行動遺伝学者が双生児を研究しました。遺伝と環境には相互作用があります。遺伝の影響は不変ではなく、環境が、遺伝のはたらきをひきだします。
ひとりの人間の知能や性格は遺伝だけできまるのでしょうか? 人間のちがいをうみだすのは遺伝なのか、それとも環境でしょうか?『Newton』2020年3月号の Topic では、行動遺伝学の最新の研究成果にもとづいてこれらの設問に解答しています。




生命の設計図ともよばれる DNA(デオキシリボ核酸)は、二重の螺旋構造になっている。この二つの螺旋は「塩基」とよばれる物質でつながれている。これら塩基の並び方(塩基配列)こそが遺伝情報であり、個人のさまざまなちがいを生みだしている。一卵性双生児は、DNA の塩基配列が完全に一致しているため、遺伝的に同一人物とみなせるということだ。

しかし、塩基の一部が、「メチル基」とよばれる物質と結合することがある。この結合を「DNA のメチル化」とよび、メチル化した部分は遺伝情報が “封印” される。つまり、一卵性双生児であっても、メチル化した塩基の位置が生まれながらにしてことなっていたり、成長するにつれて変化したりするのだ。

そして、メチル化を引き起こす原因の一つが環境である。食生活や運動などによって、DNA にメチル化をはじめとした変化がおきる。つまり、環境が遺伝子のはたらき方を変え、それに応じて双子にもちがいが生まれていくのだ。


一卵性双生児は遺伝情報が100%おなじであり、遺伝的には同一人物とみなせますが、遺伝子が「はたらく」しくみについては差が生じることがあきらかになってきました。

知能・性格・才能・収入・病気など、人間の特性は遺伝の影響をうけます。しかし一方で、遺伝子がたとえおなじだったとしても、家庭・学校・職場など、環境の影響もうけ、環境が、遺伝子の「はたらき」をかえ、人それぞれに個性があらわれます。

遺伝の影響を、「親から子に伝わる宿命的なもの」「一生変わらないもの」とかんがえ、他方で、「心や行動に関する個性は環境で決まる」「環境が人を支配している」とかんがえた人々がいましたが、それはまちがいでした。

遺伝が環境をかえ、環境が遺伝(のはたらき)をひきだすのであり、遺伝と環境は、たがいに影響をおよぼしあっており、どちらか一方ではなく、どちらも重要です。






わたしの知人にある兄弟がいました。彼らの家はまずしかったため、お兄さんは大学にはいけませんでした。「大学にいきたかった」とわたしにしみじみかたりました。一方、弟は、家がまずしかったため養子にだされました。養父母は立派な人たちで、弟は、教育をうけることができ、大学を卒業し、大学院にもいかせてもらいました。そして学者になり、国立大学の副学長にまでなりました。

この事例をみたとき、人間の知能は遺伝だけできまるのではなく、環境の影響がおおきいのではないかという仮説をわたしはたてました。

この例が兄弟ではなく、一卵性双生児だったらもっとはっきりしたことがいえたでしょう。

実際、行動遺伝学者たちは、双生児(一卵性双生児と二卵性双生児)を長期にわたり観察・研究して、遺伝と環境の相互作用をあきらかにしたのでした(図1)。
 
200325 遺伝と環境
図1 遺伝と環境の相互作用


またつぎの例をきいたことがあります。
「〇〇さんは才能があっていいよ。おれには才能がないから苦労している」
その人は、他者よりも遺伝的に自分がおとっていて、遺伝の影響は一生不変であると誤解していました。

そうではなく、遺伝と環境には相互作用があり、遺伝と環境はたがいに影響をおよぼしあっており、とくに環境が、遺伝のはたらきをひきだすことに注目しなければなりません。遺伝の影響は不変ではないのですから、みずからの能力や個性をのばすために、環境を選択したり、環境をかえたり、自分にあった適切なトレーニングをしたりして、遺伝のはたらきをひきだすことが大事です。

またわたしがかよっていた中学校(公立)では知能指数(IQ)の測定をおこなっていました。テスト終了後に担任教師が棒グラフを黒板にかいて、「このクラスの IQ は最低がここ、最高がここ」といい、人間には序列があると説明しました。そして棒グラフの下のほうに印をつけて、「ここより下だとどうしようもありませんが、このクラスにはそのような人はいません」といいました。その教師は、それぞれの人間の知能はきまっていることを説明しましたが、人間を序列化し選別する教育はやめたほうがよいです。

このような非科学的な学校教育は、遺伝のはたらきをひきだすどころか、遺伝のはたらきをおさえつけてしまいます。計算は不得意でも絵は得意な生徒がいます。遺伝だけでなく、学校・教育など、環境の影響をしらなければなりません。



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▼ 参考文献
『Newton』(2020年3月号)ニュートンプレス、2020年