原子、宇宙空間、宇宙のはじまりという観点から無を探究しました。簡単なモデルからはじめて、複雑なシステムへアプローチします。わたしたち人間が認識している宇宙は幻であるという仮説がたてられます。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年5月号では「無とは何か」を特集しています。
PART 1 真空
こうして、ガラス管の上部に空洞つまり真空がつくられ、真空の存在が証明されました。現在では、たとえば高エネルギー加速器研究機構の加速器「SuperKEKB」では、10兆分の1気圧という「超高真空」をつくりだしています。
原子核の大きさをサッカーボールの大きさ(直径約20センチメートル)とすると、電子は、飛行機がとぶ高度(約10キロメートル)のあたりにあることになります。原子核と電子の間には何もないので、原子のなかはほとんどからっぽだといえます。
地球には、無数の「ニュートリノ」がふりそそいでいます。ニュートリノとは非常にかるい(質量がちいさい)素粒子です。無数のニュートリノは、わたしたちの体や地球でさえもやすやすとすりぬけてしまいます。このことからも、原子がほとんどからっぽであることがわかります。
しかしわたしたちの普段の生活では、壁に手がめりこんでいくようなことはありません。それは、壁の表面の電子と手の表面の電子が電気的な力で反発しあうことなどによります。したがって物質がほとんど「無」であるにもかかわらず、わたしたちはそのことに気づきません。
この不思議な性質は、わたしたちの一般常識とはかけはなれていてうけいれがたいかもしれませんが、このような仮説にもとづくとさまざまな現象がうまく説明できます。またからっぽの「無」には不思議な性質があることもわかってきます。
PART 2 真空にある “何か”
わたしたちの身のまわりには、実際には光がみちています。空間には光が充満しています。しかし目に はいってこない光、目の前を横切る光はみることができません。
また天体がはなつ「光」は可視光線だけではありません。電波や赤外線・紫外線・X線・ガンマ線といった、わたしたち人間の目にはみえない電磁波もはなたれています。
このように宇宙には、無数の電磁波が実際にはみちていますが、わたしたち人間は、そのごく一部だけをとらえて宇宙や世界をみた気になっています。わたしたちにみえている宇宙は本当の宇宙ではなく、みかけの現象にすぎません。
ダークマターは光をださないためわたしたち人間にはみえません。可視光線だけでなく、あらゆる電磁波を放出したり吸収したりもしません。宇宙には、普通の物質の5〜6倍もの質量のダークマターが存在しているとかんがえられており、普通の物質を空間からすべてとりのぞいても大量のダークマターがのこります。
ゆらぎがおおきくなった瞬間はエネルギーがたかい状態であることを意味し、その瞬間に、そのエネルギーから粒子と反粒子がペアになって生じます。また生じた粒子のエネルギー(質量)がおおきいほど短時間できえる性質があります。これは、「不確定性原理」というミクロな世界のルールからみちびかれます。これらの粒子は直接観測することはできません。真空は、このような粒子と反粒子でわきたっています。
ヒッグス場は、空間をうめつくす「水あめ」のようなものにたとえられます。一部をのぞく素粒子は、この「水あめ」から「抵抗」をうけることで動きがおそくなり、抵抗をうけやすい素粒子ほど動かしにくくなり、この「動かしにくさ」が素粒子のもつ質量の正体です。つまり、ヒッグス場は「素粒子に質量をあたえる」はたらきをもつ場です。
ニュートン(1642〜1727)は、空間は絶対的なものであり、何ものにも影響されずにつねに静止しているとのべましたが、アインシュタイン(1879〜1955)は、空間(正確には時空)はゆがむとかんがえ、そのゆがみの影響をうけて物体は落下し、光のすすむ方向さえもまがるとのべました。
さらに質量をもった物体がゆれうごくと、その周囲の空間のゆがみが波のように周囲にひろがっていくことを予言しました。これを「重力波」といい、2016年に、アメリカの重力波観測装置「LIGO」が世界ではじめて検出しました。
宇宙空間自体に、宇宙を膨張させるような斥力(反発力)がはたらいており、そうした効果をもつエネルギーが宇宙空間にはみちているようです。そのエネルギーの正体は謎につつまれており、「ダークエネルギー」とよばれています。
このように、からっぽの「無」の空間とおもわれていた真空には、実際には、たくさんの “何か” がつまっています。
PART 3 究極の無
宇宙のはじまりは「無」だったというのですが、ただし、「無」はゆらいでおり、ごくごくちいさな宇宙の “卵” が生まれたり消えたりをくりかえしていました。そして “卵” が、ある一定以上のエネルギーを偶然もったときに急激に膨張して現在の宇宙ができたといいます。
このような仮説は「サイクリック宇宙論」とよばれ、ビッグバンをへて膨張しつづけていた宇宙はあるところで収縮しはじめます。収縮は加速していき宇宙は終焉しますが、その瞬間にふたたび膨張がおきる可能性があります。
「ブレーンワールド」仮説によると、宇宙の “外側” には、6次元(または7次元)の空間がひろがっていて、あわせて9次元(または10次元)の空間にわたしたちはくらしていますが、わたしたちには “外側” の高次元世界を感じることはできません。
高次元空間にうかんでいる膜(ブレーン)は1つである必然性はなく、2つの膜どうしが接近・衝突したときに、宇宙が高温・高密度の状態(ビッグバン)になり、膨張していくという仮説がたてられています。これを「エキピロティック宇宙論」とよびます。
今日の物理学によると、わたしたちが認識しているこの3次元空間は幻であり、まるでホログラムのように立体的に投影されたものかもしれないといいます。高次元でおきる現象は、低次元でおきる現象の “ホログラム” だととらえる「ホログラフィー原理」が注目されています。わたしたちが認識している宇宙はみかけの宇宙にすぎず、幻であるわけです。
以上みてきたように、物質をつくる原子の中はすかすかであり、ほとんど「無」であるといえます。一方、超高真空の宇宙は、実際には、光やダークマター、ヒッグス場でみたされており、かぎりなく「無」にちかいとおもっていた空間はたくさんの “何か” であふれています。また宇宙のはじまりという観点から、空間も時間も存在しない「無」や、そもそも宇宙は幻であるという仮説がでてきました。
このような探究の一連のながれは物理学の発展の歴史そのものです。「真空は存在するのか」という古代ギリシア時代の素朴な疑問からはじまり、今日の物理学は、宇宙のなりたちを解明しようというところまできています。何事も、もっとも単純なモデルから出発し、より複雑なシステムへアプローチしていくという方法が重要です。
「無」をつきつめていくことは、同時に、「有」とは何かという問題をかんがえることにもなります。わたしたちは、みたりきいたり、感覚器官で情報をとらえると「有」だとおもいます。しかしたとえば、わたしたちの身のまわりの空間には目にはみえない光が充満しています。
このように、みかけの現象と本当の自然現象とはことなるのであり、わたしたち人間は、わたしたち人間がもつ独自の感覚器官でとらえた情報だけで宇宙や世界を認識した気になっているにすぎません。あるのは宇宙の法則のみであって、わたしたちにみえている物質や現象は幻像であるとかんがえたほうがよいでしょう。つまり、「有」とは幻であるということになります。
▼ 関連記事
みかけの現象と現象の実体 -「なるほど!! 物理入門」(Newton 2019.3 号)-
電波で宇宙をとらえる - アルマ望遠鏡(日本科学未来館)-
「ダークマターの正体?」(Newton 2018.12号)
階層構造に注目する -「マルチバース宇宙論」(Newton 2017.12号)-
▼ 参考文献
『Newton』(2019年5月号)、ニュートンプレス、2019年
PART 1 真空
PART 2 真空にある “何か”
PART 3 究極の無
PART 1 真空
1643年、トリチェリは(中略)、水の約14倍重い(密度が大きい)水銀を使って実験を行いました。片方の端が閉じたガラス管に水銀を満たし、空気が入らないようにして、そのガラス管の開いた端を水銀の入った容器に立てました。すると、ガラス管の中の水銀の高さは、容器の液面から約76センチメートルになりました。
こうして、ガラス管の上部に空洞つまり真空がつくられ、真空の存在が証明されました。現在では、たとえば高エネルギー加速器研究機構の加速器「SuperKEKB」では、10兆分の1気圧という「超高真空」をつくりだしています。
水素の原子は、原子核(陽子)と電子からできていて、原子核のまわりを電子がまわっています。ということは、原子核と電子の間は、何もない「無」の空間、つまり真空であるといえます。
原子核の大きさをサッカーボールの大きさ(直径約20センチメートル)とすると、電子は、飛行機がとぶ高度(約10キロメートル)のあたりにあることになります。原子核と電子の間には何もないので、原子のなかはほとんどからっぽだといえます。
地球には、無数の「ニュートリノ」がふりそそいでいます。ニュートリノとは非常にかるい(質量がちいさい)素粒子です。無数のニュートリノは、わたしたちの体や地球でさえもやすやすとすりぬけてしまいます。このことからも、原子がほとんどからっぽであることがわかります。
しかしわたしたちの普段の生活では、壁に手がめりこんでいくようなことはありません。それは、壁の表面の電子と手の表面の電子が電気的な力で反発しあうことなどによります。したがって物質がほとんど「無」であるにもかかわらず、わたしたちはそのことに気づきません。
量子論によると、ミクロな存在である電子が、原子の中のどの位置にあるのかは、観測されてはじめて確定するのだといいます。いいかえると、電子は観測されるまでは、原子の中のどこに存在するかが決まっておらず、一つの電子があちこちに同時に存在しているというのです。
この不思議な性質は、わたしたちの一般常識とはかけはなれていてうけいれがたいかもしれませんが、このような仮説にもとづくとさまざまな現象がうまく説明できます。またからっぽの「無」には不思議な性質があることもわかってきます。
PART 2 真空にある “何か”
あなたに見えるのは、あなたの目に入ってきた光だけです。あなたの目の前を横切る光は、あなたには見えません。星明かりしかない、ほとんど真っ暗な宇宙空間でも、実際には、宇宙に無数ある星や銀河などの天体が放つ光が飛びかっているのです。
わたしたちの身のまわりには、実際には光がみちています。空間には光が充満しています。しかし目に はいってこない光、目の前を横切る光はみることができません。
また天体がはなつ「光」は可視光線だけではありません。電波や赤外線・紫外線・X線・ガンマ線といった、わたしたち人間の目にはみえない電磁波もはなたれています。
このように宇宙には、無数の電磁波が実際にはみちていますが、わたしたち人間は、そのごく一部だけをとらえて宇宙や世界をみた気になっています。わたしたちにみえている宇宙は本当の宇宙ではなく、みかけの現象にすぎません。
宇宙には、(中略)原子以外の何かでできた、目には見えない未知の物質が大量に存在していると考えられています。その未知の物質は、「ダークマター(暗黒物質)」とよばれています。
ダークマターは光をださないためわたしたち人間にはみえません。可視光線だけでなく、あらゆる電磁波を放出したり吸収したりもしません。宇宙には、普通の物質の5〜6倍もの質量のダークマターが存在しているとかんがえられており、普通の物質を空間からすべてとりのぞいても大量のダークマターがのこります。
「量子論」によれば、たとえ完全な真空であってもミクロな視点で見ると、そこは「ゆらぎ」に満ちているといいます。そして、そのゆらぎによって真空は “完全なる真空” ではいられず、ある瞬間に粒子と反粒子のペアが生じて、すぐに消える、ということがたえずおきているというのです。
ゆらぎがおおきくなった瞬間はエネルギーがたかい状態であることを意味し、その瞬間に、そのエネルギーから粒子と反粒子がペアになって生じます。また生じた粒子のエネルギー(質量)がおおきいほど短時間できえる性質があります。これは、「不確定性原理」というミクロな世界のルールからみちびかれます。これらの粒子は直接観測することはできません。真空は、このような粒子と反粒子でわきたっています。
真空中を進む光の速度は秒速30万キロメートルで、これは自然界の最高速度です。何ものも、この光の速度をこえて進むことはできません。光以外のほとんどの素粒子は、空間に満ちている “何か” によってスピードを遅くさせられているのです。この “何か” がヒッグス場です。
ヒッグス場は、空間をうめつくす「水あめ」のようなものにたとえられます。一部をのぞく素粒子は、この「水あめ」から「抵抗」をうけることで動きがおそくなり、抵抗をうけやすい素粒子ほど動かしにくくなり、この「動かしにくさ」が素粒子のもつ質量の正体です。つまり、ヒッグス場は「素粒子に質量をあたえる」はたらきをもつ場です。
太陽や地球といった天体のまわりには、重力が生じます。アインシュタインは、その重力の正体は、天体のまわりの空間のゆがみであると説明しました。
ニュートン(1642〜1727)は、空間は絶対的なものであり、何ものにも影響されずにつねに静止しているとのべましたが、アインシュタイン(1879〜1955)は、空間(正確には時空)はゆがむとかんがえ、そのゆがみの影響をうけて物体は落下し、光のすすむ方向さえもまがるとのべました。
さらに質量をもった物体がゆれうごくと、その周囲の空間のゆがみが波のように周囲にひろがっていくことを予言しました。これを「重力波」といい、2016年に、アメリカの重力波観測装置「LIGO」が世界ではじめて検出しました。
1929年に、天文学者エドウィン・ハッブル(1889〜1953)は、遠くの銀河を観測することで、確かに宇宙が膨張していることを発見しました。(中略)
1988年、さらなる宇宙の観測によって、宇宙の膨張速度が加速していることが明らかになりました。
宇宙空間自体に、宇宙を膨張させるような斥力(反発力)がはたらいており、そうした効果をもつエネルギーが宇宙空間にはみちているようです。そのエネルギーの正体は謎につつまれており、「ダークエネルギー」とよばれています。
このように、からっぽの「無」の空間とおもわれていた真空には、実際には、たくさんの “何か” がつまっています。
PART 3 究極の無
ビレンキン博士(1949〜)の仮説では、宇宙がはじまる “前” は、時間も空間もないような「無」だったといいます。
宇宙のはじまりは「無」だったというのですが、ただし、「無」はゆらいでおり、ごくごくちいさな宇宙の “卵” が生まれたり消えたりをくりかえしていました。そして “卵” が、ある一定以上のエネルギーを偶然もったときに急激に膨張して現在の宇宙ができたといいます。
「宇宙にははじまりはなく、誕生と終焉(膨張と収縮)をくりかえしえいる」と考える物理学者もいます。
このような仮説は「サイクリック宇宙論」とよばれ、ビッグバンをへて膨張しつづけていた宇宙はあるところで収縮しはじめます。収縮は加速していき宇宙は終焉しますが、その瞬間にふたたび膨張がおきる可能性があります。
ブレーンワールドでは、私たちが認識している3次元空間の宇宙は、より高次元の空間に浮かぶ膜(ブレーン)のようなものだと考えます。
「ブレーンワールド」仮説によると、宇宙の “外側” には、6次元(または7次元)の空間がひろがっていて、あわせて9次元(または10次元)の空間にわたしたちはくらしていますが、わたしたちには “外側” の高次元世界を感じることはできません。
高次元空間にうかんでいる膜(ブレーン)は1つである必然性はなく、2つの膜どうしが接近・衝突したときに、宇宙が高温・高密度の状態(ビッグバン)になり、膨張していくという仮説がたてられています。これを「エキピロティック宇宙論」とよびます。
ホログラフィー原理をもとにした仮説によると、この宇宙は、2次元平面状に “書かれた” 情報から “投影” されたものである可能性があるといます。さらに、空間さえもより根源的な “何か” からできた幻かもしれないというのです。
今日の物理学によると、わたしたちが認識しているこの3次元空間は幻であり、まるでホログラムのように立体的に投影されたものかもしれないといいます。高次元でおきる現象は、低次元でおきる現象の “ホログラム” だととらえる「ホログラフィー原理」が注目されています。わたしたちが認識している宇宙はみかけの宇宙にすぎず、幻であるわけです。
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以上みてきたように、物質をつくる原子の中はすかすかであり、ほとんど「無」であるといえます。一方、超高真空の宇宙は、実際には、光やダークマター、ヒッグス場でみたされており、かぎりなく「無」にちかいとおもっていた空間はたくさんの “何か” であふれています。また宇宙のはじまりという観点から、空間も時間も存在しない「無」や、そもそも宇宙は幻であるという仮説がでてきました。
このような探究の一連のながれは物理学の発展の歴史そのものです。「真空は存在するのか」という古代ギリシア時代の素朴な疑問からはじまり、今日の物理学は、宇宙のなりたちを解明しようというところまできています。何事も、もっとも単純なモデルから出発し、より複雑なシステムへアプローチしていくという方法が重要です。
「無」をつきつめていくことは、同時に、「有」とは何かという問題をかんがえることにもなります。わたしたちは、みたりきいたり、感覚器官で情報をとらえると「有」だとおもいます。しかしたとえば、わたしたちの身のまわりの空間には目にはみえない光が充満しています。
このように、みかけの現象と本当の自然現象とはことなるのであり、わたしたち人間は、わたしたち人間がもつ独自の感覚器官でとらえた情報だけで宇宙や世界を認識した気になっているにすぎません。あるのは宇宙の法則のみであって、わたしたちにみえている物質や現象は幻像であるとかんがえたほうがよいでしょう。つまり、「有」とは幻であるということになります。
▼ 関連記事
みかけの現象と現象の実体 -「なるほど!! 物理入門」(Newton 2019.3 号)-
電波で宇宙をとらえる - アルマ望遠鏡(日本科学未来館)-
「ダークマターの正体?」(Newton 2018.12号)
階層構造に注目する -「マルチバース宇宙論」(Newton 2017.12号)-
▼ 参考文献
『Newton』(2019年5月号)、ニュートンプレス、2019年