「もし」と条件(前提)を仮定して、前提をかえながら思考をすすめています。思考実験により地球がさらにふかく理解できます。地球は「幸運」にめぐまれた「奇跡の惑星」です。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2018年10月号の Newton Special では、「もし月がなかったら地球はどうなる?」と題して、さまざまな条件を仮定して、ありえた地球の姿を考察しています。

もし、月がなかったら?
地球に月がおよぼす引力は、地軸の傾きが大きく変化するのをおさえています。もし月がなかったら地軸の傾きは安定せず、たえず大きく変化します。すると太陽光線が地表にあたる角度がしょっちゅう変わり、はげしい気候変動がつねにおこります。生物の繁栄はむずかしかったでしょう。
もし、地軸が横倒しになっていたら?
日本では初夏に太陽が北の空でかがやきます。太陽はしずむことはありません。一方 冬には、1日をとおしてまったく太陽がのぼらなくなり、それが2ヵ月ほどつづきます。夏と冬で気温差がとてつもなく極端になり、こんなところでは生きていけません。
もし、地球の水の量がちがっていたら?
地球上の水の量がいまの4倍あったら陸地はほとんど水没してしまいます。人類は生まれませんでした。水の量が4倍というと大きなちがいのようにおもえますが、地球全体の質量でかんがえると、現在の 0.02 %が 0.08 %になるだけです。地球の誕生・歴史をかんがえるとこのくらいのちがいはありえたことです。反対に、水の量が今の 1/10 だったら、地表の大部分は砂漠になっていました。
もし、地球のサイズがちがっていたら?
地球のサイズが今の半分だったら、重力が小さいため十分な量の大気が保持できません。大気がうすいと温室効果もほとんだないため、寒冷な惑星になったでしょう。逆に、地球の大きさが2倍だったら、重力が大きすぎて地球の内部がかたくなり、対流がおきにくくなって、地球内部と大気中のあいだの「炭素循環」がなくなり、気候の自動調節機構がはたらかなくなり、「暴走温室状態」あるいは「全球凍結状態」になったかもしれません。
もし、太陽の質量がちがっていたら?
太陽の質量が現在の 1/10 だったら、太陽は、表面温度がひくくて暗い恒星になります。地球の気温もいちじるしくさがります。一方、太陽の質量が今の2倍あったとしたら、重い太陽は温度がたかくてあかるい恒星になります。地球は灼熱地獄になります。また恒星は、質量が大きいほど寿命がみじかくなり、質量が2倍だと寿命は 10 億年程度になります。わたしたち人類が誕生したのは地球誕生からおよそ 45 億年ごろですから、質量が2倍の太陽では、人類が生まれる前に太陽の寿命がつきていました。
もし、地球が銀河の中心ちかくにあったら?
太陽系は、数千億個もの恒星が円盤状にあつまった「天の川銀河」のなかにあります。天の川銀河の直径は約 10 万光年で、太陽系は、この天の川銀河の中心から約 2 万 6000 光年の位置にあります。天の川銀河の中心は恒星の材料が豊富で恒星の密度が非常にたかく、生まれる恒星も死にゆく恒星もたくさんあります。太陽の質量の8倍をこえる恒星は「超新星爆発」を最後におこし、そのさいに放射線を大量に放射します。もし、このようなところに地球があったとすると生物は誕生しなかったかもしれません。反対に、天の川銀河の外縁付近に地球があったとすると、炭素や鉄といった比較的おもい元素の量がすくなく、地球や生物をつくる材料がたりません。地球は生まれなかったかもしれません。
現在の地球は、天の川銀河の中心にちかすぎず、とおすぎないちょうどよい領域に位置しています。この領域は「銀河ハビタブルゾーン」とよばれています。
以上のように、地球が、いまのような姿で存在するのはいくつもの偶然がかさなった結果であり、さまざまな条件がみごとにそろって地球と生物の誕生と進化がおこったのでした。わたしたちとわたしたちの環境は多様な現象の絶妙なバランスのうえでつくられ、たもたれているのです。地球は「奇跡の惑星」です。
こうしてみてくると、いくつもの条件が地球にはそろいすぎており、なんだか話がうますぎる、できすぎだといった印象ももちますが、いいかえると、地球システムのバランスがくずれたときに大量絶滅などがおこることもわかります。
上記のように、既存の観測事実(データ)にもとづきながら、さまざまな条件を仮定して、いろいろに前提をかえながら考察をすすめる方法は思考実験といってもよいでしょう。現実的にはありえないことであっても、思考実験をしてみることによって現実の地球の姿がかえってよくわかってきます。
これは、実験室で実験を実際におこなったり、試料を分析したりする方法とはちがうおもしろい方法です。上記のようなやりかたは「理論地球惑星科学」といってもよいかもしれません。実験室での実験や分析をおこなわないといっていっても、既存の観測事実にもとづいて思考をすすめるのであって、空想や妄想とはちがいます。この点は注意してください。あくまでも科学的方法です。
この思考の過程をややくわしくのべると、観測事実をまず確認し、いろいろな前提条件にそれらをてらしあわせて思考をすすめるということであり、でてきた結果は仮説となります。前提条件を変えてみることによって仮説もちがってきます。
実は、この方法は、推理小説や事件捜査の方法とおなじです。これは、仮説形成法、仮説発想法、仮説法、発想法、推理法、アブダクションなどとよばれ、演繹法、帰納法とはちがう方法です。また地理学・生態学・人類学・地質学などのフィールドサイエンスではさかんにつかわれる方法です。わたしはこの方法をメインにつかっています。
今回の『Newton』の特集は具体的でおもしろい企画でした。記事をじっくりよんでみれば、思考実験はどのようにすすめればよいか、よくわかります。『名探偵コナン』や『刑事コロンボ』あるいは昆虫学や進化論も参考になります。
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刑事コロンボから仮説形成の方法をまなぶ
相似と相異に着目する - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(2)-
類似性をつかって理解し記憶し発想する - 特別展「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」(5)-
居心地のよい場所に身をおく -「アイデアの生まれるところ」-
▼ 参考文献
『Newton』(2018年10月号)ニュートンプレス、2018年10月7日

もし、月がなかったら?
地球に月がおよぼす引力は、地軸の傾きが大きく変化するのをおさえています。もし月がなかったら地軸の傾きは安定せず、たえず大きく変化します。すると太陽光線が地表にあたる角度がしょっちゅう変わり、はげしい気候変動がつねにおこります。生物の繁栄はむずかしかったでしょう。
もし、地軸が横倒しになっていたら?
日本では初夏に太陽が北の空でかがやきます。太陽はしずむことはありません。一方 冬には、1日をとおしてまったく太陽がのぼらなくなり、それが2ヵ月ほどつづきます。夏と冬で気温差がとてつもなく極端になり、こんなところでは生きていけません。
もし、地球の水の量がちがっていたら?
地球上の水の量がいまの4倍あったら陸地はほとんど水没してしまいます。人類は生まれませんでした。水の量が4倍というと大きなちがいのようにおもえますが、地球全体の質量でかんがえると、現在の 0.02 %が 0.08 %になるだけです。地球の誕生・歴史をかんがえるとこのくらいのちがいはありえたことです。反対に、水の量が今の 1/10 だったら、地表の大部分は砂漠になっていました。
もし、地球のサイズがちがっていたら?
地球のサイズが今の半分だったら、重力が小さいため十分な量の大気が保持できません。大気がうすいと温室効果もほとんだないため、寒冷な惑星になったでしょう。逆に、地球の大きさが2倍だったら、重力が大きすぎて地球の内部がかたくなり、対流がおきにくくなって、地球内部と大気中のあいだの「炭素循環」がなくなり、気候の自動調節機構がはたらかなくなり、「暴走温室状態」あるいは「全球凍結状態」になったかもしれません。
もし、太陽の質量がちがっていたら?
太陽の質量が現在の 1/10 だったら、太陽は、表面温度がひくくて暗い恒星になります。地球の気温もいちじるしくさがります。一方、太陽の質量が今の2倍あったとしたら、重い太陽は温度がたかくてあかるい恒星になります。地球は灼熱地獄になります。また恒星は、質量が大きいほど寿命がみじかくなり、質量が2倍だと寿命は 10 億年程度になります。わたしたち人類が誕生したのは地球誕生からおよそ 45 億年ごろですから、質量が2倍の太陽では、人類が生まれる前に太陽の寿命がつきていました。
もし、地球が銀河の中心ちかくにあったら?
太陽系は、数千億個もの恒星が円盤状にあつまった「天の川銀河」のなかにあります。天の川銀河の直径は約 10 万光年で、太陽系は、この天の川銀河の中心から約 2 万 6000 光年の位置にあります。天の川銀河の中心は恒星の材料が豊富で恒星の密度が非常にたかく、生まれる恒星も死にゆく恒星もたくさんあります。太陽の質量の8倍をこえる恒星は「超新星爆発」を最後におこし、そのさいに放射線を大量に放射します。もし、このようなところに地球があったとすると生物は誕生しなかったかもしれません。反対に、天の川銀河の外縁付近に地球があったとすると、炭素や鉄といった比較的おもい元素の量がすくなく、地球や生物をつくる材料がたりません。地球は生まれなかったかもしれません。
現在の地球は、天の川銀河の中心にちかすぎず、とおすぎないちょうどよい領域に位置しています。この領域は「銀河ハビタブルゾーン」とよばれています。
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以上のように、地球が、いまのような姿で存在するのはいくつもの偶然がかさなった結果であり、さまざまな条件がみごとにそろって地球と生物の誕生と進化がおこったのでした。わたしたちとわたしたちの環境は多様な現象の絶妙なバランスのうえでつくられ、たもたれているのです。地球は「奇跡の惑星」です。
こうしてみてくると、いくつもの条件が地球にはそろいすぎており、なんだか話がうますぎる、できすぎだといった印象ももちますが、いいかえると、地球システムのバランスがくずれたときに大量絶滅などがおこることもわかります。
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上記のように、既存の観測事実(データ)にもとづきながら、さまざまな条件を仮定して、いろいろに前提をかえながら考察をすすめる方法は思考実験といってもよいでしょう。現実的にはありえないことであっても、思考実験をしてみることによって現実の地球の姿がかえってよくわかってきます。
これは、実験室で実験を実際におこなったり、試料を分析したりする方法とはちがうおもしろい方法です。上記のようなやりかたは「理論地球惑星科学」といってもよいかもしれません。実験室での実験や分析をおこなわないといっていっても、既存の観測事実にもとづいて思考をすすめるのであって、空想や妄想とはちがいます。この点は注意してください。あくまでも科学的方法です。
この思考の過程をややくわしくのべると、観測事実をまず確認し、いろいろな前提条件にそれらをてらしあわせて思考をすすめるということであり、でてきた結果は仮説となります。前提条件を変えてみることによって仮説もちがってきます。
事実 → 前提 → 仮説
実は、この方法は、推理小説や事件捜査の方法とおなじです。これは、仮説形成法、仮説発想法、仮説法、発想法、推理法、アブダクションなどとよばれ、演繹法、帰納法とはちがう方法です。また地理学・生態学・人類学・地質学などのフィールドサイエンスではさかんにつかわれる方法です。わたしはこの方法をメインにつかっています。
今回の『Newton』の特集は具体的でおもしろい企画でした。記事をじっくりよんでみれば、思考実験はどのようにすすめればよいか、よくわかります。『名探偵コナン』や『刑事コロンボ』あるいは昆虫学や進化論も参考になります。
▼ 関連記事
真実への推理 - 名探偵コナン 科学捜査展(日本科学未来館)-
地球の謎に推理法でいどむ -『名探偵コナン推理ファイル 地球の謎』(小学館学習まんがシリーズ)-
仮説の立てかたをまなぶ -『刑事コロンボ』-
刑事コロンボから仮説形成の方法をまなぶ
相似と相異に着目する - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(2)-
類似性をつかって理解し記憶し発想する - 特別展「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」(5)-
居心地のよい場所に身をおく -「アイデアの生まれるところ」-
▼ 参考文献
『Newton』(2018年10月号)ニュートンプレス、2018年10月7日