仮説をたてて検証します。演繹法がつかえます。問題解決のカギは局所の選択にあります。
『Newton』2020年5月号の Topic では、ムー大陸・パシフィカ大陸・アトランティス大陸など、かつて存在したといわれる伝説の大陸について、本当に存在したのかどうかを科学的な見地から検証しています。
ムー大陸は、今から約1万2000年前に忽然と姿を消した。
イギリスの作家、ジェームズ=チャーチワード(1851〜1936)は『失われたムー大陸』において、太平洋にかつて存在したムー大陸には、太陽神の化身を帝王とする帝国が繁栄していたが、地盤の陥没により海の底にしずんだとのべました。
もし、この仮説がただしいとするならば、太平洋の海底に、ムー大陸のかつての地層が断片状に存在するはずです。
1970年ごろから、太平洋の海底調査がさかんにおこなわれましたがそのような地層の断片はみつかりませんでした。したがってムー大陸は存在しなかったことがわかりました。
アメリカ、スタンフォード大学の地質学者、アモス・ヌル教授とベン・アブラハム教授らは、太平洋の海底にある複数の巨大海台は、大昔に分裂した「パシフィカ大陸」という大陸の “破片” なのではないか、という説を発表したのだ。
太平洋の海底調査により、「巨大海台」とよばれるおおきな台地が海底に複数あることがわかりました。太平洋は大部分、水深4000メートルをこえるふかい海で、巨大海台は、幅は1000キロメートル以上あり、たかさは3000メートルをこえるものもあります。
「パシフィカ大陸」は2億2500万年前は、かつて存在した超大陸「パンゲア大陸」の南端にあり、約1億8000万年前に、現在のオーストラリア大陸と南極大陸から分裂したのち、パシフィカ大陸自体も分裂して複数の巨大海台になったのではないだろうかとヌル教授らはかんがえました。
この仮説は、「プレートテクトニクス」(プレート運動)を前提にしています。プレートテクトニクスとは、「プレート」とよばれる複数の岩盤で地球の表層はできていて、プレートがゆっくり移動することによって大陸の分裂や移動がおこるという理論であり、地球科学の原理のひとつです。
今日では、世界各地の岩石に記録された地磁気のデータからそれぞれのプレートの移動の軌跡をおうことができます。
このプレートテクトニクスを前提として、パシフィカ大陸の仮説がただしいとすると、それぞれの巨大海台の移動の軌跡をさかのぼれば、パシフィカ大陸のかつての姿がパズルのようにくみあがると予想(予見)されます。
しかし実際に調査してみるとそのような姿はあらわれず、ヌル教授らの仮説はあやまりであることがわかりました。パシフィカ大陸は存在しませんでした。
南太平洋にある四つの巨大海台は、おそらく海底火山の名残ではありません。その四つの巨大海台に周辺の島を合わせたものは「ジーランディア」とよばれ、実は現存する第7の大陸だと考えられます。
南太平洋、オーストラリアの東側には、ロードハウ海台・ノーフォーク海台・チャタム海台・キャンベル海台があり、これらに、ニュージーランドとニューカレドニア島をくわえたものを「ジーランディア」とよびます。
プレートテクトニクスを前提とすると、かつて存在した超大陸から分裂してジーランディアができたのではないかという仮説がたてられ、この仮説がただしいとすると、大陸地殻をつくる岩石(花崗岩)でジーランディアもできていると予想(予見)されます。
実際に海底調査をしてみたところ、ロードハウ海台の複数の地点から花崗岩のかけらが発見されました。これにより仮説の蓋然性がたかまりました。今後、ふかい穴を海台にほり、花崗岩の分厚い層をほりあてることができれば仮説を実証できます。海底掘削調査の結果がまたれます。
プラトンの時代の9000年前、アトランティスという名の帝国があり、繁栄をきわめた。しかしギリシャ神話の神ゼウスが、堕落した人間をこらしめるため、地震と洪水をおこし、アトランティス大陸は1日にして海底に沈んだとされる。
「アトランティス大陸」はうしなわれた大陸としてよくしられ、大西洋にあったとされます。アトランティスとは、古代ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427〜紀元前347)が、著書『ティマイオス』と『クリティアス』でのべた伝説の大陸および繁栄した帝国のことです。
この伝説を仮説として採用すると、大西洋の海底に、かつての大陸の地層が断片状に存在するはずです。しかしそのような断片はいまだに発見されていません。アトランティス大陸は実在しませんでした。
2013年、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の有人潜水調査船「しんかい6500」がリオグランデ海台の調査を行い、花崗岩をみつけたと報告した。これにより、リオグランデ海台が大陸の破片である可能性が浮上したのである。
「リオグランデ海台」は、ブラジル、リオデジャネイロの南東1500キロメートルにある巨大海台であり、大陸地殻をつくる岩石である花崗岩がそこから発見されたことにより、かつての大陸の破片ではないかという仮説がたてられました。具体的には、約1億年前に、アフリカ大陸と南アメリカ大陸が分裂して大西洋ができる過程で、アトランティス大陸ほどおおきなものではないにせよ、ひとつの大陸が海にしずんだのではないかという仮説です。
この仮説を実証するためには、海底掘削調査をして、海底堆積物の下位に花崗岩のかたまりがあることをあきらかにしなければなりません。今後の調査がまたれます。
*
以上の研究から、ムー大陸・パシフィカ大陸・アトランティス大陸の存在は否定されました。しかしジーランディアとリオグランデ海台はかつて大陸だった可能性があり、今後の調査に期待がかかります。
地球科学では、伝説や古文書に記述されている自然現象が本当にあったのかどうかを検証する研究がよくおこなわれます。
考古学者や歴史学者とも協力して伝説や古文書を解読し、仮説をたて、現地調査により確認していきます。伝説や古文書から仮説を採用するのがポイントです。伝説や古文書だなんて「非科学的」だとおもう人がいるかもしれませんがそうではなく、仮説をたてて検証するという やり方はれっきとした科学的方法であり、たいへんおもしろい研究分野です。
上記の例では、プレートテクトニクス(プレート運動)を前提とし、「失われた大陸」の仮説をたて、もしそれがただしかったとしたら、大陸の断片や花崗岩が海底で発見されるにちがいないと予見し、現地調査をおこないました。
- 前提:プレートテクトニクス
- 仮説:失われた大陸
- 予見:大陸の断片や花崗岩
これは〈前提→仮説→予見〉とすすむ論理(推論)であり、演繹法といってもよいです。
現地調査により予見が確認されれば仮説の蓋然性がたかまり、予見は事実になります(図1)。確認されなければ仮説は否定されます。
予見をして確認する作業は検証といってもよく、上記の例では、演繹法をつかって仮説を検証したことになります。
図1 演繹法のモデル
予見をして確認する作業は検証といってもよく、上記の例では、演繹法をつかって仮説を検証したことになります。
検証のための現地調査は、数うちゃあたるの精神でやみくもにやるものではありません。地球はひろいですから、あちこちをあてもなくあるきまわっても浪費するだけです。時間や予算の制約のなかで、どこをどうねらってゆけばよいかをかんがえます。問題解決のカギは局所の選択にあります。
地球科学とはかぎらず、何らかの仮説をおもいついたら、それを検証するためにはどこへいけばよいか、どの国を選択すればよいか、インドがいいのか、ロシアがいいのか、エチオピアがいいのか、ペルーがいいのか、かんがえます。仮説をたてて検証するという方法がつかえます。
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▼ 参考文献
『Newton』(2020年5月号)ニュートンプレス、2020年