精密医療と精密健康管理により医療がかわります。ヒトの受精卵のゲノム改変がおこなわれようとしています。重大な局面を人類はむかえています。
『ナショナルジオグラフィック』2019年1月号は「まるごと一冊 医療の未来」です。特集の第1部は「あなたに合わせた次世代の医療」について紹介しています。



マキューンは米国のムーアがんセンターで、がんの精密医療研究 I-PREDICT の臨床試験に参加することになった。このセンターでは特定の治療に頼らず、患者のがん細胞の DNA(デオキシリボ核酸)を解析する。その結果を入力すると、コンピューターは何千もの遺伝子変異、何百種もの抗がん剤、何百種類もの薬の組み合わせを検索し、その患者に最もよく効く治療法を見つける。

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従来の医療では、大多数の人に効果がある治療法が推奨され、薬が処方されていましたが、これからの「精密医療」では、ひとりひとりの人間は分子レベルでことなるという前提にたち、その患者にもっともあった治療法をみつけます。将来的には、無数の疾患リスクを、その兆候があらわれる何年もまえに予測したり、受精卵の遺伝子を改変して遺伝性疾患を撲滅することもかんがえられています。

10年以内には、すべての人の医療記録に DNA の解析データがくわかるようになると専門家は予想します。ゲノム解析とデータ駆動型医療への転換は医療のあり方を根本的にかえていきます。


個々の患者に最適な治療を行うのが精密医療。それに対し、一人ひとりが詳細なデータを基に生活習慣を改善し、健康的な生活スタイルを選ぶよう支援するのが精密健康管理(プレシジョン・ヘルス)だ。


「精密健康管理」ができれば、くらしのなかで健康データを収集・送信・保存するしくみによって、病気になるのをふせぐことができます。このためのウェラブル機器が急速に開発されています。


米オレゴン健康科学大学のチームは、「クリスパー・キャス9」とよばれるゲノム編集技術をつかって、ヒトの受精卵の DNA を改変する研究をすすめています。


ヒトの受精卵のゲノム改変はタブーとされてきましたが、いずれうけいれられることはさけられないとおおくお科学者がかんがえています。


ゲノムの塩基配列でいえば、人はみな99%以上同じ。一人ひとりの違いを生み出しているのは、多種多様な遺伝子変異だ。


おおきな領域にわたる変異から、DNA を構成するヌクレオチドが1つだけおきかわったものまで、これまでに6億6500万の変異が特定されています。しかしそのうちのどれが無害な変わり種で、どれが健康をおびやかすものなのかを識別するのは非常に困難です。リスクをもたらす変異はまれにしかあらわれないし、関連した疾患の発症までに何年もかかることもあります。


 

まさに今、おおくの問題点をかかえながら、ヒトは一線をこえようとしています。

精密医療と精密健康管理の段階にとどまっていればよいのですが、ゲノム編集技術をつかってヒトの受精卵を改変することはあってはならないことです。技術者たちは、「改変ではない、修正だ」といいますが、受精卵の操作をやってみたくてしょうがないというのが本音ではないでしょうか。技術者たちを暴走させてはなりません。制御不能になればおぞましいことになります。

ゲノム編集技術によるヒトの受精卵の改変が実用化されれば、親あるいは支配者の欲望にあった子供をつくりだすことが可能になります。しかし子供の心までは支配できません。肉体と心が不一致になった場合、悲劇が生じます。たとえば親は、一流のスポーツ選手をつくろうとおもって巨額の費用をかけて受精卵を改変したのに、子供の心は画家にむかっていたなんてことなどもおこるかもしれません。

いずれにしても受精卵のゲノム改変がひとたびはじまればその技術は一気に世界に普及するでしょう。そしてその影響は遺伝により、われわれの子孫にまで末ながくおよんでいきます。人類は、歴史上の重大な局面をむかえました。


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▼ 参考文献
『ナショナルジオグラフィック日本版』(2019年1月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2019年