精神の不調は誰にもおこります。医学的・科学的な客観的な理解がもとめられます。対処法があります。
『Newton』2020年10月号の Newton Special では「精神の病気」について解説しています。うつ病、統合失調症、不安障害、認知症、パーソナリティ障害、発達障害など、さまざまな精神の病気や障害について理解できます。




目次
うつ病
双極性障害
統合失調症
不安障害・強迫性障害
依存症
認知症
パーソナリティ障害
発達障害
性同一性障害(性別違和)



うつ病
最も有力とされる「モノアミン仮説」では、脳内で「セロトニン」や「ノルアドレナリン」といった気分や感情に関係する神経伝達物質(モノアミン)が不足してしまうことが、うつ病の原因だとされています。


うつ病は「脳の病気」であり、脳の活動の変化が気分のおちこみといった症状をひきおこすとかんがえられています。現在、「モノアミン仮説」にもとづいて薬が開発され、「セロトニン再取りこみ阻害薬」など、さまざまな抗うつ薬が治療効果をしめしています。

セロトニンは、日光をあびたり運動したりすることによって分泌量がふえることがしられており、「運動量の少ない人はうつ病になるリスクが高い」という報告もあり、うつ病の予防として無理のない運動がある程度効果があるとされます。

また近年、このような「薬物療法」にくわえて、「認知行動療法」がおこなわれるケースがふえています。さらに、「rTMS(反復経頭蓋磁気刺激療法)」という、患者の頭部に強力な電磁石(コイル)をあてて脳の活動を回復させる治療法が注目されています。



双極性障害
双極性障害の治療には気分安定薬や抗精神病薬が用いられます。うつ病に使用される抗うつ薬を使用してしまうと、むしろ再発の可能性が高くなったり、症状が悪化したりしてしまう場合があります。


万能感にみたされて活動が活発になる「躁状態」と、気分がおちこみ活動が抑制される「うつ状態」が、一般に、数年の間隔をおいてくりかえされる病気を「双極性障害」といいます。もともとは、「躁うつ病」とよばれていましたが、うつ病とは似て非なる病気です。



統合失調症
陽性症状がおきているとき、統合失調症の患者の脳では、快楽などにかかわる神経伝達物質「ドーパミン」が過剰になってしまっていると考えられています。


統合失調症は、「精神分裂症」などとかつてはよばれ、非常になおりにくい病気でしが、いまでは、「抗精神病薬」があり、また「認知行動療法」もおこなわれ、回復の可能性は劇的にあがっています。



不安障害・強迫性障害
不安障害や強迫性障害の薬物療法では、うつ病の治療に効果がある SSRI(セロトニン再取りこみ阻害薬)が近年では主に用いられています。SSRI は、脳の神経細胞から放出された、快楽にかかわる神経伝達物質「セロトニン」が、ふたたび神経細胞に取りこまれるのを防ぐ効果があります。


「SSRI」によって、不安の感情がおさえられるとかんがえられています。

過剰な不安によってはげしい身体反応がおきてしまう精神疾患が「不安障害」です。また「これをしないと不安だ」という「強迫観念」にかられ、特定の行動をくりかえしてしまう病気が「強迫性障害」です。



依存症
アルコールや薬物などの物質に依存することを「物質依存」と呼び、ギャンブルやインターネットなど何らかの行為に依存することを「行為依存(行為嗜癖)」と呼びます。


「依存症」は、何らかの物質摂取や特定の行為がどうしてもやめられなくなってしまう病であり、非常にみぢかな精神疾患のひとつです。とくに近年は、若年層を中心とした依存症が問題になっており、たとえば2017年〜2018年にかけての厚生労働省の調査では、国内の中高生の全体の4割にものぼる約250万人が、病的なインターネット依存とその予備軍だと推計されています。とくに、ゲームがやめられない「ゲーム障害」があらたな病気として注目されています。

依存症を、「意志が弱いから依存してしまっている」ととらえるのは誤解です。依存症は、脳の変化によって、自分の意思だけではやめたくてもやめられない状態におちいる病気です。アルコールや薬物などの依存性物質は、脳の「報酬系」とよばれる神経回路において、快楽にかかわる神経伝達物質「ドーパミン」の量を直接的あるいは間接的にふやすはたらきをもちます。依存性物質の摂取をくりかえすと、その物質と快楽をむすびつける「学習」が脳内でおき、ふたたびその物質を摂取したいとおもうようになります。

一方で、脳が、快楽に「なれてしまう」ことで依存の程度はどんどんましていきます。

ギャンブルやゲームなど、スリルや興奮・達成感を簡単にえられる行為でも、同様のしくみで依存がおきます。

変化した脳を元にもどすことは困難であり、症状が回復したとしてもふたたび依存する可能性がのこっています。依存症の治療では、「精神療法」や「グループ療法」がおこなわれます。依存症の種類や症状によっては回復を補助する薬がつかわれることもあります。



認知症
厚生労働省の調査によると、2012年時点で65歳以上の7人に1人が認知症であると推計されました。高齢者に占める認知症の人の割合は増加傾向にあり、2025年は65歳以上の5人に1人が認知症を発症すると予想されています。


脳の神経細胞の変化などによって、思考・理解・記憶・計算といった「認知機能」が低下する病気が「認知症」です。認知症には、70以上もの種類がありますが、「アルツハイマー型認知症」「血管性認知症」「レビー小体型認知症」の3種類が90%をしめ、もっとも発症割合がたかいのがアルツハイマー型認知症です。

認知症では、脳の障害によって「中核症状」があらわれ、それにともなって「周辺症状」があらわれます。妄想や暴言といった周辺症状は介護者との関係悪化につながりやすく、症状をおさえる治療がとくに必要です。

何かをわすれてしまったという自覚がある場合は老化によるものわすれだとおもわれますが、認知症による記憶障害は、忘れたこと自体もわすれてしまい、自覚できません。

認知症の症状はしだいに悪化し、たとえばアルツハイマー型認知症では、はじめはものわすれ程度だった記憶障害が、認識の障害、徘徊、不潔行為(便をさわる)など、さまざまな症状へ悪化し、発症から平均で8年で死にいたります。

現在のところ、ごく一部の例外をのぞき、認知症を根本から治療したり、進行を完全にとめたりする治療法はみつかっていません。薬物療法は、ある程度 症状をおさえて進行をゆるやかにするだけです。

また認知症の介護では、介護者が、多大なストレスをともなって うつ病を発症するケースがあります。介護者同士がなやみを共有する「グループワーク」もおこなわれていますので、「介護家族会」などのキーワードで検索してください。あるいは認知行動療法を介護者におこない、認知症の人とのかかわりかたを介護者がまなぶこころみもあります。



パーソナリティ障害
同じ状況に置かれても、そのときどのように考え、どんな行動をとるのかは、人それぞれです。しかし、そういった反応が文化的・社会的な平均から大きくずれている場合、自身や他人に苦痛をあたえ、生活に支障をきたしてしまうことがあります。このような精神疾患を「パーソナリティ障害」とよびます。


「パーソナリティ障害」は、うまれもった一部の特性にくわえて、後天的な経験が原因で発症するとかんがえられ、治療によって症状の改善が期待できます。ここでいう「パーソナリティ」とは、治療可能であるという点で、わたしたちが普段つかう「性格」や「個性」とは意味がことなります。

たとえば「猜疑性(妄想性)パーソナリティ障害」では、根拠もなく他人をうたがい、はげしい不信感から対人関係に支障をきたします。「反社会性パーソナリティ障害」では、社会規範や他人の感情を軽視し、他人を害する行為を冷酷におこないます。パーソナリティ障害の症状はさまざまですが、過度な自己愛と劣等感が共存していることなどは共通しています。

治療では、カウンセリングによって自己の問題を理解し、行動の変化や苦痛の軽減をめざす「精神療法」がおもにおこなわれます。また破壊衝動があるなどの場合は入院治療をおこなったり、抑うつや不安などの症状に対しては薬物療法をおこなったりします。

通常の精神療法で改善がみられない場合は「スキーマ療法」をつかう選択肢もあります。「スキーマ」とは、認知の根底にある信念のことであり、スキーマ療法は、通常の精神療法にくらべて患者の心のよりふかい領域までふみこむ手法であり、数年単位の器官を治療に要します。たとえば「何をやっても失敗するだろう」という「失敗スキーマ」がある人は、大事な仕事を前にして、「まじめに取り組んでも意味がない」とおもいます。失敗スキーマは、幼少期に形成される18種類の「悪いスキーマ(早期不適応スキーマ)」のひとつです。



発達障害
生まれつき脳の発達が通常とことなることで、生活に支障をきたしてしまう場合があるのが「発達障害」です。(中略)

発達障害のうち主なものは「自閉スペクトラム症(ASD)」「注意欠如多動性障害(ADHD)」「学習障害(LD)」の三つです。(中略)

これら三つのほかにも、突発的な発声や動きを行う「チック症」や、言葉を円滑に発せられない「吃音症」などが発達障害に含まれます。


発達障害は、遺伝的な原因にくわえて、妊娠時の母親の糖尿病、出産時の低酸素状態などが原因だとかんがえられ、根本的な原因をとりのぞくことは困難であるのが現状です。「親のしつけ」や「愛情不足」が原因だという誤解がありましたが、これらの影響は現在では完全に否定されています。

発達障害をもつ子供や大人に対して周囲の人ができることとしてつぎのことがあります。

  • 失敗したときにはしからずに問題の解決方法を一緒にかんがえます。うまくできたときにはほめます。
  • コミュニケーションをとるときには、ゆっくり、みじかく、正確につたえます。とおまわしな表現やあいまいな表現はさけます。
  • 「早くして?」「まだ?」などとせかさずに、じっくりとおだやかな態度で話をききます。
  • 図をつかって、ルールや約束事を視覚的に提示します。
  • スケジュールや計画をまえもって明確につたえておきます。
  • 仕切りを座席につけるなどして、集中しやすい環境をつくります。
  • 苦手なこと、得意なことをおしえてもらいます。あるいは気づいてあげます。



性同一性障害
「性別」とひとくちにいっても、生物学的な体の性と、自分自身が認識している性の二つの意味があります。多くの人は両者の性が一致していますが、これらが食いちがってしまうために、違和感を覚え、苦しんでいる人もいます。このような症状を「性同一性障害(性別違和感)」とよびます。


2013年、アメリカ精神学会が発表した精神疾患の診断基準では「性同一性障害」は「性別違和」という名称に変更されました。これには近年、性同一性障害を、「多様な性のあり方の一つ」ととらえ、病気でも障害でもなく個性であるとするかんがえがひろまっていることが関係しています。

みた目の性と意識の性はかならずしも一致しません。本人が、性の不一致になやんでいることをかくしている場合もおおいといいます。「男なのに〜」「女だから〜」、「男らしく」「女らしく」といった見方は今日では偏見であり、多様な性のありかたをみとめる社会が到来しました。








『Newton』の今回の特集はややむずかしい面がありますが、現代社会をいきるうえで誰もがしっておかなければならないことがくわしくかかれています。精神の病気については誤解がおおく、あるいはそもそも気がつかない場合がありますので、まずは、ただしい知識を誰もが身につけることが必要でしょう。

精神の病気ほどとらえにくく、わかりにくい病気はありません。しかし自分あるいは相手が精神の病気にかかっていることに気がつかないでいると人間関係が悪化し、問題がさらにおおきくなります。

精神の病気には、急激な環境変化などにより誰もがなりえます。たとえば現在の新型ウイルス感染拡大の状況のもとで、医療従事者にも、精神の不調をうったえる人がふえているそうです。たとえば中国の医療従事者1572人を対象におこなわれた調査によると、50.4%がうつ症状を、44.6%が不安症状を、34.0%が不眠をうったえました。

心のなかは直接みることはできませんが、心の状態は、目つきや仕草、体の不調など、「形」になってあらわれますから、形から、心の様子を推定し、対処していく方法があります。