マンダラの入門講座です。胎蔵マンダラと金剛界マンダラがペアになっています。わたしたちの社会とひとりひとりの人生にマンダラをいかしていくことができます。
NHK・Eテレ「こころの時代」で、シリーズ「マンダラと生きる」(全6回)が放送されています(注1)。指南役は宗教学者の正木晃さんです。



第1回 なぜマンダラか
第2回 密教のなりたち - マンダラ誕生の背景 -
第3回 世界とつながる - 胎蔵マンダラの叡知 -
第4回 心をきわめる - 金剛界マンダラ -
第5回 むすびつけるということ - 両部マンダラの革新 -
第6回 マンダラと日本人 - わたしたちはどう生きるべきか -



第1回 なぜマンダラか

マンダラは今では、密教の美術展でかならず展示されこともあり、人々の目にふれる機会がふえています。密教とは、「インド仏教の最終ランナーで、インドで生まれた仏教の究極のかたち」であり、日本では空海がひろめました。

密蔵は深玄にして翰墨に載せ難し。更に図画を仮りて悟らざるに開示す。
(密教の教えは深く神秘的なために、文字では伝えがたい。そこで図像を用いて、理解できない人の眼を開くのです)(空海の言葉、『請来目録』)


仏教には、究極の真理は言葉ではつたえられないという原則があり、密教では、図像なら可能であるという発想をもち、マンダラがうまれました。

マンダラの視覚上の特徴はつぎの4つです。
  1. 強い対称性
  2. 基本的に円形
  3. 閉鎖系
  4. 幾何学的な形態

このような特徴をもって、形態と色彩が多様で複雑でありながら、そこに、なんともいえない秩序が感じられるところにマンダラの魅力があります。

このような特徴は自然界にもみられます。花、幹や茎や実の断面、果物や野菜の断面、雪の結晶、鉱物、ミツバチの巣、クモの巣、地球・月・惑星・太陽系・星座・星雲など、マンダラのような図形を目にすることができます。

マンダラは意外に身近なものかもしれません。



第2回 密教のなりたち - マンダラ誕生の背景 -

5〜6世紀のインドでは、仏教とライバル関係にあったヒンドゥー教がおおきく興隆し、さらに西の方からイスラム教が侵入してきたこともあって、仏教は勢力をうしないつつありました。そんななかで劣勢を挽回しようと大乗仏教のなかから台頭してきたのが密教でした。


ヒンドゥー教がまだ手をつけていない領域に進出することも、試みられました。その一環として、新たな修行法の開発も、さかんにおこなわれました。マンダラをもちいいる瞑想法は、その成果の一つにほかなりません。


チベット密教では、「砂絵マンダラ」といって、色砂をつかって何日もかけて緻密なマンダラをえがきますが、儀礼や瞑想が終了するやいなや、おしげもなく破壊してしまいます。マンダラは本来はそういうものであり、これは、この世には現象があるのみで何ひとつ実在はしていないという「空」の思想を象徴しています。

日本では、密教の経典『大日経』にもとづく「胎蔵マンダラ」と、『金剛頂経』にもとづく「金剛界マンダラ」をペアとみなし、「両部」とか「両界」というネーミングで2種類のマンダラを両立させました。

マンダラには、言葉ではなく図像をもちいることにより視覚的に一瞬で把握できるという特徴があり、これは、最高真理に到達するうえで有効とされました。

またマンダラには、あまたの仏菩薩や神々がとりこまれており、これは、仏教のみならずヒンドゥー教からも多種多様な尊格(聖なる存在)をとりこんだ結果にほかなりません。



第3回 世界とつながる - 胎蔵マンダラの叡知 -

本格的なマンダラの第1号は、密教経典の『大日経』にもとづいてえがかれた「胎蔵マンダラ」です。


『大日経』が説く世界観を「胎蔵」といいます。「胎蔵」とは女性の「胎(子宮)」を意味します。その意図は、子宮がやがて生まれ出でて人となる胎児を宿し、しかも成長させるように、大日如来によって、ありとあらゆる事物が含蔵され、育成されるところにあります。言い換えれば、大日如来こそ、ありとあらゆる事物の子宮ということなのです。


わたしたちが生きている世界は多種多様なものにみたされていますが、その根源をたどっていけばことごとく大日如来にいきつくということです。あらゆるものは大日如来の「子供」なのです。このことから、無駄なものはこの世には何ひとつ存在せず、みな平等な価値をもっているという確信がえられます。

胎蔵マンダラの中心の大日如来の坐す場所は、真理そのものを身体とする仏である法身みずからが活動する領域です。えがかれているたくさんの仏菩薩や神々たちは蓮華のうえに坐しています。全宇宙のいたるところに大日如来の慈悲がはたらきます。

また日本の胎蔵マンダラには自然もふくまれ、「山川草木悉皆成仏」とか「草木国土悉皆成仏」という思想があらわれています。

空海は、高野山という地そのものを大マンダラとみなしました。そして空海の後継者たちによって、日本各地の自然がつぎつぎにマンダラとみなされていきました。奈良県の吉野、和歌山県の熊野、山形県の月山などがその代表格です。

これらの地をあるいてみれば、自分が今、マンダラのなかにいるという実感がわきあがってきます。ふかい領域から心身ともにいやれます。



第4回 心をきわめる - 金剛界マンダラの世界 -

金剛界マンダラは、個人の心と体の統合をもたらすものであり、瞑想によって、みずからの心のなかにマンダラを産出するものです。


日本の金剛界マンダラは、九つの区画から構成されています。つまり、九つのマンダラの集合体なのです。そこで、「九会曼荼羅」ともよばれます。胎蔵マンダラが、全体で一つのマンダラなのとは、この点が大きく異なります。

九つのマンダラのうち、中央の「成身会」(しょうじんね)をはじめ、「三昧耶会」(さんまやえ)・「微細会」(みさいえ)・「供養会」(くようえ)・「四印会」(しいんね)・「一印会「」(いちいんね)・「降三世三昧耶会」(ごうざんぜさんまやえ)・「降三世褐磨会」(ごうざんぜかつまえ)の八つマンダラは、『金剛頂経』および関係する書物の記述にもとづいて描かれています。

残りの一つ、「理趣会」(りしゅえ)、『理趣経』という別の密教経典にもとづいて描かれています。

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自分の心身のなかに仏菩薩がいるとイメージするところからマンダラの真髄へのアプローチがはじまります。



第5回 むすびつけるということ - 両部マンダラの革新 -

胎蔵マンダラと金剛界マンダラはむすびついています。


胎蔵マンダラに「理(物質的原理)」を、金剛界マンダラに「智(精神的原理)」を、それぞれ配当したとも考えられます。「理」は現実の物質世界、「智」は理想の精神世界といってもよいでしょう。この二つの原理によって、世界のありようを、ひいては如来の性格や本質を表現しようとしたのです。


空海は、この世界は、物質的な要素だけでなく、精神的な要素もくわわってはじめて成立するとかんがえました。

そしてやがて、胎蔵マンダラと金剛界マンダラから構成される「両部マンダラ」が、同一の真理のことなる二つの局面をあらわしているとみなされるようになりました。仏教用語ではこのことを「両部不二」(りょうぶふに)といいます。

世界は、同一性と差異性が、身体と心が、物質と精神が、不即不離の関係につねにあります。

異質なものを異質なものとして受容する道がここにあり、社会が発展すると同時に個人が救済される世界が示唆されます。



第6回 マンダラと日本人 - わたしたちはどう生きるべきか -


マンダラがもともと秘めていた可能性を、もともと自然に慣れ親しんできた日本人が、自分たちにもっとも親しみやすいかたちに変容させ、みごとに花開かせたのです。それは日本人の自然観、すなわち緑豊かな山々や清らかな水の流れる河川から恩恵を受け、大地に根を張って生きる喜びを、マンダラに見出していった歴史でもあったのです。


空海が日本につたえ、密教において発展したマンダラは、その後、さらなる独自の発展をとげました。自然をとりこんだ多種多様なマンダラがうまれました。日本人の自然観が反映されました。創造の姿勢としてのマンダラがありました。

わたしたち現代人もマンダラを積極的に活用し、生活にいかしていくことができるはずです。まずは、マンダラをよく見ます。そして「マンダラ塗り絵」にとりくみます。








マンダラをみると、フラクタルになっていることに気がつきます。フラクタルとは、部分が全体と相似(自己相似)になった図形(構造)のことです。マンダラには、非常に多数の要素がつめこまれているにもかかわらず秩序があるのはこのためです。

フラクタルは自然界でもよくみかけます。多くの人々が無意識のうちにフラクタルをみています。マンダラをみて違和感を感じることなく、したしみを感じる人が多いのは、こうしたことがあるからではないでしょうか。フラクタルを前提とすると、部分をみて全体を類推したり、全体をみて部分を類推したりすることができます。物事の類縁関係を容易につかむこともできます。

フラクタルになっているために、要素と全体、局所と大局が調和しています。多数の種類の要素があるにもかかわらず、全体がまとまります。多様性の統一です。個々の要素は自律しながらも、全体として一つの体系になっています。このことを、「個即全、全即個」あるいは「多即一、一即多」といってもよいです。

胎蔵マンダラには、中心の大日如来からうまれた、世界のあらゆるものが表現されています。これは、仏教思想にもとづく世界の見取り図もしくは構造図とかんがえてもよいでしょう。他方の金剛界マンダラは、9つのマンダラによって、修業の段階(プロセス)をしめしています。

このようにみると、胎蔵マンダラではどちらかというと空間的側面が強調され、金剛界マンダラではどちらかというと時間的側面が強調されているとかんがえることもできます。誰もが、世界(社会)のなかに位置づけられて(空間的)、みずからの人生をあゆんでいかなければならない(時間的)ということに通じます。

また両部マンダラをみていると、もと一つのものから分化・生成・発展し、同時に全体がシステム化されていく様子を想像することができます。まるで、生命の進化と生態系の形成のようです。このようなことは宇宙の法則(原理)にもとづいておこります。フラクタルは原理のひとつとかんがえてもよいでしょう。

以上のように、マンダラをつかえば言葉によらない、視覚やイメージあるいは直観による情報処理が可能になります。想像や連想、類推、場づくりができます。このような方法により、人間や地球・宇宙の本質にアプローチしていくことができるにちがいありません。


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▼ 注1
シリーズ「マンダラと生きる」(NHK・Eテレ「こころの時代」)

▼ 参考文献
正木晃著『マンダラと生きる』NHK出版、2018年