ウイルスのゲノム解析がすすます。 実証的研究をすすめることが治療薬とワクチン実現の近道です。
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)について『日経サイエンス』2020年8月号が特集しています。

COVID-19 は、国や地域ごとに流行の様子がことなり、たとえばヨーロッパとアジアでは、人口10万人あたりの感染者や死亡者の数に100倍のひらきがあります。なぜ、これだけことなる流行がおこるのでしょうか?


仮説の1つは、突然変異によってウイルスの性質が地域ごとに変化しているというものだ。

英ロンドン大学の研究チームは世界中の約7700個のウイルス配列を解析し、すでに配列中の198カ所の部位で変異が生じていることをあきらかにした。


ウイルスは、ヒト細胞のなかで、自分の遺伝情報を記録した RNA を鋳型にしてあらたな RNA を複製します。このとき、ウイルスはゲノム配列をあやまることがあり、まれに、ゲノム配列のわずかな変異がウイルス全体の性質をおおきくかえることがあります。

ある生物種が、あらたな地域にひろがっていく際、最初にそこに侵入したタイプが独占的にひろがるのはよくみられる現象であり、「創始者効果」とよばれます。今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は新天地への侵入をくりかえしながらひろがったので、各地のウイルス集団がそれぞれことなるタイプであったとしてもおかしくなく、このことが、国や地域ごとにことなる流行状況をうみだしたのではないかという仮説がたてられます。

この仮説を検証するために、変異をおこしたウイルス粒子を実験室で再現し、その病原性や感染能力を動物をつかってしらべる実験がすすめられます。

一方、おなじ国のなかでも、症状のでない人、軽症の人、重症の人がおり、なぜ、一部の感染者だけが重症化するのでしょうか?


ウイルスの配列の差異だけでなく、ヒトの側の遺伝的性質の違いが症状や国ごとの流行の差異に影響している可能性もある。


この仮説を検証するために、ゲノム配列がすでに登録されている人々のなかから新型コロナウイルスに感染したヒトを抽出し、症状とゲノム配列の関係をしらべ、無症状・軽症・重症の各感染者のゲノム配列の差異をあきらかにします。

このような検証により、どのようなヒトが重症化するかが予測できるようになります。

治療薬とワクチンの開発は、このような実験とともにすすめられるため、時間(あと1〜2年?)がかかります。治療薬とワクチンが実用化されるまでは感染流行の抜本的な収束はなく、きびしい状況がつづきますが、仮説をたてて検証するという、このような実証的研究を着実にすすめることが、けっきょく、治療薬とワクチン実現のための近道です。



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▼ 参考文献
『日経サイエンス』(2020年8月号)日経サイエンス社、2020年
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