植物の世界を堪能します。酸素と有機物をうみだします。動物の命をささえます。
特別展「植物 -地球を支える仲間たち-」が国立科学博物館で開催されています(注)。植物の生き方と仕組みを最新研究からさぐります。
ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
「アサガオ」(ヒルガオ科)は、種子から発芽して1年以内に生長して開花・結実し、種子をのこして枯死する「一年生植物」であり、日本の代表的な園芸植物です。奈良時代に薬用として中国から日本にもたらされ、江戸時代に、花や葉の多様な変異種がつくられました。
「チューリップ」(ユリ科)は、原産地はトルコであり、園芸植物として世界にひろがりました。オランダでの栽培がとくに有名であり、日本には、江戸時代にもたらされ、大正時代に全国にひろまりました。
「光を見る実験」では、植木鉢をさかさまにし、上から光をあてたときの植物の変化を実験観察しており、植物も視覚をもつことがわかります。植物は、光のつよさ、光がくる方向、光の色を区別することができ、光のくる方向に葉や身体をむけることができる性質を「光屈性」とよびます。
「ラフレシア」(ラフレシア科)は、東南アジアに約20種がしられ、それらのうち、インドネシア・スマトラ島に分布する「ラフレシア・トゥアンムダエ」は直径約 111 cm の花をもち、世界最大の花のひとつとしてしられています。ラフレシアの仲間は葉緑体を欠き、光合成をおこなわないため、ブトウ科の木本つる植物(ミツバビンボウカズラ属)に寄生して栄養分を吸収する寄生植物です。
「ショクダイオオコンニャク」(サトイモ科)は、花のあつまり(花序)としては世界最大であり、実質的に、世界最大の花として認知されています。インドネシア・スマトラ島の低地熱帯雨林に自生するコンニャクの一種であり、「花」は、典型的なサトイモ科の花序であり、巨大な「肉穂花序(にくすいかじょ)」(中心部分)とそれをおおう「仏炎苞(ぶつえんほう)」(特殊化した包葉)からなります。
「ジャックフルーツ」(クワ科)は、インド南部原産のたかさ 20 m になる常緑高木であり、果実は、最大級のもので 35〜40 kg にもなり、わたしたちがたべている果実のなかでは最大です。1本の木に100個もの果実をつけ、哺乳類に果実がたべられることによって種子が散布されます。
「ボンボリトウヒレン」(キク科)は、半透明の包葉が頭花をつつみ、外気温よりも包葉の内部があたたかくなるため「温室植物」とよばれます。高山は、低温や強風・強光(紫外線をふくむ)、冬期の積雪など、低地よりもきびしい環境であるため、おどろくほどかわった形態を発達させた植物がみられます。ヒマラヤ山脈では、体のおおくが毛でおおわれている「セーター植物」などもみられます。
「カワゴケソウ」(カワゴケソウ科)は、コケ植物のように外見はみえますが多年生の被子植物です。季節的に水位が変動し、雨期にはずっと急流に没する渓流ぞいの岩上に はえます。リボン状の根が植物の主要部をしめ、急流のなかの岩にへばりつきます。水中では栄養成長しますが水上に露出すると根はかれても開花します。
「ナンキョクコメススキ」(イネ科)は、南極半島・南極海の島・南アメリカ寒冷地に分布します。南極地域は、低温にくわえ、強風・乾燥・強烈な紫外線・極夜(太陽がでない期間)など、おおくの植物にとっては生存に適していません。しかし地球温暖化の影響のため、ナンキョクコメススキなどの生息地が年々ひろがっています。
「植物の生長」(模型)をみると、被子植物では、種子のなかで肺が完成し、個体の両端に、継続的に成長をつづける分裂組織ができて上下両方向に成長をつづけることがわかります。おおくの種類の種子は、一定期間休眠し、適切な環境がその後ととのうと発芽し成長をはじめます。
「モミジバフウ」(フウ科)は、北・中央アメリカ原産で、大正時代に日本に導入された落葉樹です。植物の体は、地上と地下の2つの部分にわかれ、地上部は、葉と茎からなり、時期によって花がくわわり、地下部は、根からできています。これらは、成長するむきがことなり、地上部は上へ上へと茎をのばしながら葉をひろげるのに対し、地下部は、下へ下へとのびて地中ふかく根をはります。地上部と地下部は、栄養物質や情報のやりとりを維管束系をもちいておこない、おたがいの成長をささえるとともに、はたらきを制御しあっています。モミジバフウの根は、ときには、複数の根が融合することで板状の根をつくり、支持力をつよめています。
「ツバキ」(ツバキ科)は、非常におおくの変異種がしられ、すべてが、多様な遺伝子のはたらきの変異によると推定されます。たとえば原種ヤブツバキの八重咲き品種である「十八学士(じゅうはちがくし)」はC遺伝子の変異によることがわかっています。
「青いキク」(キク科)は、遺伝子導入により花色改変がおこなわれて人工的につくられました。自然界には青いキクは存在しませんでしたが、カンパニュラ(キキョウ科)のデルフィニジンを合成するための遺伝子と、チョウマメ(マメ科)のグルコースをさらに2つ結合させるための遺伝子を一緒にキクに導入したところ、あたらしくできたアントシアニンが、もともとあったフラボンと花の細胞内で作用して青を発色し、青いキクがつくられました。
「ストロマトライト」は、酸素をうみだす生命活動があった証拠となる非常に重要な化石です。光合成をするシアノバクテリア(藍色細菌)の活動によってつくられた岩石であり、30億年前以降の先カンブリア時代の地質体におおくみられます。糸状のシアノバクテリアは、日中には上方へ成長して砂や泥を付着し、夜になると、横方向に成長して堆積物を安定させ、つぎの日中には、堆積ずつの隙間からシアノバクテリアが表面にでて、砂や泥をふたたび付着し、このようなことがくりかえされて写真にみられるような層状構造が成長していきます。
「クックソニア・バランデイ」は、維管束植物の大型化石としては世界でもっとも初期のものであり、今回、世界初公開されました。たかさは約 10 cm で、2回分岐し、葉はまだありません。漏斗状にひろがった軸の先端には 3〜5 mm のほそながい胞子嚢(ほうしのう)があります。本標本は、古生物学者のヨアヒム=バランデ(1799-1883)によって100年以上も前に発見され、チェコ国立博物館に収蔵されていましたが最近になってその価値が再発見されました。
「いろいろな被子植物の葉」は、イタリア・ビエモンテ州の湖の周辺にはえる植物の葉が湖底でたまってできた岩石(化石)であり、裸子植物やシダ植物が中心だった世界が花がさく植物(被子植物)におきかえられていったことがわかります。
「被子植物葉緑体」(6万倍拡大模型)は、葉緑体の構造をわかりやすくしめしています。陸上植物では、細胞のなかにあるちいさなつぶつぶの葉緑体で光合成の反応がおこります。葉緑体には、「クロロフィル(葉緑素)」という色素があり、可視光のエネルギーを吸収します。このときにつかわれないで反射する光によってわたしたちには緑色に葉がみえます。葉緑体の外側は2重の包膜でかこまれ、内部には、液質の「ストロマ」(しろい部分、おおきな塊はデンプン)と、ディスク状の「チラコイド」がかさなった「グラナ」と不規則な一層の「ストロマラメラ」がつまっています。食べ物や化石燃料はすべて、もとをたどれば光合成によってできたものです。
「アルスロスピラ」(シアノバクテリア)は、酸素発生型光合成をするもっとも原始的な生物であり、アフリカのチャド湖で食用とされるほか、「スピルリナ」としてサプリメントとしてもしられます。
「ミドリムシ」(ユーグレナ)は、緑藻の二次共生起源葉緑体をもち、鞭毛(べんもう)でうごきます。食品材料やバイオ燃料ヘの活用が研究されています。
「光合成 FACTORY」では、参加型インスタレーション展示で光合成のメカニズムを体験できます。
今回の特別展の主題は「植物 -地球を支える仲間たち-」であり、「地球を支える」という観点では光合成がもっとも重要です。会場では、最後の第6展示室で光合成について解説しています。
光合成という現象は、おおくの科学者の研究・実験によってしだいにわかってきました。
1648年、ヘルモントは、乾燥した土 90.7 kg を植木鉢にいれ、おもさ 2.3 kg のヤナギの苗をうえ、水だけで5年間そだてたところ、ヤナギは 76.8 kg へ増加しましたが、土は 57 g 減少しただけだったことから、「植物のからだは水からつくられる」とかんがえました。
1772年、プリーストリーは、密閉したガラス容器内でロウソクをもやし、ネズミと植物をそこにいれておくと、ロウソクはもえつづけ、ネズミもいきつづけることから、「植物には、空気をきれいいにする働きがある」とかんがえました。
1779年、インゲンホウスは、プリーストリーの実験を暗黒下でおこなうと、ロウソクの火はすぐにきえ、ネズミも死んでしまうことから、「植物が空気をきれいいにする働きは、植物に光が当たっているときにだけ起こる」ことをしめしました。
1788年、セネビエは、二酸化炭素をふくむ水中に水草をいれた光をあたると気泡が発生し、二酸化炭素をふくまない水では気泡が発生しないことから、「酸素を発生するには二酸化炭素が必要である」とかんがえました。
1804年、ソシュールは、密閉した容器に植物をいれて光をあてると、容器内の二酸化炭素が減少し、植物体の重量が増加したことから、「植物のからだは水と二酸化炭素からつくられる」とかんがえました。
1862年、ザックスは、植物の葉の一部を、光があたらないようにおおっておくと、光があたったところでのみデンプンがつくられたことから、「植物は、光によってデンプンをつくっている」ことをあきらかにしました。
1882年、エンゲルマンは、アオミドロの葉緑体の部分に光をあてると、好気性細菌が葉緑体の周囲にあつまったことから、「葉緑体から酸素が発生している」とかんがえました。
以上の研究により、植物は、光と水と二酸化炭素をつかって、酸素を発生し、デンプンを合成するのではないかという仮説がたてられます。
1939年、ヒルは、ハコベの葉をすりつぶしてえた葉緑体をふくむ絞り汁を容器にいれ、空気をぬいて、シュウ酸鉄(Ⅲ)をくわえ、光を照射したところ、酸素が発生しましたが、シュウ酸鉄(Ⅲ)をくわえない場合は酸素が発生しなかったことと、シュウ酸鉄(Ⅲ)は還元されやすいことから、「光合成で酸素が発生するためには還元されやすい物質の存在が必要」なことをしめしました。
1941年、ルーベンは、酸素の同位体(18O)をもつ水(H218O)をつかった実験をおこない、「光合成で発生する酸素は二酸化炭素ではなく、水に由来すること」をあきらかにしました。
1949年、ベンソンは、二酸化炭素がない条件で光を照射しておいた植物を、暗黒化で、二酸化炭素のある条件にうつしたところ、しばらくのあいだだけ二酸化炭素が吸収されたことから、「光合成では、まず光を必要とする反応が起こり、それによって生じた物質を使って二酸化炭素を吸収する反応が起こる」ことと、「二酸化炭素を吸収する反応には光を必要としないこと」をしめしました。
1956年、エマーソンは、さまざまな波長の光をクロレラに照射して光合成速度を測定して、「光化学反応では、2つの異なる反応過程が連続して起こる」ことをあきらかにしました。
1957年、カルビンは、クロレラに光をあてて、放射性同位元素の炭素(14C)をふくむ二酸化炭素(14CO2)を一定時間とりこませ、熱したアルコールにひたして光合成反応を停止させ、光合成をおこなわせた時間ごとに 14C をとりこんでいる物質をしらべ、「吸収した二酸化炭素から最初に生じる物質は PGA(ホスホグリセリン酸)である」ことをつきとめました。
以上のような実験によって、「光と水と二酸化炭素 → 酸素+デンプン」という仮説が検証され、細胞内の葉緑体で光合成がおこることが実証され、光合成全体の反応はつぎの反応式でまとめられました。
このように、植物の葉に日光があたると水と二酸化炭素から酸素と有機物がつくられ、これらが、人間をふくむ動物の命をささえます。わたしたちは、酸素がなければ呼吸ができず、有機物をたべなければいきていけません。食物連鎖をさかのぼれば、肉食動物は草食動物をたべ、草食動物は植物をたべているのであり、すべてが植物へいきつきます。
そもそも地球には酸素はなく、植物が酸素を発生させなければ動物の進化もおこりませんでした。進化も植物におっています。またコムギ・イネ・トウモロコシなど、必須な穀物もみな植物です。これらの植物は農業革命をおこし、文明をささえます。植物が文明をつくったといってもよいでしょう。
植物の重要性について現代人はわすれていますが、生命の世界を植物がささえていることはあきらかであり、今回の特別展をとおして、光合成の観点からあらためて植物をとらえなおすことにはとてもおおきな意義があります。
▼ 関連記事
〈インプット→プロセシング→アウトプット〉系 - 特別展「植物」(国立科学博物館)-
▼ 注
特別展「植物 -地球を支える仲間たち-」
特設サイト
会場:国立科学博物館
会期:2021年7月10日〜9月20日
▼ 参考文献
國府方吾郎・三村徹郎監修『植物 地球を支える仲間たち』(特別展図録)、NHK・NHKプロモーション・朝日新聞社発行、2021年
大森徹著『大森徹の最強講義117講 生物』文英堂、2015年
▼ 関連書籍
ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
第1展示室 植物という生き方
第2展示室 地球にはどんな植物が存在しているか?
第3展示室 植物の形と成長
第4展示室 植物はどのように進化してきたか?
第5展示室 本当は怖い植物たち
第6展示室 生命の源、光合成
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「アサガオ」(ヒルガオ科)は、種子から発芽して1年以内に生長して開花・結実し、種子をのこして枯死する「一年生植物」であり、日本の代表的な園芸植物です。奈良時代に薬用として中国から日本にもたらされ、江戸時代に、花や葉の多様な変異種がつくられました。
「チューリップ」(ユリ科)は、原産地はトルコであり、園芸植物として世界にひろがりました。オランダでの栽培がとくに有名であり、日本には、江戸時代にもたらされ、大正時代に全国にひろまりました。
「光を見る実験」では、植木鉢をさかさまにし、上から光をあてたときの植物の変化を実験観察しており、植物も視覚をもつことがわかります。植物は、光のつよさ、光がくる方向、光の色を区別することができ、光のくる方向に葉や身体をむけることができる性質を「光屈性」とよびます。
「ラフレシア」(ラフレシア科)は、東南アジアに約20種がしられ、それらのうち、インドネシア・スマトラ島に分布する「ラフレシア・トゥアンムダエ」は直径約 111 cm の花をもち、世界最大の花のひとつとしてしられています。ラフレシアの仲間は葉緑体を欠き、光合成をおこなわないため、ブトウ科の木本つる植物(ミツバビンボウカズラ属)に寄生して栄養分を吸収する寄生植物です。
「ショクダイオオコンニャク」(サトイモ科)は、花のあつまり(花序)としては世界最大であり、実質的に、世界最大の花として認知されています。インドネシア・スマトラ島の低地熱帯雨林に自生するコンニャクの一種であり、「花」は、典型的なサトイモ科の花序であり、巨大な「肉穂花序(にくすいかじょ)」(中心部分)とそれをおおう「仏炎苞(ぶつえんほう)」(特殊化した包葉)からなります。
「ジャックフルーツ」(クワ科)は、インド南部原産のたかさ 20 m になる常緑高木であり、果実は、最大級のもので 35〜40 kg にもなり、わたしたちがたべている果実のなかでは最大です。1本の木に100個もの果実をつけ、哺乳類に果実がたべられることによって種子が散布されます。
「ボンボリトウヒレン」(キク科)は、半透明の包葉が頭花をつつみ、外気温よりも包葉の内部があたたかくなるため「温室植物」とよばれます。高山は、低温や強風・強光(紫外線をふくむ)、冬期の積雪など、低地よりもきびしい環境であるため、おどろくほどかわった形態を発達させた植物がみられます。ヒマラヤ山脈では、体のおおくが毛でおおわれている「セーター植物」などもみられます。
「カワゴケソウ」(カワゴケソウ科)は、コケ植物のように外見はみえますが多年生の被子植物です。季節的に水位が変動し、雨期にはずっと急流に没する渓流ぞいの岩上に はえます。リボン状の根が植物の主要部をしめ、急流のなかの岩にへばりつきます。水中では栄養成長しますが水上に露出すると根はかれても開花します。
「ナンキョクコメススキ」(イネ科)は、南極半島・南極海の島・南アメリカ寒冷地に分布します。南極地域は、低温にくわえ、強風・乾燥・強烈な紫外線・極夜(太陽がでない期間)など、おおくの植物にとっては生存に適していません。しかし地球温暖化の影響のため、ナンキョクコメススキなどの生息地が年々ひろがっています。
「植物の生長」(模型)をみると、被子植物では、種子のなかで肺が完成し、個体の両端に、継続的に成長をつづける分裂組織ができて上下両方向に成長をつづけることがわかります。おおくの種類の種子は、一定期間休眠し、適切な環境がその後ととのうと発芽し成長をはじめます。
「モミジバフウ」(フウ科)は、北・中央アメリカ原産で、大正時代に日本に導入された落葉樹です。植物の体は、地上と地下の2つの部分にわかれ、地上部は、葉と茎からなり、時期によって花がくわわり、地下部は、根からできています。これらは、成長するむきがことなり、地上部は上へ上へと茎をのばしながら葉をひろげるのに対し、地下部は、下へ下へとのびて地中ふかく根をはります。地上部と地下部は、栄養物質や情報のやりとりを維管束系をもちいておこない、おたがいの成長をささえるとともに、はたらきを制御しあっています。モミジバフウの根は、ときには、複数の根が融合することで板状の根をつくり、支持力をつよめています。
「ツバキ」(ツバキ科)は、非常におおくの変異種がしられ、すべてが、多様な遺伝子のはたらきの変異によると推定されます。たとえば原種ヤブツバキの八重咲き品種である「十八学士(じゅうはちがくし)」はC遺伝子の変異によることがわかっています。
「青いキク」(キク科)は、遺伝子導入により花色改変がおこなわれて人工的につくられました。自然界には青いキクは存在しませんでしたが、カンパニュラ(キキョウ科)のデルフィニジンを合成するための遺伝子と、チョウマメ(マメ科)のグルコースをさらに2つ結合させるための遺伝子を一緒にキクに導入したところ、あたらしくできたアントシアニンが、もともとあったフラボンと花の細胞内で作用して青を発色し、青いキクがつくられました。
「ストロマトライト」は、酸素をうみだす生命活動があった証拠となる非常に重要な化石です。光合成をするシアノバクテリア(藍色細菌)の活動によってつくられた岩石であり、30億年前以降の先カンブリア時代の地質体におおくみられます。糸状のシアノバクテリアは、日中には上方へ成長して砂や泥を付着し、夜になると、横方向に成長して堆積物を安定させ、つぎの日中には、堆積ずつの隙間からシアノバクテリアが表面にでて、砂や泥をふたたび付着し、このようなことがくりかえされて写真にみられるような層状構造が成長していきます。
「クックソニア・バランデイ」は、維管束植物の大型化石としては世界でもっとも初期のものであり、今回、世界初公開されました。たかさは約 10 cm で、2回分岐し、葉はまだありません。漏斗状にひろがった軸の先端には 3〜5 mm のほそながい胞子嚢(ほうしのう)があります。本標本は、古生物学者のヨアヒム=バランデ(1799-1883)によって100年以上も前に発見され、チェコ国立博物館に収蔵されていましたが最近になってその価値が再発見されました。
「いろいろな被子植物の葉」は、イタリア・ビエモンテ州の湖の周辺にはえる植物の葉が湖底でたまってできた岩石(化石)であり、裸子植物やシダ植物が中心だった世界が花がさく植物(被子植物)におきかえられていったことがわかります。
「被子植物葉緑体」(6万倍拡大模型)は、葉緑体の構造をわかりやすくしめしています。陸上植物では、細胞のなかにあるちいさなつぶつぶの葉緑体で光合成の反応がおこります。葉緑体には、「クロロフィル(葉緑素)」という色素があり、可視光のエネルギーを吸収します。このときにつかわれないで反射する光によってわたしたちには緑色に葉がみえます。葉緑体の外側は2重の包膜でかこまれ、内部には、液質の「ストロマ」(しろい部分、おおきな塊はデンプン)と、ディスク状の「チラコイド」がかさなった「グラナ」と不規則な一層の「ストロマラメラ」がつまっています。食べ物や化石燃料はすべて、もとをたどれば光合成によってできたものです。
「アルスロスピラ」(シアノバクテリア)は、酸素発生型光合成をするもっとも原始的な生物であり、アフリカのチャド湖で食用とされるほか、「スピルリナ」としてサプリメントとしてもしられます。
「ミドリムシ」(ユーグレナ)は、緑藻の二次共生起源葉緑体をもち、鞭毛(べんもう)でうごきます。食品材料やバイオ燃料ヘの活用が研究されています。
「光合成 FACTORY」では、参加型インスタレーション展示で光合成のメカニズムを体験できます。
*
今回の特別展の主題は「植物 -地球を支える仲間たち-」であり、「地球を支える」という観点では光合成がもっとも重要です。会場では、最後の第6展示室で光合成について解説しています。
光合成という現象は、おおくの科学者の研究・実験によってしだいにわかってきました。
1648年、ヘルモントは、乾燥した土 90.7 kg を植木鉢にいれ、おもさ 2.3 kg のヤナギの苗をうえ、水だけで5年間そだてたところ、ヤナギは 76.8 kg へ増加しましたが、土は 57 g 減少しただけだったことから、「植物のからだは水からつくられる」とかんがえました。
1772年、プリーストリーは、密閉したガラス容器内でロウソクをもやし、ネズミと植物をそこにいれておくと、ロウソクはもえつづけ、ネズミもいきつづけることから、「植物には、空気をきれいいにする働きがある」とかんがえました。
1779年、インゲンホウスは、プリーストリーの実験を暗黒下でおこなうと、ロウソクの火はすぐにきえ、ネズミも死んでしまうことから、「植物が空気をきれいいにする働きは、植物に光が当たっているときにだけ起こる」ことをしめしました。
1788年、セネビエは、二酸化炭素をふくむ水中に水草をいれた光をあたると気泡が発生し、二酸化炭素をふくまない水では気泡が発生しないことから、「酸素を発生するには二酸化炭素が必要である」とかんがえました。
1804年、ソシュールは、密閉した容器に植物をいれて光をあてると、容器内の二酸化炭素が減少し、植物体の重量が増加したことから、「植物のからだは水と二酸化炭素からつくられる」とかんがえました。
1862年、ザックスは、植物の葉の一部を、光があたらないようにおおっておくと、光があたったところでのみデンプンがつくられたことから、「植物は、光によってデンプンをつくっている」ことをあきらかにしました。
1882年、エンゲルマンは、アオミドロの葉緑体の部分に光をあてると、好気性細菌が葉緑体の周囲にあつまったことから、「葉緑体から酸素が発生している」とかんがえました。
以上の研究により、植物は、光と水と二酸化炭素をつかって、酸素を発生し、デンプンを合成するのではないかという仮説がたてられます。
光と水と二酸化炭素 → 酸素+デンプン
1939年、ヒルは、ハコベの葉をすりつぶしてえた葉緑体をふくむ絞り汁を容器にいれ、空気をぬいて、シュウ酸鉄(Ⅲ)をくわえ、光を照射したところ、酸素が発生しましたが、シュウ酸鉄(Ⅲ)をくわえない場合は酸素が発生しなかったことと、シュウ酸鉄(Ⅲ)は還元されやすいことから、「光合成で酸素が発生するためには還元されやすい物質の存在が必要」なことをしめしました。
1941年、ルーベンは、酸素の同位体(18O)をもつ水(H218O)をつかった実験をおこない、「光合成で発生する酸素は二酸化炭素ではなく、水に由来すること」をあきらかにしました。
1949年、ベンソンは、二酸化炭素がない条件で光を照射しておいた植物を、暗黒化で、二酸化炭素のある条件にうつしたところ、しばらくのあいだだけ二酸化炭素が吸収されたことから、「光合成では、まず光を必要とする反応が起こり、それによって生じた物質を使って二酸化炭素を吸収する反応が起こる」ことと、「二酸化炭素を吸収する反応には光を必要としないこと」をしめしました。
1956年、エマーソンは、さまざまな波長の光をクロレラに照射して光合成速度を測定して、「光化学反応では、2つの異なる反応過程が連続して起こる」ことをあきらかにしました。
1957年、カルビンは、クロレラに光をあてて、放射性同位元素の炭素(14C)をふくむ二酸化炭素(14CO2)を一定時間とりこませ、熱したアルコールにひたして光合成反応を停止させ、光合成をおこなわせた時間ごとに 14C をとりこんでいる物質をしらべ、「吸収した二酸化炭素から最初に生じる物質は PGA(ホスホグリセリン酸)である」ことをつきとめました。
以上のような実験によって、「光と水と二酸化炭素 → 酸素+デンプン」という仮説が検証され、細胞内の葉緑体で光合成がおこることが実証され、光合成全体の反応はつぎの反応式でまとめられました。
12H2O + 6CO2 → 6O2 + 6H2O + C6H12O6
このように、植物の葉に日光があたると水と二酸化炭素から酸素と有機物がつくられ、これらが、人間をふくむ動物の命をささえます。わたしたちは、酸素がなければ呼吸ができず、有機物をたべなければいきていけません。食物連鎖をさかのぼれば、肉食動物は草食動物をたべ、草食動物は植物をたべているのであり、すべてが植物へいきつきます。
そもそも地球には酸素はなく、植物が酸素を発生させなければ動物の進化もおこりませんでした。進化も植物におっています。またコムギ・イネ・トウモロコシなど、必須な穀物もみな植物です。これらの植物は農業革命をおこし、文明をささえます。植物が文明をつくったといってもよいでしょう。
植物の重要性について現代人はわすれていますが、生命の世界を植物がささえていることはあきらかであり、今回の特別展をとおして、光合成の観点からあらためて植物をとらえなおすことにはとてもおおきな意義があります。
▼ 関連記事
〈インプット→プロセシング→アウトプット〉系 - 特別展「植物」(国立科学博物館)-
▼ 注
特別展「植物 -地球を支える仲間たち-」
特設サイト
会場:国立科学博物館
会期:2021年7月10日〜9月20日
▼ 参考文献
國府方吾郎・三村徹郎監修『植物 地球を支える仲間たち』(特別展図録)、NHK・NHKプロモーション・朝日新聞社発行、2021年
大森徹著『大森徹の最強講義117講 生物』文英堂、2015年
▼ 関連書籍