総合的な生物相調査がおこなわれました。皇居には貴重な自然がのこされています。自然観察会をもっとふやすべきです。
企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」が国立科学博物館で開催されています(注1)。国立科学博物館は、平成8〜11年度および平成21〜25年度に皇居の生物相調査をおこないました。本展では、その成果とともに、天皇陛下がとりくんでいる生物学の研究について紹介しています。
天皇陛下は、ハゼ科の魚類を研究していることでよくしられています。これまでに9種(外国産2種、日本産7種)の新種を学会で発表しました。またハゼ類の骨格の比較解剖や、頭部感覚器官である孔器(こうき)の分布に関する比較形態から、ハゼ類の系統と進化の研究もしています。最近では、遺伝子の解析もおこない、たがいに近縁のハゼ類であるキヌバリとチャガラの太平洋と日本海における地域集団の進化や両種の種分化についてあきらかにしました。
どうして魚類に興味をもったのかについては説明がありませんでしたが、皇太子のころよりハゼ類の研究をつづけているそうです。
ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができまます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
また皇居のタヌキの研究もしました。タヌキは、都市化にともない都心からは姿をけしたとされましたが皇居内では頻繁に目撃されました。タヌキの「溜め糞」などをしらべてタヌキの食性と行動を解明し、さらに DNA の解析から、皇居のタヌキは、一般的な日本のタヌキとはことなる遺伝的構成(ハプロタイプ)をもつことをあきらかにしました。
タヌキは、特定の場所でくりかえし何度も糞をする習性があり、その結果できる糞の山は溜め糞場とよばれます。そこから糞を採取し分析した結果、動物質では昆虫が、植物質では種子がおおくをしめました。また5年間にわたる果実菜食の変動をしらべた結果、変動傾向は5年間ほぼかわりなく、複数のタヌキが生活を維持できる餌資源が安定的に供給されていることがわかりました。一ヵ所の溜め糞場を5年間にわたり継続して調査した研究論文は内外を通じてはじめてでした。
電波をつかって行動を追跡するラジオテレメトリーをつかってタヌキの行動範囲を調査した結果、1頭以外は皇居から外にでることはなく、その1頭もわずかに外にでてもどってきているので、皇居のタヌキは皇居のなかで生活していることがわかりました。
そのほかに、国立科学博物館による調査・研究についても紹介しています。
国立科学博物館による生物相調査は、第 I 期調査(1996年4月〜2000年3月)、それにつづく動物相調査(2000年4月〜2005年3月)、第 II 期調査(2009年4月〜2014年3月)の3回にわたっておこなわれ、それぞれ155名、45名、91名の研究者が調査にあたり、のべ5903種の生物が確認されました。
地衣類の研究からは、東京都の大気汚染が大幅に改善されたことがわかりました。第 I 期の調査で記録された大形地衣類はわずか4種しかなく、いずれも大気汚染につよいものばかりでした。しかし第 II 期の調査では、16種もの多様な大形地衣類が確認され、固着地衣類もふくめた全種では、57種(第 I 期)から98種(第 II 期)に増加しました。第 I 期と第 II 期のあいだに、ディーゼル車の規制を東京都がおこなったので大気汚染が改善されたのではないかとかんがえられます。
また吹上御苑の森についても詳細に調査しました。旧江戸城・西の丸の西側は吹上御苑とよばれ、敷地のおおくは今では森になっています。
吹上御苑の南側には、クスノキ・タブノキ・マテバシイなどの常緑広葉樹のうっそうとした森林がひろがり、樹高20mをこえる大木がたくさんはえています。トウジュロ(ヤシ科)やイヌビワ(クワ科)が点在し、イイギリ(ヤナギ科)の大木もみられます。森林のなかにはいると日差しはほとんどなく、モチノキ・スダジイ・タブノキなどの大木の林床には、日陰でも生育できるアオキやシュロなどが自生しています。
なかには小川がながれていて、ザゼンソウ・コウホネ・ワサビ・サクラソウなどの野草や、コケ植物のフロウソウなどが小川ぞいにみられます。絶滅危惧種のヒキノカサ(キンポウゲ科)や各種のトンボやホタルも生息しています。
小川を上流にたどっていくと(人工的な)滝にいたり、周辺には、大小さまざまな木々が生育し、木漏れ日が水面にかがやく様をみていると、ここが大都市の中心とはとてもおもえません。
今度は、東側にいくとちいさな堀があり、落葉広葉樹のあかるい森がひろがります。たくさんのクヌギ、クヌギ、林床は、クマザサとオカメザサにおおわれたり、ササ類はすくないかわりにさまざまな種類の草本がはえたりしています。早春には、ジロボウエンゴサクやセントウソウなどの草花がさきみだれ、秋には、色彩ゆたかに木々が紅葉し、武蔵野のかつての雑木林をおもわせます。
吹上御苑の塀ぞいには小道があり、小高い土手にその両側はなっていて、スダジイやケヤキの大木がはえ、林床には落ち葉があつく堆積し、ベニシダが密生、小道ぞいには、イロハモミジやヤツデがみられます。
吹上御苑の森は、もともとは、整地された土地に植物をうえたことからはじまりましたが、人の手をあまりいれなかったために、自然にちかい状態の森になりました。そのため多様な動物たちもはぐくむゆたかな森になりました。
皇居には、大都市・東京の中心地とはとてもおもえないまさに夢のような世界がひろがっています。ほとんど自然がうしなわれた東京にあって、ここはきわめて貴重な緑地です。当然のごとく開発がすすめられる東京ですが、皇居であったからこそ “開発屋” の手がここにはおよびませんでした。
これまで、皇居内の様子は国民にはあまりしらされませんでしたが、今回の企画展によってすこしはわかりました。
現在、都心にのこるおもな緑地のうち一般に公開されているのは新宿御苑と国立科学博物館付属自然教育園だけであり、明治神宮は参道以外は立入禁止です。
東京には緑地が非常にすくなく、無機的な空間がひろがっていることが、東京でくらす人々や東京に通勤する人々が過度なストレスをかかえる原因のひとつになっています。皇居の緑地が国民のためにもっと活用されることをのぞみます。皇居では、自然観察会が2007年からおこなわれていますが、申込者は多数、高倍率、抽選になっており、もっとチャンスをふやしてほしいとおもいます。
孤立した空間、とざされた世界をいかに国民に解放していくか、今後の課題といえるでしょう。
▼ 関連記事
シンポジウム「大都会に息づく生き物たち」(国立科学博物館)
生物共生の身近な例 - 企画展「地衣類」(国立科学博物館)-
▼ 注1
天皇陛下御即位三十年記念展示 企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」
会場:国立科学博物館 日本館地下1階 多目的室
会期:2019年2月13日~3月31日
※ 写真撮影が許可されています。
天皇陛下は、ハゼ科の魚類を研究していることでよくしられています。これまでに9種(外国産2種、日本産7種)の新種を学会で発表しました。またハゼ類の骨格の比較解剖や、頭部感覚器官である孔器(こうき)の分布に関する比較形態から、ハゼ類の系統と進化の研究もしています。最近では、遺伝子の解析もおこない、たがいに近縁のハゼ類であるキヌバリとチャガラの太平洋と日本海における地域集団の進化や両種の種分化についてあきらかにしました。
どうして魚類に興味をもったのかについては説明がありませんでしたが、皇太子のころよりハゼ類の研究をつづけているそうです。
ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができまます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -
コンジキハゼ(ホロタイプ)
また皇居のタヌキの研究もしました。タヌキは、都市化にともない都心からは姿をけしたとされましたが皇居内では頻繁に目撃されました。タヌキの「溜め糞」などをしらべてタヌキの食性と行動を解明し、さらに DNA の解析から、皇居のタヌキは、一般的な日本のタヌキとはことなる遺伝的構成(ハプロタイプ)をもつことをあきらかにしました。
タヌキは、特定の場所でくりかえし何度も糞をする習性があり、その結果できる糞の山は溜め糞場とよばれます。そこから糞を採取し分析した結果、動物質では昆虫が、植物質では種子がおおくをしめました。また5年間にわたる果実菜食の変動をしらべた結果、変動傾向は5年間ほぼかわりなく、複数のタヌキが生活を維持できる餌資源が安定的に供給されていることがわかりました。一ヵ所の溜め糞場を5年間にわたり継続して調査した研究論文は内外を通じてはじめてでした。
電波をつかって行動を追跡するラジオテレメトリーをつかってタヌキの行動範囲を調査した結果、1頭以外は皇居から外にでることはなく、その1頭もわずかに外にでてもどってきているので、皇居のタヌキは皇居のなかで生活していることがわかりました。
そのほかに、国立科学博物館による調査・研究についても紹介しています。
国立科学博物館による生物相調査は、第 I 期調査(1996年4月〜2000年3月)、それにつづく動物相調査(2000年4月〜2005年3月)、第 II 期調査(2009年4月〜2014年3月)の3回にわたっておこなわれ、それぞれ155名、45名、91名の研究者が調査にあたり、のべ5903種の生物が確認されました。
地衣類の研究からは、東京都の大気汚染が大幅に改善されたことがわかりました。第 I 期の調査で記録された大形地衣類はわずか4種しかなく、いずれも大気汚染につよいものばかりでした。しかし第 II 期の調査では、16種もの多様な大形地衣類が確認され、固着地衣類もふくめた全種では、57種(第 I 期)から98種(第 II 期)に増加しました。第 I 期と第 II 期のあいだに、ディーゼル車の規制を東京都がおこなったので大気汚染が改善されたのではないかとかんがえられます。
また吹上御苑の森についても詳細に調査しました。旧江戸城・西の丸の西側は吹上御苑とよばれ、敷地のおおくは今では森になっています。
吹上御苑の南側には、クスノキ・タブノキ・マテバシイなどの常緑広葉樹のうっそうとした森林がひろがり、樹高20mをこえる大木がたくさんはえています。トウジュロ(ヤシ科)やイヌビワ(クワ科)が点在し、イイギリ(ヤナギ科)の大木もみられます。森林のなかにはいると日差しはほとんどなく、モチノキ・スダジイ・タブノキなどの大木の林床には、日陰でも生育できるアオキやシュロなどが自生しています。
なかには小川がながれていて、ザゼンソウ・コウホネ・ワサビ・サクラソウなどの野草や、コケ植物のフロウソウなどが小川ぞいにみられます。絶滅危惧種のヒキノカサ(キンポウゲ科)や各種のトンボやホタルも生息しています。
小川を上流にたどっていくと(人工的な)滝にいたり、周辺には、大小さまざまな木々が生育し、木漏れ日が水面にかがやく様をみていると、ここが大都市の中心とはとてもおもえません。
今度は、東側にいくとちいさな堀があり、落葉広葉樹のあかるい森がひろがります。たくさんのクヌギ、クヌギ、林床は、クマザサとオカメザサにおおわれたり、ササ類はすくないかわりにさまざまな種類の草本がはえたりしています。早春には、ジロボウエンゴサクやセントウソウなどの草花がさきみだれ、秋には、色彩ゆたかに木々が紅葉し、武蔵野のかつての雑木林をおもわせます。
吹上御苑の塀ぞいには小道があり、小高い土手にその両側はなっていて、スダジイやケヤキの大木がはえ、林床には落ち葉があつく堆積し、ベニシダが密生、小道ぞいには、イロハモミジやヤツデがみられます。
吹上御苑の森は、もともとは、整地された土地に植物をうえたことからはじまりましたが、人の手をあまりいれなかったために、自然にちかい状態の森になりました。そのため多様な動物たちもはぐくむゆたかな森になりました。
昆虫類の調査では、第 I 期調査では228科2666種、第 II 期調査では209科2307種が、クモ類の調査では、それぞれ、36科165種、30科147種が確認され、都市緑地としてはまれにみる多様性があることがわかりました。
*
皇居には、大都市・東京の中心地とはとてもおもえないまさに夢のような世界がひろがっています。ほとんど自然がうしなわれた東京にあって、ここはきわめて貴重な緑地です。当然のごとく開発がすすめられる東京ですが、皇居であったからこそ “開発屋” の手がここにはおよびませんでした。
これまで、皇居内の様子は国民にはあまりしらされませんでしたが、今回の企画展によってすこしはわかりました。
現在、都心にのこるおもな緑地のうち一般に公開されているのは新宿御苑と国立科学博物館付属自然教育園だけであり、明治神宮は参道以外は立入禁止です。
東京には緑地が非常にすくなく、無機的な空間がひろがっていることが、東京でくらす人々や東京に通勤する人々が過度なストレスをかかえる原因のひとつになっています。皇居の緑地が国民のためにもっと活用されることをのぞみます。皇居では、自然観察会が2007年からおこなわれていますが、申込者は多数、高倍率、抽選になっており、もっとチャンスをふやしてほしいとおもいます。
孤立した空間、とざされた世界をいかに国民に解放していくか、今後の課題といえるでしょう。
▼ 関連記事
シンポジウム「大都会に息づく生き物たち」(国立科学博物館)
生物共生の身近な例 - 企画展「地衣類」(国立科学博物館)-
▼ 注1
天皇陛下御即位三十年記念展示 企画展「天皇陛下の御研究と皇居の生きものたち」
会場:国立科学博物館 日本館地下1階 多目的室
会期:2019年2月13日~3月31日
※ 写真撮影が許可されています。