インプットとアウトプットのアンバランスが環境問題をひきおこします。機械文明は、自然環境と人間の双方を「侵食」します。環境調和型の文明への転換が必要です。
ここ150年で、日本人の生活様式はおおきくかわりました。明治維新以後、ヨーロッパ文明がはいってきて生活の欧米化がすすみ、第二次世界大戦後は、「消費は美徳」といわれて環境はないがしろにされ、全国各地で公害が発生しました。

しかし江戸時代まではちがいました。江戸時代までの日本人は、自給自足やリサイクルの生活様式をもっていました。

たとえば江戸城下町の人々の生活をみると、庶民はおもに長屋でくらしており、長屋は、大商人などが、商店の裏や路地に住宅をつくって庶民にかしたもので裏店(うらだな)ともよばれ、いくつかに1棟をくぎった棟割長屋では、1区画は、間口は2.7m、奥行きは3.6〜5.4mで、表には、1.5〜3畳の玄関兼台所の土間と、奥には、4.5〜6畳の間があり、そこは板張りで、むしろがしかれていました。2棟をむかいあわせにたて、奥には、共同井戸とトイレがありました。

町中には上水道がはりめぐらされ、清潔な水を誰もが利用できました。また長屋からでる屎尿は下肥問屋が収集し、町の周辺で農業をいとなむ農家に肥料として販売されました。生活ゴミは、ゴミ専門の請負業者が収集し、会所という各町共通の空き地にすてたり、江戸湾のうめたてに利用されました。

このように、江戸時代の人々は、環境と調和した生活をしていたのであり、江戸は、当時のロンドンやパリなどにくらべてとても衛生的な都市でした。

しかし第二次世界大戦がおわって高度経済成長期にはいると、日本人の生活様式は一変します。農村から都会へ大量の人口が流出し、1955年には就業人口の4割強あった農業人口は、1970年には2割をわりこみ、食料自給率は急激に低下します。人口の流入した都会では、過密・交通渋滞・騒音・大気汚染などが発生します。住宅地は郊外へひろがり、自然環境を破壊します。

電化製品などの耐久消費財の普及は驚異的で、1950年代後半は、テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫(三種の神器)が普及し、1960年代以降は、自家用車・カラーテレビ・クーラー(3C)がこれにくわわり、大量消費時代がはじまります。

国土開発も本格化し、新幹線・青函トンネル・瀬戸大橋などが建設され、成田国際空港や関西国際空港などが開港して国際化時代に突入します。

しかし大量生産と大量消費の裏側では、水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくなど、深刻な公害問題が発生、都市のゴミ問題も深刻化しました。

また近年では、輸入牛の BSE(牛海綿状脳症)問題、食料品の残留農薬問題、生産地をいつわる産地偽装問題など、食の安全をゆるがす問題が多発しています。また地球温暖化にともなう異常気象や自然災害が各地で頻発し、おおくの人々が被災しくるしんでいます。

こうした環境問題はいまや、世界各地でおこり、地球規模でひろがり、21世紀は、「環境の世紀」といわれるようになりました。

H.E.Daly(2005)は、持続可能な社会のためにつぎの条件をあげています(注)。 

  1. すべての資源利用速度を、最終的に生態系が廃棄物を吸収しうる速さまでに制限
  2. 再生可能資源を、資源を再生する生態系の能力を超えない水準で利用
  3. 再生不可能な資源を、可能な限り、再生可能な代替資源の開発速度を超えない水準で使用

すなわち持続可能な社会は、「入り」(インプット)と「出」(アウトプット)がひとしい「定常化社会」です。たとえば地球温暖化の防止のためには、大気中に人間が放出する温室効果ガスの量を、大気中で自然に吸収される量にまでさげ、木材バイオマスは、森林資源の年間生長量以上にはつかわないなどということが必要です。

日本の社会は、江戸時代までは、インプットとアウトプットによりバランスする仕組みをもっていました。これを、図式(モデル)であらわすと図1のようになります。自然環境とは森林・山・海などです。


200311 江戸モデル
図1 江戸モデル


しかし第二次世界大戦後はアンバランスな社会になりました。自然環境との調和はうしないました。今日では、同様なアンバランスが世界各地でみられ、地球環境問題として深刻化しています。以下に、具体的にみていきましょう。



インプットの例

わたしたち人間は、自然環境から、物質やエネルギーをとりいれ(インプットし)、自然環境から恩恵をうけて生活しています。
  • 大気中の酸素を呼吸により体内にとりこみ、活動に必要な熱量をえます。
  • 人間の身体の60〜70%以上は水分でできていて、体内の循環をたもつために水のとりこみが不可欠です。
  • 太陽エネルギーと水などをうけてつくりだされる食料(農作物)が身体活動の源になります。
  • 木綿・絹・麻など、動植物からとれる繊維をつかって衣料をつくります。
  • 森林木材をきりだして住居をつくります。薪炭で暖をとります。
  • 鉄筋コンクリートには、鉄や石灰石などの鉱物資源がいります。
  • 太古の森林や海中のプランクトンが何億年もかけて変化した石油・石炭といったエネルギーをとりこみ、産業を発展させます。
  • 石油から、化学繊維などをつくります。
  • 薬草から、漢方薬などをつくります。
  • 生物学的機能であたらしい物質をつくりだす元になる遺伝子資源をつかい、医薬品などをつくります。
  • 自然の景観や季節の変化は人間の心をゆたかにし、観光資源にもなります。



アウトプットの例

わたしたち人間は、さまざまな活動をしながら、自然環境に物質を排出し、自然環境を改変します。

  • 農地を開拓したり、都市化したりして、自然環境を改変します。
  • 大量生産と大量消費により大量のゴミを排出します。
  • 生産過程などからうまれる大気汚染物質や水質汚染物質を排出します。
  • 化学物質を排出し、土壌などを汚染します。
  • 化石燃料を燃焼して二酸化炭素などを排出し、地球を温暖化します。
  • 農業活動から発生するメタンや一酸化窒素を排出し、地球を温暖化ます。
  • 自動車などから、大気汚染物質と温室効果ガスを排出します。
  • フロンを排出しオゾン層を破壊します。
  • 都市部では、エネルギーを大量使用し、廃熱を放出し、ヒートアイランド現象をひきおこします。


このように、人間は、自然環境の対応能力以上の負荷を自然環境にかけ、人がたよらなければならない自然環境資源を劣化させ、そしてわるい影響が人間におよぶ、という悪循環におちいっています。環境資源は無限につかえるという無頓着なかんがえがここにはあります。

このような悪循環により、さまざまな環境問題がひきおこされました。

四大鉱害事件
明治時代の富国強兵政策によって、足尾銅山・別子銅山・小坂銅山・日立銅山などの開発がすすみ、その精錬にともなって、重金属類や二酸化硫黄・硫酸などの酸性物質をふくんだ排煙・排水が付近の環境を汚染し、魚類・農作物・人体などにおおきな被害をもたらしました。

四大公害病
1950〜1960年代に「四大公害病」が発生しました。「四日市ぜんそく」は大気汚染が原因となった公害病であり、「イタイイタイ病」「熊本水俣病」「新潟水俣病」は工場の排水による水質・土壌汚染が原因の公害病です。

香川県豊島不法投棄事件
1973年から13年間にわたって産業廃棄物が不法に投棄された「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(産廃法)に違反する最大規模の事件です。

千葉県君津市の地下水汚染
IT 産業による有機溶剤の不適切なとりあつかいや廃棄のために、トリクロロエチレンに地下水が汚染された事件です。1989年、水質汚濁防止法の一部改正のきっかけとなりました。

ラブキャナル事件
かつて水路としてもちいられていた米国ナイアガラ滝ちかくのラブキャナル運河に、1930年代、化学合成会社の農薬や除草剤などの猛毒物質をふくむ廃棄物が合法的に投棄されていました。そのご運河はうめたてられましたが、有害化学物質が溶出して、地下水・土壌汚染が表面化し、1980年、立ち入り禁止にこの一帯はなり、スーパーファンド法がつくられました。

酸性雨
1960年代から70年代に、スウェーデンやノルウェーなど、大気汚染物質をそれほど放出していない国々で湖が酸性化して魚類が減少する事件がおこりました。これは、ドイツや英国などの工業国から大気汚染物質が飛来し、酸性雨をふらせたためでした。同様な事例がカナダでも発生しました。酸性雨とは、酸性をおびた雨であり、広義には、酸性の雪や霧・ガス・粒子状物質、さらには光化学オキシダント(オゾンが主成分)までをふくむことがあり、その原因となる物質は硫黄酸化物と窒素酸化物です。光化学オキシダントとは、太陽光による光化学反応で生成されたオゾンをふくむ酸化性物質であり、その濃度が局所的にたかくなることを光化学スモッグとよびます。日本では、1970年代に関東地方で人体被害がでました。また東アジアの経済発展にともなう越境大気汚染による被害が問題になっています。

黄砂
黄砂は、中国大陸内部のタクラマカン砂漠やゴビ砂漠・黄土高原などで発生した砂塵嵐によって、砂が、数千mの高度にまでまきあげられ、偏西風にのって日本付近にやってくる現象であり、近年、黄砂による被害がおおきくなっています。黄砂は、森林減少・過放牧・農地転換といった人為的影響による側面をもった環境問題であると認識されます。

PM2.5
2013年、北京をふくむ中国の広範な地域で PM2.5 濃度が環境基準値の20倍以上と非常にたかくなり、交通傷害や人間の呼吸への障害がおおきく報道されました。PM2.5 は、粒子の粒径が2.5μm(1mmの千分の一)以下の、大気中にただよっている微小粒子物質であり、化石燃料の燃焼やその他の過程で生成されたガス状物質が光化学反応によって化学変換された粒子状物質になったものです。もっとも毒性のつよいものは、硫酸ミストという、強酸である硫酸が水滴にとけこんだものに代表されます。これらは日本にも飛来してきます。

成層圏オゾン層破壊
成層圏のオゾン層には、地球上の全オゾン量の約90%をしめるオゾンが存在しますが、1980年代から現在にいたるまで、オゾン層が破壊されてなくなったオゾンホールが南極上空に観測されています。オゾン層破壊におおきく寄与しているのは代表的なフロンであるクロロフルオロカーボンです。オゾン層は、太陽光中の紫外線を吸収して、紫外線の害から人間や動物をまもりますが、オゾンホールの下は紫外線がふりそそぐ危険地帯となります。日本でも、オゾン全量の観測がおこなわれており、たとえば札幌では、1979年から2013年にかけてオゾン全量が約4%減少しました。

海洋汚染
日本周辺海域では2013年に、油汚染(257件)、廃棄物汚染(187件)、有害液体物質汚染(3件)、その他(工業廃水等汚染)(8件)などの海洋汚染が確認されました。また赤潮や、残留性有機汚染物質などによる海洋汚染も深刻になっています。

エネルギー消費
世界の一次エネルギーの中心は石油であり、つぎに石炭、天然ガス、原子力、水力とつづきます。国別に消費量をみると、中国が、もっともおおくのエネルギーを消費しており、2位の米国も、ほぼ同量のエネルギー消費がみられます。つづいてロシア、インド、日本、ドイツ、カナダ、英国です。欧米諸国などの先進工業国では経済が熟成してきてエネルギー消費が比較的すくない産業構成に変換しており、今後のエネルギー使用量の動向は、アジアの経済発展におおきく影響されます。

一次エネルギーの資源に関して、今後何年使用できるかという見積もりがあります。それによると、石油は約40年、天然ガス・ウランは約60年、石炭は約150年とされます。

化石燃料依存のエネルギー体系からぬけだすため、クリーンで無限につかえる再生可能エネルギーが注目されていますが、エネルギー密度がひくく、コスト高のために、全エネルギー量にしめる割合はひくいままです。

化石燃料にかわる代替燃料としてはバイオエネルギーも注目されています。バイオエネルギーとは、バイオマスからえられるエネルギーであり、そのまま燃焼させて、あるいはメタンガスやエタノール・ディーゼル油などに変換して、電力・熱・自動車燃料として利用されます。原料は、エネルギーをえる目的で栽培される栽培系バイオマスと、廃棄物を利用するバイオマスがあります。バイオエネルギーは、燃焼時の二酸化炭素排出量がゼロとみなされるカーボンニュートラルであり、温室効果ガスのひとつである二酸化炭素の排出を抑制できます。しかしバイオ燃料(トウモロコシやサトウキビ)への転作などによって、飼料・食品原料の価格が高騰し、世界的な食糧危機が危惧されます。

原子力発電所の事故
日本では、1999年、茨城県東海村の核燃料加工施設臨界事故、2007年、新潟中越地震にともなう柏崎刈羽原子力発電所の事故、2011年、東日本大震災にともなう福島原子力発電所の事故などがあります。外国では、1979年、アメリカ・スリーマイル島原子力発電所の炉心溶解事故、1986年、旧ソ連・チェルノブイリ原子力発電所の爆発炎上事故があります。

コントロール不能と背中合わせの核分裂反応、使用済核燃料の増加、長期間地中ふかく埋設しなければならない高レベル放射性廃棄物の存在など、未解決問題が山積していますが、「俺が生きている間は何とかなるだろう」とおもっている人が結構います。




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▼ 注:参考文献
西岡秀三・村野健太郎・宮﨑忠國著『[改訂新版]地球環境がわかる』技術評論社、 2015年2月10日