集団免疫を獲得するにはほどとおい状況です。抗体をすでにもっているからといって安心はできません。“長期戦” になります。 
『日経サイエンス』2020年10月号が、「新型コロナウイルス 免疫系の戦い」と題して抗体検査について解説しています。



8月3日には,欧州で最も早くから流行が拡大したイタリアにおける大規模な抗体検査の結果が発表された。イタリア全土の6万5000人弱に対して検査を行い,  SARS-CoVE2に対する抗体を持つ人の割合は2.5%だった。国内では,6月上旬に厚生労働省が東京都と大阪府,宮城県でそれぞれ2000〜3000人を検査。抗体保有者の割合は東京で0.1%,大阪府で0.17%,宮城県で0.03%だった。ニューヨーク州は約1万5000人を検査し,5月上旬時点の結果は12.3%だった。


免疫系が体内でどのようにウイルスとたたかっているかを把握することは感染拡大の防止策をねるうえで重要であり、そのためには、抗体検査について理解しておかなければなりません。

検査した時点における感染がわかる PCR 検査とはことなり、抗体検査は、過去の感染をあきらかにできます。通常、病原体の侵入を受けたヒトの免疫系は、病原体の特徴にあわせた抗体をつくって再感染や重症化をふせごうとします。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に感染すれば、本人に感染の自覚がなくても、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)を認識する抗体が体内にできるとかんがえられます。気づかぬうちに感染して回復して、ウイルスが体内からすでにきえていても、抗体検査なら、過去に感染していたことがわかる場合があります。

また抗体検査では一般に、調査対象者を集団の中からランダムにえらび、陽性の割合をしらべます。通常の検査ではわからない「水面下の感染者」をふくむ、流行の全体像を推定できます。

感染症は、集団の大半の人が感染して免疫を獲得すれば、おのずと流行はおさまるとされますが、上記の各国のデータをみればあきらかなように、どこでもこれにはほどとおい状況です。したがって今後、長期間にわたる対策が必要です。


抗体ができているからといって,その人が必ず免疫を獲得しているとは限らない。抗体検査は既に感染した人が社会にどれだけいるかを把握する手段であり,陽性が出た人に二度と感染しないという確証を与えるものではないのだ。


この点を誤解している人がおおいです。SARS-CoVE2 に対する免疫を獲得できているかどうかをしらべるには、その人がもっている抗体を検査する「性能テスト」もおこなわなければなりません。具体的には、実験室内で培養細胞に抗体をふりかけておき、ウイルスの侵入が阻止されるかどうかをしらべます。ウイルスが細胞へ感染することをくいとめる抗体は「中和抗体」とよばれます。

さらにこまったことに、この中和抗体ができても短期間で消失してしまうという研究報告があります。したがって、中和抗体が一度確認された場合でも、一定期間後に検査を再度する必要があります。


免疫系では,複数の種類の細胞間で様々な情報伝達物質がやり取りされている。サイトカインと総称される低分子化合物だ。

サイトカインには各種の免疫細胞の働きを活性化するものと抑制するものがある。いわばアクセルとブレーキだが,制御がうまく行われないと免疫系の暴走が起こる。この状態を「サイトカインストーム」と呼ぶ。


COVID-19 の重症患者では、サイトカインストームの発生がはやくから指摘されていました。どうして、COVID-19 でサイトカインストームがおこりやすいのかはまだ不明ですが、このメカニズムが解明されれば、従来よりもはやい段階で暴走の予兆をつかみ、重症化を防ぐ治療を開始できるようになると期待されています。







このように、抗体検査、中和抗体、抗体の消失、免疫系の暴走などについてみていくと、感染症との “戦い” は長期戦になると予測されます(あと1〜2年?)。このような予測のもとで、対策を講じ、今後の計画をたてなければなりません。そのためにも、PCR 検査と抗体検査で何がわかるのかをよく理解しておくべきでしょう。




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▼ 参考文献
『日経サイエンス』(2020年10月号)日経サイエンス社、2020年
 2020-09-03 20.59.35