レオナルドは博物学者であり科学者であり芸術家であり技術者でした。レオナルドの創造性は500年たった今でもいきています。自然を詳細に観察することがまず必要です。
『ナショナルジオグラフィック』2019年5月号では、没後500年を記念して、「レオナルド・ダ・ヴィンチ 色あせない才能」を特集しています。レオナルドの創造性は、芸術や科学技術にあらたな知見を今でももたらしています。



レオナルドは、1452年4月15日、イタリア中部トスカーナ地方でうまれ、1519年5月2日にフランスで世をさりました。


解剖学者
筋繊維の1本1本に到るまで理解しようと、レオナルドは動物や人間の遺体を解剖した。

科学者
レオナルドは自然現象の観察や記録だけでなく、その仕組みを解明する実験も行った。とりわけ水の性質に興味をもち、障害物にぶつかった水の動きや、水門から池に放水したときにできる渦巻きを描いている。

工学者
レオナルドは工学の原理にも魅了され、橋や建物、兵器などを考案した。なかでも情熱を燃やしたのは、人間が飛べる機械の設計だ。そのために、20年余りもかけて動物の飛行を研究した。

発明家
レオナルドの手稿には、実現しなかった発明のアイデアがあふれている。その一つが、潜水中に呼吸できる装置だ。

音楽家
音楽の才能にも恵まれたレオナルドは、ドラムやベル、木管楽器など、さまざまな楽器も考案した。

地図製作者
レオナルドは、民生用と軍事用に地図の作成を委嘱されることがあった。(中略)彼には地理情報をわかりやすく図にする才があり、航空写真やコンピューターが登場する何百年も前に、都市や風景の鳥瞰図を描いていた。

鑑定家泣かせの絵
レオナルドは絵画に署名しなかった。当時は工房での共同作業が一般で、誰の作か鑑定しにくいが、ここに挙げた24点の絵画はレオナルド作か、彼が少なくとも部分的に手がけた作品とされている。なかでも『モナ・リザ』と『最後の晩餐』は世界的に有名だ。


さまざまな分野の人々がレオナルドの仕事から新鮮な知見を今でもえています。彼の仕事には、現代の専門家を触発するひらめきがたくさん秘められています。

レオナルドは、あらゆるものを紙の裏や隅にこまかくスケッチし、左右を反転した鏡文字で右から左にかきこんだメモをしました。こうした紙は、ばらばらの状態でのこっているものもあれば、「手稿」とよばれる冊子にまとめられたものもあります。

これらの紙葉は合計7000枚が現存し、ウィンザー城や欧州各国の図書館、マイクロソフト創業者のビル=ゲイツのコレクションにおさめられています。

とくに人間の解剖学的研究はよくしられており、レオナルドは人間の遺体を解剖し、筋肉組織をとりだし、骨をしらべ、人体を精密に記載しました。

たとえば心臓の弁の研究において科学・医学の進歩を先取りしていました。大動脈弁のうごきをしらべるためにガラスで模型をつくり、水と植物の種子をいれて、血流と弁の開閉のしくみを説明しました。その詳細のただしさが1960年代になってから確認されました。

また大腸と小腸を後方の腹壁につなぎとめている扇状の構造「腸間膜」をしらべていた、アイルランドのリムリック大学医学部外科学教室主任のJ.カルビン=コフィーは、レオナルドの記載・解釈がただしかったことに数年まえに気がつき、彼の功績をたたえています。

そのほかにも、工学や芸術の分野でも多数の業績をのこし、鳥とコウモリを観察して飛行機を設計したり、自動やすり製造器や旋回橋を発明したり、巨大な弓矢や装甲車などの兵器を考案したり、鍵盤楽器と弦楽器をくみあわせた「ビオラ・オルガニスタ」を考案したりもしました。

レオナルドは、あらゆるものを精密に描写し、検証し、自然界を統一する法則をみいだそうとしていたのでした。

このようなレオナルドの、観察し、仮説をたて、実験するという科学的手法は、絵画の制作にも不可欠なものでした。科学でまなんだこと、検証したことを絵画にもいかしました。するどい観察が、感情的なふかみを人物にあたえ、血のかよった人間をえがくことを可能にしました。たとえば輪郭をはっきりえがく伝統的な手法をすて、光と陰の分析にもとづく「スフマート」とよばれるぼかしの技法によって人物や物体の形状をやわらかくうかびあがらせました。彼は、目にみえる形で知識を表現する才をもっていました。

レオナルドは、「人間の能力では、自然の造形よりも美しく、簡素で、目的にかなった発明は決して生み出せない。なぜなら自然の造形には欠けたものも、余分なものも何一つないからだ」とのべています。






このようにレオナルドは、観察し、仮説をたて、実験(検証)するという手法をつかっていました。この「観察→仮説→実験」は、今日の情報処理用語では、「インプット→プロセシング→アウトプット」といえます。

そして実験(検証)にもとづいて絵画もえがきました(表現しました)。建造物などの発明・開発もしました。このような表現や発明・開発もアウトプットの一種です。

検証するだけでなく表現もし、発明もしたというところに、科学者にとどまらず、芸術家でもあり、技術者でもあったという「万能の天才」があらわれています。そもそもアウトプットには、検証・表現・発明といった要素がふくれているのであり、実際、現代の科学者も芸術家も技術者もこのようなアウトプットをそれぞれしています。

しかしすぐれたアウトプットのためには、徹底した自然観察(インプット)がまずは必要です。情報処理は眼力がささえます。

このような点からみると、現代の技術者は自然観察をろくにしていないという問題があります。自然の観察をしたことがない、たとえば原子力技術者などが大失敗をするのは、そもそもインプットがよくできていないところに原因があります。原子力技術者だけではありません。ヘンな計算をやっているだけでインプットができていない科学者・技術者がいます。

やはり、徹底した自然観察、インプットが必要です。そして「人間の能力では、自然の造形よりも美しく、簡素で、目的にかなった発明は決して生み出せない」というレオナルドの言葉を肝に銘じるべきです。



▼ 関連記事
三次元を表現する -「レオナルド x ミケランジェロ」展(三菱一号館美術館)-
環境や背景・時代・場所をとらえる -「天才 その条件を探る」(ナショナル ジオグラフィック 2017.5号)-
大観をしたら、興味のあるところに注目する -『感動の絶景! 空から見た世界遺産』-
近代科学の開拓者 レオナルド・ダ・ヴィンチ - 直筆ノート日本初公開(レオナルド・ダ・ヴィンチ展)-
問答形式で議論を展開する - レオナルド・ダ・ヴィンチ展 -


▼ 参考文献
『ナショナルジオグラフィック 日本版』(2019年5月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2019年