2020/1/29 更新
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第3展示室 ヨーロッパのミイラ

ウェーリンゲメン(オランダ、紀元前40〜後50年ごろ)
1904年、オランダのブールタング湿原で2体の湿地遺体が発見されました。当初は、おおきい方が男性でちいさい方が女性とかんがえられ、「ウェーリンゲのカップル」という名称がひろまりましたが、1988年におこなわれた分析の結果、ちいさい方も男性であることが判明しました。放射性炭素年代測定もおこなわれ、紀元前40〜後50年ごろになくなったこともわかりました。


カナリア諸島のミイラ(1250年〜1350年ごろ)
カナリア諸島には、スペイン人に15世紀末に征服されるまで、石器時代の生活をするグアンチェ族といわれる人々がすんでおり、彼らは、高貴な人を死後にミイラ化する習慣をもちました。展示されているミイラは女性であり、死亡時の年齢は30〜40歳、病気にかかった痕跡はありませんでした。





第4展示室 オセアニアと東アジアのミイラ

肖像頭蓋骨(パプアニューギニア、1800〜1900年ごろ)
パプアニューギニアには、人の頭の骨を装飾して生前の風貌を再現して保管する文化があります。遺体を土葬にして数ヵ月から1年後に頭骨のみをほりおこして洗浄し、粘土や樹脂などで表面に肉づけをほどこし、眼や生え際にはタカラガイなどをはめこみ、人の髪の毛などを頭部にうえます。遺体を燻製にしてミイラ化したあと、頭骨のみ肉づけをしてのこす場合もあります。これは「死霊像」に分類され、死者や死霊を崇拝すためにつくられました。しかし19世紀以降の植民地時代にはこのような風習は野蛮とされて禁止されました。


中国のミイラ
中国では、おおくの自然ミイラが発見されていますが、「肉身仏(加漆肉身像)」という人為的ミイラもあります。これは、仏教の高僧が生前から苦行をおこない、なくなったあとに麻布をまき、さらに漆や金箔をぬって生前の姿を再現してのこすというものであり、中国だけでなくベトナムや台湾などにもみられ、唐代から現代までおこなわれている宗教儀礼です。

また中国には、「神仙思想」という思想があり、仙人とは仙境にくらし、神秘的な神通力をもつ不老不死の存在であり、仙人のなかには、亡くなったあとに生きかえることで仙人になる「尸解仙」(しかいせん)という階級があり、人が亡くなると、精神をささえる「気」である「魂」(こん)は天に、肉体をささえる「気」である「魄」(はく)は地にかえりますが、魄が地にかえってしまうと仙人にはなれないため、魄が快適にすごせるように、墓の内部に、生きているときとかわらない部屋が建築され、さまざまな日常生活品や娯楽品・武器・金銭などが副葬品としておさめられました。


弘智法印 宥貞(こうちほういん ゆうてい、福島県1683年ごろ)
福島県石川郡浅川町の貫秀寺に安置されている即身仏です。即身仏とは、高僧や修行者がいきているあいだに「穀断ち」をおこない、土中や像のなかにつくられた石室で瞑想をつづけることで達成された特殊な状態の身体をさします。そのご遺体は、信者たちによって丁寧にととのえられ、寺院などに安置されます。高僧や修行者が、永遠の瞑想にはいることを「入定」(にゅうじょう)といい、宗教的にはその肉体は「仏」であるとかんがえられます。

なお日本にもミイラが現存していることをしらしめたのは奥州藤原氏4代のミイラ(岩手県県平泉町、中尊寺)でした。日本のミイラ研究はここからはじまりました。










世界各地のミイラをみて比較すると、それぞれの地域にそれぞれの風土があり、自然環境は、人間の精神や文化の形成におおきく影響することがわかります。

古代アンデス文明と古代エジプト文明のミイラ文化は量・質ともにミイラ文化の双璧といえます。ともに乾燥地帯であり、ミイラづくりとその保管にとって理想的な環境にあったためにミイラ文化が発達しました。

一方、ヨーロッパでは、ミイラとして遺体を保存する風習はほとんどなく、発見されたミイラの大部分は自然ミイラです。ただし聖人の遺体をミイラ化して保存した例はあります。

またオセアニアは大部分が熱帯に属し、高温多湿であり、ミイラづくりには適していませんが、死霊を崇拝するなどのためにミイラがつくられました。

中国と日本は、仏教思想にもとづく宗教儀礼や崇拝のために、肉身仏や即身仏になったミイラがあります。しかしインドでもともと発達した仏教にはミイラづくりの風習はないので、これらは、中国や日本に仏教がつたわってから土着の文化とむすびついた結果だとかんがえられます。

人間は、誰もが、直面する死と、死後の世界、来世についてかんがえます。死んだら自分はどうなるのだろう? 霊魂は本当に存在しつづけるのだろうか? 死期がちかづいてくると不安になります。永遠の命をもとめたくなります。

世界各地の多様なミイラをみると、人間の死生観や精神文化というものが、人間の心だけできまるのではなく、自然環境とあいまってつくられることがわかります。おなじ人間(ホモ・サピエンス)でも、自然環境がことなると文化もことなります。それが、もっとも具体的には宗教の相違としてあらわれます。葬送のしかたもことなります。



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▼ 注
特別展「ミイラ -『永遠の命』を求めて -」
会場:国立科学博物館
会期:2019年11月2日(土)〜2020年2月24日(月)
※ 写真撮影は許可されていません。


※ 熊本、福岡、新潟、富山に巡回予定です。


▼ 参考文献
篠田謙一・坂上和弘監修『特別展 ミイラ 永遠の命を求めて』(図録)TBS発行、2019年11月1日


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