく、その空間配置を正確にとらえ確認することはとても大切なことです。


▼ 文献

下の写真は、杉原厚吉著『錯視図鑑』の29ページから引用したものです。上のバナナと下のバナナとで、どちらが大きいでしょうか。

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下の写真③の2本のバナナは、上の写真②の2本のバナナの上下を入れかえておいたものです。バナナの先っぽにある黒い筋に注目してください。

どちらの写真でも、下のバナナの方が大きく見えるのではないでしょうか。これは、 錯視の一種です。

わたしたちは普段は気がつきませんが、このような錯視あるいは錯覚を、意外にもしているのではないでしょうか。事実を、ありのままに観察することはむずかしい場合があります。

しかし、これを目視だけにたよらずに、それぞれのバナナの長さを計測したり、体積を計算したり、あるいは、重量をはかってみれば、このような錯覚を修正することができます。長さや体積や重量に関する情報を取得することは、より一歩ふみこんだ情報収集になります。これは、いわゆるサイエンス(科学)の方法に通じます。サイエンスには基本的に定量性を重視する姿勢があります。

目で見て観察したのちに、必要に応じて、定量的データを得るということはしばしば有用です。このことは、食料品などを買うときに役立つことは言うまでもありません。


▼ 文献

『梅棹忠夫 語る』の第三章「メモ/スケッチと写真を使い分ける」では、つぎのようにかたっています。

フィールド・ワークの補助手段としては、写真よりも絵のほうがずっといい。その場でシューッと線をひいて、欄外にメモが書きこめるから 。

説明するのに図示というのは非常に大事なこと。絵で描いてわかるように示す。 

絵(スケッチ)の意義についてのべています。絵やスケッチは、イメージと言葉をむすびつけた記録法です。言葉で書いているよりも、スケッチの方がはやいことはしばしばあります。

スケッチは、現在では、紙のノートをつかわなくても、iPhone や iPad でできます。いいタッチペン(スタイラスペン)も発売されています。

「最速メモ」(App Store/無料)のような、スケッチができるアプリが何種類もあります。iPad でしたら、“Paper by Fifty Three” というアプリをおすすめします。とても便利で、わたしはいつもつかっています。基本機能だけでしたら無料です。App Store からダウンロードできます。

Paper by Fifty Three >>

つぎに、写真のとり方についてのべています。

写真の秘訣は一歩踏み込め、だ

急ぐときと、おおまかな全体的印象をつかむのは、写真がええ。それに対して細部の構造を見るのはスケッチやないとあかん。

写真とスケッチとをつかいわけることをおしえています。現代でしたら、スマートフォンあるいはタブレットをもちあるいていれば、写真にもスケッチにも自在に対応でき、記録がファイルとして保存され、すぐにつかえる状態になります。便利な時代になりました。



『梅棹忠夫 語る』は、梅棹忠夫さんの最後の語りが収録されている貴重な本です。

第一章「君、それ自分で確かめたか?」では、自分でみたもの以外は信用できないことが語られています。

自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の頭で考える、これが大事や。

また、梅棹さんの評価を不動のものにした「文明の生態史観」について、つぎのようにのべています。

それはいまでもはっきり覚えている。一九五五年のカラコラム・ヒンズークシ。アフガニスタンで発想した。

このように、梅棹さんは、自分の足で現地をあるいて、そして発想しています。実際に出あるくということは重要なことです。

旅やフィールドワークを、どのように発想にむすびつければよいか、梅棹さんからまなぶことはたくさんあるとおもいます。


▼ 文献
語り手 梅棹忠夫、聞き手 小山修三『梅棹忠夫 語る』(日経プレミアシリーズ)日本経済新聞出版社、2010年9月15日
梅棹忠夫 語る (日経プレミアシリーズ)

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上の写真は、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された企画展「だまし絵 II」の図録から引用した、ラリー=ケイガン作「トカゲ」です(注)。

企画展「だまし絵 II」での実際の展示物は、 鉄のワイヤーを溶接して組みあげられた構造物であり、その構造物を見ても何をあらわしているのかはわかりません。しかし、ある位置から光を照射すると、壁面(平面)にトカゲの影があらわれるのです。とても不思議な影の芸術でした。

ラリー=ケイガンは、光と影をたくみに利用した彫刻を得意とするアーティストだそうです。

この彫刻のおもしろさは、3次元では認識できないことが、2次元では認識できる点にあります。


わたしたちは、通常は、2次元(平面)にえがかれた絵を見て、3次元の世界(立体空間)を想像します。これは誰もがやっていることであり、問題はありません。

しかし、ラリー=ケイガンのこの彫刻では、3次元(立体)の構造物を見ても何だかわかりませんが、2次元(平面)に投影された影を見ると、トカゲであることが認識できたのです。

通常は、「2次元→3次元」ですが、これは「3次元→2次元」であり、順序が逆です。ここに、逆転の発想がありました。


この作品は、わたしたちに次元を意識させ次元を変えて見ることのおもしろさをおしえてくれます。

次元を変えるという観点にたつと、さまざまなことをとらえなおすことができます。

たとえば、あるストーリーは、時間軸にそって(時系列で)ながれていきます。これは1次元です。そのような1次元のストーリーを、平面上で絵や図解にすることができれば、それは2次元に変換されたことになります。

その逆もできます。たとえば、2次元の図あるいは3次元の立体を見て、その内容を、文章で書きあらわすとします。文章は、前から後ろにながれる1次元です。2次元あるいは3次元のものを1次元に変換したことになります。

あるいは、1冊の本があり、そこには文章(1次元)が書かれています。しかし、この本を立体的な構造物(3次元)と見ることもできます。この構造物のなかに、たくさんの文字が、3次元的に分布していると見ます。これは、次元を変えて、1冊の本をとらえなおしたことになります。

3次元的に本をとらえなおすことは速読法に通じます。次元が高いシステムをつかった方が情報処理はより効果的にすすむことが知られています。

他方で逆に、次元のちがいによって、あるいは たまたま対象を見たときの次元によって、錯覚が生じてしまうということもあるでしょう。

次元を変えることによって、見え方が変わるということに気がつくことは大事なことです。


「だまし絵 II」の会場には、ラリー=ケイガンの作品として「蚊 II」という作品も展示されていました。こちらは、蚊を影で表現しており、おどろいたことに、その蚊の影までうつしだしていました(影で表現された蚊の影まで、影であらわしていました)。どのようにしてこれをつくったのか、試行錯誤をくりかえしたのか、興味がつきませんが、影とは3次元を2次元に投影したものであることを実体験できました。



最近は、スマートフォンに搭載されたカメラの性能が非常に高くなり、誰でも手軽に、きれいな写真がとれるようになりました。わたしは、iPhone 6 Plus に機種変更したところ、手ぶれ補正機能があり、接写もでき、くらいところでもよくうつるので満足しています。

毎日のように写真を撮影していると膨大な枚数の写真がたまってきますが、iPhoto などの写真アプリをつかっていれば、簡単に整理ができるので問題はありません。

そして、たとえば iPhoto でしたら、テーマ別に「アルバム」や「ブック」(フォトブック)や「スライドショー」をつくることができます。テーマを決め、関連する写真をピックアップして、アルバムなどをつくることはとてもたのしいことです。

あるいは、旅行にいって撮影した写真のなかから、特に印象にのこった写真をピックアップしてフォトブックをつくれば一生のおもい出になります。

このような作業をするときには、写真は、体験の「アイコン」であると意識するとよいです。

1枚の写真をピックアップして見なおすときに、その写真の外側(周囲)がどのようであったかをおもいだすようにします。写真を中心にした、もっと大きな空間的ひろがりを想起するのです。

また、写真を撮影した瞬間の前後はどうであったのか、自分自身をおもいだします。つまり、その瞬間だけではなく、前後の時間的ひろがりも想起するようにします。

こうして、見たことだけでなく、聞こえたこと、感じたこと、かんがえたことなどもふくめて、その写真を撮影したときの自分自身の体験のひとまとまりをよくおもいだします。

この作業は、写真をアイコンにして、みずからの体験のひとまとまりを「ファイル」にすることです。

ファイルとは情報(データ)のひとまとまりのことであり、それは、アイコンなどの見だし・標識(ラベル)からなる上部構造と、情報の本体の下部構造とからなります。

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図 写真をアイコンにして、体験のひとまとまりをファイルにする。


このような「体験ファイル」を意識しながら、アルバムやフォトブックやスライドショーなどに写真を整理していけば、比較的短時間で、これまでの自分の体験を整理することができます。

こうした体験の整理は、言語をつかっておこなうこともできますが、言語をつかっているとかなりの時間がかかってしまいますので、まずは、写真をつかっておこなうのがよいでしょう。

「体験ファイル」を整理し集積していると、いままでボヤッとひろがっていた、つかみどころがない体験に締まりが生じてきて、いくつもの小さな体験のかたまりがあつまって、より大きな体験がなりなっているのだということを実感できるようにもなります。

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上の絵は、近くで見ると風景ですが、遠くから見ると人物の頭部に見える だまし絵です。Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された企画展「だまし絵 II」の図録から引用しました。作者は不詳、17世紀初頭頃の作品です(注)。

近くで見るということは、対象を大きくとらえて細かく見るということであり、一方、遠くで見るということは、対象を小さくして大局を見るということです。つぎの対応関係に注意しなければなりません。

近くで見る:対象を大きくする
遠くで見る:対象を小さくする

自分が移動しなかった場合でも、対象を拡大したり縮小したりすると、自分が近づいたり遠ざかったりしたのとおなじ効果があります。

この絵はだまし絵であり、そのようにえがいているのでわかりやすいですが、現実の世界にいても、遠近によって見え方はかなりちがってくることに気がつくことはよくあります。

このようなだまし絵をたのしんでいると、かたよった見方をしていると、錯覚がおこるということがよくわかってきます。だまし絵の作者は、そのようなメッセージをユーモアをまじえてつたえようとしているのではないでしょうか。

対象を見るときには、遠くからも見て、近くからも見て、遠近のひろがりのなかで本当の姿をとらえるようにしなければなりません。


▼ 注(文献)
『だまし絵 II 進化するだまし絵』(図録)中日新聞社発行、2014年
 Bunkamura オンライン市場

▼ 関連サイト
視覚効果と先入観とがくみあわさって錯覚が生まれる - 特別企画「だまし絵 II」- 

 

一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)は、錯覚の実験をしながら、知覚の謎をときあかしていく本です。図もたくさん掲載されていますが、図版集というよりも理論書です。

錯覚の本がおもしろいのは、自分で実際に錯覚の実験をしながら読みすすめることができることです。同時に、自分の知覚の不思議さにも気づかされます。

第3章「二次元の網膜画像が三次元に見える理由」では、どのようにして奥行きや距離といった三次元の知覚を成立させているのか、図をつかって説明しています。両眼視差によって奥行きを知覚するステレオグラム(立体視図)は興味ぶかいです。

また、二次元動画で、簡単に、奥行きを強化するには単眼で見ればよいとのべています。

通常の2Dテレビの観察から強い立体的な知覚を成立させる方法がある。単眼観察するのである。特に、画素が微細なハイビジョンのディスプレーを単眼で観察すると、強い奥行きを感じる。片眼を閉じることにより、画像が平坦であることを示す両眼視差の他係がなくなり、多くの単眼的手がかりが示す奥行が見えやすくなるためだ。

第4章「地平線の月はなぜ大きく見えるのか」では、わたしたちの光の処理システムについてのべています。

眼に飛び込んできた光の一部の波長が網膜上の視細胞に当たり、それが神経の興奮を引き起こすことで知覚システムの処理が始まる。

第5章「アニメからオフサイドまで - 運動の錯視」では、テニスやサッカーでなぜ誤審がおきやすいのかを、錯視の観点から説明していて、非常におもしろいです。

第7章「生き残るための錯覚学」では、「進化の過程で錯覚・錯誤が発現」したことがのべられています。つまり、生物の環境への適応戦略のなかで知覚や錯覚、あるいは情報処理についてとらえることができるということです。

錯覚の研究は、このような観点から、危険回避や娯楽のあらたな可能性、あらたな表現手段の開発、生活の質の向上などに役立ちます。

知覚や錯覚は、情報処理の観点からみるとインプットとプロセシングです。これらにもとづいてわたしたちは行動していきますので、行動は、アウトプットととらえることができます。環境に適応するように行動するにはどのようにすればよいか、適応の観点から錯覚をとらえなおすという点はとても興味ぶかいです。


▼ 文献
一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)集英社、2012年10月22日
錯覚学─知覚の謎を解く (集英社新書)


▼ 関連記事
錯視や錯覚を実験する -『錯視と錯覚の科学』- 

 

梅棹忠夫著『知的生産の技術』から、知的生産の技術は、基本的にはつぎの3段階からなることがわかりました。

 1.「京大型カード」に記入する
 2.「こざね法」でまとめる
 3.文章を書く

これらを、現代の情報処理の観点からとらえなおすとつぎのようになります。

 1.ファイルをつくる
 2.ファイルを連携・結合する
 3.文章化

ファイルとは情報(データ)のひとまとまりのことです。

道具については、紙のカードやタイプライターは現代ではつかわず、スマートフォンとパソコン、付箋(ポストイット)をつかいます。


この3段階をくわしくみていくとつぎのようになります。

1.ファイルをつくる
これは、パソコンでファイルをつくることです。

ファイルにはかならずファイル名(見だし)をつけます。また、「京大型カード」の原則にしたがって、1ファイル1項目の原則をまもります。ブログを利用する場合は、1記事1項目の原則をまもります。

パソコンが便利なのは、テキストだけでなく、画像・音声・その他の資料も、型式にとらわれずにファイルにすることができることです。

パソコンやブログをつかっていれば、ファイルは時系列で集積されていき、個人文書館がおのずと形成されます。


2.ファイルを連携・結合する
課題を決め、関係のありそうなファイルをピックアップして、フォルダーにまとめます。エイリアスやショートカットを利用してもよいです。

フォルダーには適切な名称(見だし)をつけます。

フォルダーのなかに、さらにフォルダーをつくって階層構造にしてもよいです。一般的には階層構造になります。これが現代のファイリング・システムです。

このような階層構造をつくるときに、元のファイルのファイル名あるいはキーワードを、付箋(ポストイット)に書きだして「こざね法」をやってみるとよいです。

あるいはもっと簡略には、デスクトップで、フォルダーをつくり、アイコンをうごかしながら階層構造をつくってもよいです。

既存の順序にはとらわれずに、さまざまにファイルをならべかえ、あたらしいファイルのグループを編成します。

なお、あらたにつくったフォルダーは、より高次元の情報(データ)のひとまとまりととらえることもできます。つまり、フォルダーはより高次元の「ファイル」なのです。フォルダーをつかって整理するということは、元のファイルを、より高次元のファイルのもとで``統合している作業にあたります。


3.文章化
一般的には、第2段階までおこなえばよいという面もありますが、できれば文章化に積極的にとりくんだ方がよいでしょう。

ファイルによってあらたにつくった構造にもとづいて、文章化をすすめます。今度は、前からうしろへとテキストをつらねていきます。

元のファイルの情報(データ)を文章のなかにおりこんで書いていきます。元のファイルは、パソコン上でしたらアイコンをダブルクリックすればでてきますし、ブログでしたら検索機能をつかえばよびだせます。


■ ファイルは成長する
第1段階は、最初の小さなファイルとそれらの集積でした。

第2段階は、階層構造をつくる段階でした。ここで、フォルダーは、より高次元の「ファイル」ととらえることができます。フォルダーはやや大きな(中規模な)ファイル(中規模な情報のひとまとまり)とみなすことができます。ファイルのなかに小さなファイルがあるといった、入れ子構造をイメージできます。

第3段階は、文章を書く段階であり、ワープロをつかって書けば、結果的に、1つのあたらしいファイルができあがります。これも、文章としての情報のひとまとまりにはちがいないので、やはりファイルでです。第1段階、第2段階からみると、もっと大きなファイルです。第1段階の元のファイルは、第2段階の構造にしたがって、第3段階で1本の大きなファイルに統合されたわけです。

ファイルは、それが情報のひとまとまりになっているかぎり、小さくてもファイルであり、中規模でもファイルであり、大きくてもファイルでです。

つまり、情報のひとまとまりとは、どのようにでも柔軟に設定できるのです。電子書籍1冊も1つのファイルです。柔軟にかんがえることが大切です。

このような観点にたつと、ファイルでいう情報のひとまとまりとは、ひとつのメッセージのかたまりととらえた方がよいかもしれません。すなわち、1ファイル、1メッセージとするわけです。たとえば第3段階の文章化では、主題あるいは結論を1点にしぼりこめばファイルになるということです。

こうして、段階がすすむにつれて、ファイルは大きくなり成長していきます。結局、3段階の本質は、ファイルが成長していく過程でした。自分のファイル(メッセージ)を成長させるという精神でとりくむことが大事でしょう。


なお、旅行やフィールドワークに行って、現場で簡単なメモをとる、あるいは iPhone のボイスメモに簡単に記録をするとします。実はこれも、小さいですがファイルです。やはりファイルができます。最初の豆ファイルです。これは、いわば第0段階のファイルといってもよいでしょう。


▼ 参考文献
梅棹忠夫著『知的生産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年7月21日  

北海道で、恐竜の全身骨格の発掘がおこなわれているそうです(「恐竜大発掘 出るか !? 日本初の完全骨格」NHKサイエンスZERO、2013.11.23)。

北海道で日本の恐竜研究の歴史を塗り替える大発掘が行われている。見つかった化石は植物を食べることに究極に進化した「ハドロサウルス科」。発見された状況からは、日本で初めてのほぼ完全な全身骨格の可能性が高いのだ。

北海道大学総合博物館准教授の小林快次さんによると、きっかけは、博物館で保管されていた部分化石だったそうです。

最初に発見されて、博物館で7年間も、恐竜とわからずに保管されていたんです。いままで恐竜じゃないなとおもっていたものが恐竜だったりすることもありますので、最初の1個って一番大変なんです。1個みつかると2番目、3番目とつづきますので。

この話で注目すべき点は、博物館に標本が保管されていたことです。

標本を永久保存することは博物館の重要な仕事のひとつです。標本は、すぐには役にたたなくても、いつかは役にたちます。標本を保管する博物館の役割について再認識しました。長期的な研究、あるいは研究を次世代につなぐために博物館は有用です。

このように、標本を集積している博物館には潜在能力がねむっています。標本や資料を集積すればするほどポテンシャルは高まります。ポテンシャルとは量で決まるものであって、すぐに役にたつかどうかとか、質が高いかどうかといったことは二の次です。たとえば、ダムのポテンシャルはダム湖の水量で決まるのであって、水質で決まるのではありません。博物館の第一の役割はポテンシャルを高めることであると言ってもよいでしょう。

もうひとつの注目点は、標本や資料の鑑定ができる眼力をもった人材が必要だということです。これは養成するしかないでしょう。

そして、博物館と研究者がそろったときに成果があがります。ポテンシャルと人材の両者が必要です。

* 

これらのことを、個人の能力開発や問題解決にあてはめてかんがえるならば、第一に、テーマを決めたら、情報(正確にはファイル)をひたすら集積していくことが重要であり、これはポテンシャルを高めることにあたります。

このときは、1つ1つのファイルの質の高さよりも、量が優先されます。すぐに成果をあげようとするのではなく、とにかく、ファイルをたくさんつくり蓄積していくことです。ブログやフェイスブックなどをつかうと効率的です。同時に、テーマに関する記憶情報も強化するとよいでしょう。

第二に、対象を見る目、観察力、眼力を日頃からやしなうことがもとめられます。それぞれの専門分野で訓練方法や固有技術があるでしょうから、テーマを決めて専門的にとりくむのがよいでしょう。

このように、ポテンシャルを高め、眼力をきたえることは大事なことです。


▼ 関連記事
情報の本質はポテンシャルである 〜梅棹忠夫著『情報論ノート』〜 

『錯視と錯覚の科学』(Newton 別冊)は、錯視と錯覚に関する大変おもしろい本です。ページをめくりながら、錯視や錯覚がどのようにおこるか、自分で実験することができます。錯視や錯覚を実体験してみてください。

内容は、つぎのように多方面にわたっています。

1 動く錯視
2 明るさと色の錯視
3 形と空間の錯視
4 残像・残効・消える錯視
5 その他の錯視・錯覚
6 錯視研究の最前線

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「中央の+をじっとみていると、周囲の青・赤・黄のパッチが消えていくようにみえる」など、本当に不思議な体験をしました。

本書は、見るということに関してつぎのように説明しています。

眼に入ってきた光情報は、網膜で神経情報(電気信号)に変換され、脳の視床にある外側膝状体を通って、まず後頭葉にとどき、そこで情報をこまかく分解します。

その後、分解された情報は、より高次の脳領域に送られ、動きの情報や空間の情報を処理し、それらの情報がどういう意味をもつか理解します。そこで、分解された情報は再構築されます。

脳は、途切れ途切れになった映像をつなぎ合わせる機能を備えています。

このように、わたしたちの脳は、電気信号を処理し、再構築して映像をつくりだしているのです。そしてわたしたちは、その映像を「見ている」とおもっています。このような脳の情報処理のなかで、さまざまな錯視と錯覚も生まれてくるのです。 

本書をつかって実験をすれば、このようなことがわかってきます。

このようなことから、たとえば、ある道をあるいていて、奥行きが実際よりもながく感じられたり、あるいは、行きよりも帰り道の方が短く感じることなども、一種の錯覚としてとらえることができます。

また、錯覚がおこるときには、これまでの経験や、対象をとりまく環境や背景の影響・効果もあります。経験とは、時間的な過去であり、環境・背景は空間的なひろがりです。わたしたちは、自分固有の時間・空間の制約のなかで対象をとらえてしまいます。ありのままに見ることは非常にむずかしいことです。

時間・空間の効果と、錯視のテクニックとがシンクロナイズしたときに、錯覚は最大限になるでしょう。特に、その人が、未来にむかって特定の偏見をもっていた場合、過去だけでなく未来の時間的効果も、現在の錯覚にあらわれてくるのではないでしょうか。

錯覚の研究は、インプットとプロセシング、認識とは何かという課題についていろいろなことをおしていくれます。本書にもあるように、脳の情報処理が科学的に解明されてきたので、このようなことが科学的に議論できるよになってきました。

わたしなどは、錯覚の研究がもっとすすんで、その原理がわかれば、その原理をつかって、たとえば、苦しみを軽減したり、よろこびを倍増させたりすることもできるのではないかと想像したりしています。


▼ 参考記事
視覚効果と先入観とがくみあわさって錯覚が生まれる - 特別企画「だまし絵 II」-
平面なのに絵が飛び出す - 目の錯覚を利用した3Dアート -
中心をくっきりうかびあがらせると周囲の輪郭もはっきり - 顔の輪郭がはっきりした人 -
脳の情報処理の仕組みを理解する 〜DVD『錯覚の不思議』〜


▼ 文献
『目の錯覚はなぜおきるのか? 錯視と錯覚の科学』(Newton 別冊)ニュートンプレス、2013年4月15日

梅棹忠夫著『知的生産の技術』の第8章では「手紙」、第9章では「日記と記録」についてのべています。

手紙かきも知的生産の一種であるといえば、やや拡張解釈にすぎるであろうか。しかし、すくなくともそれが、知的生産のための重要な補助手段であることはまちがいない。文通によるさまざまな情報の交換が、わたしたちの知的活動をおおきくささえていることは、うたがいをいれないからである。

梅棹さんが、情報の観点から手紙をとらえていたことに注目しなければなりません。

現代では、電子メールがあり、また、ツイッターやフェイスブックなどが開発されたために、「情報の交換」は簡単に誰でもできるようになりました。また、それが知的活動をささえていることはいうまでもないでしょう。

『知的生産の技術』が出版されたのは1967年、その後の情報技術の進歩は本当にいちじるしいものでした。本書でとりあげられたタイプライター、コピー、住所録、模範例文集などの課題は、技術革新によってすべて解決されました。

しかし、逆に情報量が多くなりすぎて、処理がおいつかずにこまる場合がでてきました。今後は、人がおこなう情報処理能力の開発が必要でしょう。


つぎに日記について説明しています。

日記というものは、時間を異にした「自分」という「他人」との文通である、とかんがえておいたほうがよい。

日記というものは、自分自身にとって、重要な史料なのである。あとからよみかえしてみて、感傷にふけるだけではなく、あのときはどうであったかと、事実をたしかめるためにみる、という効能がたいへんおおきいのである。(略)日記は、自分自身のための業務報告なのである。

日記というのは、経験の記録が、日づけ順に記載されているというだけのことである。

世の中には、メモ魔と称されるひとがいる。ポケットに手帳をもっていて、それに、なんでもかでも、かきつけてしまうのである。

わたしも、メモ魔ではないけれど、ものごとをその場で記録することが、あまり苦にならないようになっている。

そして、梅棹さんは、京大型カードに日記や記録を書きはじめます。そしてカードが蓄積されていけば、それは「個人文書館」になるといいます。

わたしがいっているのは、知的生産にたずさわろうとするものは、わかいうちから、自家用文書館の建設を心がけるべきである、ということなのである。

現代では、この目的のためにブログやツイッター・フェイスブックなどがつかえます。これらは、文章だけでなく写真や動画もアップできます。リンクもはれます。これらに、記録を日々つけていけば、自動的に「個人文書館」は構築され、検索もできるようになります。したがって、紙のカードはいらなくなりました。

* 
 
このように、かつての道具はもはやふるくなりましたが、「情報交換」「日記」「記録」「個人文書館」に関する梅棹さんのかんがえ方と「技術」(やり方)は今でも生きているとおもいます。これらの技術(やり方)を現代の道具をつかって実践すればよいのです。

このような意味で、梅棹さんは時代を先取りしていて、時代が、ようやく梅棹さんにおいついたと見るべきでしょう。

『知的生産の技術』を読んでいると、当時存在した道具をつかって「知的生産」を実践しようと苦労し工夫してきた道のりがよくわかります。梅棹さんは意識して過程を書いていますこのような「知的生産の技術」の発展の歴史を知ることは、今後の情報化の発展を予想するための参考になるとおもいます

梅棹忠夫著『知的生産の技術』第6章「読書」では、知的な読書は3段階をふんでおこなうとよいことがのべられています。

まず、「一気によむ」ということから説明がはじまります。

ごく一般論としていえば、一気によんだほうが理解という点では確実さがたかい。すこしずつ、こつこつとよんだ本は、しばしばまるで内容の理解ができていないことがある。

本をかくということは、かき手の立場からいうと、やはり、ひとつの世界を構築するという仕事である。そして、本をよむということは、その、著者によって構築された世界のなかに、自分自身を没入させるという行為である。それができなければ、本を理解したことにはならない。

すこしずつ、こつこつよんだのでは、構築されたひとつの世界が、鮮明な像をむすばないのである。本は、一気によんだほうがよい。

「こつこつよんだのでは、構築されたひとつの世界が、鮮明な像をむすばない」というところがいいです。

わかりやすくいうならば、読書ではまず第一に、本の全体構造をつかまなければならないということだとおもいます。そのためには短時間で一気に読んだ方がよいのです。細部をとらえるのは構造をつかんでからでもできます。具体的には、目次をよく見ます。そして、各章、大見出し、小見出しの配置を視覚的空間的にとらえるようにします。それぞれの分量にも注目します。


つぎに、「本は二どよむ」ということです。

二どめのよみかたは、きわめて能率的である。短時間で、しかもだいじのところだけはしっかりおさえる、ということになる。

2度目の読み方は、1度目とはがらりと変えます。今度は、重要な箇所のみを重点的におさえるのです。

具体的には、その重要な箇所が、本の全体構造のなかのどこにあるのか、構造のなかに位置づけてとらえようにします。構造的な空間のなかのどこに配置されているのかをイメージするようにします。

そのためは、一度目の「一気によむ」で、本の構造をあらかじめとらえておくことが必要です。 

(1)全体構造を見て、(2)重要な部分をおさえると、今まで以上に全体がよく見えてくるものです


そして、最後に「創造的読書」についてです。

ところでだいじなことは、読書ノートの内容である。わたしの場合をいうと、(中略)わたしにとって「おもしろい」ことがらだけであって、著者にとって「だいじな」ところは、いっさいかかない。

「わたしの文脈」のほうは、シリメツレツであって、しかも、瞬間的なひらめきである。これは、すかさずキャッチして、しっかり定着しておかなければならない。

こういう読書ノートは、まえにかいた「発見の手帳」の、まさに延長上に位置するものである。あるいは、それ自体一種の「発見の手帳」であって、読書は、「発見」のための触媒作用であったということができる。

これは第三の読書であり、「発見」の読書あるいは「創造的読書」です。

ただし、電子書籍やPDFが発明された現代では、それらのハイライトやメモ機能をつかって、発見やひらめきを記録しておけばよいです。読書ノートやカードを別につくる必要はなくなりました。

本が、電子書籍やPDFになってきて、必要なときにいつでも簡単にとりだして読めるようになり、本当に便利になりました。ハイライトやメモの検索や一覧もでき、たとえばブログや報告書その他の文章を書くときに参照したり引用したりすることが簡単にできます。

このように、電子書籍やPDFが発明されて読書の仕方も変わってきました。
 
しかし、「知的生産の技術」の3段階の読書法は普遍的な原理として今後とも生きのこっていくとおもいます。つまり、知的読書の3段階は、創造の3段階としてもつかえるとおもうのです。つまりつぎの3段階には普遍性があるということです。

(1)全体構造をつかむ →(2)重点をおさえる →(3)創造
 


梅棹忠夫著『知的生産の技術』第5章「整理と事務」では、本や資料の整理、それによってえられる精神の安静についてのべています。

話は、蔵書の整理からはじまります。

本の場合、わたしは現在では、自分の蔵書はUDC(Universal Deecimal Classification 国際十進分類法)を基礎とした分類法で配列している。

蔵書のとりあつかい方については、ドキュメントスキャナー ScanSnap が出現してすっかり変わりました。

つまり、多くの人々がそうしているように、わたしも今では、ほとんどすべての本をPDFにしてしまいました。

ScanSnap をつかって紙の資料をファイルにする >

わたしは数年前から、大型本や写真集などの特別な本をのぞいて、ほとんどすべての蔵書をPDFにする作業をはじめました。すべてを自分でスキャニングしているとかなりの時間がかかってしまうので、3分の2ぐらいは業者にたのんでやってもらいました。

自分でおこなうとき(いわゆる自炊では)、本の裁断にはディスクカッターをつかっています。
 



1回で40枚ぐらいカットできます。本格的な裁断機ではありませんが、個人で自炊をおこなう場合には手軽につかえるコンパクトカッターとしてこれがおすすめです。

また、図書館などからかりた本については、有用なページの写真をとって保存しておきます。非破壊スキャンができるスキャナーも発売されていますが、個人的な記録として保存するだけでしたら写真で十分でしょう。

このようなことをしていると、かつては、ハードディスクがすぐに満杯になるという問題がありましたが、今では、外付けハードディスクが1TBで1万円をきるようになってきましたので、メモリーの心配はいりません。どんどんPDFにして外付けにファイルしています。写真も大量にとって保存しておくことができます。

こうして、本の保管スペースがいらなくなり部屋のなかがすっきりしました。また、すべてがデータ・ファイルになるので、いつもでも必要なときにとりだして読むことができ、とても便利になりました。 


つぎに、本や書類のおきかたについてのべています。

「おき場所」のつぎは、「おきかた」の問題だ。おくときには、つんではいけない。なんでもそうだが、とくに本や書類はそうである。横にかさねてはいけない。かならず、たてる。ほんとうにかんたんなことだが、この原則を実行するだけでも、おそろしく整理がよくなる。

PDFにするまえの本や書類は、つまずに立てておくことは重要な原則です。PDFにできない重要な書類もそうです。これだけで整理がすすみました。


 
垂直式ファイリング・システムを採用するにあたって、いちばんの問題は、やはり分類項目をどうたてるか、ということであろう。

徹底的に細分化しなければ、じっさいには役にたたない。細分化をすすめてゆくと、けっきょくは固有名詞が単位になってしまう。それでよいのである。

フォルダ名を固有名詞にするということはパソコンのフォルダでもそのままあてはまります。まず細分化したフォルダをつくっておいて、あとで課題別にフォルダにまとめることもできます。エイリアスやショートカットをつかうと効果的です。パソコンでは、ファイルおよびファイル名は自在にコントロールできます。また、キーワードを入力すればもとめるフォルダが見つかります。本当に便利になりました。

ただし、フォルダ名に漢字をつかう場合、たとえばつぎのようにしておくと五十音順でファイルをならべることもできます。キーワード検索ですぐにでてこないこともありますので、五十音順でも検索できるようにしておきます。

 【シ】新宿図書館
 【ト】東京都 
 【ニ】日本ネパール協会
 【ヒ】東村山市

以前、封筒に資料を入れて時系列でならべておき、ふるくなってつかわなくなった封筒はすてるというシステムを提案した書籍がベストセラーになったことがありましたが、パソコン・ファイルに移行し、メモリーの心配がいらなくなった今日、ファイルをすてる必要はなくなりました。検索も簡単にできるようになりましたので、ならべ方の問題もなくなりました。

こうしたことよりも、ファイルの形成とそれらの操作・活用が課題になりました。

ファイルとは情報(データ)のひとまとまりのことです。
 
そしてフォルダとは、くつかのファイルがあつまったものであり、フォルダは高次元の情報のひとまとまりといってよいでしょう。さらに、いくつかのフォルダーをあつめて、さらに高次元のフォルダをつくることもできます。

こうして、ファイルを単位にして、情報の階層構造ができあがっていきます。これが現代のファイリング・システムです。

したがって、どのような階層構造をつくるのかが本質的な課題になってきました。 


 
知的生産の技術のひとつの要点は、できるだけ障害物をとりのぞいてなめらかな水路をつくることによって、日常の知的活動にともなう情緒的乱流をとりのぞくことだといってよいだろう。精神の層流状態を確保する技術だといってもよい。努力によってえられるものは、精神の安静なのである。

情報技術が発展したお陰で、物理的な障害はなくなってきました。そして、わたしたちは、ファイルの操作・活用に集中できるようになってきました。 

ファイルを作成し操作・活用する、ファイルをあつめてフォルダを作成し操作・活用する、そして、階層構造になった自分独自のファイリング・システムをつくるということに誰もがとりくめる時代になりました。

『写真で楽しむ 自然の幾何学』(Newton別冊)は、自然界で見られるさまざまな形を写真で紹介しているおもしろい本です。光では見えない小さな物から宇宙の構造まで、さまざなま規模であらわれる自然界の幾何学図形を見ることができます。

つぎの形の写真が掲載されています。

1章 円と球
2章 渦とらせん
3章 六角形
4章 その他の多角形
5章 フラクタル
6章 さまざまな曲線
7章 『自然の幾何学』研究最前線

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写真1(本書 38-39ページ)


本書に親しんでおけば、散歩をしながら、あるいは旅行をしながら自然を見るとき、これまでとはちがった観点から自然をとらえなおすことができます。自然にはこんな一面もあったのかと、とても新鮮な感動がえられることもあります。

本書を手元においておき、折にふれて見なおし、自然観察のために役立てるとよいでしょう。


また、自然の形からあらたな着想がえられることがあるかもしれません。

たとえば、株式会社エーイーティーというオーディオ関連機器メーカーでは、「自然の理を製品設計に昇華し実現した超強度の製品群」を製作しているそうです(写真2、3)。

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写真2(株式会社エーイーティーのカタログより)


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写真3 (株式会社エーイーティーのカタログより)


また、建築家のガウディは、自然界の幾何学的な形を建築にとりいれました。自然界がもつ完璧な機能に注目し、らせんや局面など生物の基本的な構造を多用しました。自然の機能にうつくしさを見いだし、うつくしい形は構造的にも安定していることをあきらかにしました。



わたしが注目するのは、本書第5章のフラクタルです。

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写真4(本書 96-97ページ)
 

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写真5(本書 98-99ページ)

この野菜は、全体を見るとしずく型をしている。そして、一つ一つの突起を見ると、これもしずく型をしている。この突起をさらに細かく見ると、より小さなしずく型があらわれる。このように、「全体と部分が自己相似する形」を、「フラクタル」という。(98ページ)


野外をあるいているときに気をつけていると、フラクタルが結構みつかります。フラクタルを見ると、部分を見て全体が想像できたり、全体を見て部分が想像できたりします。相似な形態を見つける目がやしなわれます。

植物の観察がとてもたのしくなります。風景のなかにもフラクタルはあります。

自然あるいは宇宙の基本構造はフラクタルになっているのではないかとわたしはかんがえています。

自然界には実に多様な形があって手におえないように感じますが、フラクタルを中心にすえて自然を見なおしてみると、自然の見方が一気にひろがります。

是非、フラクタルに注目して見てください。


▼ 文献
『写真で楽しむ 自然の幾何学』(Newton別冊)ニュートンプレス、2011年12月15日
自然の幾何学―写真で楽しむ (ニュートンムック Newton別冊)

梅棹忠夫著『知的生産の技術』第4章「きりぬきと規格化」では、新聞のきりぬきや各種資料の整理とそれらのいかしかたについて説明しています。

ながい中断ののち、一九五〇年ころから、わたしはやや体系的に新聞記事のきりぬきをはじめるようになった。こんどかんがえた方式は、スクラップ・ブックをやめて、ばらの台紙にはる、というやりかたである。

そして、記事の大小にかかわりなく、台紙一枚に記事ひとつという原則をかたくまもることにした。

わたしも以前はこの方式にしたがって新聞のきりぬきをしていました。しかし、デジタルカメラが発明されてからは、記事の写真をとって保存する方式に変えました。現在ではきりぬきはせず、有用な記事をみつけては iPhone で写真をとってMac の iPhoto に保存しています。

* 

台紙にはる、という操作がひとつの規格化であるとともに、オープン・ファイルのフォルダーにいれるという操作もまた、ひとつの規格化である。これによって、台紙にはった紙きれ以外のもの、さまざまなパンフレットやリーフレットのたぐいも、みんなこれにいれればおなじ形になる。

わたしも以前はこの方式をつかっていて、オープン・ファイルのフォルダーが本棚の大部分を占有していました。

しかし、変化がおきたのは、富士通のドキュメントスキャナー ScanSnap が発売されてからです。これにより、書類・パンフレット・写真・名刺などを高速でスキャンして保存できるようになりました。

ドキュメントスキャナーは、従来のフラットベッドスキャナとはちがい、膨大な資料のスキャン、デジタル化が手軽にできます。書類や資料の山にうずもれてこまっていた人にとっては救世主になりました。これで、書類や資料、映像や音声などの形式にとらわれずに一つのフォルダに統合・保存し、活用できるようになりました。こんな素晴らしいことはありません。

また、もとの資料のほとんどはのこしておく必要はなくすててしまうので、資料の保管スペースを心配しなくてすむようになりました。

こうして、台紙もオープン・ファイルのフォルダーもなくなりました。そして、パソコンのフォルダーをつかうようになりました。

ドキュメントスキャナーは他社からも発売されていますが、性能やコストパフォーマンスにすぐれる 富士通 ScanSnap を絶対におすすめします。




梅棹さんは写真の整理のむずかしさについてものべています。

しかし現在では、スマートフォンやデジタルカメラで撮影した写真は、Mac でしたら iPhoto というすぐれた写真アプリがあるので整理はむずかしくありません。整理・保存の心配をしないで大量に写真をとることができるようになりました。

デジタルカメラ以前のフィルム写真については、わたしは、保存していたすべての写真を ScanSnap でスキャンしてしまいました。デジタルデータになりましたので Mac であっという間に整理がつきました。元の写真はおいておくと場所をとるので、重要なもの以外はすててしまいました。

iPhone でとった写真は、iPhone の「設定」→「写真とカメラ」で「自分のフォトストリーム」を ON にしておけば、Mac に同期され、iPhoto で整理することができます。新聞記事などの撮影した資料もこうして活用できます。 新サービスとして「iCloud フォトライブリー」がはじまりましたが、わたしはまだつかっていません。これがつかえるようになればもっと便利になるでしょう。


また梅棹さんは、資料や情報の単位化についてのべています。

スクラップ・ブックにはったり、そういうことをしないで、いっさい台紙にはりつけるというのは、どういう意味か。それは、ひとことでいえば、規格化ということなのだ。

それによって、おおきい記事もちいさい記事も、みんな、おなじ型式をあたえられて、単位化されるのである。そして、その規格化・単位化が、その後のいっさいのとりあつかいの基礎になっている。分類も、整理も、保存も、すべてそのうえでのことである。

じつは、カードの使用そのものが、一種の規格化であった。カードに記入することによって、いっさいの思想・知識・情報が、型式上の規格をあたえられ、単位化されるのである。

資料や情報はまず単位化しなければなりません。情報を単位化するということは、情報処理の観点からいうとファイルをつくるということですファイルとは、情報あるいはデータのひとまとまりであり、ひとつの単位です。この単位から創造的作業がはじまるのです。ファイルの概念を理解し、ファイルを操作・活用することがこれからの情報産業社会では特に重要になってくるでしょう。

『知的生産の技術』はふるい本であるにもかかわらず今でも読みつがれているのは、知的生産の原理が書かれているからです。また、梅棹さんご自身がどのように進歩してきたか、その過程が、最初の一歩から書かれていることもこの本をおもしろくしている要因です。つまり、ストーリーをたどりながら原理がまなべるのです。


▼ 文献
梅棹忠夫著『知的生産の技術』(岩波新書)岩波書店、1969年7月21日
知的生産の技術 (岩波新書)


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