発想法 - 情報処理と問題解決 -

情報処理・学習・旅行・取材・立体視・環境保全・防災減災・問題解決などの方法をとりあげます

カテゴリ: 問題解決

フィールドワークでは、現地あるいは現場の観察が必須であり、そのためには観察力を常日頃から強化しておくことが重要です。

観察とは、言語(書籍)からではなく、視覚情報を環境から吸収することであり、イメージで外界をとらえることです。つまり、言語を通さないで風景などをダイレクトに感じとり、言語をもちいないで映像としてその場をとらえることです。

そのためには視覚をするどくするとともに、イメージ訓練をするのがよいです。たとえば旅先で風景をみたら、目をつぶってそれを思い出す(想起する)訓練をします。時間があれば、風景をみないで思い出しながらその風景をノートにスケッチしてみます。風景を見ながらスケッチする(うつしとる)のではありません。あくまでも想起するところに訓練の基本があります。どこまで正確に想起してイメージをえがけるでしょうか。

このようなイメージ訓練をしながら、風景を構成する地形や川・建物さらに人に意識をくばるようにします。

このような観察はフィールドワークの入口として機能し、観察がよくできるとその後のフィールドワークを大きく展開させることができます。そして、環境や地域をよりよく知ることにつながってきます。

情報処理や問題解決をすすめるうえでもっとも必要なことは当事者の主体性です。

私は長年、発展途上国で環境保全の仕事をしていますが、発展途上国がいわゆる援助漬けになり、発展途上国の人々が援助慣れしてしまった事例を数多くみてきました。先進国からの援助をうければうけるほど、その人は、みずから学び、成長し、発展する貴重なチャンスをうしなってしまいます。そこには主体性はありません。

このような状況から私は援助活動はせず、環境保全活動に徹するようにしています。

必要なことは、ご自身の主体性であり自立と自律です。これは日本人でもおなじです。依存心をすて主体性をもって自立・自律の道をすすんでいかなければなりません。

オルフェウス室内管弦楽団の日本公演をききました(注1)。このオーケストラの特徴は、指揮者をおかず、各メンバーが自律的に演奏して音楽をつくるところにあり、この方法は「自律分散システム」を理解するための参考になります。

指揮者がいないため、特定のリーダーがオーケストラを仕切ってしまうことはありません。各メンバーが意見をだしあい合議的に音楽をつくりあげていきます。演奏者一人一人が高い能力をもち、お互いにその主体性を信頼し尊重しあうことがこのオーケストラを成功にみちびき、世界的な演奏水準をもつ結果となっています。

これは、オーケストラの「自律分散システム」といってもよいでしょう。「自律分散システム」とは、全体を統合する中枢機能をもつ「集中管理システム」とはことなり、自律的に行動する各要素の相互作用によって全体として機能するシステムのことです。現代のインターネットはその典型的な事例です。

オルフェウス室内管弦楽団のあるメンバーは次のようにかたっています。
「他のオーケストラでは、やるべきことを常に指示され、従順な兵士であること以外に価値がないかのようにあつかわれ、物事に影響をあたえることへの無力さを感じましたが、 一方、オルフェウスは私に関与させます。私は、音楽が進んでいく方向に関与することができるのです」(注2)

制御や情報の中心が存在する「集中システム」とはことなり,「自律分散システム」は、生物からなる生物社会、あるいは細胞からなる生体のように、自律的に稼動するサブシステムの集まりが全体として機能するシステムです。サブシステムがあつまって複雑な機能が達成できます。サブシステムのあらたな追加もでき、また故障に対しても頑健であるといわれます。

これからの時代、問題解決や情報処理に取り組むうえでもこの「自律分散システム」を役立てていきたいものです。

注1:
ベートーベン作曲 序曲《コリオラン》作品62
同 交響曲 第2番ニ長調 作品36
同 ピアノ協奏曲 第5番 作品73《皇帝》
ピアノ:辻井伸行
サントリーホール、2014.02.10

注2:

世界的に有名なオーケストラがスクラムに似た手法を採用
http://www.infoq.com/jp/news/2008/07/self-organizing-orchestra-orpheu 

 
オルフェウス室内管弦楽団の最新CDです。

フィールドワークや旅行をするときに、Googleマップと Google Earth はとても役にたちます。

まず、フィールドワークや旅行にいく前に、Googleマップと Google Earth をつかって こらからいく場所のパノラマ的なイメージをえて、その場の全体を心の中にすっぽりいれてしまいます。これは、部分をつみあげて全体をつかもうとするのとはまったくちがい、全体を一気に見てしまう行為です。

そのうえで現地にいき、こんどは地上からそれぞれの場所の細部を詳細にみます。

そして帰宅後、もう一度 Googleマップと Google Earth を見直せば、前回以上に全体がよく見えてきます。さらに、よい発想がうまれたり本質が見えてくるかもしれません。

このような簡単な行為をくりかえしているだけでも、心の中に地図の記憶が生じ、心のあらたな空間を確立することができます。

第223回 SRS特別講習会「志向法(未来志向邁進法)」に参加しました。

「志向性をもつ人には心の中にベクトル場があり、志向力があると未来を引き寄せることができます。志向法によって願望と完成力とをむすびつけ人生を全うする」ことをまなびました。

「志向力は未来を引き寄せ、未来が現在に流れこんでくる。目標をもって未来と対話する」ということが印象的でした。

アップルストア銀座のワークショップ「iCloud」に参加し、iCloudについて理解することができました。


USBケーブルをつかってデバイス(端末装置)を同期をするのではなく、iCloudとWi-Fiをつかって自動的に同期できるようになったところが大きな改革です。iPhoneとiPadのバックアップも自動的にしてくれます。Macは、これまでは“旗艦”(システムの中枢)として機能していましたが、もはやデバイスの一種になりました。


こらからはハードウェア中心ではなく、クラウドを中心にして総合的なシステムが構築され、様々な情報処理がすすむとかんがえられます。つまり、iPhone・iPad・Macといった端末装置(ハードウェア)にとらわれるのではなく、クラウドから端末装置をとらえなおし、総合的な情報処理システムを構築することがもとめられます。あたらしい総合的情報処理システムは、ハードウェア開発の延長線上ではなく、クラウドを中心にしてあらたにデザインしなければなりません。iCloudシステムの全体像をつかむことが重要です。


そしてユーザーは、このシステムをつかって何ができるかというよりも、自分が何をしたいのかを明確にすることがまず必要です。たとえばiPadは従来のコンピューターとはちがい、ユーザーの目的に応じて自在につかいこなすことができるデバイス(端末装置)です。iPadとiPhoneとMacとを適切につかいわけるのがよいです。iCloudシステムの中核になるのはコンピューターではなくユーザー、つまり自分自身(人間)です。コンピューターに何かをしてもらおうというのではなく、自分自身(人間)こそが情報処理システムの中核的存在にならなければなりません。主体性がもとめられます


たとえば、フォトストリームをONにすると自動的に写真が保存され、すべてのデバイスでおなじ写真が見られるようになります。様々なメモや記録の保存・閲覧方法としてこれは応用ができます。また、あたらしい音声入力をつかえば、文章化にかかる時間はこれまでの約4分の1に減ります。


ジョブズが、iPhoneやiPadそしてiTunesをなぜ開発したのかがわかりました。未来を見通していたジョブズのビジョンにあらためて感心しています。


近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』は、「毎日すこしずつ片づけていくのではなく、短期間で一気に片づけること」をすすめています。これを片づけの「祭」と命名し、生活と人生をリスタートさせるきっかにしようということです。

そもそも、なかなか片づけられずに身のまわりに物や本があふれていく背景には、「過去に対する執着」と「未来に対する不安」があると著者はいいます。過去にとらわれて思い出を引きずり、また、将来どこかで必要になるのではないかと落ち着かない人々が多いです。

このような執着と不安から解放され、今を、よりよく生きることにつなげるのが片づけの「」です。ときめかない物を捨てるということは、その事柄から「卒業」することであり、未来にむかってあたらしい生活や仕事をはじめることです。ここには決断という大きなイベントがあります。

必要のない本を捨てたら、あたらしい情報がどんどん入ってくるようになったという例もあります。アウトプットをするとインプットがよくできるようになり、情報収集や情報処理がすすむということでしょう。

片付けは、過去に片をつけること
片づけが劇的であればあるほど、その人の考え方や生き方、人生までが劇的に変わってしまう
本当の人生は片づけた後に始まる
と著者はいいます。片づけはあらたな出発点です。片づけを単なる片づけとしてとらえるのではなく、このようなイベントとしてとらえなおし、後ろ向きの人生を切り捨て、未来にむかってあかるいビジョンをえがける人生をあらためてスタートさせたいものです。


▼ 引用文献
近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』サンマーク出版、2010年12月27日
kindle版:人生がときめく片づけの魔法
単行本:人生がときめく片づけの魔法


第216回SRS特別講習会「危救法(危機危険救難法)」に参加しました。

ほころびからリスクが生まれます。リスクとは時空のほころびです。しかし一方で、リスクからあらたな活路が生まれるのも事実です。未知の世界にはリスクもありますが活路もあります。未知の世界に活路を見いだして生きていきたいものです。

人の生活の場は、主体である人と、それをとりまく環境とからなりたっています。

主体と環境との境界領域には生活様式や文化が発達します。文化をとらえるには物(人がつくった物)に注目するとよいです。物は、人工物のみならず農作物や料理などもふくみます。また環境を見るときには、地・水・火・風・空に注目するとよいです。
 
主体と文化と環境の全体を見て構造をつかむとその仕組みがわかってきます。さらに、マクロで見てミクロでとらえると本質がわかってきます。問題意識をもって固定観念をすて、問題意識をとぎすますと本質が見えてきます。固定観念や思い込み・先入観をもっていると何も見えてきません。

ある組織の会報に写真を掲載するにあたって、もっといい写真をたくさんならべた方がいいという意見をうけました。しかし、いい写真は1枚にしておき、それ以外は普通の写真、あるいはいい写真をひきたてる写真にした方がメッセージがつたわりやすいです。

そのためには何をつたえたいのか、メッセージをあらかじめ明確にしておかなければなりません。

たとえば、何かを書くときに10件の情報があったら、その中から1件をえらんでそれを中心に書き、その他はその1件を補強するための手段としてつかうというやり方が推奨できます。テーマは一本にして様々な情報をそれにまきこんでいくのです。

また、たとえば、明朝体で書かれた文章の中にゴシック体の単語が一語あればそれが目立ちますが、すべてがゴシック体だったら何も目立ちません。おいしい料理を平等に何品もならべるよりもメインディッシュは一品にし、それ以外の料理はメインをひきたてるような料理にしたりすることもかんがえられます。

私は、プロジェクト方式で仕事をすすめています。この方式は、既存組織の発展のために常設の組織内部で仕事をする前世紀までのやり方とは大きくことなります。

プロジェクト方式では、まず、どのようなニーズがあるのかをつかむところから仕事がはじまります。そして、目標を設定し、予算を見積もり、チームを結成、目標を達成するまでの期間を決めます。こうして、プロジェクトを推進するための体制をつくっていきます。

チームの結成にあたっては複数の組織から適任者をえらびだします。どうのような組織からえらべばよいか、どのような人をどのように組み合わせるのがよいか、なるべく労力をかけずに効率よく目標が達成できるように思考実験をします。

この方式では、プロジェクト推進のために既存の組織がつかえるかどうかは検討しますが、それよりも、よい組み合わせを見つけることの方が重要です。そして、それらの中心にプロジェクトチームを位置づけます。組織の持続・継続が目的ではなく、プロジェクト目標を達成することに意味があるのですから、目標が達成され期限がくればチームは解散することになります。チームが常設組織になることはあり得ません。

かつての日本の組織は、会社のために社長のために「頑張る!」という様式でした。しかし現代では、終身雇用や年功序列が機能しなくなり、組織の発展のために頑張るという時代ではなくなりました。

小澤征爾さんなどの世界的な音楽家を数多くそだてた音楽教育者・故齋藤秀雄は次のようにのべています。

「バイオリンを弾いて、バイオリンの音をきかせようとしている人がいますが、それはバイオリン弾きであって芸術家ではありません。バイオリンという道具をつかってもっと奥にあるものをつたえようとするとき、その人は芸術家になっていくのです」(注)

奥にあるものあるいは作曲家のメッセージ(おおげさにいえば魂)をつたえることが音楽の役割です。楽器や音はそのための手段です。作曲家は、音をつかって何らかのメッセージを私たちにつたえようとしているのです。

齋藤秀雄はこうもいっています。「バッハの時代はこういう楽器(古楽器)でこういうふうに弾いていたのだから、現代でもそのように弾かなければならないというは、私たちのやり方とはちがいます」

つまり、バッハの時代のサウンドを再現するのが芸術の目的ではなく、バッハの心あるいはメッセージをつたえることがもとめられているのです。そのための手段として楽器があり音があるのです。どのような手段(古楽器か現代の楽器か)をつかったかは本質的な問題ではなく、心やメッセージがつたわったかどうかがポイントになります。

作曲家の心やメッセージを理解することなく、自分を出そうとしたり自己主張をするために演奏している奏者がときどきいますが、そのような人は論外です。

注:NHK/BS:サイトウキネンフェスティバルの10年、2013年3月放送

 
アップルのビジョンは「顧客の暮らしを豊かにする」(注)ことであるいいます。つまり、コンピューターなどの物をつくって売ることではなく、あたらしいライフスタイルを創出することをもとめています。

ここでは、コンピューターなどは道具にすぎません。コンピューターの開発ではなくて、それらをつかってどのような暮らしを実現するのかが課題になるのです。そのためには「複雑なものをシンプルにする」姿勢が重要です。

注:
カーマイン・ガロ著(井口耕二訳)『アップル 驚異のエクスペリエンス 顧客を大ファンに変える「アップルストア」の法則』、日経BP社、2013.1.28 発行
カーマイン・ガロ著(井口耕二訳)『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション 人生・仕事・世界を変える7つの法則』、日経BP社、2011.7.4 発行

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朝日新聞デジタルで次の記事をよみました。
「ソニーのハワード・ストリンガー取締役会議長(71)が6月で退任する意向を固めた。ソニー初の外国人トップとして2005年に就任したが、主力のテレビ事業の赤字を止められず、昨年4月に社長を退いていた。今後はソニーのすべての役職から身を引く」(注1)。

大規模なリストラや工場の統廃合をすすめましたが、ソニーのテレビ事業は8年連続の赤字がつづき、12年3月期の純損益は、4566億円の赤字で過去最高だったといいます。

クレイトン=クリステンセン教授は自著『イノベーションのジレンマ』(注2)の中で、優良企業がなぜ失敗するのかについて詳細に論じています。それは、
「そのような企業を業界リーダーに押し上げた経営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われる原因となるからだ」
といいます。既存の優良企業は、既存の顧客の需要にいつまでもこたえようようとし、既存の製品の性能を高める開発、つまり「持続的技術開発」をおこなってしまいます。その結果、あたらしい市場を切りひらくあたらしい技術開発つまり「破壊的技術開発」ができなくなってしまいます。ここに、「持続的技術開発」と「破壊的技術開発」のジレンマを見ることができます。

ソニーが、トリニトロンやCDやDVDの延長線上でブルーレイなどの開発に熱中していたときに、アップルは、iTunes に代表されるディスクレスのあたらしい技術開発をすすめていました。ブルーレイの開発は「持続的技術開発」であり、iTunesは「破壊的技術開発」であったのです。

以前、「さよなら、僕らのソニー」という記事を朝日新聞でよんだことがあります。本業のエレクトロニクスからはずれた、ソニー銀行やソニー損保といった大きな広告を見ていれば、かつての“ソニーファン”は誰でもそのような気持ちになります。たとえば、ニコン銀行やキャノン損保がもし出てきたとしたら、ニコンやキャノンのファンはがっかりしてはなれていくでしょう。

しかしながら、氷屋さんがもしここにいたとして、その氷屋さんが、こらからは冷蔵庫の時代に変わるとわかったとしても、「破壊的技術」である冷蔵庫の開発・販売はできなかったかもしれません。日本のかつての優良企業がイノベーションのジレンマにおちいったことは歴史の必然とみることもできるのです。もやはあきらめるしかないのでしょうか。

もしそうならば、ふるい企業ではなく、これからのあたらしい時代をになう若い人たちによるあらたな技術開発に大きな期待がかかってきます。


注1:朝日新聞デジタル 2013年3月9日12時1分配信
注2:クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』、翔泳社、2011年7月3日発行(2012−09−14版)
kindle版:イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard business school press)
単行本:イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

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2012年12月26日、SF人形劇「サンダーバード」シリーズの生みの親、ジェリー=アンダーソン氏が死去しました(注)。英国人、83歳でした。操り人形で、近未来の国際救助隊の活動を表現する独自の手法を確立し、世界的な人気を博しました。

近年のSFは、コンピューター・グラフィックスなどをつかってリアルなハイビジョンで詳細を表現するのが普通ですが、「サンダーバード」はそれとはまったくことなる独特の手法で、操り人形をつかっています。操り人形が視聴者にすぐにわかってしまうところがかえっておもしろく親しみを感じます。

ここには、技巧をのりこえた人間劇あるいは人間性がみごとに表現されており、世界のために懸命にはたらくチームの心がつたわってきます。いちばん大切な事はリアルさをあらわすことではなく、視聴者に心をつたえることです。

「サンダーバード」は近年も人気をあつめているそうでう。毎日jpには、我が子のように人形をだくアンダーソンさんのほほえましい写真が掲載されていました。

注:毎日jp(毎日新聞、2012.12.27)

METライブビューイング(新宿ピカデリー)でヴェルディ作曲『オテロ』を視聴しました。

指揮:セミヨン=ビシュコフ 
演出:エライジャ=モシンスキー
出演:ヨハン=ボータ(オテロ)、ルネ=フレミング(デズデーモナ)、ファルク=シュトルックマン(イアーゴ)、マイケル=ファビアーノ(カッシオ)

『オテロ』は、ウィリアム=シェイクスピアの悲劇『オセロ』(Othello)を原作とする、全4幕からなるオペラです。ヴェルディが74歳のときに作曲、彼の26のオペラのうち25番目の作品です。1887年にミラノ・スカラ座で初演されました。

15世紀末、ヴェネツィア共和国領のキプロス島。ムーア人の将軍オテロは、剛毅な英雄として名声を得ていました。オテロに出世をこばまれたことをうらむ旗手イアーゴは、新婚の妻デズデーモナに夢中になっているオテロをおとしいれようと計画、デズデーモナと副官のカッシオの不倫をでっちあげ、オテロにそれをふきこみます。イアーゴの言葉を信じ、嫉妬にかられたオテロは、彼にあやつられるままに・・・

『オテロ』の真の主人公は、イアーゴ(ファルク=シュトルックマン)です。イアーゴは、さまざまな謀略をくわだて、オテロをひきずりまわし、デズデーモナを悲しみのどん底につきおとします。イアーゴは、周囲の人々を破滅へとおいこんでいく悪党のなかの悪党です。

イアーゴにとっては、悪意は、深層意識からわきでてくる、生きるためのエネルギーになっているのです。イアーゴにとっては悪意はすべての原動力であり、悪意に根拠など必要ありません。悪意をみがいて、ますます力づよく行動していきます。

そして、イアーゴの心の底からひびいていくる悪魔の歌声は、大きな波動となって周囲をつつみこみ、オテロとデズデーモナを翻弄していきます。二人は、それとは気がつかずに、ただその波動にのみこまれ転落していきます。これを運命とよぶのでしょうか。

それにしても、ファルク=シュトルックマンのイアーゴ、見事でした。


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「自分が見えていない」をキーワードにして - シェイクスピア - 

自分のアウトプットを見直して、自分で自分を見る

 


私が仕事をしているネパール・ヒマラヤに、キバン村という村とガーラ村という村があります。キバン村はマガール族よばれる民族の村であり、部族社会をつくっています。一方のガーラ村はバフン・チェトリとよばれるアーリア系(インド系)の人々の村であり、カースト社会をつくっています。

現場では、外からクールに見る目と、村人(対象)の身になり内側から共感的に見る目とを相互に重視します。外からの目と内からの目の両者が相まって真実がわかってきます。前者の調査法はフィールドワークといい、後者のそれはアクションリサーチとよぶこともできます。

詳細は省略しますが、フィールドワークとアクションリサーチにより、ネパールの歴史と民族の対立を村々の間に読み取ることができます。


参考文献:
川喜田二郎・加藤千代著『神話と伝説の旅』(ネパール叢書)古今書院、1981.11.10
川喜田二郎・他著『ネパールの集落』(ネパール叢書)古今書院、1992.9.28
 

私が仕事をしているネパール・ヒマラヤにはマガールとよばれる農耕民族の村があり、その村の生活様式は各村内で完結する自給自足でしたが、1990年ごろから近代化・文明化の波がおしよせてきて貨幣経済が浸透、現金収入を得ることが重要な課題になってきました。マガール族は現在、みずからの伝統的な生活様式を基盤にしつつも、異質な外来文化を積極的にうけいれて重層文化をつくりつつあります。ここには重層化というやり方をみることができます。

一方で私は、タカリーとよばれる民族またチベット人とも仕事をしています。彼らはマガール族とは大きくちがい、伝統的に交易をおこなって生計をたててきました。つまり彼らは、貨幣経済の中で元々くらしており、近代化の波がおしよせてきても、彼らの生活様式は本質的には変わることはなく、これまでのやり方で自己発展的(自立的)に成長をつづけています。

このように、おなじネパール・ヒマラヤの民族でも、彼らの発展の仕方は民族によって大きくことなります。 結果的に、重層化を採用するマガール族は先進国からの国際援助をうけやすく、他方のタカリー族やチベット人は援助をうけなくても自分たちで自立・自律してやっていくという性格があらわれます。

DVD『ヒマラヤ動物紀行』(飯島正広)を見ました。

ネパール南部・亜熱帯のチトワン国立公園から、ソルクーンブ・エベレストの近く、そしてツルのヒマラヤ越え(アンナプルナ越え)と多様な動物をみていきます。それぞれの動物は環境に適応して生きています。環境がことなれば動物もことなるので、それぞれの動物は環境の指標にもなっています。動物を見れば環境がわかり、環境がわかると動物が見えてきます。

動物と環境とはセットにしてとらえなければなりません。動物-環境系が一つのシステム(体系)です。それがわかれば生命を高い次元でとらえなおすことができます。

東京国立博物館特別展「出雲 -聖地の至宝-」(古事記1300年 出雲大社大遷宮)を見ました。

『古事記』のなかの重要な事件の一つとして「オオクニヌシの国譲り」があります。哲学者の梅原猛さんは、「大量の青銅器が地中に埋められていたのは、『国譲り』の代償に巨大な神殿を得てそこに祀られることになったオオクニヌシの魂を鎮めるためのもの」(注)という仮説をのべています。出雲の地をたずねてみて、神話がまさに事実であったことをまざまざと実感したそうです。

この鎮魂説により古代史がよく見えてきます。多様なデータに基づいて仮説を立てることが重要です。


参考文献:『特別展「出雲 -整地の至宝-」』(図録)東京国立博物館/島根県立古代出雲歴史博物館編集、2012年。

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