脳が、旨味をうみだします。肉のおいしさは、旨味・香り・食感・舌触りなどがあわさってうまれます。総合的に感覚をつかって情報処理をすすめるようにします。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年3月号の Topic では、「おいしい肉ができるまで」と題して、肉の味や食感などについて解説しています。
肉の味の旨味のもとは赤身部分におもにふくまれる「グルタミン酸」と「イノシン酸」です。筋肉を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸を材料にしてつくられており、このうちのひとつがグルタミン酸です。また動物が筋肉をうごかすときにエネルギー源として消費されるのが「アデノシン三リン酸(ATP)」であり、それが分解されてイノシン酸になります。
わたしたちの舌には旨味をとらえる「旨味受容体」があり、グルタミン酸とイノシン酸にこれが刺激されると、信号が脳におくられ、旨味を脳がつくりだします。
また肉を味わうときには香りも大事であり、口から鼻の奥にたちのぼる香り(口内香)もおおきな役割をはたしています。鼻のなかにある嗅細胞が、香気成分である「ラクトン」や「ピラジン」に刺激されると、信号が脳におくられ、香りを脳がつくりだします。
あるいは食感もおいしさの重要な要素です。肉の食感のかぎをにぎるのは筋肉の構造です。筋肉は、「筋繊維」という繊維状の構造が束になったものであり、1本の筋繊維はさらにこまかい「筋原繊維」の束でできており、筋原繊維は「アクチン」と「ミオシン」という2種類のタンパク質によってできた繊維状の構造が束になったものです。肉の部位によってかたさや歯ごたえがことなるのは、多数の筋繊維を束としてまとめている「結合組織」の量がちがうことによります。
さらに舌触りも重要です。たとえば「霜降り肉」を口にいれるとまるでとろけるようであり、このような「口どけ」の決め手となるのは肉の脂肪にふくまれている「脂肪酸」であり、代表的な脂肪酸は「オレイン酸」「リノール酸」「リノレン酸」です。
このように、肉のおいしさは、旨味・香り・食感・舌触りなどがあわさってうまれます。
肉がもっている(あるいは肉が発する)、グルタミン酸・イノシン酸、ラクトン・ピラジン、筋繊維、脂肪酸などによって、舌や鼻や筋肉といった感覚器官が刺激されると、それらの信号が脳におくられ、信号を脳が処理することによって味覚・嗅覚・筋肉感覚・触覚などが生じ、これらの感覚のすべてが調和したときに「とてもおいしい」という感覚になります。
つまり、おいしいという感覚は脳がうみだすのであって、肉には、物質の成分があるだけで、おいしさそのものがついているわけではありません。たとえば人間の味覚系の情報処理では、グルタミン酸・イノシン酸の刺激が旨味になるということであり、ほかの動物の情報処理ではどうなっているのか、そもそも処理されないのか(なにも感じないのか)わかりません。人間の場合は、グルタミン酸・イノシン酸の刺激から旨味が生じるということです。
このように味覚とは、味覚系の情報処理のことであり、このような処理能力が人間では比較的発達しているのでいわゆる食文化も発達しました。
しかし個人差はあります。たとえばコカコーラとペプシの味のちがいがわかる人とわからない人がいます。味覚系の情報処理能力のたかい人とひくい人がいます。これは、生まれつき・ちいさいときの環境・訓練などによるものとかんがえられますが、味覚がよわいからといって人間がおとるということでは決してありません。人には個性があり、味覚のつよい人、嗅覚のつよい人、触覚のつよい人、視覚のつよい人、聴覚のつよい人などさまざまであってよいのです。聴覚のつよい人がとくにすぐれているというわけではありません。
ただしかたよった現代の学校教育により、聴覚と視覚にたよりすぎている人が現代人にはおおいのは事実です。味覚・嗅覚・触覚・筋肉感覚、その他の感覚の訓練ができていません。そもそもさまざまな感覚を総合的につかうことなどおもいもよりません。
しかしよくできた情報処理をすすめるためには特定の感覚にたよるよりもすべての感覚を総合的につかったほうがよいことは科学的にみてもあきらかです。「とてもおいしい」という感覚は総合的・調和的な感覚にまさにほかなりません。
実際、一流のシェフはこのことをしっているので、旨味・香り・食感・舌触りなどを最大限にひきだし、また うつくしく料理をもりつけて視覚までもいかして、これらのすべてを調和させるようにしています。さらに レストランのルームづくりや雰囲気づくりもしています。うつくしいルームでゆったりとした雰囲気のなかでおいしい料理をたべれば味わいは倍増します。それに対して立ち食いでは、「とてもおいしい」という感覚はえられません。エネルギーや物質を体内にとりいれるだけでなく、感覚をフルにはたたらかせた情報処理をすすめることが大事です。
このような観点からは、たとえば「とてもおもしろい」とか「とてもためになる」とかいう経験をするためには、さまざまな感覚を総合的につかって相乗効果をうみだすようにしたほうがいいということになります。旅行にいったときの体験が一生の思い出になるというのはそういうことなのでしょう。
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▼ 参考文献
『Newton』(2019年3月号)ニュートンプレス、2019年
私たちが「味」とよんでいる感覚は、味覚と嗅覚を合わせた「風味」だ。舌は、肉汁に含まれるグルタミン酸とイノシン酸によって旨味を感じる。また、肉をかむことで、さまざまな香り成分が生じ、口内を通じて鼻の奥に立ち上る。鼻の奥で感じるのは、この「口内香」だ。私たちは、こうして感じられる味覚と嗅覚を統合して、肉らしい味(風味)を感じているのである。
肉の味の旨味のもとは赤身部分におもにふくまれる「グルタミン酸」と「イノシン酸」です。筋肉を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸を材料にしてつくられており、このうちのひとつがグルタミン酸です。また動物が筋肉をうごかすときにエネルギー源として消費されるのが「アデノシン三リン酸(ATP)」であり、それが分解されてイノシン酸になります。
わたしたちの舌には旨味をとらえる「旨味受容体」があり、グルタミン酸とイノシン酸にこれが刺激されると、信号が脳におくられ、旨味を脳がつくりだします。
また肉を味わうときには香りも大事であり、口から鼻の奥にたちのぼる香り(口内香)もおおきな役割をはたしています。鼻のなかにある嗅細胞が、香気成分である「ラクトン」や「ピラジン」に刺激されると、信号が脳におくられ、香りを脳がつくりだします。
あるいは食感もおいしさの重要な要素です。肉の食感のかぎをにぎるのは筋肉の構造です。筋肉は、「筋繊維」という繊維状の構造が束になったものであり、1本の筋繊維はさらにこまかい「筋原繊維」の束でできており、筋原繊維は「アクチン」と「ミオシン」という2種類のタンパク質によってできた繊維状の構造が束になったものです。肉の部位によってかたさや歯ごたえがことなるのは、多数の筋繊維を束としてまとめている「結合組織」の量がちがうことによります。
さらに舌触りも重要です。たとえば「霜降り肉」を口にいれるとまるでとろけるようであり、このような「口どけ」の決め手となるのは肉の脂肪にふくまれている「脂肪酸」であり、代表的な脂肪酸は「オレイン酸」「リノール酸」「リノレン酸」です。
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このように、肉のおいしさは、旨味・香り・食感・舌触りなどがあわさってうまれます。
肉がもっている(あるいは肉が発する)、グルタミン酸・イノシン酸、ラクトン・ピラジン、筋繊維、脂肪酸などによって、舌や鼻や筋肉といった感覚器官が刺激されると、それらの信号が脳におくられ、信号を脳が処理することによって味覚・嗅覚・筋肉感覚・触覚などが生じ、これらの感覚のすべてが調和したときに「とてもおいしい」という感覚になります。
つまり、おいしいという感覚は脳がうみだすのであって、肉には、物質の成分があるだけで、おいしさそのものがついているわけではありません。たとえば人間の味覚系の情報処理では、グルタミン酸・イノシン酸の刺激が旨味になるということであり、ほかの動物の情報処理ではどうなっているのか、そもそも処理されないのか(なにも感じないのか)わかりません。人間の場合は、グルタミン酸・イノシン酸の刺激から旨味が生じるということです。
このように味覚とは、味覚系の情報処理のことであり、このような処理能力が人間では比較的発達しているのでいわゆる食文化も発達しました。
しかし個人差はあります。たとえばコカコーラとペプシの味のちがいがわかる人とわからない人がいます。味覚系の情報処理能力のたかい人とひくい人がいます。これは、生まれつき・ちいさいときの環境・訓練などによるものとかんがえられますが、味覚がよわいからといって人間がおとるということでは決してありません。人には個性があり、味覚のつよい人、嗅覚のつよい人、触覚のつよい人、視覚のつよい人、聴覚のつよい人などさまざまであってよいのです。聴覚のつよい人がとくにすぐれているというわけではありません。
ただしかたよった現代の学校教育により、聴覚と視覚にたよりすぎている人が現代人にはおおいのは事実です。味覚・嗅覚・触覚・筋肉感覚、その他の感覚の訓練ができていません。そもそもさまざまな感覚を総合的につかうことなどおもいもよりません。
しかしよくできた情報処理をすすめるためには特定の感覚にたよるよりもすべての感覚を総合的につかったほうがよいことは科学的にみてもあきらかです。「とてもおいしい」という感覚は総合的・調和的な感覚にまさにほかなりません。
実際、一流のシェフはこのことをしっているので、旨味・香り・食感・舌触りなどを最大限にひきだし、また うつくしく料理をもりつけて視覚までもいかして、これらのすべてを調和させるようにしています。さらに レストランのルームづくりや雰囲気づくりもしています。うつくしいルームでゆったりとした雰囲気のなかでおいしい料理をたべれば味わいは倍増します。それに対して立ち食いでは、「とてもおいしい」という感覚はえられません。エネルギーや物質を体内にとりいれるだけでなく、感覚をフルにはたたらかせた情報処理をすすめることが大事です。
このような観点からは、たとえば「とてもおもしろい」とか「とてもためになる」とかいう経験をするためには、さまざまな感覚を総合的につかって相乗効果をうみだすようにしたほうがいいということになります。旅行にいったときの体験が一生の思い出になるというのはそういうことなのでしょう。
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▼ 参考文献
『Newton』(2019年3月号)ニュートンプレス、2019年