米は、歴史をかえました。稲作文化圏が形成されました。文化が成長します。
『Newton』2021年2月号の Topic で、米について総合的に解説しています。日本人にとって米はなくてはならない食べ物です。


上手な炊飯のコツとして、昔から「はじめチョロチョロ、なかパッパ、赤子泣いてもフタとるな」という言葉がつたえられている。


「はじめチョロチョロ」は、生米と水を釜にいれたあと、弱火から中火ぐらいでゆっくり熱をくわえ、しっかり水分を米に浸透させる過程をいいます。つぎの「なかパッパ」は、火をつよくして一気に熱をくわえ、釜の水を沸騰させる過程のことであり、釜とフタの隙間から蒸気がふきだすようすを表現しています。最後の「赤子泣いてもフタとるな」は、窯の水が蒸発しきってご飯が炊けたとおもってもすぐにフタをとらず、しばらく蒸らすことをさし、これにより、熱と水分がむらなく全体にいきわたり、ふっくらとしたやわらかいご飯になります。所要時間は、米の量などによってことなりますが、余熱は十数分、沸騰は20分程度、蒸らしは10〜15分といった時間配分が一般的です。近年の炊飯器は、これらを全自動でおこない、炊きあがったご飯の保温もでき、24〜30時間にまでその時間がのびており、酸化防止機能がついた炊飯器もあります。

歴史的にみると、米を、現代のように炊いてたべるようになったのは比較的最近のことであり、弥生時代には土器で米を煮てたべていたようです。煮るとは、生米を水にいれて加熱し、調理後に汁がのこる調理法です。古墳時代ごろからは、米を蒸してたべる方法がひろがり、奈良時代になると、それを乾燥させて保存食にした「乾飯(ほしいい)」も登場します。平安時代には、釜で炊く方法がはじまり、江戸時代になると、現代とほぼおなじように調理された白いご飯がたべられるようになります。ただし白いご飯を誰もが普通にたべられるようになったのは1950年代からです。


米は単子葉植物の一種であるイネの種子だ。収穫したイネの種子を脱穀(稲穂から取りはずすこと)し、籾殻を除いたものは「玄米」とよばれる。この状態では、米を包んでいる果皮や種皮、胚乳の表面をおおっている糊粉層のほか、芽や根のもとになる「胚芽」が残っている。果皮、種皮、糊粉層は合わせて「糠層」とよばれる。玄米を精米したものが白米で、発芽のための栄養として炭水化物のデンプンをたくわえている胚乳だけが残っている。


胚芽や糠層には、鉄分やカルシウムなどのミネラル、ビタミンB、ビタミンE、食物繊維などが豊富にふくまれるため、栄養面で玄米はすぐれます。

一方、白米は、胚乳だけがのこっているため、白くうつくしく、炊飯すればやわらかくおいしくたべられますが、栄養面では玄米におとります。


世界各国で生産されている主な品種には「ジャポニカ種」と「インディカ種」がある。


ジャポニカ種は、世界の生産量にしめる割合は約20%であり、日本・朝鮮半島・中国のほか、オーストラリア・アメリカ西部などで栽培され、米粒はまるみをおびてみじかく、デンプンにふくまれるアミロースの割合が15〜20%とすくないため、炊飯するとつよい粘りがで、モチモチとした食感を特徴とします。

インディカ種は、世界の生産量の約80%をしめ、東南アジア・中国南部・インド・アメリカなどで栽培され、米粒はながく、デンプンにふくまれるアミロースの割合が20%〜30%ほどで、粘りがちいさく、パサパサとした食感があります。

インディカ種とジャポニカ種のそれぞれに、一般的な「うるち米」と特に粘りのつよい「もち米」があります。

これらのほかに、生産量はすくないですが「ジャバニカ種」があり、インドネシア・中央アメリカ・南アメリカなどで栽培され、米粒がおおきく、ジャポニカ種に遺伝的にはちかいとされます。


2012年、日本の国立遺伝学研究所などの研究チームは、さまざまな地域から集めた約1500系統もの栽培種や野生種のゲノム(遺伝情報)を解析し、イネの栽培は中国南部の珠江(しゅこう)中流域ではじまったとする研究成果を発表した。


ジャポニカ種やインディカ種のもとになったイネの野生種はアジア大陸にもともと自生していたとされ、1万年〜7000年前ごろに栽培がはじまったとかんがえられ、今回の研究結果によると、中国南部をながれる珠江で、「倒れにくい」「稲穂から種子が落ちにくい(すなわち収穫しやすい)」といった特徴をもつイネの栽培がはじまり、ジャポニカ種がうまれ、それが、アジア各地へひろがる過程で現地の野生種と交配がすすみながらインディカ種がうまれたとされます。

中国大陸から日本列島への稲作の伝来ルートについてはつぎの3つの仮説があります。

  • 中国大陸から朝鮮半島を経由して九州北部へ
  • 長江の河口付近から東シナ海を横断して九州へ
  • 中国南部から台湾・沖縄などをへて九州南部へ

日本列島への稲作の伝来は遺跡の調査結果などから約3000年前とかんがえられ、それから数百年で日本のおおくの地域へひろがり、2000年前ごろには本州最北でもイネが栽培されました。明治時代以降は、北海道でも稲作がおこなわれるようになり、北海道は現在、米の生産量が国内トップクラスです。

ほかの稲作地帯と同様に日本列島も降水量がおおく、イネの栽培に適した風土であったため、稲作は各地にひろがり、現在にいたるまで定着しています。またイネは、昼夜の温度差がおおきいほうがデンプンをおおくたくわえることができるため、国内でも、新潟県や秋田県など、「米どころ」として昔からしられる地域はこの条件にめぐまれています。

また稲作は、せまい面積でたくさん収穫することができ、栄養価もたかいので、おおくの人口をやしなうことができ、日本の人口は、縄文時代のピークには約27万人、弥生時代には約60万人、古墳時代には約500万にふえ、これは、稲作の伝来になしにはありえなかったことです。

さらにほとんどの場合、水田で栽培するので「連作障害」がおきにくく、毎年収穫できることもメリットです。小麦などのほかの作物は、連作障害をさけるために一定期間ごとに作物をいれかえる「輪作」をおこなうことが一般的です。

また縄文時代のおわりから弥生時代にかけての遺跡で水路などの灌漑設備が確認されており、時代がすすむにつれて大規模な土木工事がおこなわれるようになったこともわかります。排水も重要であり、かつては、水をぬくことができない「湿田」がおおかったですが、明治時代以後に排水路の整備がすすみ、収穫がおわった冬に水をぬく「乾田」がおおくなりました。

品種改良もすすみ、収穫量がおおい、病害虫につよい品種がつくられました。「コシヒカリ」など、アミロースがすくなく粘りのある、おいしさを追求した品種もうまれました。近年は、佐賀県の「さがびより」や鹿児島県の「あきほなみ」など、高温につよい米もうみだされ、地球温暖化への対応もしています。






日本では、約3000年前から今日にいたるまで稲作がおこなわれ、人々をやしなうために、国づくりのために歴史的におおきな役割を稲作がはたしてきました。風になびくうつくしい稲穂は日本の原風景であり、時代はかわっても日本から米がきえることはありません。米は、日本文化のいたるところにふかく根をおろしており、米を中心にした食生活、日本酒、豊穣をいのり収穫を感謝する儀式や祭りなど、日本人の生活様式をみればそれはあきらかです。

日本に稲作が定着したのは日本列島の自然環境が稲作に適していたからですが、他方で、日本人は土地を改良し、品種を改良し、病害虫や冷害につよいおいしい米をつくりだしました。稲作は、自然環境と日本人の相互作用によっておこなわれ発展したのであり、日本の米は、自然環境と日本人による「合作」といってもよいでしょう(図1)。稲作は、自然環境のなかに元来は存在した稲を改良して栽培する技術であり、米は、天然と人工の中間、半自然であるといえます。


210122 稲作
図1 稲作のモデル


一方、海外に目を転じてみると、稲作地帯は、インド・ネパール〜東南アジア〜南中国〜朝鮮という広大な地域にひろがっており、そこは降水量がおおく、「モンスーンアジア」ともよばれ、日本と似た自然環境がみられ、図1の「稲作のモデル」(仮説)がこの地帯全域にもあてはまるだろうとかんがえられます。

自然環境が似ていて稲作がおこなわれ米が主食ということから、稲作地帯全域に生活様式の共通性がみられ、そこでくらす人々の気質も似ています。わたしは、基本的に稲作がおこなわれているネパールでくらしたとき、想像していたよりも違和感がなく、ネパール人とは意外に気があう体験をしました。はなれていてもおなじ稲作地帯に属すので自然環境や生活に似た基盤がありました。そこは、近隣のチベットや中東とはちがう世界でした。

あるいは中国では、「南米北麦」と昔からいわれ、北部では小麦、南部では米を主食とするため、いわゆる漢民族よりも、稲作をおこなう広東や福建や台湾などの人々と日本人は気があうということがあるとおもいます。

あるいは精神文化をみても、稲作地帯には、ヒンドゥー教・道教・神道(神仏習合)など、いわゆる民族宗教が発達しており、古代の民間の雑多な信仰を基とするという共通性がみられます。

このように稲作地帯は、文化の類似性から、文化圏というひとまとまりをもっており、「稲作文化圏」とそれはいってもよいでしょう。

文化とは、自然環境と人間の双方を反映したものであり、自然環境と人間とのあいだに介在し、自然も人間もしみこんだものです。いいかえると、文化をしらべれば、自然環境も人間(民族)もわかります。この方法は、稲作文化圏以外のほかの文化圏を理解するためにも役だつでしょう。




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▼ 参考文献
『Newton』(2021年2月号)ニュートンプレス、2021年
八木宏典著『図解 知識ゼロからのコメ入門』家の光協会、2014年
2021-01-21 3.25.35