人間は、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)をする存在です。プロセシングが睡眠中におこります。睡眠を改善すれば情報処理がすすみます。
睡眠のしくみと障害・重要性などについて『睡眠の教科書』(ニュートン別冊)が解説しています。最高のパフォーマンスを発揮するためのコツがわかります。
PART 1 快眠の科学
2週間分の自分の睡眠を記録して、平日よりも2時間以上休日におおくねむるなら睡眠負債がたまっている状態です。休日におおくねて睡眠不足を解消しようとするのは睡眠負債をかかえる人の典型例です。
睡眠負債をかかえないための唯一の方法は自分に必要な睡眠時間をしっかりと毎日確保することです。
睡眠のメカニズムとしてよくしられるのが「睡眠サイクル」であり、1回の睡眠サイクルのながさはおおむね90分といわれます。その90分のなかにしめるレム睡眠の割合は1回の睡眠中に徐々におおきくなっていきます。なお睡眠サイクルのながさはおなじ人でもばらつきがあり、日によって、また一晩の睡眠中でも変化します。
ノンレム睡眠は、ステージ1からステージ3までの3段階にわけられ、ステージ1と2は比較的あさい睡眠ですが、ステージ3はよりふかい睡眠であり、脳と体を休息させる重要な役割があります。
十分な回数の睡眠サイクルを連続してとるのがよく、すくなくとも最初のノンレム睡眠をしっかりとることが快眠の条件といえます。
睡眠サイクルは、目覚めのよさにも直結し、ノンレム睡眠のステージ3の最中に目覚めると不快感があり、レム睡眠もしくはノンレム睡眠のステージ1か2の最中に目覚めると爽快におきられます。
ノンレム睡眠のステージ1〜3は、睡眠中にみられる「脳波」のちがいで区別されます。神経細胞(ニューロン)は、ほかの神経細胞から信号をうけとると電気がながれ、多数の神経細胞による電気信号を、頭部につけた電極でとらえたものが脳波です。睡眠中にステージ3にはいると、「デルタ波」とよばれるゆっくり振動する脳波があらわれ、これは、大脳の神経細胞がいっせいにやすんだり活動したりをくりかえしていることをしめしています。
近年の研究で、ノンレム睡眠は記憶の定着や強化に重要であることがわかってきました。記憶は、神経細胞同士のつながりが脳のなかで形成・強化される現象であり、ノンレム睡眠中の脳では、不要な神経細胞どうしのつながりを解除するなどして、記憶の再構築と強化がおこなわれるという仮説がたてられています。
ノンレム睡眠のあとには、レム睡眠がつづきます。「レム(REM)」とは、急速眼球運動を意味する Rapid Eye Movement の略であり、睡眠中に眼球がこきざみにうごく現象です。
レム睡眠中の大脳は、睡眠中にもかかわらず覚醒時にちかい状態にあります。さらにレム睡眠中の脳では、覚醒時よりもむしろ活発に活動している領域が複数あることがわかってきました。記憶の形成に重要な役割をはたす「海馬」もレム睡眠中に活発に活動しています。ノンレム睡眠とはことなるメカニズムによって、レム睡眠中も、一時的な記憶の固定にかかわっているとかんがえられます。
スニップスは、覚醒しつづける間に「リン酸化」とよばれる化学反応がどんどんすすみ、そしてスニップスのリン酸化は睡眠によって解消されることがマウスをつかった実験でわかりました。
睡眠不足がかさなった睡眠負債の状態の脳は、リン酸化されたスニップスが解消しきれずに蓄積し、そのせいで、シナプス(神経細胞間の接合部)のはたらきが脳全体で非効率になっているとかんがえられます。
スニップスの発見によって、神経科学の最大のブラックボックスの解明に突破口がひらかれました。
快眠のためには、暗さ・静けさ・快適な室温の3条件が必要です。とくに光は、入眠をさまたげ、睡眠途中の覚醒をもたらす刺激であり、睡眠に悪影響があります。
また就寝直前に熱い風呂にはいると深部体温がさがりにくくなって入眠しにくくなることがあります。入浴は、就寝の約2時間前までにすませるか、就寝直前に入浴する場合はぬるめのお湯につかるのがよいです。
したがって床につく直前に、スマートフォンやパソコンをみるのはやめたほうがよいです。スマートフオンやパソコンだけでなく寝室の照明があかるすぎるのもよくありません。とくに、スマートフオンやパソコンや LED 証明などにふくまれる「ブルーライト」を夜にうけることで体内時計の針がまきもどされてしまいます。
PART 2 睡眠と病気
睡眠時間がみじかい人ほどふとっている傾向があるという研究結果が世界各地で報告されています。
睡眠不足になると、食欲を増加させるホルモン(グレリンなど)の分泌量がふえる一方で、食欲をおさえるホルモン(レプチンなど)の分泌量がへるために、たべる量がふえるとかんがえられます。また睡眠がたりないと昼間でもねむくなり疲労感がつよくなり、運動をしなくなるために肥満がすすみます。
睡眠不足だった人が十分な睡眠をとると血糖値がさがったり、さまざまなホルモンの分泌量が正常化したりするという報告もあります。睡眠には、生活習慣病を改善できる可能性があります。
脳では、老廃物を、文字どおり「洗い流して」いることがわかってきました。洗い流しは、おきているときよりも寝ているあいだにさかんにおこなわれます。短時間しかねむっていない人は、アルツハイマー病などの脳の疾患になる可能性があります。
不眠症は、ストレスで発症し、習慣で慢性化します。心配性の人は不眠症になりやすいといわれます。あるいは災害がおきたり、自分や家族が病気になったりすると不眠症になることがあります。またながい昼寝やカフェインの多量摂取などのよくない習慣が不眠症を慢性化します。
睡眠時無呼吸症候群では、睡眠が何度も中断し、ふかいノンレム睡眠(ステージ3)がすくなくなります。ねているあいだも体がやすまらず、十分な休憩になりません。ながくねむる傾向がありますが元気になるわけでもなく、疲労感がとれず、つよい眠気が日中に生じます。
呼吸がとまるのは、空気のとおり道である「気道」がふさがるからであり、気道がふさがらないようにするのがこの睡眠障害の解決方法です。肥満の人は、やせるだけで改善することがあります。ねるときに鼻から空気をおくりつづける「CPAP療法」も有効です。
覚醒と睡眠をきりかえるうえで重要な役割をはたすのが「オレキシン」という脳内物質です。ナルコレプシーの患者のほとんどは、このオレキシンが脳内でつくられなくなっているとかんがえられます。
オレキシンがないと覚醒の維持が不安定になり、時と場所をえらばす眠気が突然やってきます。おおきな失敗や事故にもつながる深刻な病です。根本的な治療薬はまだありませんが研究はつづいています。
PART 3 もっと知りたい!睡眠
30分以上ながくねむってしまうとふかいねむりであるノンレム睡眠ステージ3にはいってしまいすっきりと目覚めることができません。ただし仮眠を必要とするのは睡眠負債をかかえている結果であることがすくなくありません。夜の睡眠をしっかり確保することをまず心がけます。
脳の「側坐核」という領域には「アデノシン」とよばれる脳内物質の受容体をもつ神経細胞があり、この神経細胞がアデノシンをうけとると眠気が誘導されます。
コーヒーやお茶にふくまれる「カフェイン」はアデノシンと化学構造がよく似ているため、カフェインを摂取するとアデノシンをうけとる受容体に結合し、アデノシンがあとからやってきても結合できなくなり、眠気の誘導がさまたげられます。
イルカやクジラ、カモメやアホウドリなどは、大脳の右半球と左半球が交互にねむる「半球睡眠」をおこないます。左右どちらかの脳がおきていてねむりながらおよいだりとんだりできます。
キリンやゾウは、1日に2〜4時間ほどしかねむらず、しかも大部分たったままねむります。
「脳のメンテナンス」が睡眠の本質的な役割であるとかんがえられますが、睡眠中は無防備でリスクが生じるためおちおちとねむってはいられません。
しかしヒトは、ながいふかい眠りを必要とします。高度な脳を回復させる必要があるからです。そのためには、一晩中横になれる安全な寝場所(家)をつくる必要もありました。睡眠とは、体よりもむしろ脳を回復させる行動だといえます。
胎児に最初にあらわれる睡眠はレム睡眠であり、脳幹から、脳の神経細胞の活動を刺激する信号をだすことで大脳の発育をうながすとかんがえられています。胎児が成長するとノンレム睡眠がみられるようになります。
レム睡眠の割合は、初期の胎児で100%、新生児で50%であり、成人になると約20〜25%までさがります。成人になると、脳をつくるよりも脳の機能を維持する役割が重要になるためだとかんがえられます。
以上みてきたように、睡眠中には、脳のメンテナンスや記憶の整理・定着がすすみます。「寝る間をおしんで」という言葉が昔からありますが睡眠時間をけずってもよいことは何ひとつありません。
とくに、記憶や学習に睡眠はふかくかかわっています。脳の海馬において、睡眠中に記憶を整理したりあらたに記憶を生成したりしています。海馬は、「一時的な記憶」をあつかい、睡眠中に、「長期記憶」にそれが変換されるといわれます。
また運動や楽器のスキルなど、覚醒中に練習したことが睡眠中に固定・整理されて、のこされていくべきものがのこされるともいわれます。
したがって学習でも練習でもちゃんと寝ることがとても大事です。
人間は、ほかの動物にくらべておおきく高度な脳をもつため、ほかの動物にくらべてながくふかい睡眠を必要とします。したがってそのための安全な場所も確保しなければならず、住居や寝室・寝具なども重要です。
また退屈だとねむくなり、おもしろいと眠気がふきとぶという現象もよくしられています。ねむくなるという現象は、その分野はその人にはむいていないことをしめしているのであり、眠気がふきとぶ分野を中心にして学習や練習をおこなったほうがよいでしょう。
わたしたち人間は、目・耳・鼻・舌・皮膚などの感覚器官をつかって外界から情報をとりいれ(インプット)、とりいれた情報を処理し(プロセシング)、声や手をつかって言葉などを発しています(アウトプット)。
わたしたちは基本的に、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)をする存在であり、インプット・プロセシング・アウトプットのそれぞれのしくみを理解することがもとめられますが、これらのなかでプロセシングは心のなかの現象であるため、どのようにそれがおこるのかよくわかりません。
そこで睡眠の研究が参考になります。睡眠についてしることでプロセシングにアプローチできます。これまでの研究により、睡眠中に、プロセシングがすすむことはあきらかであり、睡眠をおろそかにすればプロセシングはすすみません。
このようにかんがえると、〈インプット→睡眠→アウトプット〉が生活や人生の基本であると断言してもよく、したがってインプットをしたらさっさとねる、おきたらアウトプットをするという行為が日々の生活の基本であるといってもよいでしょう。
たとえば何らかの問題が発生した場合でも、関連情報をインプットし、ねむり、書きだすという、〈インプット→プロセシング→アウトプット〉のサイクルが問題を解決するための基本になるでしょう。
▼ 関連記事
睡眠法の記事
▼ 参考文献
『睡眠の教科書』(Newton別冊)ニュートンプレス、2019年
▼ 関連書籍
『NHK きょうの健康 不眠の悩み』 (2021年 3月号)NHK出版、2021年
マシュー=ウォーカー著・桜田直美訳『睡眠こそ最強の解決策である』SBクリエイティブ、2018年


PART 1 快眠の科学
PART 2 睡眠と病気
PART 3 もっと知りたい!睡眠
PART 1 快眠の科学
「インスタ映え」や「フェイクニュース」に並んで、「睡眠負債」という言葉が2017年のユーキャン新語・流行語大賞のトップ10にランクインしました。(中略)
睡眠不足が何日も重なり、数日から数週間の単位で睡眠不足が慢性化した状態になると、睡眠負債とよばれるようになります。(中略)
睡眠負債は、日中のパフォーマンスを下げるだけでなく、さまざまな健康リスクにつながります。
2週間分の自分の睡眠を記録して、平日よりも2時間以上休日におおくねむるなら睡眠負債がたまっている状態です。休日におおくねて睡眠不足を解消しようとするのは睡眠負債をかかえる人の典型例です。
睡眠負債をかかえないための唯一の方法は自分に必要な睡眠時間をしっかりと毎日確保することです。
通常、眠りに入ると、まず「ノンレム睡眠」とよばれる睡眠に入ります。ノンレム睡眠は60分前後つづき、それが終わると「レム睡眠」とよばれる浅い睡眠に入ります。ノンレム睡眠とレム睡眠のセットが「睡眠サイクル」で、1回の睡眠中に4〜6回程度くりかえされます。
睡眠のメカニズムとしてよくしられるのが「睡眠サイクル」であり、1回の睡眠サイクルのながさはおおむね90分といわれます。その90分のなかにしめるレム睡眠の割合は1回の睡眠中に徐々におおきくなっていきます。なお睡眠サイクルのながさはおなじ人でもばらつきがあり、日によって、また一晩の睡眠中でも変化します。
ノンレム睡眠は、ステージ1からステージ3までの3段階にわけられ、ステージ1と2は比較的あさい睡眠ですが、ステージ3はよりふかい睡眠であり、脳と体を休息させる重要な役割があります。
十分な回数の睡眠サイクルを連続してとるのがよく、すくなくとも最初のノンレム睡眠をしっかりとることが快眠の条件といえます。
睡眠サイクルは、目覚めのよさにも直結し、ノンレム睡眠のステージ3の最中に目覚めると不快感があり、レム睡眠もしくはノンレム睡眠のステージ1か2の最中に目覚めると爽快におきられます。
ノンレム睡眠のステージ1〜3は、睡眠中にみられる「脳波」のちがいで区別されます。神経細胞(ニューロン)は、ほかの神経細胞から信号をうけとると電気がながれ、多数の神経細胞による電気信号を、頭部につけた電極でとらえたものが脳波です。睡眠中にステージ3にはいると、「デルタ波」とよばれるゆっくり振動する脳波があらわれ、これは、大脳の神経細胞がいっせいにやすんだり活動したりをくりかえしていることをしめしています。
近年の研究で、ノンレム睡眠は記憶の定着や強化に重要であることがわかってきました。記憶は、神経細胞同士のつながりが脳のなかで形成・強化される現象であり、ノンレム睡眠中の脳では、不要な神経細胞どうしのつながりを解除するなどして、記憶の再構築と強化がおこなわれるという仮説がたてられています。
「空を飛ぶ」などの奇妙な夢、喜怒哀楽や不安といった感情をともなう夢の多くは、レム睡眠中に見ることがわかっています。レム睡眠中の脳では、理性的な判断にかかわる「前頭前野」の活動が低下する一方、視覚イメージを生み出す「視覚連合野」や、感情をつかさどる「扁桃体」が活発に活動しています。これらが、レム睡眠の夢と関係していると考えられます。
ノンレム睡眠のあとには、レム睡眠がつづきます。「レム(REM)」とは、急速眼球運動を意味する Rapid Eye Movement の略であり、睡眠中に眼球がこきざみにうごく現象です。
レム睡眠中の大脳は、睡眠中にもかかわらず覚醒時にちかい状態にあります。さらにレム睡眠中の脳では、覚醒時よりもむしろ活発に活動している領域が複数あることがわかってきました。記憶の形成に重要な役割をはたす「海馬」もレム睡眠中に活発に活動しています。ノンレム睡眠とはことなるメカニズムによって、レム睡眠中も、一時的な記憶の固定にかかわっているとかんがえられます。
覚醒している間にたまりつづけ、睡眠によって解消される「眠気」の実体とは、いったい何なのでしょうか?
その有力な候補となる脳内の現象が、筑波大学のリュウ・チンファ教授、柳沢教授らの研究チームによって2018年に発見されました。「スニップス」と名づけられた、脳内にある80種類のタンパク質にみられる化学変化です。
スニップスは、覚醒しつづける間に「リン酸化」とよばれる化学反応がどんどんすすみ、そしてスニップスのリン酸化は睡眠によって解消されることがマウスをつかった実験でわかりました。
睡眠不足がかさなった睡眠負債の状態の脳は、リン酸化されたスニップスが解消しきれずに蓄積し、そのせいで、シナプス(神経細胞間の接合部)のはたらきが脳全体で非効率になっているとかんがえられます。
スニップスの発見によって、神経科学の最大のブラックボックスの解明に突破口がひらかれました。
暗くして、静かにして、快適な温度と湿度を保つこと。その三つがたいせつです。
快眠のためには、暗さ・静けさ・快適な室温の3条件が必要です。とくに光は、入眠をさまたげ、睡眠途中の覚醒をもたらす刺激であり、睡眠に悪影響があります。
また就寝直前に熱い風呂にはいると深部体温がさがりにくくなって入眠しにくくなることがあります。入浴は、就寝の約2時間前までにすませるか、就寝直前に入浴する場合はぬるめのお湯につかるのがよいです。
体内時計は、全身のすべての細胞にそなわっていますが、それらを制御するマスタークロックが脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)とよばれる部位にあります。このマスタークロックの時計の針は、朝早い時間に強い光をあびることでリセットされます。しかし、夜遅い時間に浴びてしまうと、時計の針が1〜2時間ほど巻きもどされてしまうのです。
したがって床につく直前に、スマートフォンやパソコンをみるのはやめたほうがよいです。スマートフオンやパソコンだけでなく寝室の照明があかるすぎるのもよくありません。とくに、スマートフオンやパソコンや LED 証明などにふくまれる「ブルーライト」を夜にうけることで体内時計の針がまきもどされてしまいます。
PART 2 睡眠と病気
富山県の児童およそ1万人を対象にした調査では、毎日10時間以上睡眠をとっている子供にくらべて、8時間以下しか眠っていない子供は、3倍近くも肥満の度合いが高くなっていました。
睡眠時間がみじかい人ほどふとっている傾向があるという研究結果が世界各地で報告されています。
睡眠不足になると、食欲を増加させるホルモン(グレリンなど)の分泌量がふえる一方で、食欲をおさえるホルモン(レプチンなど)の分泌量がへるために、たべる量がふえるとかんがえられます。また睡眠がたりないと昼間でもねむくなり疲労感がつよくなり、運動をしなくなるために肥満がすすみます。
睡眠不足だった人が十分な睡眠をとると血糖値がさがったり、さまざまなホルモンの分泌量が正常化したりするという報告もあります。睡眠には、生活習慣病を改善できる可能性があります。
睡眠時間の短い人ほど、認知症の発症リスクが高いことが報告されています。認知症の中で最もよくみられるのが「アルツハイマー病」です。「アミロイドβ」とよばれるタンパク質の老廃物が脳内に異常に蓄積するのが特徴で、それによって脳の神経細胞がこわされ、記憶や思考に問題が生じると考えられています。
脳では、老廃物を、文字どおり「洗い流して」いることがわかってきました。洗い流しは、おきているときよりも寝ているあいだにさかんにおこなわれます。短時間しかねむっていない人は、アルツハイマー病などの脳の疾患になる可能性があります。
眠りたいのに眠れない、夜中に目が覚めてしまうなど、満足のいく睡眠ができないことがあります。睡眠の量や質が十分でないために、日中に疲労感を感じたり、仕事などに支障が出たりすることもあるでしょう。こうした睡眠障害が「不眠症」です。
不眠症は、ストレスで発症し、習慣で慢性化します。心配性の人は不眠症になりやすいといわれます。あるいは災害がおきたり、自分や家族が病気になったりすると不眠症になることがあります。またながい昼寝やカフェインの多量摂取などのよくない習慣が不眠症を慢性化します。
寝ているときに大きないびきをかき、ときどき10秒以上呼吸が止まっているようなら、それは「睡眠時無呼吸症候群」かもしれません。
睡眠時無呼吸症候群では、睡眠が何度も中断し、ふかいノンレム睡眠(ステージ3)がすくなくなります。ねているあいだも体がやすまらず、十分な休憩になりません。ながくねむる傾向がありますが元気になるわけでもなく、疲労感がとれず、つよい眠気が日中に生じます。
呼吸がとまるのは、空気のとおり道である「気道」がふさがるからであり、気道がふさがらないようにするのがこの睡眠障害の解決方法です。肥満の人は、やせるだけで改善することがあります。ねるときに鼻から空気をおくりつづける「CPAP療法」も有効です。
会話中や運転中などの緊張した場面であっても、耐えがたいほどの強い眠気におそわれ、それが日中になんどもくりかえすようであれば、「ナルコレプシー」という病気かもしれません。
覚醒と睡眠をきりかえるうえで重要な役割をはたすのが「オレキシン」という脳内物質です。ナルコレプシーの患者のほとんどは、このオレキシンが脳内でつくられなくなっているとかんがえられます。
オレキシンがないと覚醒の維持が不安定になり、時と場所をえらばす眠気が突然やってきます。おおきな失敗や事故にもつながる深刻な病です。根本的な治療薬はまだありませんが研究はつづいています。
PART 3 もっと知りたい!睡眠
仮眠
仮眠をとる時間は、15分から20分程度がよいとされています。
30分以上ながくねむってしまうとふかいねむりであるノンレム睡眠ステージ3にはいってしまいすっきりと目覚めることができません。ただし仮眠を必要とするのは睡眠負債をかかえている結果であることがすくなくありません。夜の睡眠をしっかり確保することをまず心がけます。
眠気
やる気(モチベーション)を高めるような刺激があたえられると、アデノシンを受けとった側坐核の神経細胞が眠りを誘導する作用がおさえられ、その結果、眠気が吹き飛ぶと考えられます。
脳の「側坐核」という領域には「アデノシン」とよばれる脳内物質の受容体をもつ神経細胞があり、この神経細胞がアデノシンをうけとると眠気が誘導されます。
コーヒーやお茶にふくまれる「カフェイン」はアデノシンと化学構造がよく似ているため、カフェインを摂取するとアデノシンをうけとる受容体に結合し、アデノシンがあとからやってきても結合できなくなり、眠気の誘導がさまたげられます。
動物の睡眠
眠ることは、外敵のいる野生動物にとって、基本的に無防備で危険な行為です。
イルカやクジラ、カモメやアホウドリなどは、大脳の右半球と左半球が交互にねむる「半球睡眠」をおこないます。左右どちらかの脳がおきていてねむりながらおよいだりとんだりできます。
キリンやゾウは、1日に2〜4時間ほどしかねむらず、しかも大部分たったままねむります。
「脳のメンテナンス」が睡眠の本質的な役割であるとかんがえられますが、睡眠中は無防備でリスクが生じるためおちおちとねむってはいられません。
しかしヒトは、ながいふかい眠りを必要とします。高度な脳を回復させる必要があるからです。そのためには、一晩中横になれる安全な寝場所(家)をつくる必要もありました。睡眠とは、体よりもむしろ脳を回復させる行動だといえます。
お腹の赤ちゃん
大脳が形成される前の胎児は眠りません。大脳ができてはじめて、眠るようになります。
胎児に最初にあらわれる睡眠はレム睡眠であり、脳幹から、脳の神経細胞の活動を刺激する信号をだすことで大脳の発育をうながすとかんがえられています。胎児が成長するとノンレム睡眠がみられるようになります。
レム睡眠の割合は、初期の胎児で100%、新生児で50%であり、成人になると約20〜25%までさがります。成人になると、脳をつくるよりも脳の機能を維持する役割が重要になるためだとかんがえられます。
*
以上みてきたように、睡眠中には、脳のメンテナンスや記憶の整理・定着がすすみます。「寝る間をおしんで」という言葉が昔からありますが睡眠時間をけずってもよいことは何ひとつありません。
とくに、記憶や学習に睡眠はふかくかかわっています。脳の海馬において、睡眠中に記憶を整理したりあらたに記憶を生成したりしています。海馬は、「一時的な記憶」をあつかい、睡眠中に、「長期記憶」にそれが変換されるといわれます。
また運動や楽器のスキルなど、覚醒中に練習したことが睡眠中に固定・整理されて、のこされていくべきものがのこされるともいわれます。
したがって学習でも練習でもちゃんと寝ることがとても大事です。
人間は、ほかの動物にくらべておおきく高度な脳をもつため、ほかの動物にくらべてながくふかい睡眠を必要とします。したがってそのための安全な場所も確保しなければならず、住居や寝室・寝具なども重要です。
また退屈だとねむくなり、おもしろいと眠気がふきとぶという現象もよくしられています。ねむくなるという現象は、その分野はその人にはむいていないことをしめしているのであり、眠気がふきとぶ分野を中心にして学習や練習をおこなったほうがよいでしょう。
わたしたち人間は、目・耳・鼻・舌・皮膚などの感覚器官をつかって外界から情報をとりいれ(インプット)、とりいれた情報を処理し(プロセシング)、声や手をつかって言葉などを発しています(アウトプット)。
わたしたちは基本的に、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)をする存在であり、インプット・プロセシング・アウトプットのそれぞれのしくみを理解することがもとめられますが、これらのなかでプロセシングは心のなかの現象であるため、どのようにそれがおこるのかよくわかりません。
そこで睡眠の研究が参考になります。睡眠についてしることでプロセシングにアプローチできます。これまでの研究により、睡眠中に、プロセシングがすすむことはあきらかであり、睡眠をおろそかにすればプロセシングはすすみません。
このようにかんがえると、〈インプット→睡眠→アウトプット〉が生活や人生の基本であると断言してもよく、したがってインプットをしたらさっさとねる、おきたらアウトプットをするという行為が日々の生活の基本であるといってもよいでしょう。
たとえば何らかの問題が発生した場合でも、関連情報をインプットし、ねむり、書きだすという、〈インプット→プロセシング→アウトプット〉のサイクルが問題を解決するための基本になるでしょう。
▼ 関連記事
睡眠法の記事
▼ 参考文献
『睡眠の教科書』(Newton別冊)ニュートンプレス、2019年
▼ 関連書籍
『NHK きょうの健康 不眠の悩み』 (2021年 3月号)NHK出版、2021年
マシュー=ウォーカー著・桜田直美訳『睡眠こそ最強の解決策である』SBクリエイティブ、2018年