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中央展示(交差法で立体視ができます)
自然環境から材料をえてビーズをつくり、身につけて表現しました。文化が発展しました。民博と科博の共同企画展です。
企画展「ビーズ - 自然をつなぐ、世界をつなぐ -」が国立科学博物館で開催されています(注1)。ビーズという人類最古の装飾品に注目し、ビーズと人間とのかかわりを紹介しています。

ステレオ写真はいずれも交差法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -



1 ビーズとは

「さまざまな部材をつなげたもの」のうち、人が身につけるもの、あるいはモノをかざる目的でつくられたものを本展ではビーズとよびます。

世界最古のビーズ(約10万年前)は中東のイスラエルでつくられました。また北アフリカ(8万年前)、南アフリカ(7万5千年前)などの遺跡でもビーズがみつかっています。これらの初期のビーズは海産巻貝を素材としてつくられています。日本列島では、石や琥珀のビーズが2万年ほど前に北海道で、おなじ時期の沖縄では貝殻製のビーズがつくられています。

これらのビーズをつくったのは、約20万年前に誕生したとされるわたしたちホモ・サピエンスであり、それ以前の人類祖先はビーズをつくることはなかったとかんがえられます。

ビーズの素材としては、貝殻・卵殻・骨・歯・植物・石・金属・ガラスなどがあります。日本の縄文時代ではヒスイのビーズがしられます。





2 植物のビーズ

身近にあって容易に手にはいる種子はビーズとしてよく利用されます。特有のうつくしさをもつジュズダマやマメ科の種子などがよくしられます。

色鮮やかで香りがよい花は特別な行事でつかわれます。代表的な現代の花のビーズとしてはハワイのレイなどがあげられます。

木材も、数珠やネックレスなどにつかわれ、とくにビャクダンやジンコウなどの香木はたいへん貴重で高価な素材として重宝されます。

植物のビーズは、装飾にもちいられるだけでなく、つよい香りをはなつことなどから邪視除けといった信仰にむすびつくこともあります。



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トウアズキ(マメ科)



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首飾り(トウアズキ)



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首飾り(レイ、ハワイ)





3 動物のビーズ

虫・鳥・魚・爬虫類・ヒトをふくむ哺乳類などの、骨・歯・牙・爪・毛・羽根・卵殻・うろこ・頭部など、動物のさまざまな部位もビーズにつかわれてきました。

動物は、肉はたべて、のこった部分の骨や爪や羽毛などを装飾品として加工し、動物資源を無駄なく利用しました。歯や骨や貝殻などは、狩猟や漁労・採集といった生業活動によってえられる素材であり、それらからつくられるビーズをみることによって狩猟文化や海洋文化を想像することができます。



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首飾り(シャチの歯、フィジー)




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首飾り(インコの羽)





4 貝のビーズ

人類最古級のビーズ(7〜10万年前)はいずれも、小型の巻貝のなかま、ムシロガイ類です。ムシロガイ類は殻口(かくこう)のまわりが厚くかたくなり、それよりも背面がうすいのが特徴であり、この背面の部分に紐をとおすための穴があけられます。近代でも、ムシロガイ類はビーズの重要な材料となっており、シワコブムシロはそのなかでももっともポピュラーなもので、インドからパプアニューギニアにかけてのひろい地域でビーズにつかわれています。

インド洋のミャンマーからスリランカに分布する海産巻貝であるシャンクガイは聖なる貝として珍重され、首飾りなどがつくられます。

貝類のなかま(軟体動物)は10万種ほどがしられ、ビーズの材料としては、巻貝や二枚貝のほか、オウムガイ類やツノガイ類などの殻も利用されることがあります。ちいさな貝殻は、そのまま穴をあけて紐をとおしてつかわれますが、大型の貝殻は部分的にきりとられたり、ちいさな破片に加工されます。

貝は、おなじおおきさのものを大量にそろえることができ、もちはこびに便利であることからビーズの材料としてたいへん多用されました。貝のビーズの分布から交易の範囲をしることもできます。貝のとれる海岸部から、貝が利用される地域までの経路は「貝の道」とよばれます。

人類最初のビーズの材料となったのはムシロガイ類でしたが、人類の活動範囲がひろがって、キイロダカラやハナビラダカラとであうことでビーズの素材 No.1 の地位はこららのタカラガイ類にゆずりました。

タカラガイ類の分布域は、インド洋から西太平洋をへてハワイやポリネシアにいたり、潮間帯の岩礁地に多産します。アフリカでは、内陸部の民族の仮面や壁掛けや帽子などにタカラガイがつかわれました。アジアでは、中国・モンゴル・シベリア・アッサム地方などにまで貝がはこばれました。現在では、フィリピンが、ビーズにつかわれる貝のおもな集散地になっています。



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キイロダカラ



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かばん
(キイロダカラ、
マーシャル諸島



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仮面
(キイロダカラorハナビラダカラ、コンゴ)





5 石のビーズ

ヒスイは、特殊な生成条件をもつため、新潟県糸魚川周やミャンマーなど、ビーズのための上質なヒスイの産地は世界に数ヵ所しかありません。

トルコ石は、やわらかくて傷がつきやすく、微細結晶の粒子間によごれが浸透しやすいなどのデリケートな性質をもちますが、そのうつくしい水色から宝飾品としてもっともふるくから使用されました。

ラピスラズリは、きわめて産出の稀な鉱物であり、顔料や宝飾品としてはアフガニスタンが唯一の供給源でした。

玉髄(メノウ)は、色や模様により、縞模様が明瞭なメノウやオニキス、紅色のうつくしいカーネリアンなど、さまざまな宝石名でよばれ、ふるくから宝飾品にもちいられました。ジービーズは、人工的に玉髄を染色して模様をいれたビーズです。

コハクは、樹液の化石であり、熱と圧力により天然樹脂が化学変化をおこしてできたものです。一般的には、黄色がかった透明から半透明なものが宝飾品としてつかわれます。

珪化木は、樹木が地層にうもれて化石化する際に、樹木のなかにシリカ(二酸化ケイ素)がしみこみ、メノウやオパールとおなじ成分におきかわたものです。メノウにちかい硬さをもつ一方、樹木の組織がのこっているものはメノウよりも染色しやすく、現代のジービーズの素材としてつかわれます。

ビーズの素材の石は産出地がかぎられるものがおおいため、それぞれの石の産地と消費地のあいだの交易や、加工をおこなった場所との関係、流通の様子などをしることができます。石のとれる場所と石の利用される場所をつながる道を「石の道」といい、たとえばインド北東部から、インダス川流域からメソポタミア地域までつづく、「カーネリアンの道」などが有名です。



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ヒスイ



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ヒスイの勾玉(まがたま)
碧玉(へきぎょく)の管玉(くだたま)



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コハク



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コハク・ビーズ(チベット)





6 金属のビーズ

金・銀・銅・鉄など、さまざまな種類の金属もビーズの素材としてつかわれてきました。石と同様に金属も産地が偏在しているため、制作地と利用者とのあいだの交易が発達しました。またビーズに金属を加工するためには高度な技術が必要でした。

金属は、単体で利用するほかに合金にすると色や加工のしやすさの調整ができます。またメッキをすることで、表面の色をかえられます。

独特の光沢をもち、さまざまな色や形のビーズをつくることができる幅のひろさが金属の特徴であり、金属製のビーズは、世界の諸社会のなかで一部の人々が身につけていることがおおいです。たとえばアフリカのヒンバの人々にとっては、鉄ビーズの首飾りや足首飾りが民族のアイデンティティを維持するために必要です。またアフリカのアムハラ社会のなかでは銀ビーズが社会的な地位のたかさをしめします。



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首飾り(銀、エチオピア)





7 ガラスビーズ

ガラスビーズは、古代シリアで最初につくられ、その後、エジプト・フェニキア・ローマなどの地中海沿岸、イランやイラク、インド、東南アジアの諸国などにひろまりました。

日本列島へは、紀元前3世紀頃から単色小形のビーズが流入し、2世紀頃にあたる弥生時代後期以降には勾玉(まがたま)や小玉が出土することから、日本でも、ビーズが生産されるようになったことがわかります。しかしガラスは海外から輸入していました。

大航海時代の17世紀以降になると、ガラスビーズの素材が世界にひろがります。南アフリカでは、オランダ人とコイコイ人のあいだでビーズと羊が交換され、中部アフリカでは奴隷と交換されました。北東アジアでは、中国産のガラスビーズが、アムール川やサハリンの民族との交易を介して、北海道のアイヌにももたらされました。



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首飾り(ガラス、アイヌ)



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女性用衣装
(左からタイ、デンマーク〜グリーンランド、台湾)






約10万年前、巻貝から、世界最初のビーズがつくられました。そしてその後、ビーズの材料は、植物・動物・石・金属・ガラスへとひろがり、今日にいたるまで自然と人をビーズはつないできました。今回の企画展は、材料と加工品を並列して展示しているのがミソです。

動物では、骨や爪や羽根など、たべられない部分がビーズとして加工され、動物資源を無駄なく活用する狩猟文化が発達しました。

ビーズは、装飾のために身につけて利用され、民族のアイデンティティを維持したり、社会的な地位をしめしたり、政治につかわれたりもしました。また邪視除けなどから信仰にもむすびつき、宗教行事の際にもなくてはならないものになりました。(図1)


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図1 ビーズ・装飾のモデル
(人間は、ビーズをつけて装飾した)



また貝や石はとくに重宝されてあちこちで取り引きされ、「貝の道」や「石の道」がうまれ、広域的な交易もおこなわれました。

時代がくだると、金属やガラスの加工技術が発達し、より手のこんだ技巧的なビーズもつくられるようになりました。

人々が、自然環境から材料をとりいれてビーズをつくり身につけたことは、単なる装飾をこえて、何らかのメッセージを他者につたえる意図があり、ビーズは表現の手段としておおきな役割をはたしました。民族の独自性や社会体制をしめすために、政治や宗教の道具として、またさまざまな行事などでビーズが利用されたのであり、これらのハードからソフトにいたるすべては総称して文化とよんでもよいでしょう。ビーズや装飾は、それぞれの民族の文化の発展におおいに貢献しました。

人間は、自然環境から材料をとりいれ(インプット)、材料を加工し、道具や行事によって表現(アウトプット)します。自然環境から人間への流れ・作用はインプット、人間から環境への流れ・作用はアウトプットです。このようなインプットとアウトプットの相互作用によって文化が発展してきたのであり、文化とは、人間と自然環境のあいだいにあって両者を媒介する役割をもっています。このようなシステムは〈人間-文化-自然環境〉系といえるでしょう(図2)。


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図2 〈人間-文化-自然環境〉系のモデル


今回の企画展は、史上初となる、国立民族学博物館と国立科学博物館の共同企画です。文系の博物館と理系の博物館が共同で何をやっているのだろうかと不思議におもう人がいるかもしれませんが、図2のモデルを念頭において展示をみれば、今回の企画が面白半分の唐突なものでは決してないことがわかります。

文系と理系といった固定観念にとらわれているとあたらしい発想はうまれません。情報処理には文系も理系もありません。時代の転換、潮流の変化をよみとることが大事です。



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