発想法 - 情報処理と問題解決 -

情報処理・学習・旅行・取材・立体視・環境保全・防災減災・問題解決などの方法をとりあげます

カテゴリ: 問題解決


人気ミステリードラマ『刑事コロンボ』は、ミステリー史上にのこる不朽の傑作です。アメリカでは1962年から、日本では1972年から放映されました。
 
わたしは、この『刑事コロンボ』を長年研究しており、下記のウェブサイトを運営しています。

このサイトでは、「キーイメージ」「犯行の動機」「コロンボはいつどこでピンときたか」「犯行を裏付ける事実」「コロンボはいかにして決着をつけたか」の観点から、旧シリーズ全45作について解説をしています。
 
刑事コロンボはいつもすぐれた推理をしており、コロンボからは、特に、仮説形成の方法をまなぶことができます。情報処理や問題解決をすすめるうえで、仮説形成あるいは仮説をたてることは非常に重要なことです。

興味のある方は是非ご覧ください。
▼ 推理と対決 -『刑事コロンボ』研究 -
tanokura.net/columbo 






▼ NHK/BSプレミアムでも放送しています(毎週土曜日)
nhk.or.jp/columbo
 

今回は、川喜田二郎著『発想法』の第 III 章「発想をうながすKJ法」から、第4場面「累積的KJ法」(111〜114ページ)について解説します。

要点は次のとおりです。

紙きれづくり→グループ編成→A型図解→B型文章化までを1サイクルとすると、そのサイクルを累積的にいくつも重ねる。

文章化の途中で自分が生みおとした大小おびただしい数のヒントを、もう一度見つけることができる。これらのヒントとか仮説をもう一回紙きれを用いて採集するのである。

時として副産物から、すばらしいものも生まれる。

「発想をうながすKJ法」について、情報処理の観点から、本ブログではこれまでに以下のように整理してきました。ここでは、紙きれ・紙片・付箋などを総称して「ラベル」とよびます。


 第1場面: ラベルづくり〔探検(取材)する→情報を選択する→一文につづる〕

 第2場面
 (その1): グループ編成〔ラベルをよむ→ラベルをあつめる→表札をつける〕
 (その2): 図解化〔表札をよむ→空間配置する→図解をつくる〕

 第3場面: 文章化〔図解をみる→構想をねる→文章をかく〕
  
これら第1場面から第3場面までを1サイクルとします。そして、その過程であらたにえられたヒントやアイデア・仮説などを、あたらしいラベルに一文につづります。つまり、ふたたびラベルづくりをおこないます。そして、第2場面、第3場面と、あらたな情報処理のサイクルを展開します

こうして、情報処理のサイクルが確立し、もっと大きな仕事や問題解決へと発展していきます。仕事や問題解決とは情報処理の累積にほかなりません

140425 大興安嶺探検

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《朝日文庫 朝日新聞社》今西錦司編大興安嶺探検 【中古】afb


本書は、1942年5月〜7月、今西錦司を隊長としておこなわれた、北部大興安嶺(ほくぶだいこうあんれい)探検隊の報告書です。支隊長には川喜田二郎、支隊員には梅棹忠夫がいました。

これは、地球上最後の地理的探検の記録であり、同時に、あらたなフィールドワーク(学術的現地調査)のはじまりをつげる貴重な論考です

大興安嶺とは、当時の満州国の北西部、満州・ソ連国境ちかくに位置する密林地帯であり、「満州高原」とよばれることもありました。
オロチョン族のわずかな人口が、野獣をおうて点々とすまいをうつしているだけである。北部大興安嶺の樹海は、南北が緯度にして三度、東西が軽度で五度のりろがりをもっている。そのなかには、北海道の全島がスッポリとはいってしまう。(42ページ)


白色地帯(航空写真もない、まったくの未知の地域)に入っていく場面はもっとも印象的でした。
6月15日から、支隊は、いよいよ白色地帯にふみこむことになった。航空写真のたすけをはなれて、目標のない大洋に にた世界にふみこむのは、やはり不安とあたらしい緊張とをともなう出発であった。(286ページ)

峠のうえからは、理想的な白色地帯の展望がえられた。いかに白色地帯という名にふさわしい、つかまえどころのないながめだった。特徴のない、わずかな尾根ひだが、かさなりあって錯綜した一大高原地帯が、あすの行程に予想された。(288ページ)

本書の解説で本多勝一さんは次のようにのべています。
これは「地理的探検の最後の花火」であると同時に、新しい学術探検への脱皮でもあった。 


白色地帯つまり前人未踏の地域にはいっていゆくことが探検(地理的探検)です。そして、探検をベースにし、探検的方法をつかって、今度は、 学術的な未知の領域に踏みこむのが「学術探検」あるいはフィールドワークです。本書の初版には、98ページにのぼる学術報告が実際にはついていたそうです(文庫版では割愛されています)。
 
具体的には、地形学・地質学・植物学・動物学・人類学などの分野がそれにあたります。従来の地理的探検時代における精神的・技術的伝統は、そっくりそのままこれらの分野の学術探検にひきつがれ、それぞれの分野ごとにその地域を学術的にくわしくしらべて成果をあげていきました。

ここで重要なことはその精神は開拓者精神であり、その仕事はパイオニアワークであるということです。パイオニアワークとは未知の領域にふみこんでいく仕事です。たとえば、未踏峰の山頂にたつこと(初登頂)もかつての典型的なパイオニアワークでした。
 
そして、その後、地球上には、初登頂できる山も地理的探検ができる地域もなくなり、さらに今日、21世紀に入り、学術探検ができる場所もほぼなくなりました。地球上は、ひととおり調査しつくされてしまったのです。

そこで、現在では、各専門分野の知見をいかして環境保全に貢献したり、あるいは専門分野にとらわれずに、 そこでくらす人々の心の中もふくめて、 ひとつの地域をひとつの場として総合的に探究することがパイオニアワークとなってきています。一方で、地球を、グローバルに総合的に研究することもあらたな領域となっています。

過去の人々と同じことをくりかえしたり、前例を確認したり、既存の常識にしたがったりするのではない、パイオニアワークという観点をもつことには大きな意味があり、そのために本書はとても参考になります。 


今西錦司遍『大興安嶺探検』(朝日文庫)朝日新聞社、1991年9月15日


自分の行ったことのない世界、常識とはちがう異空間について知ることは、自分の心をひろげ、また、潜在意識にインパクトをあたえることができるのでとても意味のあることです。


この本を書いた趣旨には、ひとつ大切なものがある。野外における人間科学の研究法について、ひとつの伝統をつくりあげようという試みである。

この本は、「遠征 その人間的記録」ともいうべきものである。あるいは、「ある探検隊の生態」なのである。

私たち隊員たちは何度も、テープレコーダーを前にして経験を語りあった。それらを、できるだけ編集したのが、この本である。

この探検隊の体験が基になり、『パーティー学』とう小著が生まれ、その縁で『チームワーク』『発想法』『続・発想法』が生まれ、「KJ法」が生まれ、「移動大学」という事業が生まれたのである。他方、この探検隊のご縁がヒマラヤの技術援助へと展開してきている。

出かけた地方は、ヒマラヤでもっとも山奥の、ドーラギリ(ダウラギリ)峰北方の高原であった。そこで私たちは、チベット人のなかでかなり長いあいだ暮らしたのである。これらのチベット人は、同じチベット人たちのなかでも、とりわけ未開な人びとだった。だた、これほど感銘の深かった日々を私たちは一生のうちに、そう何度も味わうことはできないだろう。

ネパール北部のトルボ地方に学術探検をおこなう夢は、私が1953年に、マナスル登山隊の科学班の一員として中部ネパールを歩いてもどったころからである。前回の経験以来、私はチベット人の住む世界にひじょうな魅力を感じはじめていた。

ポカラ。この町が将来、世界屈指の山岳観光都市としてモダーンな発展をみるほど、ますます洗練した形で保存さるべきものだ。

もちろん技術援助は重要だ。けれど、各国が競争で、この国に技術援助や、資金援助をしているじゃないか。

タカリーはわずかに人口1万人にもみたないほどの少数民族である。しかも、こんなヒマラヤの大山奥に住む人々である。それだのに、彼らの身につけた文化は、すこし環境を改善するならば、西欧の近代的な資本主義社会のなかに投げこんでも、ちっとも不調和を感じさせないほどのものであろう。

ツァルカ村についた!

何ヵ月も準備し、二ヵ月も旅してたどりついた、その村だったのか。ポカラを出てから25日目、トゥクチェからでも2週間の旅であった。

ツァルカ村は、まるで大海のなかに浮かぶ一かけらの孤島のように思われた。

村は、海抜じつに4150メートルの高所にあった。全ヒマラヤを通じて、おそらく最高所の農耕地帯であった。こんな高度には、春まきオオムギの単作地帯のみが現れる。

チベット人たちは、生まれてから風呂にはいったこともなく、いわんや洗面などはしない。毎朝、村の下の支流まで降りていって、葉をみがいたり、顔を洗ったり、ヒゲをそったりするのは、われわれだけであった。

しかし、私たちがいるために、「文化変化」が起こりだしたのであった。
「すまないが、石鹸を一度使わせてくれない?」
「ヒゲをそりたいから安全カミソリを貸してくれ」

手はじめとして、彼らの家系図をつくる。詳細な村の地図をつくる。

家畜はヤク、羊、山羊だった。これらの家畜からバターやチーズをつくり、ヤクの毛や羊毛をつみ、皮を利用し、燃料を得る。また、増殖した家畜自体が商品ともなっている。

これに反して、畑はかぎられていて、村人の自給用の食物にもたりない。村は畜産を主とし、農耕をむしろ従とするのであった。

それから、チベット人のすべてに浸透している商業活動がある。
 
この村には共同体的結束がある。その反面、村人のあいだにはひじょうな個人主義がある。

鳥葬。

死体を刻んで鳥にあたえる葬り方。こんな奇妙な風習が、チベット人のあいだにある。

チベット人の葬り方に四種類あることをきいた。火葬、鳥葬、水葬、土葬である。水葬は、死体を川の中に投げこむものだ。

「人が死ぬと、魂はすぐ死体を去って、川のほとりや丘のうえなど、いたるところをさまようのです」

「土葬は、悪い病気で死んだときにおこなうものです。火葬をすると、天にいます神様がくさがるので、ふつうにはおこなわないのです」

刀で死体をバラバラにする。岩で頭蓋骨を砕く。鳥がたべやすいようにという積極的配慮は、この頭蓋骨の粉砕によって明白に証明された。

空を見上げると、いったいいつのまに集まったのであろう。ついさっきまでは一羽くらい飛んでいたような気もしたのだが、いまや十数羽の巨大なハゲワシが、大空をぐるぐると輪舞している。村人たちがチャングゥと呼んでいる鳥だ。

ハゲワシは、まるでジェット戦闘機を思わせるシュッというものすごい羽音とともに、一機また一機と地上に着陸してきた。

翌日。背骨ひとつを残して、そこにはなにもなかった。


わたしは、学生のころ本書をよんで鳥葬の存在を知ってとてもおどろきました。ヒマラヤには自分の知らない世界がある。是非いってみたいとおもいました。

本書は、現地で記録をとるとともに、帰国後に隊員に自由にかたってもらった結果をあわせて「KJ法」をつかって編集し文章化したものです。「KJ法」をつかうと総合力で一本の紀行が表現でき、 探検隊のメンバーが一体化して、あたかもそこに一人の人格や個性があるかのようになってきます。

また、現地ではあちこち移動しまくるよりも、一カ所になるべくながく滞在した方が体験がふかまることもおしえてくれています。

旅行やフィールドワークにみずから出かけることも大切ですが、このような紀行文を読むことによって、普段とはちがう異空間を自由に想像してみることも重要です。古今東西の紀行はこのような観点からも大いに活用していきたいものです。


本書は、次元について、イラストをつかってくわしく解説しています。本書を見ることで次元に関する理解をふかめることができます。

ポイントをピックアップします。

次元とは、1点の位置を決めるために必要な数値の個数であると定義できる。

0次元:大きさをもたない「点」の中では、位置を決めようがないので、「点」は0次元である。

1次元:「直線」は、基準となる点を決めておき、そこからの距離に相当する1個の数をあたえれば1点の位置がきまるので、1次元である。曲線でも同じことがいえるので曲線も1次元である。

2次元:「面」は2次元である。縦と横の目盛りを指定する数値(たとえばX=4,Y=3)をあたえれば1点の位置が決まる。

3次元:私たちの暮らす空間は、基準となる点から縦,横,高さの方向の三つの数値で位置を決めることができることから、3次元であるといえる。

次元の数は、点が動くことができる軸の数(自由度)とも一致する。1次元では一つ、2次元では縦,横の二つの軸がある。3次元では縦,横,高さの三つの軸がある。

1次元には「かたち」はないが、2次元では「かたち」が登場する3次元では、2次元にはない「立体」が登場する

ある次元の数をもつ空間は、それよりも低次元の空間を内部に含むことができる。

低い次元で不可能なことでも高い次元なら可能である
。 

私たちがものを見るとき、眼球の奥にある「網膜」は、外界からの光を受けとる「2次元」のスクリーンである。そのため、そのスクリーンには物体の像が並行的に映し出される。左右の眼球ははなれた位置にあるため、各スクリーンに映しだされる2次元像は同じにはならない。脳は、左右の網膜に写る像の「ずれ」をもとにして奥行き情報を補っている。私たちが見る3次元像とは、こうして脳内で再構成された「間接的な3次元像」にすぎないのである

アインシュタインにより提唱された「特殊相対性理論」により、3次元空間と1次元の時間はつねに一体となって変化することから、空間(3次元)と時間(1次元)をあわせたものが「4次元時空」とよばれるようになった。

アインシュタインは、「一般相対性理論」により、重力の正体が「4次元時空の曲がり」であることを示した。

物理学者たちは、現実の世界が4次元(以上の)空間であるかどうかについて、何らかの実験結果が今後数年のうちに得られるだろうと期待している。

「超ひも理論」では、宇宙は10次元時空であるとする。

私たちが住む3次元空間は、9次元空間に浮かぶ1枚のブレーン(膜)にすぎないと考えるのが「ブレーンワールド」仮説である。


このように本書は、0次元の世界から高次元宇宙まで、次元の不思議な世界を解説しています。

情報処理の観点からは「4次元時空」をフルにつかうことが重要です

たとえば、文章を前から後ろへ順番に(時間をつかって)音読・黙読するのは1次元的です。1次元だと直列的にしか情報を処理できず、大量情報を一気にインプットしようとすると脳はつまってしまいます。

そこで、視覚領域を活用して次元を2次元に高めると、情報の並列処理が可能になり、情報処理の効率は高まります。たとえば、近年のコンピュータは複数のプロセッサを並列させて情報処理をすすめていることからも、並列処理の有効性がわかります。

さらに、次元を3次元に高めれば情報処理の効率はもっと高まり、とりあつかえる情報量は圧倒的に増え、大量の情報が処理できるようになります。ここでは、わたしたちがすんでいる3次元空間をうまくつかうことがポイントになってきます。何かを記憶するときも、 イメージをえがくときも3次元空間の中でおこなった方がよいのです。

そして、3次元空間に1次元の時間をくわえて「4次元時空」にすればもっとよいわけです。 「4次元時空の中の1点は、場所と日時を指定すれば決めることができます。わたしたちは「4次元時空」のなかの1点に存在して暮らしてるのであり、わたしたちの人生は「4次元時空」における軌跡にほかなりません。したがって、「4次元時空」をフルにつかいきることは情報処理の観点からも生き方の観点からも自然な方法です。

たとえば、毎日、おなじルートを通勤しているだけで、ただ時間だけがながれていくといった生活は1次元的な生き方です。時間だけしかつかわないと1次元的な人生になってしまい、情報処理の効率も効果もいちじるしく低い状態にとどまり、とりあつかえる情報も非常にかぎられてしまいます。

そのような人はとにかく旅行にでかけることです。これだけですぐに1次元を打破でき、「4次元時空」の存在になれます

このように、次元を高めて「4次元時空」のひろがりとして人生を実践すれば、とりあつかえる情報量は格段に増え、ゆったりとした大きな世界のなかで余裕をもって情報処理ができ、ゆたかな情報とともに生きていくことが可能になります

なお、もし、5次元以上をとりあつかえるとすれば、情報処理の性能はさらにあがることになります。もしかしたら潜在意識は、もっと高い次元ではたらいているのかもしれないとかんがえるととても興味深いですが、現時点ではこれ以上の議論はできません。


文献:『次元とは何か 0次元の世界から高次元宇宙まで』(改訂版)(Newton別冊)、ニュートンプレス、2012年5月15日

東京・上野では、毎年春に「東京春祭」(東京・春・音楽祭)が開催されていて今年で10周年をむかえました。

この音楽祭は、企画がおもしろくてプログラムが多彩であるばかりでなく、そのウェブサイトがとてもすぐれています。具体的には知りませんが、全体を企画・コーディネートしている人がすぐれていることが想像できます。

ウェブサイトをみて演奏会を選択できるだけではなく、それぞれの演奏会の楽曲や演奏者に関する豊富な情報が手に入ります。そこで、

 1)演奏会にいくまえに、ウェブサイトをざっとみて
 2)演奏会場で生演奏をき
 3)帰宅後、ウェブサイトを再度 視聴すると、

格段に味わいが増して理解がすすみ体験もふかまります。

高度情報化社会をむかえた今日、何らかのイベントを開催するときに、事前と事後にウェブサイトで適切な情報を聴衆・観衆につたえることが重要になりました。このような「ガイドサイト」の重要性が増してきています。 

よくできた「ガイドサイト」があれば、現場でのナマの体験とガイドでの解説とを組み合わせて理解をふかめることができます。

イベントは、その場でよいものを見せれればよいというだけではなく、よくできたウェブサイトをつくり、アウトラインや要点、トピックス、専門的な解説などの情報を適切に提供できるかどうかもその成否をわけるポイントになってきました。主催者には、イベントそのものを成功させるだけでなく、よくできた「ガイドサイト」をつくりだす能力ももとめられています。演奏会だけではなく展覧会などでも同様です。

▼東京春祭(東京・春・音楽祭)のウェブサイトはこちらです

潜在意識とその開発法について解説した本です。著者は以下のようにのべています。大変興味深いです。
潜在意識はいわば「自分の知らない自分」とも呼ぶべき存在である。人生のほとんんどはその潜在意識が動かしている私たちは知らない自分に操られている

潜在意識はフロイトが発見するよりもはるかに前に、古代からさまざまな分野で追求されてきた。ヨーガ、瞑想、それ以外の宗教的な行、武道などの身体鍛錬、気功など。

潜在意識の開発には3段階がある。第1は自覚、第2は制御、第3は発展である。

精神活動の全体を「会社」にたとえると、表面意識は「社長」に、潜在意識は「従業員」にたとえられる。( 会社モデル/35ページ)

精神活動のモデルとして「海」を用いると、陸地や島にあたるところは表面意識、海中の領域は潜在意識にたとえることができる。(海のモデル/39ページ)

精神活動を「森」にたとえると、潜在意識は森の内部に対応し、表面意識は森の周囲、文明化された領域に対応させることができる。(森のモデル/39ページ)

精神活動の全体が、生態系のなす仕組み(エコロジカルシステム)と類似の仕組みをもっている。環境保護の問題意識や方法論が能力開発の技術と直結する。

潜在意識の特性として、「心の場を広げる力」がある。これは、情報処理のキャパシティを広げて、大量の情報が処理できるようにすることである。それに対して、表面意識の特性は、発想を確認し、定着させ、具体的な形として実現させることである。

首や肩は潜在意識の掲示板であり、首こりや肩こりを自覚することは、潜在意識のひずみを自覚することである。首こりほぐしや肩こりほぐしは潜在意識のバランスを正す技術である。

速読法の秘訣は、中心視野からではなく周辺視野から情報を入れることである。周辺視野から入れた情報は潜在意識にダイレクトに入り処理される

旅行は潜在意識を活性化する。旅は潜在意識の大掃除である。潜在意識を変える一番確かな状況は、異空間に3日以上いることである。風景の背景に注目し、周辺視野の機能を高め、潜在意識にインパクトをあたえる。よい状態を維持するために、感動を振り返り、感受性を維持し、知的高揚を保つ。


著者は、速読法を入口とするSRS能力開発法(SRS=スーパー・リーディング・システム)をおしえています。わたしもこの訓練を長年つづけています。

SRS能力開発法のそれぞれの分野(速読法・記憶法・心象法・活夢法・健康法など)についての著書が多数出版されていて潜在意識についても解説されていますが、潜在意識に特化した著作は本書のみであり、本書を読むと潜在意識を基礎とした能力開発の全体像がつかみやすくなります。

栗田博士の速読法・記憶法・心象法・活夢法・健康法などの著作とあわせて本書を読むとわかりやすいでしょう。

潜在意識に興味のある方はもちろん、SRSの講習を受講したことがある方にとって必読の書だとおもいます。SRSの講習を受講された方には復習になるととともに、各分野の講習を総合的体系的にとらえなおすことができ、見通しが一気によくなるとおもいます。


文献:栗田昌裕著『潜在意識開発法』KKロングセラーズ、1999年3月5日

問題解決にとりくむとき、ひとつの課題が決まったら、それに関して情報を収集し、認識をふかめなければなりません。そのときつぎの3段階を踏むと効果的です。

第1段階:大局( 全体)をみる
第2段階:局所( 部分)をほりさげる
第3段階:イメージをふくらませる


たとえばわたしは、地学の調査・研究を長年やっていて、そのときの基本的なやり方はつぎのとおりでした。

(1)平面的に、できるだけひろく地表を調査します。
(2)ここぞという地点を選択して、ボーリング調査をし、垂直方向のデータをあつめます。
(3)(1)と(2)のデータをくみあわせて、全体構造のイメージをふくらませます。

(1)では、幅広く全体的に調査し平面的なデータをあつめます

それに対して(2)では、狭く深く調査して垂直的なデータをあつめます。地学ではボーリングという手法が有効ですが、どこでボーリングをするか、その地点の選択が非常に重要です。あちこちでやみくもにボーリングをすることは物理的にも予算的にも不可能ですし意味もありません。ここぞという地点をいかにうまく選択するか、課題を追求するうえでの急所ともいうべき地点を選択するのが理想です。

(3)では、(1)と(2)の情報をくみあわせて、見えないところは想像してみます。立体空間のなかで構造をイメージしてみると、その地域をおおきな場として、空間的構造的に一気にとらえられるようになります。さらに、その場の歴史や原理までもわかってくることがあります。


また、たとえば、地球について理解をふかめようとおもったら、

(1)地球儀、Google Earth、インターネット、概説書などで地球の全体状況を見て、地球の大局をつかみます

(2)ここぞという地点を選択し、実際にそこに行ってみてしらべてみます

(3)(1)と(2)の情報をくみあわせて、地球に関するイメージをふくらませます

(2)において、ここぞという地点としてどこを選択するか、どこへ行くか、おなじ地球上にすんでいても、課題によって人によって大きくことなってきます。わたしの場合はヒマラヤを選択しました。この例では、(2)の行為は、旅行とかフィールドワークとよばれます。


以上のように、「大局局所想像」という三段階は、課題を追求し認識をふかめるためにとても有効です。とくに第2段階における局所の選択について意識してみるとよいでしょう。

本書は、「移動大学」という特殊な挑戦を通して、フィールドワークやチームワーク、さらに文明の改善についてのべています。

「移動大学」とは、テントでのキャンプ生活をしながら、フィールドワークと「KJ法」にとりくむ2週間のセッションです。わたしは2回参加しました。

「移動大学」の特色は、そのユニークなキャンパス編成にあります。

まず、6人があつまって1チームをつくります。つぎに、チームが6つあつまって1ユニットをつくります。1ユニットは36人になります。そして、ユニットが3つあつまって全キャンパスになり、その定員は108人になります。

このようにして、個人レベル小集団レベルシステムレベルという3つのレベルがキャンパス編成のなかにおりこまれています。

「移動大学」はどのような経緯ではじまったのでしょうか。要点はつぎのとおりです。

1968~69年、大学紛争が全国的に荒れ狂った。この問題にとりくんだ結果、これは大学問題というよりももっと根のふかい文明の体質の問題であることがわかり、それを根本的に解決しなければならないということになる。その問題とは、環境公害・精神公害・組織公害の3公害である。

文明の体質改善という問題に最も役立つような事業は何かという問いから「移動大学」という構想がうまれた。「移動大学」は、文明への根本的反省からスタートしたのである。そのキャッチフレーズは「参画社会を創れ」である。

2週間のセッションでは、フィールドワークと「KJ法」にとりくみます。「KJ法」とは、移動大学創始者の川喜田二郎が考案した総合的な問題解決手法です。

問題の現場に実際に行ってみることは重要なことである。フィールドワークは「探検の5原則」に基づいておこなう。

1)テーマをめぐって360度の角度から取材せよ
2)飛び石伝いに取材せよ
3)ハプニングを逸するな
4)なんだか気にかかることを
5)定性的に取材せよ

「探検の5原則」に基づき、「点メモ」→「花火日報」→「データカード」→「データバンク」といった技術をつかって、フィールドワークからデータの共同利用、チームワークを実践し、あつまったデータは「KJ法」でくみたて、問題解決に取り組む。

「移動大学」の実践から、川喜田はつぎのことを協調しています。

「移動大学」は、問題解決にとりくむひとつの広場であり、この広場の中で、いきいきとした人間らしさ、春暖のもえる姿をまのあたりにした。

現代社会では、「個人レベル」と「システムレベル」はあるのだが、生身の個性的な人間がヤリトリする「小集団レベル」が消滅している。今日、「小集団レベル」が生かされる広場が求められている。「移動大学」のように、ハードウェア・ソフトウェア・研修が三位一体的に活用されたとき、広場は立派に広場の用をなす。

こうして、仕組みさえきちんとつくれば、ひとつの「小集団」が一体になって問題を解決し、創造性を生みだすことは可能であるとかんがえているわけです。「小集団」がつくりだず場が「ひろば」です。

ここでは、その「ひろば」自体が、ひとつの場として、まるでひとつの生命であるかのように活動し、創造性を発揮し、創造をしていくのです。これは、創造という目的のために、創造のためのひろばをまずはつくってみようということではありません。その場それ自体に創造性が生じるのです。

本書の書名が「創造のひろば」ではなく、「ひろばの創造」となっている点に注目しなければなりません。


文献:川喜田二郎著『ひろばの創造 -移動大学の実験-』(中公新書)中央公論社、1977年5月25日
 

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創造性の本質について論じた本です。著者は、創造について、保守との対比、問題解決(ひと仕事)、伝統体(小集団や組織)、実践、世界内的な姿勢、文明の原理などの観点から総合的に解説しています。(本書は、川喜田二郎著『創造と伝統』(1993年)のなかから「I 創造性のサイエンス」を新書化したものです)。



1)創造と保守とが循環する
創造は保守と対比できる概念です。保守とは現状を維持するということですが、それに対して創造とは現状を打破し、新しい状態に変えていくことです。

これら両者は相互補完的に循環する関係にあります。創造はかならずどこかで保守に結びつき循環するものであり、保守に循環しなければ創造とはいえません。また、現状打破とは破壊のことではありません。現状打破は循環に結びつきますが、破壊には循環がありません。保守とも創造とも結びつかない方向に向かったのが破壊です。

循環には半径があり、大きな創造は大きな半径をもち、長い時間をかけて保守にむすびつき、社会の大きな循環を生みだします。

2)創造性とは問題解決能力のことである
創造性とは、ひと仕事をやってのける能力のことです。いいかえれば問題解決の能力のことです。ここでは総合という能力が要求されます。たとえば、現代の大問題である環境問題とか世界平和にとりくむためには総合的な問題解決能力が必須です。つまり創造性が必要です。

3)実践により矛盾を解消する
創造的行為の三カ条は、「自発性」「モデルのなさ」「切実性」です。これらはたがいに矛盾するようですが、実践によってこれらの矛盾対立は解消されます。実践のない抽象論では解消できず、実践を離れての創造はありえません。実践的行為のなかで矛盾を解消するのが創造です。

4)世界内的に生きる
自分を世界の外において、外から世界をみて論評しているだけで何も行動しないというのではなく、世界の渾沌の中に自分おいて、問題解決の行為を実践するのが創造です。

5)創造性は個人をこえる
創造的行為にあたっては個人と組織との間には壁はありません。創造性は個人をこえます。個人が創造性を発揮するだけでなく、集団が集団として創造性を発揮した例は数多くあります。創造的なグループは存在するのです。

そのようなグループは創造的な伝統を形成することができ、そのような伝統のあるグループは「伝統体」とよぶことができます。

6)渾沌→矛盾葛藤→本然
わたしたちは経験したことのない難問にぶつかることがあります。そのとき最初に来るのは渾沌です。

そして矛盾葛藤が生じます。

しかし、その矛盾葛藤を克服し、問題を解決しなければなりません。その過程が創造です。問題を解決した状態を「本然」(ほんねん)といいます。渾沌から、矛盾葛藤を克服し、本然にいたるのが創造です。


以上のように、渾沌を出発点として、総合的な問題解決の実践により矛盾葛藤を克服して、本然(ほんねん)にいたることが創造であるわけです。そして創造は保守とむすびついて社会に循環をもたらします。

わたしたちは、断片的な作業ではなく、ひと仕事をやってのけなければなりません。また、研究室や書斎・オフィスにいるだけでは創造はできず、フィールドワークやアクションリサーチの具体的な実践が必要になってきます。

さらに注目すべきは、著者は、デカルトの物心二元論のアトミズムを否定しています。デカルトにはじまる機械文明・物質文明のゆきづまりを明確に指摘、創造の原理によるあららしい「没我の文明」を提唱しているのです。 本書は、デカルト路線を体系的に否定した最初の本です。

本書の初版、川喜田二郎著『創造と伝統』(祥伝社、1993年)が出版されたとき、哲学者の梅原猛さんは書評のなかでつぎのように記述しています。
「川喜田さんに先を越された感じがする」

その後、梅原さんもデカルト路線を明確に否定したあらたな文明論を展開することになります。

3・11をへて、川喜田・梅原らが提唱するように、文明の原理を根本的に転換する必要があると感じる日本人は増えてきているのではないでしょうか。


▼ 文献
川喜田二郎著『創造性とは何か』(祥伝社新書)祥伝社、2010年9月

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発想法とは、アイデアを生みだしていく方法のことです。本ブログでは、旅行やフィールドワークを通して、さまざまに発想していく方法、あるいはそのためのヒントをとりあつかっています。野外科学とKJ法を基礎にしていて、現場でえられた情報を処理し、アイデアを発想し、問題を解決することをめざしています。

情報処理とは、〔インプット→プロセシング→アウトプット〕の3場面からなります。本ブログでは、人を、情報処理をする存在としてとらえ、人がおこなう情報処理をとりあげています。情報処理により、よくできたアウトプットをだすことをめざしています。


問題解決
とは、情報処理を累積しながら、課題にとりくみ問題を解決していくことです。本ブログでとりあげている方法はつぎの7つのステップからなります。

  1. 課題設定
  2. 情報収集
  3. 状況判断
  4. 現地調査
  5. 目標設定
  6. 計画実施
  7. 検証評価
上記の問題解決の7ステップの各ステップの内部において、情報処理をくりかえします。この過程でアイデアが発想できれば、問題解決は大きく前進します。

本ブログであつかっている発想法は、情報処理と問題解決の方法の全体を包括していますが、一方で、情報処理と問題解決をむすびつける役割も果たしています。 

 
近年急速に発達してきた「クラウド」に関する解説書です。

今後のITの進歩を予測するうえで、もっとも注目しなければならないのは「クラウド」であるといってよいでしょう。「クラウド」は、私たちのワークスタイルを着実にかえていきます。

本書の要点を以下にまとめておきます。
「クラウド」(雲)とはインターネットのこと指し、「クラウドコンピューティング」とは、グーグルやアマゾンがおこなっているサービスのことです。この用語は、グーグルCEOであるエリック・シュミットが2006年に講演した際に初めて使ったと言われています。

「クラウドコンピューティング」は、自分のコンピューターでデータを処理するこれまでの仕組みとはちがい、インターネットでつながれた外部のコンピューターに膨大なデータ処理をおこなわせるシステムです。グーグルやアマゾンなどは、個人のパソコンのかわりにデータ処理をおこない、その結果をインターネット経由でユーザーに提供してくれます。

クラウドが発達してくると高機能パソコンは必要なくなり、どんなデバイスを使うかは問題ではなくなります。いずれ、クラウドに特化したクラウドデバイスが登場するでしょう。

クラウドを活用したワークスタイルやビジネスとして、「ライフログ」と「クラウドソーシング」がトレンドです。

「ライフログ」は、私たちの日常生活における行動の記録(Web閲覧履歴、ブログ、写真投稿、改札の通過記録、携帯の位置情報など)です。これらの情報を処理して、個々人にメリットのあるサービスを提供することができます。

「クラウドソーシング」とは、ネットワークを通じてさまざまな人々とコラボレーションしながらひとつの物事をつくりあげていくことです。

これからは、データや知識を個人が独り占めするのではなく、クラウド上でデータと知識を共有し、それらを相互に活用して知的アウトプットをする時代になります。ここでは、どんな知識を持っているのかではなく、知識を活用して、どんな行動をとるのかが重要になります

以上のように、「クラウド」は私たちの世界を着実にかえつつあります。今日、地球規模の巨大な情報の「雲」が形成され、大きくうごきはじめたといってもいいでしょう。

これまでは、「情報量がおおすぎて、情報があふれかえっている」と多くの人々が形容していました。しかし、情報があふれかえってこまったというのではなく、巨大な情報の「雲」が形成され、それが運動をはじめたのです。これは、大げさにいえば人類と地球の進化です。

このような「クラウド時代」にあっては、「どんな行動をとるのか」が重要だと著者はのべています。

つまり、クラウドのもとで自分は何をしたいのか、自分自身の主体性がもとめられるのです。クラウドが何かをしてくれるということではありません。そのためには、クラウドを活用しながら、情報処理能力や問題解決能力を個々人が身につけなければならないでしょう。速読法・記憶法・速書法・発想法などの能力を身につけることが重要だとかんがえる理由がここにもあるのです。


八子知礼著『図解 クラウド早わかり』(kindle版)、KADOKAWA、2013年12月17日デジタル版初版発行
 

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関連ブログ:iCloudのシステムを主体的につかいこなす

問題解決(ひと仕事)の最終ステップは「検証・評価」です。

大きなひと仕事をやりおえたあと、しばらくすると、その後どうなったのか気になるものです。そこで「検証・評価」が必要になります。仕事の目標は達成されたのかなど、さまざまな観点から検証と評価をおこないます。時間があれば、その現場にもう一度いってしらべてみるのがよいです。

先日、わたしは、ネパール・ヒマラヤでおこなった植林事業(5ヵ年計画)の検証・評価をおこないました。

現場を再訪してみたところ、今後の仕事に役立つあらたな発見がありました。「検証・評価」によりひと仕事は完結し、完結すると次の仕事の展望がひらけてきます。
 
関連ブログ:
水力発電所の建設が村を変える -検証・トルチア村- 


仮説を形成することは発想法のなかでもとくに本質的な行為です。

哲学者の梅原猛さんは、縄文人がつくった土偶について大胆な仮説をうちだしています(注)。仮説をいかに形成するかという点で参考になります。


縄文時代の土偶は縄文文化のかがやかしき遺物ですが、それが何を意味するのかは謎でした。梅原さんは、まず、すべての土偶に共通する事実を枚挙し、つぎのようにまとめました。


1「土偶は女性である」
2「土偶は子供を孕んだ像である」
3「土偶は腹に線がある」
4「土偶には埋葬されたものがある」
5「土偶はこわされている」


そして、これらにもとづいて次のような考察をしました。


1と2から、土偶は、子供の出産にかかわっているものであると考えられる。

3から、 妊娠した女性が死んだとき、腹を切って胎児をとりだしたのではないだろうか。

4から、死者の再生をねがって埋葬したのではないだろうか。

5から、あの世はこの世とあべこべの世界であるという思想にもとづいて、この世でこわれたものはあの世では完全になるのであるから、こわれた土偶はあの世へおくりとどけるものとしてつくられたのではないだろうか。 土偶は死者を表現した像であり、死者の再生の願いをあらわしていると考えられる。土偶の閉じた目は再生の原理を語っている。


以上から、「妊娠した女性が死んだとき、腹を切って胎児をとりだし、その女性を胎児とともに土偶をつけて葬ったのではないか」となり、そして最後に、土偶は、「子をはらんだまま死んだ妊婦と腹の子をあわれんでの、また、再生をねがっての宗教的儀式でつかわれた」という仮説を形成しました。

このように、土偶の謎をときあかすためには、すべての土偶に共通する事実を枚挙し、それらの事実すべてを合理的に説明しうる仮説をかんがえればよいわけです。

梅原さんは、仮説形成の仕事をつねにしています。仮説形成の観点から梅原さんの著作に注目していきます。


▼ 注
梅原猛監修『縄文の神秘』(人間の美術1)学習研究社、1989年11月3日(初出)
梅原猛著『縄文の神秘』(学研M文庫)学研パブリッシング、2013年7月9日
 
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「ブレーンストーミング」という、問題解決のための発想やアイデアをだす方法があります。これは、アメリカのオズボーン氏がはじめたもので、 通常は会議でつかわれますが、ひとりでもできます。ひとりでおこなう場合は「ひとりブレーンストーミング」といいます。

川喜田二郎著『続・発想法』(注)の 34〜35ページ にはブレーンストーミングについて解説されています。ここにまとめておきます。

ブレーンストーミングには以下の4原則があります。
1「批判を禁ずる」
2「量をもとめる」
3「自由奔放」
4「結合」

1「批判を禁ずる」は、そんなアイデアはダメだとおもって、他人の意見を批判したり否定してはいけないということです。

2「量をもとめる」は、ひとつひとつの意見の質の高さよりも、多種多様に数多いアイデアをだすということです。質よりも量を追求するということであり、そのためにはいろいろな角度からアイデアをだすのがよいです。

3「自由奔放」は、こういうことをいったら、他人にわらわれやしまいかなどという、いじけたひかえめな気持ちではなく、奇想天外にみえることでもだしてみることです。どのように後でまとめようかなどともかんがえない方がよいです。

4「結合」は、他人の意見をきいて、それに刺激され、あるいは連想をはたらかせ、あるいは他人の意見に自分のアイデアをくわえて、あたらしい意見としてのべます。

ひとりでおこなう場合でも4原則にしたがって、他人の意見を心の中で批判したりせず、また、過去の出来事ややりとりをおもいだしながらアイデアをだしていきます。

このブレーンストーミングはふるくからある方法ですが、現代の情報化の観点からこれをとらえなおしてみると、今日でも有用であり大いに活用すべき方法です。

そもそも情報処理は、「インプット→プロセシング→アウトプット」という3つの場面からなりたっていて、通常は、あたらしい何らかの情報を自分の心の中にインプットするところからはじめます。

ブレーンストーミングでは、過去に得られた情報、すでに心の中にインプットされている情報、過去のできごとをつかって情報処理をすすめようという仕組みであり、あらたなインプットがない分、手っとり早い方法であり、いつでもどこでもひとりでもできる方法です。

川喜田は、ブレーンストーミングを「内部探検」に発展させて論じています。つまり、自分や自分たちの心の中を探検するのです。自分の心の奥底にはどのような情報がありどのようになっているのか、自分のことは意外にもよくわかりません。この「内部探検」つまり「心の探検」はとても奥深い行為であり、これからの時代、誰もがとりくまなければならない課題です。


注:川喜田二郎著『続・発想法』(中公新書)、中央公論新社、1970年2月25日
 
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川喜田二郎著『発想法』は本ブログの原典であり、私の仕事の原点です。私は、学生時代にこの本を読みとても大きな感銘をうけました。

『発想法』はふるい本ですがいま読んでも啓発されることが多く、何といっても情報処理と問題解決の元祖であり、温故知新といった意味でも重要な書です。

『発想法』には、技術(技法)と考え方(思想)の2つの側面があります。第2章「野外科学の方法と条件」と第3章「発想をうながすKJ法」はおもに技術について説明しています。それに対して、第1章「野外科学 -現場の科学-」、第4章「創造体験と自己変革」、第5章「KJ法の応用とその効果」、第6章「むすび」はおもに考え方(思想)についてのべています。

まずは、 第2章「野外科学の方法と条件」と第3章「発想をうながすKJ法」にとりくんでみるのがよいでしょう。

現代の情報化の観点からこれらをとらえなおすと、多種多様な情報をいかにまとめるかということについてのべています。つまり情報処理と文章化のやり方がテーマです。第2章はどちらかというと あらい情報処理、第3章はよりすすんだ情報処理のすすめ方についてのべていて、中核となるのは第3章の「KJ法」です。

これらのポイントをひとことでいうと空間をつかうことです。情報処理はこれにつきます。アタマの中で時系列にかんがえていたり、ワープロをつかって時系列に入力していたりするのは、情報が前から後へながれているだけで一次元です。

そこで空間をつかうことにより、情報処理の場を一次元からから二次元へ、さらに三次元へと高めていくことができます。これにより、直列ではない並列的な情報処理ができるようになります。

手持ちの情報をまずは、ポストイットやラベルやカードに書き出し、平面的に配置してみてください。これだけでも情報処理の効率は格段にによくなり、文章化がすすみます。最初の一歩をバカにしてはいけません。空間をつかうことは誰にでもできることですが一方で情報処理の究極でもあります。


▼ 関連記事
発想法の原典 〜川喜田二郎著『発想法』〜 
 
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情報処理の1サイクルは「インプット→プロセシング→アウトプット」です。この1サイクルをおわってみると何らかの反応が内外にあらわれてきます。その反応をとらえてあらたなインプットにむすびつけるのがよいです。

「インプット→プロセシング→アウトプット」→反応→次の情報処理

このように情報処理を回転させ循環させ、さらには、サイクルをスパイラルにして情報処理のレベルをあげていくのが理想です。情報処理の回転は問題解決へとつらなります。じっとしていると不安定ですが、回転させることによって安定します。コマの原理とおなじで、回るものはたおれません。

 
東日本大震災により家族をうしなってしまった子供たちや被災者の方々への応援歌として海上自衛隊東京音楽隊・河邊隊長が作曲したオリジナル曲〈祈り~a prayer〉を、自衛官唯一のヴォーカリスト三宅由佳莉(ソプラノ)がうたっています。

「小さな光たどり 暗い闇をあるく・・・」としずかにうたい、
「きみは希望 夢 未来 祈ってる」へとうたいあげます。
小さな光が天までとどくように、透明ですきき通った歌声がひびいていきます。

作曲者の渡邊一彦さんは、「幼少時に母を失った体験と東日本大震災とをかさねあわせてこの曲を作曲した」(注)そうです。不幸ではなく、かなしみをのりこえた未来があるというメッセージがつたわってきます。

「祈り」は、2種のバージョンがおさめられており、第2のバージョンでは、ながいピアノソロのあとに吹奏楽の合奏がつづきます。作曲家と歌手と楽団のシンクロナイズ、海上自衛隊東京音楽隊が見事な共鳴をうみだしています。

注:NHKニュースウオッチ9
 

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ヒーリングハープのCDが入っています。こまやかな波動をもつハープの音色が きく人の心身を解きほぐし、ふかい癒しと安心をもたらします。ハープはシンプルな楽器であり共鳴箱や増幅装置がないため、かなでる音楽はかえって心の中にひびきやすいです。

ハーピストの所れいさんは、キャビンアテンダントになって結婚して主婦をしていましたが、
「あ、私のやりたいのはこれだ」
と気がづき、もともと演奏していたハープを生かしてあらたな境地をきりひらきました。

ヒーリングハープ体験者のなかに「幸せのカギは自分の中にあるのだと気がついた」(注, p.40)という人がいました。ヒーリングハープがかなでる音楽は自分の外の空間にではなく、自分自身の心の中にひびいているのです。

ハープのかなでる音楽をゆっくりきいて、ポジティブな意識の変容をおこすことが大切です。そうすればあらたな気づきやひらめきもおこりやすくなります。


注:所れい著『悲しみが消えて喜びが満ちるヒーリングハープCDブック』マキノ出版、2013年
 

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問題解決のためには、ビジョンと筋道を明確にイメージすることが重要です。ビジョンとそこまでの筋道が見えてくるとやる気がでます。

そのためには、これまでの自分の足取りを整理するのがよいです。自分の足取りが見えれば次の一歩も見えてきます。これまでの人生の足取りをできるだけ精密に思い出したどってみましょう。

自分史の大きな流れが見えてくると、それを縦軸として、それに交差するさまざまな周囲の出来事もとらえなおすことができます。作業の途中で折々に浮上する記憶も記録していきます。よく想起される過去の場所や出来事があることに気づくこともあります。一度想起して、ふたたび記憶の倉庫にもどす作業をくりかえしていると心の中が整理されます。

こうして、自分史の全体的な流れがつかめると課題や問題意識が明確になり、次の一歩を踏みだすことができます。
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