ヒマラヤ高所での観測がはじまりました。地球温暖化の影響があらわれています。全体をみて、部分をみると、本質がわかります。
今月の『ナショナルジオグラフィック』は「世界の屋根 ヒマラヤ」を総力特集しています。第5部は「エベレスト 世界一高い気象観測所」です。
ナショナルジオグラフィック協会と時計メーカーのロレックスは2カ月にわたる調査をおこない、地質学者・氷河学者・生物学者・地理学者・気候学者ら、34人の科学者が、エベレストのさまざまな標高の地点や隣接するクーンブ渓谷で野外調査を実施しました。
気候学者のトム=マシューズとベイカー=ペリーもこの調査隊に参加しました。彼らは、エベレスト・ベースキャンプ(5270メートル)周辺の2カ所、さらに標高の高い、ウエスタン・クームの第2キャンプ(6464メートル)、サウス・コルの第4キャンプ(7945メートル)、バルコニー(8430メートル)の3カ所に自動化された観測装置を設置しました。
高所での作業にはさまざまな難題がたちはだかりました。かつぎあげられる程度にかるく、しかもどんな気象条件でもびくともしない観測装置が必要でした。ソーラーパネルと蓄電池システムは、衛星経由でデータをおくれるだけの電力をうみださなければなりません。
チームが下山したのち、あらたに設置した5カ所の気象観測所が、風速や風向き・気温・太陽放射・熱放射・気圧・降水量などのデータを送信してきました。科学者たちは、世界屈指の複雑な環境をもつこの地域においてあたらしい視点をもてるようになりました。
これまでのところ、高地での氷河のとけかたに関するあらたな発見がありました。大気のうすいところでは、太陽がだす放射エネルギー(太陽放射)が劇的につよまることがしられていましたが、そのような標高のたかい場所で太陽放射の測定値が記録されることはめったにありませんでした。今回えられた太陽放射の測定値のなかには、地球の大気圏外で測定される太陽放射エネルギーの量である「太陽定数」と同等であったり、上まわったりしているものがあり、このような状態では、気温が氷点下であっても大規模な融雪がおこりえます。アジア高山域にある数千平方キロのひろさの氷河はわたしたちがしらないうちに融解しているかもしれません。
地球温暖化などの気候変動を調査・研究するとき、地球観測衛星などをつかった全球的な観測だけではえられるデータに限界があり、地球上の現場での直接的な調査・観測も必要です。その現場として最適なのがヒマラヤです。ヒマラヤにおける自然現象は、気候変動の指標(インデックス、目印)として大変わかりやすく、貴重なデータをわたしたちに提供してくれます。こうして、全球的なデータとヒマラヤの局所的なデータをくみあわせることによって気候変動の本質が理解できます。
このように、まず、地球全体をみて、つぎに、ヒマラヤで局所的な調査をすると、地球の動向がよくつかめます。全体をみて、部分をみると、いままで以上に全体がみえてきます。大観と局観により原理を追究するといってもよいでしょう。
たとえば地質学者は、地表をひろく調査したのち、ここぞというところをボーリング調査します。するとその地域の構造と地史がわかります。
今回のナショナルジオグラフィック隊では、特殊なドリルをつかった氷河コアサンプルの採取もおこないました。氷の層は地層とおなじで、その場所の自然史に関する貴重な手がかりをふくんでいます。
このような調査では、ここぞというところを選択することがとても大事です。やみくもにあちこちで調査やサンプリングをしても意味がありません。
ヒマラヤは、地球における「ここぞ」という場所です。集中的に調査・観測をし、ボーリングやサンプリングをする地点として、ここほどすぐれた地点はほかにはほとんどありません。地球上で絶対にはずせないポイントです。
今日、ヒマラヤおよびその周辺地域では氷河縮小、氷河湖決壊、水不足、野生動物の危機、生態系崩壊、住民の苦悩など、さまざまな問題が拡大しています。これらの背後には、地球温暖化など、全球規模での環境変動があります。全球的な変動は、ヒマラヤにおいてもっとも具体的にあらわれます。
野外科学的なさらなる調査・研究が必要です。そしてここには、学術的に未開拓な領域が広大にひろがっています。ヒマラヤはこれからもパイオニアワークの現場です。
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▼ 参考文献
『ナショナル ジオグラフィック日本版』(2020年7月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2020年
危険で費用もかかる今回の遠征が行われたのは、高地での定期的なデータが不足していることにより、科学者たちの「盲点」になっている領域を補うためだった。
こうした盲点の一つは、気象を知るうえで極めて重要な要素である風だ。標高8850メートルに達するエベレストは、山頂が亜熱帯ジェット気流よりも高い位置にある、数少ない高峰の一つだ。この気流は地球を周回する帯状の高速な流れの一つで、暴風雨の進路から農作物の生育期間に至るまで、あらゆる事象に影響を及ぼす。もう一つの盲点は、標高5000メートル以上の巨大氷河に新たな雪氷をもたらす、降雪のパターンだ。(中略)
「この調査は、地球を見つめるための新たな窓です」と、調査隊の隊長を務めた米メーン大学気候変動研究所のポール・マヨウスキー所長は話す。
ナショナルジオグラフィック協会と時計メーカーのロレックスは2カ月にわたる調査をおこない、地質学者・氷河学者・生物学者・地理学者・気候学者ら、34人の科学者が、エベレストのさまざまな標高の地点や隣接するクーンブ渓谷で野外調査を実施しました。
気候学者のトム=マシューズとベイカー=ペリーもこの調査隊に参加しました。彼らは、エベレスト・ベースキャンプ(5270メートル)周辺の2カ所、さらに標高の高い、ウエスタン・クームの第2キャンプ(6464メートル)、サウス・コルの第4キャンプ(7945メートル)、バルコニー(8430メートル)の3カ所に自動化された観測装置を設置しました。
高所での作業にはさまざまな難題がたちはだかりました。かつぎあげられる程度にかるく、しかもどんな気象条件でもびくともしない観測装置が必要でした。ソーラーパネルと蓄電池システムは、衛星経由でデータをおくれるだけの電力をうみださなければなりません。
チームが下山したのち、あらたに設置した5カ所の気象観測所が、風速や風向き・気温・太陽放射・熱放射・気圧・降水量などのデータを送信してきました。科学者たちは、世界屈指の複雑な環境をもつこの地域においてあたらしい視点をもてるようになりました。
これまでのところ、高地での氷河のとけかたに関するあらたな発見がありました。大気のうすいところでは、太陽がだす放射エネルギー(太陽放射)が劇的につよまることがしられていましたが、そのような標高のたかい場所で太陽放射の測定値が記録されることはめったにありませんでした。今回えられた太陽放射の測定値のなかには、地球の大気圏外で測定される太陽放射エネルギーの量である「太陽定数」と同等であったり、上まわったりしているものがあり、このような状態では、気温が氷点下であっても大規模な融雪がおこりえます。アジア高山域にある数千平方キロのひろさの氷河はわたしたちがしらないうちに融解しているかもしれません。
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地球温暖化などの気候変動を調査・研究するとき、地球観測衛星などをつかった全球的な観測だけではえられるデータに限界があり、地球上の現場での直接的な調査・観測も必要です。その現場として最適なのがヒマラヤです。ヒマラヤにおける自然現象は、気候変動の指標(インデックス、目印)として大変わかりやすく、貴重なデータをわたしたちに提供してくれます。こうして、全球的なデータとヒマラヤの局所的なデータをくみあわせることによって気候変動の本質が理解できます。
このように、まず、地球全体をみて、つぎに、ヒマラヤで局所的な調査をすると、地球の動向がよくつかめます。全体をみて、部分をみると、いままで以上に全体がみえてきます。大観と局観により原理を追究するといってもよいでしょう。
たとえば地質学者は、地表をひろく調査したのち、ここぞというところをボーリング調査します。するとその地域の構造と地史がわかります。
今回のナショナルジオグラフィック隊では、特殊なドリルをつかった氷河コアサンプルの採取もおこないました。氷の層は地層とおなじで、その場所の自然史に関する貴重な手がかりをふくんでいます。
このような調査では、ここぞというところを選択することがとても大事です。やみくもにあちこちで調査やサンプリングをしても意味がありません。
ヒマラヤは、地球における「ここぞ」という場所です。集中的に調査・観測をし、ボーリングやサンプリングをする地点として、ここほどすぐれた地点はほかにはほとんどありません。地球上で絶対にはずせないポイントです。
今日、ヒマラヤおよびその周辺地域では氷河縮小、氷河湖決壊、水不足、野生動物の危機、生態系崩壊、住民の苦悩など、さまざまな問題が拡大しています。これらの背後には、地球温暖化など、全球規模での環境変動があります。全球的な変動は、ヒマラヤにおいてもっとも具体的にあらわれます。
野外科学的なさらなる調査・研究が必要です。そしてここには、学術的に未開拓な領域が広大にひろがっています。ヒマラヤはこれからもパイオニアワークの現場です。
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パイオニアワークが歴史をきざむ -「エベレスト 幻の初登頂」(ナショナルジオグラフィック 2020.07号)-
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▼ 参考文献
『ナショナル ジオグラフィック日本版』(2020年7月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2020年