人間と野生動物の戦いがつづきます。人間は、報復として野生動物を毒殺します。生態系は崩壊します。
『ナショナルジオグラフィック』2018年8月号の特集では「毒殺される野生動物」をとりあげています。アフリカ・ケニアでくらすマサイの人々が、家畜をくいあらされた報復として、ライオンなどの野生動物を毒殺します。



最も痛ましい出来事は、3年ほど前に起きた「マーシュ・プライド」と呼ばれるライオンの群れの毒殺だろう。この群れを追った英国 BBC の番組はシリーズ化され、高い人気を博していた。2015年12月初め、ケニア西部マサイマラ国立公園保護区の北西の境界近くで、子育てをしていたこの群れが数頭のウシを殺し、報復として家畜の死骸に毒物が仕込まれた。1頭の雌ライオンが死に、毒で弱ったもう1頭がハイエナたちに襲われて殺された。

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さらにもう1頭も殺されました。

マサイの人々にとっては、ライオンは家畜をおびやかす敵でしかありません。

ケニアでは、道路や鉄道・発電所の建設、都市の拡大など、主要な自然保護区の周辺で急速な開発がすすんでいます。また人口が、国内の資源ではまかないきれない数にすでに達していて、土地や食料のうばいあいが激化しています。2050 年には推定人口が 8000 万人をこえることから、未開拓地の農地への転換が急速にすすんでいます。経済成長をつづけるケニアは「野生動物の天国」にはなれないといいます。

この結果、国立公園周辺の土地は、野生動物が生きていくにはむずかしい場所になり、繁殖などのために公園間を移動する大型動物には深刻な問題が生じています。

またふえた家畜(ウシやヒツジ)をやしなうために国立公園内にもはいって放牧して草をたべさせるようになったため、公園内の草がへり、草食動物がへった結果、それを獲物にしていたライオンやハイエナなどが家畜をおそうようになりました。極端な場合は、保護区内のライオンの生息地に数千頭ものウシを放牧するので、ラインが家畜をおそいます。

こうして人間と野生動物が衝突、家畜をおそわれた人間にとっては報復あるのみです。野生動物は害獣でしかありません。

近年、一般的になったのが毒物による報復です。毒薬が簡単に手にはいるからです。この 20 年間に毒殺された動物は確認されただけでおよそ 8600 頭、その数十倍に実際にはのぼるとみられています。人間と野生動物のあらそいがふえている以上、今後とも毒殺がふえていきます。

しかし毒物は、ねらった野生動物だけでなく、その周囲でくらす動物や人間にも深刻な悪影響をもたらします。毒物に汚染された動物の肉をたべれば人体にも被害がでるのは当然のことです。

こうして生態系の汚染と崩壊が急激にすすんでいきます。

ケニアの象徴ともいえたライオンは、50 年前には推定2万頭いましたが、現在は 2000 頭をきり、かつての生息地の約9割から姿を消しました。現状がつづくかぎり野生動物はいずれいなくなるでしょう。

そうすれば人間と野生動物の戦いはおわり、毒物問題もなくなります。しかし生態系の崩壊が何をもたらすか。別の悲劇がまっています。

それにしてもヒト(ホモ・サピエンス)の繁殖力と利己心にはあらためておどろかされます。


▼ 参考文献
『ナショナルジオグラフィック 日本語版』(2018年8月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2018年