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会場入口
(交差法で立体視ができます)
アイヌは日本の先住民族です。日本の基層文化にアプローチします。機械文明を、共生と循環の文明へ転換するためのヒントがえられます。
特別展「先住民の宝」が国立民族学博物館で開催されています(注)。世界には、約3億7000万人の先住民が70カ国以上の国々でくらしています。彼らの心のよりどころであり、民族の誇りでもある「宝」約740点をみながら、圧政や差別にくるしみながらも力づよくいきてきた先住民の奥ぶかい世界について理解をふかめます。

特別展会場の2階では、日本の先住民であるアイヌを集中的にとりあげ、詳細に解説しています。

2008年6月、国会において、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が可決され、2019年5月、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が施行、はじめて法律に、「先住民族」と明記されました。

アイヌは日本の先住民族であることがあきらかになり、具体的には、縄文人の末裔ではないだろうかという仮説がたてられます。もしそうだとすると、アイヌの文化をしることは縄文人の文化をしることにつながるはずであり、縄文文化が日本の基層文化であるとするならば、日本の歴史や文化を再考するためにもアイヌ文化が役立つはずです。

かつては、本州の東北地方北部・北海道・樺太島南部・千島列島にアイヌ語をはなす人々が多数 居住していました。


生業(狩猟・漁撈・採集・農耕)
食料や物をつくるための素材のおおくを自然のなかからえていました。

北海道では、狩猟・漁撈・採集にくわえて小規模ながら雑穀や野菜などの農耕もおこなわれました。より寒冷な樺太や千島では、漁撈や海獣狩猟(アザラシ猟など)が重要でした。漁撈や狩猟でえたものの一部は交易されましたが、江戸時代になると松前藩により交易は次第に制限され、近世後期には、和人の経営する漁場での労働をしいられるようになりました。明治にはいると和人の移住が増加し、不慣れな農業への転換を余儀なくされました。

しかし野生の植物の利用はつづけられました。また狩猟や漁労は、伝統的生活空間「イオル」の再生事業や、特別採捕の措置で捕獲できるようになり、文化継承のとりくみがおこなわれています。



食事の中心は、具だくさんの汁物であり、うすい粥や山菜・野菜の煮物や和え物もありました。おもな食材は地域によってことなり、北海道では、山菜や農作物などと、サケをはじめとする魚、シカなどの獣肉をくみあわせたものでした。樺太や千島では、魚やアザラシなどの海獣がより重要でした。

日本の本州以南とくらべるとデンプン質のものがすくなく、タンパク質や油脂がおおい食事でした。味つけはおもに塩であり、さらに、さまざまな植物が香辛料のようにもちいられました。

季節ごとにとれる食材は天日乾燥などの方法で保存しておき、不漁・不猟や不作にそなえるとともに、儀式のごちそうや旅人をもてなすためにつかわれました。



かつては、獣や鳥・魚の皮をもちいたものがありましたが、現存するものはきわめてすくないです。「アットゥㇱ」は、オヒョウ(ニレ科)などの樹皮繊維を糸にしておった布を仕立てたもので、アイヌの服としてよくしられ、実物もおおくのこっています。

明治以降は、和人と同様の服装に次第になりましたが、1980年代頃から、伝統的な衣服をつくる人がふえ、現在は、儀式をおこなうときや踊りを披露するときなどに正装として着用されます。


移動・運搬
川での移動や漁には丸木船(チㇷ°)がもちいられ、海では、丸木船のへりに板を綴じつけて耐久性と積載量をたかめた板綴じ船(イタオマチㇷ°)がつかわれました。船以外の乗り物では、イヌぞりが樺太にありました。また雪のうえをあるく際につかう道具としてはかんじきがあります。


信仰・儀礼
人々は、あらゆるものに霊魂がやどるとかんがえ、なかでも、人間に対してつよい影響力をもつものを「カムイ」として意識してきました。たとえば動物・植物、山、川、海、太陽、火、水などの自然物をはじめ、天候や病気、また生活に欠かせない道具などの人の手でつくられるものまでカムイとして畏敬の念をもっていました。

カムイは、天上にあるカムイモシㇼ(カムイの国)では人間とおなじような姿をし、親・兄弟・仲間がおり、人間のところにくるときには動物などに姿をかえてあらわれるとかんがえられています。

カムイは、自然界など、いたるところでそれぞれの役割をにない、人間をみまもり、いきる糧をあたえる存在なので、人々は、生業や人生の節目、家や船を新築した際などにカムイに対して安寧をいのり感謝する「カムイノミ(いのり)」をおこないます。また神には、よい神もわるい神もいるので、こまったことがあればカムイに対して依頼や交渉をすることもあります。



アイヌ語には、「イコㇿ」という言葉があり、日本語では「宝」と訳されます。その筆頭は刀剣類であり、儀式などでもちいられました。蒔絵をほどこした漆器も代表的な宝であり、儀式の際には酒器としてよくつかわれました。

イコㇿは、自分たちではつくれない貴重な移入品であり、ふだんは、家の奥の上座にもうけられた宝壇に大切にかざられました。イコㇿをたくさんもつことは有力者であることをしめしました。また契約や紛争解決のためにもつかわれました。


現代の工芸
代表的なものは木彫と刺繍であり、その独特な文様やすぐれた品質が評価され、ふるくは、江戸時代の文献にも記録されています。たとえば男性のほる小刀の鞘や盆・筆軸・茶托などは松前藩の献上品となり、江戸の文人たちにもこのまれ、商品として流通しました。

明治・大正期には、木彫にくわえて、女性がつくる織物や刺繍の衣類・小物などが博覧会に出品されるようになり、工芸品の需要が土産としてふえました。

近年は、空港や駅など、公共の場で工芸品が展示されるケースがふえています。たとえば札幌市では、2011年、地下鉄さっぽろ駅と大通駅間の地下歩道にアイヌ文化を紹介するスペースをもうけました。2019年には、その地下歩道につながる場所に、「アイヌ文化を発信する空間」、愛称「ミナパ」(アイヌ語で大勢がわらうという意味)がオープンしました。現代作家の作品を紹介するとともに、音や映像をつかった演出、さわってたのしめる体験型の装置があり、また時刻や天気など、身近な情報をアイヌ語で発信しています。是非いってみてください。

> アイヌ文化を発信する空間「ミナパ」(札幌市)
> 映像による紹介(SONY)






北海道では、3万年ほどまえの「旧石器文化」の遺跡がみつかっており、そのあとの時代の「縄文文化」の遺跡はさらにおおくのこっています。北海道の縄文文化は、本州東北地方の文化と連動して推移したとかんがえられます。

その後、本州では、水稲農耕がはじまり、弥生文化期にはいりましたが、北海道では、寒冷であったために農耕はひろまらず、狩猟・漁撈・採集を中心とした生活がつづき、その文化は「続縄文文化」とよばれます。

続縄文文化のあと、7世紀ごろからは、「擦文文化」の時代に北海道ははいり、交易が活発になり、鉄器の流入がふえ、雑穀などの農耕もおこなわれるようになりました。

おなじころ、道北から道東沿岸にかけて、樺太から南下した「オホーツク文化」がさかえましたが、やがて、擦文文化に吸収されるようにおわりをむかえます。

その後、竪穴式住居から、地上にたてた住居にすむようになり、13世紀頃からは、土器をもちいなくなり、「アイヌ文化期」とよばれる時代になります。

このように、考古学的な研究および人類学的な研究から、縄文時代から北海道にすんできた人々の末裔が、本州などの文化の影響をある程度うけながらきずいたのがアイヌ文化であるとかんがえられます。北海道の寒冷な自然環境が、大陸伝来の稲作文化の普及をこばんだことも伝統文化を伝承することに役立ちました。

したがってアイヌ文化には、縄文文化の痕跡が数多くのこされているはずであり、アイヌ文化をしることは、日本の基層文化である縄文文化をしることに通じます。

しかし15世紀からは、和人(本州からきた人々)の支配がしだいにつよまり、自由な交易が制限されます。

18世紀には、アイヌの人々は、和人の商人が経営する漁場での労働に従事させられます。

明治にはいると、日本国民にアイヌは編入され、植民政策により和人が急増したため、北海道の人口の1%にもみたない少数者となります。アイヌは土地をうばわれ、生業も制限され、生活は困窮し、アイヌ語をはじめとする文化の継承もむずかしくなります。

そしてその後、2019年にようやく、アイヌが先住民族であることがみとめられました。

2020年7月、北海道白老町のポロト湖畔に、「ウポポイ(民族共生象徴空間)」がオープンしました。「ウポポイ」は、「(おおぜいで)うたうこと」をアイヌ語で意味します。主要施設として、国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園・慰霊施設がつくられ、アイヌの歴史・文化をまなび、つたえるセンターとして、また人々が共生する社会のシンボルとして、おおいに期待されています。

> ウポポイ(民族共生象徴空間)

自然環境と調和するアイヌの自然観・世界観は、自然を破壊しつくす現代文明(機械文明)の自然観・世界観とはあきらかにことなります。今後とも人類が生存していくためには、実際には、文明の転換が必要であり、そのためにはアイヌからまなばなければなりません。ミナパやウポポイのオープンなど、アイヌにかかわる近年の動向をしって、かすかに希望がみえてきました。



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▼ 注
特別展「先住民の宝」
会場:国立民族学博物館 特別展示室
会期:2020年10月1日~12月15日
※ 特別展会場内の撮影は許可されていません。




▼ 参考文献
信田敏宏編著『特別展 先住民の宝』(図録)国立民族学博物館発行、2020年


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