< |2| >
3章 ヒマラヤの環境史Ⅰ -人と植物をめぐって-

ソル・クンブ地方にヒマラヤをこえてチベットから移動してきたシェルパは、ソル地方(ソル・クンブ地方のなかの南部)に最初に定着したとされ、ジュンベシ村は、シェルパ最古の村としてしられます。



ジュンベシの位置


標高約2000メートルよりも上では水田はまったくみられなくなり、畑作地帯が広がってくる。ネパール語でいう「バリ」の世界に入ったのである。そして、このバリの中心的な作物は低地部ではシコクビエだが、高度が上昇するにつれてトウモロコシが目立つ様になる。(中略)

しかし、このトウモロコシ畑もジュンベシ村を境として姿を消す。(中略)ジュンベシよりも上の高度では、トウモロコシにかわってオオムギ、コムギ、そしてジャガイモなどが主作物となる。そして、リンゴやスモモなどの果樹を栽培している農家もある。(中略)

しかし、このような耐寒性にすぐれた作物の栽培もジュンベシ谷では標高3000メートルで終わる。シェルパの人たちの集落も標高が約2900メートルにあるパンカルマ村で終わる。その上の高度域には人家はなく、モミやツガなどの森林地帯が始まる。ただし、(中略)そこで人々の暮らしがみられないわけではない。(中略)耐寒性の強い家畜であるヤクの放牧である。また、そこではヤクとウシの雑種であるゾムも飼われている。


シェルパのくらしは寒冷な高地に適したものになっており、それを端的にしめすのが栽培している作物と飼っている家畜です。ソル地方のジュンベシ谷に位置するジュンベシ村は標高2700メートル、ここまでのぼってくるとトウモロコシは姿をけし、オオムギ・コムギ・ジャガイモなどが主作物(標高3000メートルまで)になります。

3000メートル以上の高地では、森林地帯のうえにある高山草地は家畜のこのむ草本類が豊富なため、夏のあいだは、ヤクやゾム・ヒツジなどの放牧をおこない、秋になると谷をくだるというくらしをしています。

シェルパは、チベットでの生活習慣をもって移住してきており、「ツァンパ」とよばれるオオムギの粉を炒ったものをたべ、ヤクはチベット原産の家畜であり、家や服装もチベット人とかわらず、いまでも敬虔なチベット仏教徒です。

しかしトウモロコシはアメリカ大陸原産の作物であり、アジアには16世紀以降に導入され、ジャガイモは、19世紀なかばごろにインドからクンブ地方そしてその約50年後にソル地方へ導入されたのであり、あたらしい土地であたらしい作物との出会いもありました。

また1つの畑に1種類だけの作物を栽培するよりも、いくつも種類を栽培する混作がおこなわれ、たとえば、春の気温のまだひくい時期にジャガイモをうえ、気温がたかくなって雨量もふえてジャガイモがかなり生育した時期にトウモロコシをうえつけ、またさむさにつよいオオムギは冬に栽培し、オオムギの収穫後にその畑で、ダイコンやキャベツ・カリフラワー・ニンジンなどを栽培します。こうして、時間的にも空間的にも1つの畑を最大限に利用して生産性をあげています。

あるいは作物と雑草との「混作」もあり、たとえばコムギの畑で雑草が繁茂していることがあり、雑草も栽培し、家畜の飼料としています。

またジュンベシ村ではウシを舎飼いしており、乳をしぼったり農作業につかったりもしますが、最大の目的は肥料をえることにあります。糞尿を枯れ草などとまぜて堆肥をつくります。一部の畑にはウシを直接いれ、糞尿を排泄させます。

森林は、ジュンベシ谷の人々の生活をささえます。放牧地としても利用され、森林の下生えにはさまざまな草本類や低木があり、それらや樹木の葉は家畜のエサになります。あるいは薪や材木を供給します。

このように、ジュンベシ谷では、作物栽培と家畜飼育と森林利用という3つの活動が密接な関係をもっています。





4章 ヒマラヤの環境史Ⅱ -人と家畜をめぐって-


ジュンベシ谷における移牧は、おおまかにいえば、冬のあいだは家畜を集落の近くの森まで降ろし、春から徐々に谷の上流に移動させ、夏には標高4000メートル以上の夏営地で放牧し、秋にふたたび集落の近くに向かい移動させるというサイクルである。


ジュンベシ谷のシェルパの人々の一部はヤクとゾムの群を飼養しており、それらは、冬のあいだは村落周辺の農地にちかい林間で放牧され、春になると、家族の一部成員が村落をはなれて谷の上流にむかい、夏は、標高4000メートルないしそれ以上の高山草地ですごし、秋になるとふたたび低地におりてきます。このような自然のサイクルにあわせた家畜と人の規則的な季節的上下移動は「移牧」とよばれ、シェルパの環境利用における重要な要素のひとつになっています。

ジュンベシ谷では、6月中旬に、本格的なモンスーン季にはいり、高原の草はゆたかに生長して花をさかせ、ヤクとゾムの飼養者たちはこの草地を存分に利用します。しかし9月になると、気温の日較差がおおきくなり、高地では、最低気温が急激にさがりはじめて降雪をみるようになり、この時期に、ゾム群がまず谷をおり、ついでヤク群が谷をくだります。

またヤクとウシのあいだには複雑な交配のしくみがあり、高度差に応じた適応と分類がみられます。

「ヤク」とは、高地に適応した家畜であり、雌雄の総称として「ヤク」がつかわれますが、雌雄を区別する場合には、雄は「ヤク」、雌は「ナク」とよばれます。「ゾム」(「ゾー」とも)は、「ヤク」よりもやや低地に適応した家畜であり、ヤクとウシの雑種の雌雄総称であり、雌雄を区別する場合には、雄は「ゾプキョ」、雌は「ゾム」とよばれます。ゾプキョは、繁殖能力はもちませんがあるていど暑さにつよいため、エベレスト街道で、とくに飛行場のあるルクラ(標高2700m)からその上方のナムチェ・バザールまで、物資を運搬するためにつかわれ、存在価値がたかまっています。

ヤク群とゾム群は、移動範囲(標高)と移動時期がことなるため、同一の群として両者が飼養されることはなく、どちらか一方に家畜飼養は専門化しています。

このように、シェルパの人々は、移牧とともに交配の技術も発展させて、地域の自然環境に適応しています。



< |2| >