
相似と相異
昆虫の分類は昆虫学のもっとも基礎的な研究です。相似と相異に気がつけば対象を識別することができ、類縁関係を想像できます。類縁関係から昆虫の進化を類推することもできます。
国立科学博物館で特別展「昆虫」が開催されています(注1)。第5展示室「昆虫研究室」では昆虫の観察と分類について解説しています。
昆虫の観察は肉眼観察が基本ですが、近年は、さまざまなハイテクもつかわれています。
たとえば昆虫を、360 度のあらゆる方向から写真撮影し、えられた写真を合成して1個の 3D 画像を作成する方法があります。こうすれば、ディススプレー(モニター)上でくるくる回転させながらあらゆる角度から昆虫を観察できるようになります。データベース化も可能です。
また昆虫の表面微細構造を観察するために走査型電子顕微鏡もつかわれます。従来は、乾燥した標本をつかわざるをえませんでしたが、近年、「ナノスーツ法」という手法が開発されたため、生きた昆虫や軟組織の観察、写真撮影ができるようになりました。
「X線マイクロCT」という手法もつかわれます。これは、人体内部を観察できる CT スキャンと原理はおなじです。X線管理されたチャンバーのなかに線源があって、それからでたX線が試料に照射されることによって、試料を透視した断層写真を撮影することができます。断層写真を試料の端から端まで積層することによって 3D 画像がえられます。試料内部のデータもえられるので、外部形態と同時に内部構造も理解できます。
昆虫学におけるもっとも基礎的な研究は分類研究であり、そのためには昆虫の詳細な観察が必要です。
目の前の昆虫を観察して、すでにもっている知識とてらしあわせてみると、これはカブトムシに似ているとか、これはチョウに似ているとか、これはチョウとは異なるとか、相似点と相異点がわかります。
このような相似と相異に注目して、似ている昆虫同士あるいは集団をひとつのグループにまとめていくのが分類という作業です。ひとつのグループに属する昆虫たちはみな同じということではなく、こまかくみれば異なるけれども、大局的には似ているということになります。
似ているということは、やや異なる点があるということです。すなわち分類をするときには、相似たところも相異なるところも同時にみとめているのであり、これが識別するということです。わたしたち人間にはこの能力が誰にもそなわっています。
このような方法をつかえば、たくさんの種類があってきわめて複雑な物事であっても、それらをよく整理して理解し記憶していくことが可能になります。
進化論的には、今日みられる多様な昆虫たちは、もと一つのものが分化・生成・発展して生まれてきたとかんがえられます。複雑な昆虫たちも元をたどれば一つのものに由来します。
一つのものから分化したのですから昆虫たちには類縁関係があり、類縁という関係によって昆虫たちはむすばれています。当然のことながら類縁関係には親疎(近遠)があります。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウにくらべると、類縁関係はちかいといえます。
相似と相異に注目して昆虫を識別し分類することは、このような類縁関係を理解することに通じます。相似ているということから類縁関係がちかいだろうと想像できます。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウにくらべると似ているので類縁関係はちかいとかんがえられます。これは、カブトムシとクワガタムシはおなじということではなく、こまかくみると相異点はあるものの、チョウなどほかの昆虫にくらべると相似ているということです。
類縁関係を認識することは、昆虫の進化の道筋(系統樹)の理解にも役立ちます。類縁関係は、昆虫の進化を反映しています。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウよりも似ているので、カブトムシとクワガタムシにわかれたのはよりあたらしい時代であり、カブトムシ・クワガタムシの祖先とチョウの祖先とがわかれたのはもっとふるい時代であるとかんがえられます。
このようにして、昆虫の類縁関係や昆虫の進化を推しはかる方法は類推といってもよいでしょう。
こうして、相似と相異に気がつくということは対象の識別になり、対象を分類でき、類縁関係や進化を類推することにつながります。
昆虫の分類研究は、標本箱に試料を整理するだけでなく、進化論にまで発展していきます。分類が基礎研究であるといわれるゆえんです。特別展の会場で昆虫の標本をみたら、昆虫の分類を理解するにとどまらず、相似と相異に注目して、類縁関係から昆虫の進化を類推してみるとよいでしょう。
昆虫学とはかぎらず、地理学・生態学・人類学・地質学などのフィールドサイエンス(野外科学)ではこのような方法がさかんにつかわれています。これは、数学的にデータを処理する方法とはことなり、自然のままの色彩ゆたかな世界にいどんでいくとてもおもしろい方法です(注2, 3)。
実際には、相似と相異から対象を識別することは無意識のうちに誰もがおこなっていることです。しかしもっと自覚的にこれをおこなえば見る力がきたえられ、分野をとわず物事を認識する能力がたかまります。
▼ 関連記事
多様で神秘的な世界 - 特別展「昆虫」の概観(国立科学博物館)-
昆虫の進化 - 特別展「昆虫」第1展示室(国立科学博物館)-
昆虫の多様性 - 特別展「昆虫」第2展示室(国立科学博物館)-
棲み分けて共存する - 特別展「昆虫」第3展示室(国立科学博物館)-
昆虫も情報処理をしている - 特別展「昆虫」第4展示室(国立科学博物館)-
少年の心をわすれない - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(1)-
相似と相異に着目する - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(2)-
昆虫の構造と機能 - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
昆虫の社会 - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
【閲覧注意:Gの部屋】自分の家の環境にも心をくばる - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
分化とシステム化 - 特別展「昆虫」第1展示室(国立科学博物館)-
特別展「昆虫」(国立科学博物館)(まとめ)
類似点と相違点に着目する - 大英自然史博物館展(2)-
分類して体系化する - 大英自然史博物館展(5)-
▼ 注1
特別展「昆虫」
特設サイト
会場:国立科学博物館
会期:2018年7月13日~10月8日
▼ 注2
たとえばチンパンジーとゴリラとライオンとヘビがいたとします。するとチンパンジーとゴリラは、チンパンジーとライオンとくらべると似ています。チンパンジーとライオンは、チンパンジーとゴリラとくらべると異なります。しかしチンパンジーとライオンは、チンパンジーとヘビとくらべると似ています。このように、似ているか異なるかということは、何と比較するか、全体的な状況のなかで相対的にきまるのであって絶対的なものではありません。この点に注意してください。
▼ 注3
類推を技術化したのが「KJ法」とよばれる方法です。
川喜田二郎著『発想法 - 創造性開発のために』(改版)中公新書、 2017年
▼ 参考文献
国立科学博物館・読売新聞社編集『特別展 昆虫』(図録)読売新聞社・フジテレビジョン発行、2018年
昆虫の観察は肉眼観察が基本ですが、近年は、さまざまなハイテクもつかわれています。
たとえば昆虫を、360 度のあらゆる方向から写真撮影し、えられた写真を合成して1個の 3D 画像を作成する方法があります。こうすれば、ディススプレー(モニター)上でくるくる回転させながらあらゆる角度から昆虫を観察できるようになります。データベース化も可能です。
また昆虫の表面微細構造を観察するために走査型電子顕微鏡もつかわれます。従来は、乾燥した標本をつかわざるをえませんでしたが、近年、「ナノスーツ法」という手法が開発されたため、生きた昆虫や軟組織の観察、写真撮影ができるようになりました。
「X線マイクロCT」という手法もつかわれます。これは、人体内部を観察できる CT スキャンと原理はおなじです。X線管理されたチャンバーのなかに線源があって、それからでたX線が試料に照射されることによって、試料を透視した断層写真を撮影することができます。断層写真を試料の端から端まで積層することによって 3D 画像がえられます。試料内部のデータもえられるので、外部形態と同時に内部構造も理解できます。
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昆虫学におけるもっとも基礎的な研究は分類研究であり、そのためには昆虫の詳細な観察が必要です。
目の前の昆虫を観察して、すでにもっている知識とてらしあわせてみると、これはカブトムシに似ているとか、これはチョウに似ているとか、これはチョウとは異なるとか、相似点と相異点がわかります。
このような相似と相異に注目して、似ている昆虫同士あるいは集団をひとつのグループにまとめていくのが分類という作業です。ひとつのグループに属する昆虫たちはみな同じということではなく、こまかくみれば異なるけれども、大局的には似ているということになります。
似ているということは、やや異なる点があるということです。すなわち分類をするときには、相似たところも相異なるところも同時にみとめているのであり、これが識別するということです。わたしたち人間にはこの能力が誰にもそなわっています。
このような方法をつかえば、たくさんの種類があってきわめて複雑な物事であっても、それらをよく整理して理解し記憶していくことが可能になります。
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進化論的には、今日みられる多様な昆虫たちは、もと一つのものが分化・生成・発展して生まれてきたとかんがえられます。複雑な昆虫たちも元をたどれば一つのものに由来します。
一つのものから分化したのですから昆虫たちには類縁関係があり、類縁という関係によって昆虫たちはむすばれています。当然のことながら類縁関係には親疎(近遠)があります。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウにくらべると、類縁関係はちかいといえます。
相似と相異に注目して昆虫を識別し分類することは、このような類縁関係を理解することに通じます。相似ているということから類縁関係がちかいだろうと想像できます。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウにくらべると似ているので類縁関係はちかいとかんがえられます。これは、カブトムシとクワガタムシはおなじということではなく、こまかくみると相異点はあるものの、チョウなどほかの昆虫にくらべると相似ているということです。
類縁関係を認識することは、昆虫の進化の道筋(系統樹)の理解にも役立ちます。類縁関係は、昆虫の進化を反映しています。たとえばカブトムシとクワガタムシは、カブトムシとチョウよりも似ているので、カブトムシとクワガタムシにわかれたのはよりあたらしい時代であり、カブトムシ・クワガタムシの祖先とチョウの祖先とがわかれたのはもっとふるい時代であるとかんがえられます。
このようにして、昆虫の類縁関係や昆虫の進化を推しはかる方法は類推といってもよいでしょう。
こうして、相似と相異に気がつくということは対象の識別になり、対象を分類でき、類縁関係や進化を類推することにつながります。
- 相似と相異
- 識別→分類
- 類縁関係や進化の類推
昆虫の分類研究は、標本箱に試料を整理するだけでなく、進化論にまで発展していきます。分類が基礎研究であるといわれるゆえんです。特別展の会場で昆虫の標本をみたら、昆虫の分類を理解するにとどまらず、相似と相異に注目して、類縁関係から昆虫の進化を類推してみるとよいでしょう。
昆虫学とはかぎらず、地理学・生態学・人類学・地質学などのフィールドサイエンス(野外科学)ではこのような方法がさかんにつかわれています。これは、数学的にデータを処理する方法とはことなり、自然のままの色彩ゆたかな世界にいどんでいくとてもおもしろい方法です(注2, 3)。
実際には、相似と相異から対象を識別することは無意識のうちに誰もがおこなっていることです。しかしもっと自覚的にこれをおこなえば見る力がきたえられ、分野をとわず物事を認識する能力がたかまります。
▼ 関連記事
多様で神秘的な世界 - 特別展「昆虫」の概観(国立科学博物館)-
昆虫の進化 - 特別展「昆虫」第1展示室(国立科学博物館)-
昆虫の多様性 - 特別展「昆虫」第2展示室(国立科学博物館)-
棲み分けて共存する - 特別展「昆虫」第3展示室(国立科学博物館)-
昆虫も情報処理をしている - 特別展「昆虫」第4展示室(国立科学博物館)-
少年の心をわすれない - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(1)-
相似と相異に着目する - 特別展「昆虫」第5展示室「昆虫研究室」(2)-
昆虫の構造と機能 - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
昆虫の社会 - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
【閲覧注意:Gの部屋】自分の家の環境にも心をくばる - 特別展「昆虫」(国立科学博物館)-
分化とシステム化 - 特別展「昆虫」第1展示室(国立科学博物館)-
特別展「昆虫」(国立科学博物館)(まとめ)
類似点と相違点に着目する - 大英自然史博物館展(2)-
分類して体系化する - 大英自然史博物館展(5)-
▼ 注1
特別展「昆虫」
特設サイト
会場:国立科学博物館
会期:2018年7月13日~10月8日
▼ 注2
たとえばチンパンジーとゴリラとライオンとヘビがいたとします。するとチンパンジーとゴリラは、チンパンジーとライオンとくらべると似ています。チンパンジーとライオンは、チンパンジーとゴリラとくらべると異なります。しかしチンパンジーとライオンは、チンパンジーとヘビとくらべると似ています。このように、似ているか異なるかということは、何と比較するか、全体的な状況のなかで相対的にきまるのであって絶対的なものではありません。この点に注意してください。
▼ 注3
類推を技術化したのが「KJ法」とよばれる方法です。
川喜田二郎著『発想法 - 創造性開発のために』(改版)中公新書、 2017年
▼ 参考文献
国立科学博物館・読売新聞社編集『特別展 昆虫』(図録)読売新聞社・フジテレビジョン発行、2018年