DSCF8908ab_edited-1
会場入口(平行法で立体視ができます)
貴重な初版本をみながら科学技術史をたどることができます。ふるい枠組みがこわされ、あたらしい枠組みがつくられます。今日は変革のときです。
[世界を変えた書物]展が上野の森美術館で開催されています(注1)。科学技術の初版本・希少本の世界有数のコレクションをほこる金沢工業大学「工学の曙文庫」の蔵書約130点をみながら科学技術史上の重大な発見と発明をたどり、人類の知をめぐる旅をするという企画です。

ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -



IMG_6989_90_edited-1
アリストテレス(384-322 B.C.)
『ギリシャ語による著作集』
ヴェネツィア, 1495-1498年(初版)
アリストテレスは、師プラトンとならぶ古代ギリシア最大の哲学者であり、同時に、最大の自然科学者でもありました。彼は、実際の経験・観察から出発して論理的推論によって自然を研究すべきであるとし、科学的なかんがえ方・研究方法の基礎を確立しました。アリストテレスは400冊以上の著作を書いたといわれ、その内50冊が現在につたわっています。本書は、ギリシア語原文による最初の著作集であり、自然科学に関しては、運動理論をあつかった「自然学」、物質を構成する四大元素(土、水、気、火)をあつかった「生成と消滅」、天文理論をのべた「天体と世界」、それに「気象学」が主としておさめられています。出版は、ヴェニスの出版者アルドゥス=マヌティウスによってなされました。



IMG_6836_7_edited-1
エウクレイデス(=ユークリッド)(約330-235 B.C.)
『原論(幾何学原本)』
ヴェネツィア, 1482年(初版)
ユークリッドは、プトレマイオス一世がアレクサンドリアにつくった図書館兼研究所「ムセイオン」の数学部門の長でした。本書は、ギリシャ幾何学のあらゆる成果をまとめて体系化したものです。中性・近世を通じて教科書としてもちいられ、今もなお、この「ユークリッド幾何学」が中学校や高校でおしえられています。



IMG_6849_50_edited-1
ニコラス=コペルニクス (1473-1543) 
『天球の回転について』 
ニュールンベルク, 1543年(初版)
科学史上最大級の業績「地動説」を解説しています。プトレマイオスのそれまでの「天動説」が実際の観測結果とあわなくなり、コペルニクスは、古代ギリシアのアリスタルコスのとなえた「太陽中心説」に着目してあたらしいモデルをつくりました。その後、ケプラーが楕円軌道を、ニュートンが万有引力の法則を発見して、彼のただしさが証明されました。今日では、物事の見方が180度かわってしまうような場合、「コペルニクス的転回」といいます。



IMG_6857_8_edited-1
 ガリレオ=ガリレイ(1564-1642)
『プトレマイオス及びコペルニクスの
世界二大体系についての対話』
フィレンツェ, 1632年(初版)
天動説・地動説の両説の支持者の討論のかたちでつづられ、天動説支持者が勝つように書かれています。証拠はすべて地動説を支持するものであり、天動説支持者のシンプリチオは地動説を理解できない愚鈍な人物としてえがかれています。

ガリレオは、望遠鏡をつかって精密な観測をおこない、コペルニクスの地動説は完全にただしいと確信しました。金星も月と同様に満ち欠けをしていることを発見し、また太陽黒点を観測して太陽が自転していることを推論、その自転軸をさだめました。これらはすべてコペルニクス説を支持する有力な証拠でした。
 
本書は、出版されるやいなや強烈な反発をうけました。1633年、ガリレオは、ローマの異端審問所に召喚されて逮捕・拘禁されました。宗教裁判にかけられ、コペルニクス説の永久放棄をせまられます。かつて、ヴェネツィアで宗教裁判にかけられ、自説を放棄しなかったブルーノが焚殺により処刑された例があります。彼は、やむなく自説の放棄を法廷でもうしでました。しかし法廷をでるときに「それでも地球は動いている」とつぶやいたといわれています。

この書物は、ケプラーの著作とともに禁書目録にのせられて法皇庁によって出版と購読を禁じられました。発禁が解除されたのは、実に、189年後の1822年でした。 しかし本書は、かんがえ方の基本的な枠組みを変えることがいかに重要であるかを歴史的にしめすことになり、世界の人々に大きな影響をあたえました。



IMG_6862_3_edited-1
 アイザック=ニュートン(1642-1727)
『自然哲学の数学的原理(プリンキピア)』 
ロンドン, 1687年(初版)
第1部では、ニュートンの3法則、「慣性の法則」「運動の法則」「作用・反作用の法則」を提示、第2部では流体力学を論じ、第3部では、最大の業績である「万有引力論」が発表されています。

ニュートンは、タルターリア、ステヴィン、ガリレオ,ホイヘンスらによって展開された力学上の数々の成果や、コペルニクス、ブラーエ、ケプラー、ガリレオ、ホイヘンスによる天文学上の諸々の業績を系統立てて、ひとつの体系にまとめあげました。

ニュートンは、自然科学の彼以前の成果がながれこむ流入点に位置し、また彼以後のあらたな研究のながれがうまれる「水源地」に位置する人でした。自然科学は、ニュートンにはいり、ニュートンからでたといってもよいでしょう。

万有引力理論では、粒子から巨大な天体にいたるまで、宇宙にあるすべてのものにあてはまる単純明快な理論を樹立しました。こうして、宇宙のあたらしいパラダイムをつくりあげ、世界の人々が今日でも常識的にいだいている「力学的宇宙観」を確立しました。本書は、科学史上のみならず文明史上においても革命的な意義をもつといえます。



IMG_7183_4_edited-1
アルベルト=アインシュタイン(1879-1955)
『特殊相対性理論及び一般相対性理論』 
ブラウンシュヴァイク, 1917年(初版)
アインシュタインは、いかなる運行系においても光速は一定であるとし、運行系においては、その運行速度に応じて空間がちぢむのであり、したがって各運行系内での運動を比較できる絶対的な基準点はなく、相対的にしかそれらはとらえられないことをあきらかにしました。

わたしたちがしっている常識的な世界は、光速よりもはるかにひくい速度で運行しているため、空間と時間が独立しているニュートン力学的宇宙なのですが、光速にちかい速度で運行している世界では、空間と時間が一体になった「四次元時空連続体」であり、そこでは、運行速度が光速にちかづくにつれて時間がおくれていきます。これを「アインシュタイン宇宙」といいます。

アインシュタインは、このようなあたらしい宇宙観を確立し、われわれがしっていた宇宙(世界)は特殊なものであったことをしめしました。


* 

 
今回の展覧会でみられる書物は、科学技術分野における「稀覯書」(きこうしょ、rare book)です。これは、科学技術上の重要な発見や発明をしるした書物、科学技術の発展に大きく貢献した業績などを最初に世に公表した書物、科学技術に関する内容の稀覯な書物のことをさします。

稀覯書の条件としてつぎをあげています。


  1. 極めて少数しか残っていない書物であること
  2. 書物の制作が古いものであること
  3. その内容が極めて貴重なもので、それが最初に世に出たもの
  4. 書物のデザイン、レイアウトやタイポグラフィ、装丁、造本が豪華であったり美しく、美術的価値を持っていること
  5. 副次的には、原著者の署名があるとか、著名人の蔵書であったことの証拠、蔵書票や署名があることなど


昔の書物は手書きであり、複製も書きうつしてつくっていました(写本)。

しかし1450年、ドイツのヨハネス=グーテンベルクは、アルファベット26文字の多数のセットをつくり、この字すなわち「活字」のくみあわせによる印刷術を考案しました。これによって、書物の大量生産(大量複製)が可能になって、学術情報の流通が爆発的にすすみました。そして17世紀以降に科学革命がおこるのです。

そして時代はくだり、1990年代、8cm CD-ROM をつかった電子ブックが出現しました(しかしあまり普及しませんでした)。2007年になるとアマゾンが電子書籍「Kindle」を発売、2010年にはアップルが 「iPad」(タブレット)を発売したことなどにより、電子書籍の流通が一気にすすみました。現在は、電子情報革命がすすんでいるといえます。


* 


本展をみていると、既存の権威、ふるい常識にたちむかっていくことは容易なことではないことがわかりますが、真理はいずれ勝利することもわかります。ふるい枠組みがこわされ、あたらしい枠組みがつくられると、その枠組みのなかで科学技術はあらたに進歩します。しかし時代がくだると、また、その枠組みもふるくなって矛盾がふきだしてきます。するとまた、あたらしい枠組みがつくられます。このようなことを断続的にくりかえしているのが科学技術と文明の歴史でしょう。

このような観点からみると現在はまさに変革のときです。宇宙物理学や地球惑星科学・生命科学などで常識をくつがえす仮説がつぎつぎに発表されています。電子情報革命も進行中です。一方で、かつてもそうであったように「抵抗勢力」もいます。

このような変革と混乱のときにはどうすればよいか、どっちにいくか、身の振り方をきめなければなりません。ふるい常識にとらわれずに柔軟に対処していくことがもとめられます。カチンカチンの心ではやっていけません。

また本展をみれば、科学技術は、便利なものをつくりだして生活をゆたかにしてくれる反面、その目的やつかいかたをあやまれば大きな災厄をもたらすこともわかります。このような危険を理解し、それをさけるためにはどうすればよいか、科学や工学の歴史的発展の把握が前提として必要です。

科学技術の発展をみるだけでなく、それがもたらした災厄にも目をむけ、おなじ失敗を二度とくりかえさないための努力もしなければなりません。



▼ 関連記事
発見と発展の歴史をたどる -[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)-
近代化学の成立 -[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)-
生物学発展の道をきりひらく -[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)-
[世界を変えた書物]展(上野の森美術館)(まとめ)

▼ 注1
[世界を変えた書物]展
 特設サイト
 会場:上野の森美術館
 会期:2018年9月8日〜 9月24日


▼ 参考サイト
世界を変えた書物「工学の曙文庫」所蔵110選(金沢工業大学)