「○○は」とのべて題目をしめします。「は」の本務と兼務を理解します。「○○は」と「○○が」をつかいわけます。
日本国憲法につぎの条文があります(注)。今回は、この文について検討します。

学問の自由は、これを保障する。(第二十三条)

この文は、まわりくどい感じがしますが日本語として問題はありません。

学問の自由についていえば、日本国憲法が学問の自由を保障する。

ということをあらわしています。

この文について、「学問の自由についていえば」は「学問の自由は」と簡略化でき、「日本国憲法が」はわかりきっているので省略し、「学問の自由を」は代名詞をつかって「これを」とできるので、「学問の自由は、これを保障する」と表現できます。文中のテンは、「学問の自由」という題目(項目)を強調する役割をはたします。日本国憲法は、もれおちのないようにたくさんの題目(項目)からなり、題目(項目)ごとにまとめられています。したがってそれが何についての条文なのかを明確にしめすために題目(項目)を強調しています。このようにかんがえると「学問の自由は」の「は」には、題目(項目)を提示する機能があることがわかります。

ただし文法的にはこのテンはなくてもかまわず、

学問の自由はこれを保障する。

とすることもできます。この文を構造的にしめすとつぎのようになります。

191206 学問

この文はさらに、

学問の自由は保障する。

と簡略に表現できます。「学問の自由は」といえば「これを」も同時にしめせます。すなわち「学問の自由は」の「は」は題目(項目)をしめすとともに「を」を兼務できます。これが係助詞「は」の機能であり、本務としては題目(項目)をしめし、くわえて格助詞「を」を兼務できるという二重の機能をもちます。

こうして、「学問の自由についていえば、日本国憲法が学問の自由を保障する」は、「学問の自由は、これを保障する」、さらに「学問の自由は保障する」と簡略化でき、最後の文が無駄のないもっとも簡潔な文です。

このことを、従来の “主語” という観点からとらえると混乱が生じます。たとえば「学問の自由は日本国憲法がこれを保障する」という文をみて、「学問の自由は」と「日本国憲法が」と主語が2語あるのではないかとおもったり、「日本国憲法は学問の自由を保障する」のほうがただしい文なのではないかとおもったりして、「○○は」と「○○が」のつかいわけができずに迷路にはまります。

つぎの文はどうでしょうか?

天ぷらは花子がすきだ。

この文をみて、「天ぷらが花子をすきだ」なんて論理になっていない、天ぷらは人間や動物ではありませんという人がいるかもしれませんが、つぎの会話をよんでください。

春子・一郎・花子の3人で和食レストランにいきました。

春子「一郎さんは天ぷらにする?」
一郎「俺は、焼き魚がいい。天ぷらは花子がすきだ」

「天ぷらが花子をすきだ」という意味ではなく、天ぷらについていうならば、それを(天ぷらを)花子がすきであることをしめしているのであり、「天ぷらは」は題目を提示しています。また主語が2語あるのでもありません。

「天ぷらは花子がすきだ」はまちがいで、「花子は天ぷらをすきだ」がただしいともこの場合はいえません。つぎの会話は不自然です。

春子「一郎さんは天ぷらにする?」
一郎「俺は、焼き魚がいい。花子は天ぷらをすきだ」

会話のながれから一郎は、「天ぷら」を題目(話題)にしたのであり、「花子」を題目にしたのではありません。「花子は」とすると、突然、話題が花子にとんでしまうので違和感が生じます。

「天ぷらはそれを花子がすきだ」を構造的にあらわすとつぎのようになります。

191206 天ぷら

この文を簡略に表現すると「天ぷらは花子がすきだ」となり、「天ぷらは」の「は」は題目を提示するとともに、「それを」の「を」を兼務します。「学問の自由は保障する」という文と同様です。

以上のように、「○○は」は題目をしめし、格助詞(今回の例文では「を」)を兼務します。何を題目として提示するかは書き手・話し手がきめることであり、「○○は」よりも「○○が」が一般的であるという問題ではありません。「○○は」の「は」は係助詞、「○○が」の「が」は格助詞(主格)であり、両者は区別されます。



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▼ 注
日本国憲法