心のしくみとは情報処理のしくみです。情報処理の結果としてわたしたちの認識は生じます。情報処理・記憶法・類比法が心の健康のために役立ちます。
『Newton』2019年12月号では心理学を特集しています。



 
たとえば、コンピューターで計算を行うときには、電卓などのアプリケーション(ソフトウェア)を起動し、計算に必要な数値を入力します。数値を正しく入力しさえすれば、あとはプログラムにしたがって、自動で計算が行われます。

認知心理学では、コンピューターのしくみをヒントに、人体を眼や耳、鼻といったさまざまな感覚器官から情報を得る装置ととらえ、そして、人の心を、情報を処理するためのシステムやソフトウェアのようなものだと考えます。


わたしたちは感覚器官から情報をとりいれ(インプット)、とりいれた情報を処理すること(プロセシング)によって感情や注意・記憶・思考などをうみだしています。感情や記憶などは、心というソフトウェアで判断した結果 生じるものです。認知心理学では、ソフトウェアとしてとらえたプログラムを理解するために実験などをおこなって心のしくみをモデル化しようとしています。こういったかんがえは、コンピューターで人の知能を再現する人工知能の研究にも通じます。


眼は、あくまでも視覚情報を得るための器官です。私たちが紙に書かれた文字の内容を理解できるのは、認識した視覚情報から、文字の情報を抜きだすことができるからです。(中略)

眼は二つあるのに、私たちに見える世界は一つです。これは、私たちの心(脳)が、眼という感覚器官から得た視覚情報を処理した結果だといえます。そう考えると、私たちが認識している世界は、それぞれの心がえがいた、仮想的な世界だといえるのかもしれません。


このことを証明する実験のひとつとして錯視があります。たとえば「ミュラー・リヤー錯視」や「ポンゾ錯視」では、紙上(画面上)ではおなじながさの2本の直線がことなるながさにみえてしまいます。「カフェ・ウォール錯視」では、すべての直線が実際には平行にならべられているにもかかわらず、直線がかたむいているようにみえてしまいます。これらの錯視は、眼からインプットされた情報が脳で処理された結果 生じる現象です。眼でみているものが現実だとはかぎらないことをしめしています。

非常におおくの人々は、眼で認識しているものが現実だとおもっていますが、認識しているのは視覚情報を都合よく心が解釈したものにすぎません。心のあり方(注意のしかた)ひとつでみえるものは簡単にかわってしまいます。

心のなかでは、何もしらない状態では、眼にはいってきたさまざまな情報をつみあげて、そこに何がうつっているかを判断するボトムアップ型の情報処理がおこなわれますが、Xがうつっていることをみつけたあとはその情報をいかして、その場からXをみつけようとするトップダウン型の情報処理がおこなわれます。具体的には、わかい人ほどボトムアップ型の情報処理ができますが、おおくの人の場合 年をとると、トップダウン型の情報処理しかできなくなります(石頭になります)。


記憶は、保持される時間の長さに応じて、感覚記憶、短期記憶、長期記憶の3種類に分かれていると考えられています。これを「多重記憶モデル」といいます。

感覚器官から得た刺激は、感覚記憶として一瞬だけ記憶されます。ただし、その保持時間はたった0.5秒程度です。私たちは、この中から意識的にとどめておこうとした情報を脳の海馬という部位に送り、「短期記憶」として保存しています。


短期記憶の容量はそれほどおおくはなく、人によって差はありますが、ランダムな数字なら 7±2 文字程度が限界だとされています。短期記憶が持続する時間は数十秒程度です。

短期記憶は、対象を復唱するなど、「リハーサル」をくりかえすことで長期記憶として保持されるようになります。長期記憶は、簡単にはうしなわれない非常に安定した記憶です。

短期記憶や長期記憶はこまかくさらに分類され、いわゆる知識は「意味記憶」、自分が経験した出来事をストーリーとして記憶したものは「エピソード記憶」とよばれ、ほかにも、体のうごかしかたなどの技能にかかわる「手続き記憶」などがあります。


感覚記憶→短期記憶→長期記憶
 ・意味記憶
 ・エピソード記憶
 ・手続き記憶


意味記憶は、似た概念ごとにネットワーク化されているとするモデルがしられています。この「ネットワークモデル」の代表は「階層的意味ネットワークモデル」であり、たとえば「動物→鳥→インコ」のように、分類のおおきさに応じて複数の階層にわかれて、その概念に関係する情報(知識)がそれぞれの階層に保存されているとするモデルです。ネットワークモデルには、意味のちかさや音・文字のつづりの類似性によって情報がむすびついているとするモデルなどもあります。










心は、直接みることもさわることもできない “ブラックボックス” ですが、心理学者たちは、科学的方法をつかって心のはたらきを解明しようとしています。

認知心理学では、心のしくみを情報処理のしくみとして、心のはたらきを情報処理のはたらきとしてとらえます。情報処理とは、〈インプット→プロセシング→アウトプット〉ということです。感情や認識・判断・思考・記憶などはプロセシングの結果うまれるものです。

上記のように、わたしたちがみている世界、認識している宇宙は、わたしたち人間の独自のプロセシングの結果にすぎないということに気がつくことが重要です。本当の宇宙は誰もしらないわけです。

プロセシングのなかで記憶は、生存にかかわるとても重要な現象です。記憶には、「感覚記憶→短期記憶→長期記憶」というながれがあり、またくりかえしとネットワークによって効果的に記憶が保持されます。類似性の原理がここではたらきます。

このような情報処理と記憶のしくみをしっていると、たとえば試験勉強をするときにも、効果的に学習がすすめられるでしょう。学校教育でも、情報処理と記憶法さらに類比法をとりいれれば、みんながもっと楽になれます。ストレスがへります。心の健康のために必要なことです。



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▼ 参考文献
『Newton』(2019年12月号)ニュートンプレス、2019年


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