哺乳類大行進
(交差法で立体視ができまます)
哺乳類の移動能力がわかります。環境が動物にあたえた影響と環境への動物の適応について理解がふかまります。
特別展「大哺乳類展2」が国立科学博物館で開催されています(注1)。今回は、哺乳類たちの「生き残り作戦」をテーマに、環境に適応して発達させてきた哺乳類たちの多様な姿や能力を紹介しています。
ステレオ写真はいずれも交差法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
プロローグ:哺乳類とは
哺乳類は、魚類、両生類、爬虫類(単弓類)という祖先をへて、2.2億年以上前に陸上に出現した脊椎動物であり、現在は、約5400種以上が生息しています。
哺乳類のおおきな特徴は子をうみ(胎生)、乳で子をそだてること(哺乳)です。また恒温性という、一定範囲に体温を維持するしくみをもち、高度に発達した感覚器官と運動器官をつかい、環境の情報をとらえて躍動的な移動運動をすることができます。
自発的に動物が移動することを「ロコモーション」といい、動物は、エサが豊富で、子孫をのこすのに適した環境をもとめて積極的に移動します。哺乳類は、この移動能力をとくに発達させた生物です。
動物の生息環境とロコモーションの関係をしることは、環境が動物にどのような影響をあたえ、動物が環境にいかに適応したかを理解する重要な手がかりになります。
哺乳類は現在、草原、樹林、砂漠、山岳、地中、河川・湖沼、海洋、極圏といった地球上のあらゆる環境に適応して生息しています。
(1)草原
障害物がすくない平らで広大な環境であり、草をエサとする草食獣と草食獣を獲物とする肉食獣とが共存しています。草食獣が、肉食獣から身をまもる方法は大型化と集団化であり、また高速走行や跳躍の能力も発達させています。肉食獣は、集団であるいは高速で移動して狩りをおこないます。
(2)樹林
樹林におおわれた生息環境は、熱帯・温帯・冷寒帯にあります。樹林は、移動路が断絶しており、前後左右にくわえて上下の3次元的に空間がひろがるため、樹林に生息するためには樹上で安定を維持する能力が必要です。
(2-1)熱帯雨林
地球上で最多の動物種が生息します。霊長類は、熱帯雨林を起源とする哺乳類のひとつであり、樹上に生息するために身体を軽量化し、また指の把持能力を非常にたかめました。ただし大形の霊長類であるゴリラやチンパンジーは地上への依存度がほかの霊長類にくらべてたかいです。
(2-2)温帯林
温帯には四季があるため、暑い夏と寒い冬という気温の変化に適応するために、樹上での移動、跳躍、滑空、地上での移動、地中での移動、あるいは冬に冬眠するものもおり、活動のしかたは実に多様です。
(2-3)タイガ
寒冷地の樹林のことをタイガといいます。きびしい寒さやよわい太陽光、つよい風などにさらされる過酷な環境のなかでいきぬくために、エサや獲物をもとめて長距離を移動する能力を発達させました。
(3)砂漠
生存のために、必要な水分量を体に維持するしくみが何よりも重要です。また砂のうえをあるいたり、砂のなかを移動する機能を発達させました。
(4)山岳
登坂や降坂・跳躍、不安定な場所で姿勢を維持する能力を発達させました。
(5)地中
モグラやハダカデバネズミなどは地中に完全に適応した哺乳類です。地下の環境は地上のそれとはいちじるしくことなります。
(6)河川・湖沼
カバやカピバラ、ビーバー、カワウソなど、遊泳・潜水能力を発達させた動物が生息します。またカワイルカなど、淡水域で完全水棲の哺乳類もいます。
(7)海洋
海棲哺乳類としては、鯨偶蹄目の鯨類、食肉目の鰭脚類とラッコ、海牛目があげられます。こららは遊泳と潜水に対応した体型・運動器官を発達させています。海中では、水の浮力を利用できるので体をささえる必要はなく、移動に特化した機能をもちます。
(8)極圏
極圏とは、緯度66度33分以上の厳寒の生息環境であり、動物たちは寒さから身をまもり、エネルギー消耗をふせぐためのさまざまな能力を発達させました。
Zone 1 哺乳類の歩き方:ロコモーション(移動)の基本
ロコモーション(Locomotion)とは、ラテン語で「位置」を意味する「Loc」と「動かす」を意味する「Movere」が語源であり、移動を意味します。
植物は、水・空気・太陽光からエネルギーをつくりだすことができるので移動しなくてもいきていけますが、動物は、有機物をたべないといきていけないため、エサをもとめて移動しなければなりません。動物にとって、ロコモーションは命をつなぐための基本的な活動です。
とくに哺乳類は、それぞれの環境に応じてロコモーション能力を高度に発達させて環境に適応しています。
両生類と爬虫類では、肘と膝が胴体の横にはりだしており、背骨を左右にくねらせて足を前方にだしてすすみますが、哺乳類は、原始的哺乳類から進化する過程で、四肢を体幹の真下にひきこみ、体幹をのばしたままで四肢を前後にうごかすことができるようになりました。さらに四肢の関節をおおきくはやく屈伸させることにより走行と跳躍ができるようになりました。
Zone 2 哺乳類の生き残り作戦:ロコモーション(移動)
(1)走行
移動速度のはやいロコモーションが走行です。
チーターは、地上最速の動物であり(秒速29mの記録がある)、小型の草食動物を獲物としてとらえるために走行能力を発達させました。また移動方向を急激にかえる能力ももっています。
チーターが獲物をみつけたとき、獲物に反射した光がチーターの目にはいってきます。光が、網膜上の視細胞を刺激するとインパルスが発生し、それは、視神経をつたわって大脳皮質後頭葉の一次視覚野におくられます。そこで情報が処理され、獲物までの距離、獲物の形・色などが認知されます。そして大脳皮質の運動野から、筋肉を支配する運動ニューロンのある脊髄にあらたなインパルスがつたわり、チーターは獲物にしずかにちかづいていきます。つまり移動運動をします。距離が十分ちぢまったとき、獲物にむかってはしりだします。筋肉の協調運動によるくりかえし運動のプログラムが中枢神経系とくに脊髄のなかにくみこまれているために高速走行ができます。
(2)跳躍
空中浮遊時間がながく、また到達高がたかいロコモーションです。
アジアの山岳地帯にすむユキヒョウは、哺乳類のなかで最高の跳躍力をもち、水平方向にひと跳び15m以上という記録があります。
(3)樹上
樹上の哺乳類は、樹上の不安定さと不連続性を克服し、3次元空間を移動するための能力を発達させました。
ながい指で枝を把持し、振り子のように枝から枝へ移動するロコモーションは腕渡りとよばれます。類人猿のなかで腕渡りを高度に進化させ、高速移動を可能にしたのがテナガザルであり、シロテナガザルの移動速度は秒速10km以上にも達するといわれ、また前方だけでなく、上下・左右に自由に方向をかえることができます。
(4)空中
ムササビ・モモンガ・ヒヨケザル・フクロモモンガは、前肢〜体側〜後肢のあいだにひろがる皮膜を利用して木から木へ滑空します。
コウモリは、航続距離では鳥におとりますが、それでも約10km前後はたやすく飛行します。翼のほとんどは、ながくのびた第2〜第5指の間の皮膜です。上腕から胸骨にかけては翼をうごかすための筋肉が十分に発達しています。
(5)地中
ウサギ類の一部やウォンバット・アナグマ・プレーリードッグなどは土をほるための前肢・ツメをもっています。またモグラ・ハダカデバネズミはトンネルを生活の場とする代表的な地下適応の哺乳類です。
(6)水辺
川・湖沼・池などの水辺に生息する陸棲哺乳類のおおくは陸上と水中の両方を移動できます。指のあいだをつなぐ水かきをもつのが特徴的です。カバは、水底を肢でけって浮力を利用して移動します。
(7)水中
コウモリ以外のほとんどの陸棲哺乳類はおよぐこともできます。ゾウ・ナマケモノ・モグラもおよげます。イルカやジュゴンなど、高度に水中に適応した海棲哺乳類もいます。鯨類と海牛類は流線型の体型と、運動器官としての脊柱の尾側に、内部に骨格をもたない尾ビレを獲得しました。
Zone 3 哺乳類の分類と系統
この20年ほどのあいだに DNA 分析がおこなわれ、哺乳類(哺乳綱)の系統があきらかになりました。従来の系統樹はかきかえられました。
(1)原獣類
もっとも原始的な現生哺乳類は原獣類単孔目であり、カモノハシ科1種とハリモグラ科4種がふくまれ、オーストラリアとニューギニアに生息します。いずれも卵をうむ卵生であり、うまれた子供は母親の腹部から分泌される乳をなめとって成長しますが、母親の乳腺の構造などは未発達であり、原始的な哺乳類の様相をしめしています。
(2)有袋類
未熟な子をうみ、進化した系統ではメスの腹部にある育児嚢(袋)で子をそだてます。2つの系統に大別され、オポッサム形目と少丘歯目が南米起源、その他はオーストラリア起源とされます。オーストラリア起源の有袋類でもっとも多様化をとげたのが双前歯目であり、カンガルーやウォンバットがふくまれます。
(3)真獣類
真獣類は、アフリカ獣類、異節類、ユーアーコンタグリレス、ローラシアテリアに大別されます。真獣類(有胎盤哺乳類)の胎児は、胎盤をとおして母体から栄養をえて、ある程度 成長した段階で出産されます。少数の子供をうんで大切に育てるという、哺乳類の一般的な特徴をもつものが真獣類です。ヒトも真獣類です。
(3-1)アフリカ獣類
アフリカ獣類は、アフリカ大陸のみに生息する、またはアフリカ大陸に起源をもつ哺乳類のグループです。アフリカ獣類だけで、陸棲哺乳類のサイズ幅をすべてふくみ、また海牛目に分類されるジュゴンにように海へ進出したグループもふくまれるので、その多様化はいちじるしいです。
(3-2)異節類
アフリカ獣類とともに真獣類のなかでいちはやく分岐したのが南米に起源をもつ異節類(貧歯類)です。この名称は、特殊な腰椎関節を共通してもつことに由来します。ナマケモノ類やアリクイ類は有毛目にふくまれ、アルマジロ類は被甲目に分類されます。
(3-3)ユーアーコンタグリレス
ネズミ・ウサギの系統とサルの系統にわかれます。ネズミ・ウサギの系統は、歯列の最前位に大型の第一切歯をもち、植物質のエサをかじりとるのが特徴です。類人猿は、われわれヒトにつながるサルの系統のひとつです。
(3-4)ローラシアテリア
6つの目(もく)をふくむ大系統です。近年の DNA 分析により、イルカやクジラは系統的にはカバの類縁であることがわかり、偶蹄目(ぐうていもく)と鯨目(げいもく)は統合され、鯨偶蹄目(げいぐうていもく)となりました。鯨偶蹄目は、ほぼ世界中に分布をひろげています。
Zone 4 哺乳類の生き残り作戦:食べる
両生類と爬虫類の歯は単純な形の「同形歯性」であり、何度でも交換してあたらしい歯がはえてきますが、哺乳類の歯は、顎関節の自由度を獲得したために、前から後ろへと形態が複雑に変化した歯で構成され、これを「異形歯性」といい、すくない数でも多様な食べ物をうまくたべられます。
肉食動物は、草食動物をエサとし、草食動物の体内で消化された植物を一緒に摂取することで栄養のバランスとっています。一方、草食動物は、消化しにくい植物しか摂取しないためにながい消化管をもちます。ウシやキリンに代表される反芻類は、胃は複数の部屋にわかれ(複胃)、胃の内部に共生する微生物により食物繊維を発酵・消化し、反芻することで栄養を吸収しています。
Zone 5 哺乳類の生き残り作戦:産む・育てる
哺乳類の母親は、卵ではなくて子供をうみ、母乳で子供をそだてます。このことから、すくない子供を大事にそだてるという、ヒトにもつながる哺乳類の一般的な特徴が生じました。
哺乳類が交尾をする際の主導権と選択権は圧倒的にメスの側にあります。そのためオスは、メスに選択されるための努力をします。交尾する機会にめぐまれたとしても、いつ天敵がおそってくるかもしれず、またほかのオスがメスを横取りをするかもしれないので、短時間で交尾を成功させる機能が発達しています。
うまれた子供は、一般的にメスが育児をおこない、子供は、おおきくなるまでは母親なしでは生きていけません。天敵から身をまもるために、周囲の環境と自分の被毛色や体色を同化する保護色(幼体色)をもつ子供がおおいです。
以上のように、哺乳類は、高度な移動能力をつかって環境に適応しています。
たとえばチーターは、獲物をみつけると高速で移動(走行)して狩りをします。このとき、目からの情報のインプット、脳での情報のプロセシング、運動器官をつかった移動という3つの機能がはたらきます。情報処理の観点からみると、移動とはアウトプットであるとかんがえてよいでしょう(図1)。

あるいは草食動物は、草をもとめてたえず移動します。
哺乳類は、両生類や爬虫類にくらべて、より高度な感覚器官と脳と運動器官をそなえており、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の能力がたかいとみることができ、こうしたすぐれた能力をつかって移動しながら環境に適応して生存しています。
哺乳類の一種であるヒトも同様であり、移動と適応をくりかえして世界中にひろがりました。
現代のヒトは、環境そのものを改変することによって環境に適応することがおおいかもしれませんが、一方で、転校や転職、転居、移住、離婚など、環境をかえて、あらたな環境に適応して生きていくこともあります。この場合は「移動」をつかっているとみなせます。
環境に適応する方法としては、環境はそのままで自分が努力する(自分がかわる)方法、環境そのものを改善する方法、移動して環境をかえる方法などがあるといえるでしょう。
環境への適応は生物にとって生存にかかわるまさに死活問題です。今回の特別展は、移動という観点から適応をとらえなおすよい機会になっています。
▼ 注1
特別展「大哺乳類展2」
会場:国立科学博物館・地球館
会期:3月21日~6月16日
▼ 参考文献
朝日新聞社編『大哺乳類展2』(図録)、朝日新聞社、2019年
ステレオ写真はいずれも交差法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
プロローグ:哺乳類とは
Zone 1 哺乳類の歩き方:ロコモーションの基本
Zone 2 哺乳類の生き残り作戦:ロコモーション
Zone 3 哺乳類の分類と系統
Zone 4 哺乳類の生き残り作戦:食べる
Zone 5 哺乳類の生き残り作戦:産む・育てる
会場マップ
プロローグ:哺乳類とは
哺乳類は、魚類、両生類、爬虫類(単弓類)という祖先をへて、2.2億年以上前に陸上に出現した脊椎動物であり、現在は、約5400種以上が生息しています。
哺乳類のおおきな特徴は子をうみ(胎生)、乳で子をそだてること(哺乳)です。また恒温性という、一定範囲に体温を維持するしくみをもち、高度に発達した感覚器官と運動器官をつかい、環境の情報をとらえて躍動的な移動運動をすることができます。
自発的に動物が移動することを「ロコモーション」といい、動物は、エサが豊富で、子孫をのこすのに適した環境をもとめて積極的に移動します。哺乳類は、この移動能力をとくに発達させた生物です。
動物の生息環境とロコモーションの関係をしることは、環境が動物にどのような影響をあたえ、動物が環境にいかに適応したかを理解する重要な手がかりになります。
哺乳類は現在、草原、樹林、砂漠、山岳、地中、河川・湖沼、海洋、極圏といった地球上のあらゆる環境に適応して生息しています。
(1)草原
障害物がすくない平らで広大な環境であり、草をエサとする草食獣と草食獣を獲物とする肉食獣とが共存しています。草食獣が、肉食獣から身をまもる方法は大型化と集団化であり、また高速走行や跳躍の能力も発達させています。肉食獣は、集団であるいは高速で移動して狩りをおこないます。
(2)樹林
樹林におおわれた生息環境は、熱帯・温帯・冷寒帯にあります。樹林は、移動路が断絶しており、前後左右にくわえて上下の3次元的に空間がひろがるため、樹林に生息するためには樹上で安定を維持する能力が必要です。
(2-1)熱帯雨林
地球上で最多の動物種が生息します。霊長類は、熱帯雨林を起源とする哺乳類のひとつであり、樹上に生息するために身体を軽量化し、また指の把持能力を非常にたかめました。ただし大形の霊長類であるゴリラやチンパンジーは地上への依存度がほかの霊長類にくらべてたかいです。
(2-2)温帯林
温帯には四季があるため、暑い夏と寒い冬という気温の変化に適応するために、樹上での移動、跳躍、滑空、地上での移動、地中での移動、あるいは冬に冬眠するものもおり、活動のしかたは実に多様です。
(2-3)タイガ
寒冷地の樹林のことをタイガといいます。きびしい寒さやよわい太陽光、つよい風などにさらされる過酷な環境のなかでいきぬくために、エサや獲物をもとめて長距離を移動する能力を発達させました。
(3)砂漠
生存のために、必要な水分量を体に維持するしくみが何よりも重要です。また砂のうえをあるいたり、砂のなかを移動する機能を発達させました。
(4)山岳
登坂や降坂・跳躍、不安定な場所で姿勢を維持する能力を発達させました。
(5)地中
モグラやハダカデバネズミなどは地中に完全に適応した哺乳類です。地下の環境は地上のそれとはいちじるしくことなります。
(6)河川・湖沼
カバやカピバラ、ビーバー、カワウソなど、遊泳・潜水能力を発達させた動物が生息します。またカワイルカなど、淡水域で完全水棲の哺乳類もいます。
(7)海洋
海棲哺乳類としては、鯨偶蹄目の鯨類、食肉目の鰭脚類とラッコ、海牛目があげられます。こららは遊泳と潜水に対応した体型・運動器官を発達させています。海中では、水の浮力を利用できるので体をささえる必要はなく、移動に特化した機能をもちます。
(8)極圏
極圏とは、緯度66度33分以上の厳寒の生息環境であり、動物たちは寒さから身をまもり、エネルギー消耗をふせぐためのさまざまな能力を発達させました。
Zone 1 哺乳類の歩き方:ロコモーション(移動)の基本
ロコモーション(Locomotion)とは、ラテン語で「位置」を意味する「Loc」と「動かす」を意味する「Movere」が語源であり、移動を意味します。
植物は、水・空気・太陽光からエネルギーをつくりだすことができるので移動しなくてもいきていけますが、動物は、有機物をたべないといきていけないため、エサをもとめて移動しなければなりません。動物にとって、ロコモーションは命をつなぐための基本的な活動です。
とくに哺乳類は、それぞれの環境に応じてロコモーション能力を高度に発達させて環境に適応しています。
両生類と爬虫類では、肘と膝が胴体の横にはりだしており、背骨を左右にくねらせて足を前方にだしてすすみますが、哺乳類は、原始的哺乳類から進化する過程で、四肢を体幹の真下にひきこみ、体幹をのばしたままで四肢を前後にうごかすことができるようになりました。さらに四肢の関節をおおきくはやく屈伸させることにより走行と跳躍ができるようになりました。
両生類・爬虫類と哺乳類の足の位置のちがい
両生類・爬虫類では胴体の外側に肘・膝があるのに対し、哺乳類の胴体の真下にのびています。アフリカゾウ(長鼻目ゾウ科)
Zone 2 哺乳類の生き残り作戦:ロコモーション(移動)
(1)走行
移動速度のはやいロコモーションが走行です。
チーターは、地上最速の動物であり(秒速29mの記録がある)、小型の草食動物を獲物としてとらえるために走行能力を発達させました。また移動方向を急激にかえる能力ももっています。
チーター(食肉目ネコ科)
チーター(食肉目ネコ科)
チーターが獲物をみつけたとき、獲物に反射した光がチーターの目にはいってきます。光が、網膜上の視細胞を刺激するとインパルスが発生し、それは、視神経をつたわって大脳皮質後頭葉の一次視覚野におくられます。そこで情報が処理され、獲物までの距離、獲物の形・色などが認知されます。そして大脳皮質の運動野から、筋肉を支配する運動ニューロンのある脊髄にあらたなインパルスがつたわり、チーターは獲物にしずかにちかづいていきます。つまり移動運動をします。距離が十分ちぢまったとき、獲物にむかってはしりだします。筋肉の協調運動によるくりかえし運動のプログラムが中枢神経系とくに脊髄のなかにくみこまれているために高速走行ができます。
(2)跳躍
空中浮遊時間がながく、また到達高がたかいロコモーションです。
アジアの山岳地帯にすむユキヒョウは、哺乳類のなかで最高の跳躍力をもち、水平方向にひと跳び15m以上という記録があります。
(3)樹上
樹上の哺乳類は、樹上の不安定さと不連続性を克服し、3次元空間を移動するための能力を発達させました。
ながい指で枝を把持し、振り子のように枝から枝へ移動するロコモーションは腕渡りとよばれます。類人猿のなかで腕渡りを高度に進化させ、高速移動を可能にしたのがテナガザルであり、シロテナガザルの移動速度は秒速10km以上にも達するといわれ、また前方だけでなく、上下・左右に自由に方向をかえることができます。
シロテナガザル(霊長目テナガザル科)
シロテナガザル(霊長類テナガザル科)
(4)空中
ムササビ・モモンガ・ヒヨケザル・フクロモモンガは、前肢〜体側〜後肢のあいだにひろがる皮膜を利用して木から木へ滑空します。
コウモリは、航続距離では鳥におとりますが、それでも約10km前後はたやすく飛行します。翼のほとんどは、ながくのびた第2〜第5指の間の皮膜です。上腕から胸骨にかけては翼をうごかすための筋肉が十分に発達しています。
(5)地中
ウサギ類の一部やウォンバット・アナグマ・プレーリードッグなどは土をほるための前肢・ツメをもっています。またモグラ・ハダカデバネズミはトンネルを生活の場とする代表的な地下適応の哺乳類です。
(6)水辺
川・湖沼・池などの水辺に生息する陸棲哺乳類のおおくは陸上と水中の両方を移動できます。指のあいだをつなぐ水かきをもつのが特徴的です。カバは、水底を肢でけって浮力を利用して移動します。
コビトカバ(鯨偶蹄目カバ科)
コビトカバ(鯨偶蹄目カバ科)
(7)水中
コウモリ以外のほとんどの陸棲哺乳類はおよぐこともできます。ゾウ・ナマケモノ・モグラもおよげます。イルカやジュゴンなど、高度に水中に適応した海棲哺乳類もいます。鯨類と海牛類は流線型の体型と、運動器官としての脊柱の尾側に、内部に骨格をもたない尾ビレを獲得しました。
マッコウクジラ(鯨偶蹄目マッコウクジラ科)
Zone 3 哺乳類の分類と系統
この20年ほどのあいだに DNA 分析がおこなわれ、哺乳類(哺乳綱)の系統があきらかになりました。従来の系統樹はかきかえられました。
哺乳類の系統樹
(1)原獣類
もっとも原始的な現生哺乳類は原獣類単孔目であり、カモノハシ科1種とハリモグラ科4種がふくまれ、オーストラリアとニューギニアに生息します。いずれも卵をうむ卵生であり、うまれた子供は母親の腹部から分泌される乳をなめとって成長しますが、母親の乳腺の構造などは未発達であり、原始的な哺乳類の様相をしめしています。
(2)有袋類
未熟な子をうみ、進化した系統ではメスの腹部にある育児嚢(袋)で子をそだてます。2つの系統に大別され、オポッサム形目と少丘歯目が南米起源、その他はオーストラリア起源とされます。オーストラリア起源の有袋類でもっとも多様化をとげたのが双前歯目であり、カンガルーやウォンバットがふくまれます。
(3)真獣類
真獣類は、アフリカ獣類、異節類、ユーアーコンタグリレス、ローラシアテリアに大別されます。真獣類(有胎盤哺乳類)の胎児は、胎盤をとおして母体から栄養をえて、ある程度 成長した段階で出産されます。少数の子供をうんで大切に育てるという、哺乳類の一般的な特徴をもつものが真獣類です。ヒトも真獣類です。
(3-1)アフリカ獣類
アフリカ獣類は、アフリカ大陸のみに生息する、またはアフリカ大陸に起源をもつ哺乳類のグループです。アフリカ獣類だけで、陸棲哺乳類のサイズ幅をすべてふくみ、また海牛目に分類されるジュゴンにように海へ進出したグループもふくまれるので、その多様化はいちじるしいです。
(3-2)異節類
アフリカ獣類とともに真獣類のなかでいちはやく分岐したのが南米に起源をもつ異節類(貧歯類)です。この名称は、特殊な腰椎関節を共通してもつことに由来します。ナマケモノ類やアリクイ類は有毛目にふくまれ、アルマジロ類は被甲目に分類されます。
(3-3)ユーアーコンタグリレス
ネズミ・ウサギの系統とサルの系統にわかれます。ネズミ・ウサギの系統は、歯列の最前位に大型の第一切歯をもち、植物質のエサをかじりとるのが特徴です。類人猿は、われわれヒトにつながるサルの系統のひとつです。
(3-4)ローラシアテリア
6つの目(もく)をふくむ大系統です。近年の DNA 分析により、イルカやクジラは系統的にはカバの類縁であることがわかり、偶蹄目(ぐうていもく)と鯨目(げいもく)は統合され、鯨偶蹄目(げいぐうていもく)となりました。鯨偶蹄目は、ほぼ世界中に分布をひろげています。
Zone 4 哺乳類の生き残り作戦:食べる
両生類と爬虫類の歯は単純な形の「同形歯性」であり、何度でも交換してあたらしい歯がはえてきますが、哺乳類の歯は、顎関節の自由度を獲得したために、前から後ろへと形態が複雑に変化した歯で構成され、これを「異形歯性」といい、すくない数でも多様な食べ物をうまくたべられます。
肉食動物は、草食動物をエサとし、草食動物の体内で消化された植物を一緒に摂取することで栄養のバランスとっています。一方、草食動物は、消化しにくい植物しか摂取しないためにながい消化管をもちます。ウシやキリンに代表される反芻類は、胃は複数の部屋にわかれ(複胃)、胃の内部に共生する微生物により食物繊維を発酵・消化し、反芻することで栄養を吸収しています。
キリンの胃(4つの部屋にわかれている)
Zone 5 哺乳類の生き残り作戦:産む・育てる
哺乳類の母親は、卵ではなくて子供をうみ、母乳で子供をそだてます。このことから、すくない子供を大事にそだてるという、ヒトにもつながる哺乳類の一般的な特徴が生じました。
哺乳類が交尾をする際の主導権と選択権は圧倒的にメスの側にあります。そのためオスは、メスに選択されるための努力をします。交尾する機会にめぐまれたとしても、いつ天敵がおそってくるかもしれず、またほかのオスがメスを横取りをするかもしれないので、短時間で交尾を成功させる機能が発達しています。
うまれた子供は、一般的にメスが育児をおこない、子供は、おおきくなるまでは母親なしでは生きていけません。天敵から身をまもるために、周囲の環境と自分の被毛色や体色を同化する保護色(幼体色)をもつ子供がおおいです。
マレーバクの親子
*
以上のように、哺乳類は、高度な移動能力をつかって環境に適応しています。
たとえばチーターは、獲物をみつけると高速で移動(走行)して狩りをします。このとき、目からの情報のインプット、脳での情報のプロセシング、運動器官をつかった移動という3つの機能がはたらきます。情報処理の観点からみると、移動とはアウトプットであるとかんがえてよいでしょう(図1)。

図1 移動のモデル
あるいは草食動物は、草をもとめてたえず移動します。
哺乳類は、両生類や爬虫類にくらべて、より高度な感覚器官と脳と運動器官をそなえており、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の能力がたかいとみることができ、こうしたすぐれた能力をつかって移動しながら環境に適応して生存しています。
哺乳類の一種であるヒトも同様であり、移動と適応をくりかえして世界中にひろがりました。
現代のヒトは、環境そのものを改変することによって環境に適応することがおおいかもしれませんが、一方で、転校や転職、転居、移住、離婚など、環境をかえて、あらたな環境に適応して生きていくこともあります。この場合は「移動」をつかっているとみなせます。
環境に適応する方法としては、環境はそのままで自分が努力する(自分がかわる)方法、環境そのものを改善する方法、移動して環境をかえる方法などがあるといえるでしょう。
- 自分がかわる
- 環境を改善する
- 移動する
環境への適応は生物にとって生存にかかわるまさに死活問題です。今回の特別展は、移動という観点から適応をとらえなおすよい機会になっています。
▼ 注1
特別展「大哺乳類展2」
会場:国立科学博物館・地球館
会期:3月21日~6月16日
▼ 参考文献
朝日新聞社編『大哺乳類展2』(図録)、朝日新聞社、2019年