1万年におよぶ縄文の「美」のうねりをみることができます。生命力を開花させる精神文化がありました。わたしたち日本人は「足もと」をみなおさなければなりません。
特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」が東京国立博物館で開催されています(注)。今回の縄文展は「美」に焦点をあてていて、縄文時代約1万年にわたる「美のうねり」を体感し、日本の「美の原点」をさぐろうという企画です。
縄文時代草創期から晩期までの優品を一堂にあつめて展示しており、とくに、縄文の国宝全6件が結集するのは史上はじめてです(7/29までは4件、7/31からは全6件を展示)。
従来の考古展とはちがい、縄文人たちがつくった「作品」のうつくしさをじっくり味わえるように展示が工夫されています。
旧石器時代がおわった約 1 万 3000 年前から約1万年間つづいた時代が縄文時代です(新石器時代に相当します)。縄文の名称は、縄目の文様をもつ土器が出土したことに由来します。
縄文時代がはじまると、すこしおくれて氷期がおわり、日本列島は温暖で湿潤な気候にかわりました。ゆたかになったこの自然環境を利用して、狩猟や漁撈・植物採集をしながら定住生活を人々はしていたようです。そして土器や石器といった実用的な道具にくわえ、装身具や土偶や石棒といった儀礼の道具などもつくっていました。
第1展示室 暮らしの美
縄文土器は当初は煮炊きの道具でしたが、単なる道具としての機能をのちにこえ、儀礼などにももちいられるようになったようです。また弓矢・鹿角製釣針・銛といった狩猟具・漁撈具、磨石や石皿などの木の実や根菜類をすりつぶす調理具もつくられました。自然環境をたくみに利用しながら環境と調和してくらしていた人々の生活を想像することができます。
第2展示室 美のうねり
縄文土器の形や文様が約1万年にわたって変化していく様子をみることができます。縄文土器の文様は、土器の表面に爪や指頭、縄(撚糸)や貝、木や竹で作られた棒やへらなどの道具をつかってえがかれたり、粘土をはりつけて表現されたりしたものです。
縄文中期になると、誰もがしる「火焰型土器」が登場します。展示室の中央で、まさに燃えあがるように展示されています。命が燃える力強さ・躍動感・リズム、一方で、複雑な線がうみだす神秘性、しかし全体としてはみごとに均整がとれ、調和しています。縄文芸術の最高傑作といってよいでしょう。
そして縄文後期・晩期になると、描線はいっそう繊細になり、美の洗練がみられます。
第3展示室 美の競演
縄文土器とユーラシア各地の土器とを比較しながら美の多様性をみることができます。縄文時代中期に相当する時期のユーラシアの各地でもいろいろな土器がつくられていましたが、用途に応じて素直に形づくられた土器に彩色で文様をえがき、表面をみがいたものが一般的だったようです。縄文土器が、世界の先史土器のなかで群をぬく造形美をほこっていることが一目瞭然です。
第4展示室 縄文美の最たるもの
史上初、縄文の国宝全6件が結集、必見です!(ただし全6件の結集は7/31から。2と4については7/31からの展示になりますのでご注意ください)
第5展示室 祈りの美、祈りの形
第5展示室は、男性器をシンボル化した「石棒」が中心に配置され、ストーンサークルを連想させる円形展示場になっています。「石棒」は、子孫繁栄のためにつくられたとかんがえられ、ここは、あらたな命がうまれるところです。そしてもっとも有名な縄文時代の土偶といえば「遮光器土偶」でしょう(青森県つがる市木造亀ヶ岡出土、縄文晩期)。縄文時代の人々が儀礼や祈りをおこなっていたことが想像できます。女性をかたどる土偶、動物形土製品などもあり、縄文時代の人々の精神文化、生命力信仰が垣間みられます。
第6展示室 新たにつむがれる美
「芸術は爆発だ!」
縄文土器は、岡本太郎(1911~96)を爆発させました。ヨーロッパ型の機械文明とはタイプのことなる文明の可能性に気がついた人々が日本にいました。人間は機械に支配されてはなりません。そのために日本人は「足もと」をみなおせばよいです。かなりめぐまれた条件下にわたしたちはいます。
これだけたくさんの縄文土器や縄文土偶を一度にみられる機会はめったにありません。たいへん貴重なチャンスです。
ひととおりみてくると、生命力の開花ともいうべき縄文人の精神性がよみとれます。縄文時代の人々はただ単に食料をえて物質的に生きていたのではありませんでした(現代人よりもすすんでいたのかも?)。
そして一方で、武器・戦争・英雄のたぐいの遺物はありませんでした。縄文の社会は、戦いによって決着をつけるという仕組みはもっていませんでした。殺し合いと防衛にエネルギーをさく必要がなかったからこそ、人間不信とストレスがなかったからこそ、文化がそのまま芸術に発展しました。
このように、国家権力が発生するまえに、ゆたかで高度な文化が日本にありました。実際、その後の弥生時代になると土器類の芸術性はうしなわれます。縄文時代までとその後の弥生時代とでは、社会の仕組みや人間の生きる姿勢はまったくことなります。すると弥生時代をつくった人々とはいったい何者だったのか? どこからやってきたのか? しかしこれは本展の課題ではありませんので別の機会に。
展示会場にいってみると、縄文人の生活の様子などについては具体的な展示・解説がなく、抽象的な展示ばかりでわかりにくいと感じるかもしれません。しかし本展には、従来の考古展とはちがうおもしろさがあるのであり、あらたな観点から縄文をみなおすことができます。
知識をふやすというのではなく、時間をかけてじっくり観賞し、自分がどう感じるかがもっとも重要です。
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創造の伝統 - 特別展「名作誕生 - つながる日本美術」(東京国立博物館)-
▼ 注
特別展「縄文―1万年の美の鼓動」
特設サイト
会期:2018年7月3日 ~9月2日
会場:東京国立博物館 平成館
※ 撮影コーナー以外は撮影は許可されていません。
会場平面図
▼ 参考文献
『特別展 縄文 ― 1万年の美の鼓動』(図録)NHK・朝日新聞社、2018年7月3日
縄文時代草創期から晩期までの優品を一堂にあつめて展示しており、とくに、縄文の国宝全6件が結集するのは史上はじめてです(7/29までは4件、7/31からは全6件を展示)。
従来の考古展とはちがい、縄文人たちがつくった「作品」のうつくしさをじっくり味わえるように展示が工夫されています。
第1展示室 暮らしの美
第2展示室 美のうねり
第3展示室 美の競演
第4展示室 縄文美の最たるもの
第5展示室 祈りの美、祈りの形
第6展示室 新たにつむがれる美
旧石器時代がおわった約 1 万 3000 年前から約1万年間つづいた時代が縄文時代です(新石器時代に相当します)。縄文の名称は、縄目の文様をもつ土器が出土したことに由来します。
縄文時代がはじまると、すこしおくれて氷期がおわり、日本列島は温暖で湿潤な気候にかわりました。ゆたかになったこの自然環境を利用して、狩猟や漁撈・植物採集をしながら定住生活を人々はしていたようです。そして土器や石器といった実用的な道具にくわえ、装身具や土偶や石棒といった儀礼の道具などもつくっていました。
第1展示室 暮らしの美
縄文土器は当初は煮炊きの道具でしたが、単なる道具としての機能をのちにこえ、儀礼などにももちいられるようになったようです。また弓矢・鹿角製釣針・銛といった狩猟具・漁撈具、磨石や石皿などの木の実や根菜類をすりつぶす調理具もつくられました。自然環境をたくみに利用しながら環境と調和してくらしていた人々の生活を想像することができます。
第2展示室 美のうねり
縄文土器の形や文様が約1万年にわたって変化していく様子をみることができます。縄文土器の文様は、土器の表面に爪や指頭、縄(撚糸)や貝、木や竹で作られた棒やへらなどの道具をつかってえがかれたり、粘土をはりつけて表現されたりしたものです。
縄文中期になると、誰もがしる「火焰型土器」が登場します。展示室の中央で、まさに燃えあがるように展示されています。命が燃える力強さ・躍動感・リズム、一方で、複雑な線がうみだす神秘性、しかし全体としてはみごとに均整がとれ、調和しています。縄文芸術の最高傑作といってよいでしょう。
そして縄文後期・晩期になると、描線はいっそう繊細になり、美の洗練がみられます。
第3展示室 美の競演
縄文土器とユーラシア各地の土器とを比較しながら美の多様性をみることができます。縄文時代中期に相当する時期のユーラシアの各地でもいろいろな土器がつくられていましたが、用途に応じて素直に形づくられた土器に彩色で文様をえがき、表面をみがいたものが一般的だったようです。縄文土器が、世界の先史土器のなかで群をぬく造形美をほこっていることが一目瞭然です。
第4展示室 縄文美の最たるもの
史上初、縄文の国宝全6件が結集、必見です!(ただし全6件の結集は7/31から。2と4については7/31からの展示になりますのでご注意ください)
- 「火焰型土器」新潟県十日町市 笹山遺跡、縄文中期(前3000~前2000年)
- 土偶「縄文のビーナス」長野県茅野市 棚畑遺跡、縄文中期(前3000~前2000年)
- 土偶「縄文の女神」山形県舟形町 西ノ前遺跡、縄文中期(前3000~前2000年)
- 土偶「仮面の女神」長野県茅野市 中ッ原遺跡、縄文後期(前2000~前1000年)
- 土偶「合掌土偶」青森県八戸市 風張1遺跡、縄文後期(前2000~前1000年)
- 土偶「中空土偶」北海道函館市 著保内野遺跡、縄文後期(前2000~前1000年)
第5展示室 祈りの美、祈りの形
第5展示室は、男性器をシンボル化した「石棒」が中心に配置され、ストーンサークルを連想させる円形展示場になっています。「石棒」は、子孫繁栄のためにつくられたとかんがえられ、ここは、あらたな命がうまれるところです。そしてもっとも有名な縄文時代の土偶といえば「遮光器土偶」でしょう(青森県つがる市木造亀ヶ岡出土、縄文晩期)。縄文時代の人々が儀礼や祈りをおこなっていたことが想像できます。女性をかたどる土偶、動物形土製品などもあり、縄文時代の人々の精神文化、生命力信仰が垣間みられます。
第6展示室 新たにつむがれる美
「芸術は爆発だ!」
縄文土器は、岡本太郎(1911~96)を爆発させました。ヨーロッパ型の機械文明とはタイプのことなる文明の可能性に気がついた人々が日本にいました。人間は機械に支配されてはなりません。そのために日本人は「足もと」をみなおせばよいです。かなりめぐまれた条件下にわたしたちはいます。
*
これだけたくさんの縄文土器や縄文土偶を一度にみられる機会はめったにありません。たいへん貴重なチャンスです。
ひととおりみてくると、生命力の開花ともいうべき縄文人の精神性がよみとれます。縄文時代の人々はただ単に食料をえて物質的に生きていたのではありませんでした(現代人よりもすすんでいたのかも?)。
そして一方で、武器・戦争・英雄のたぐいの遺物はありませんでした。縄文の社会は、戦いによって決着をつけるという仕組みはもっていませんでした。殺し合いと防衛にエネルギーをさく必要がなかったからこそ、人間不信とストレスがなかったからこそ、文化がそのまま芸術に発展しました。
このように、国家権力が発生するまえに、ゆたかで高度な文化が日本にありました。実際、その後の弥生時代になると土器類の芸術性はうしなわれます。縄文時代までとその後の弥生時代とでは、社会の仕組みや人間の生きる姿勢はまったくことなります。すると弥生時代をつくった人々とはいったい何者だったのか? どこからやってきたのか? しかしこれは本展の課題ではありませんので別の機会に。
*
展示会場にいってみると、縄文人の生活の様子などについては具体的な展示・解説がなく、抽象的な展示ばかりでわかりにくいと感じるかもしれません。しかし本展には、従来の考古展とはちがうおもしろさがあるのであり、あらたな観点から縄文をみなおすことができます。
知識をふやすというのではなく、時間をかけてじっくり観賞し、自分がどう感じるかがもっとも重要です。
▼ 関連記事
いのちがもえる - 特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(1)-
時代のピークと土器のモデル - 特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(2)-
国宝土偶と精神文化 - 特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(3)-
作品とともに展示空間もみる - 特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(4)-
土器をみくらべる - 特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(5)-
特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館)(まとめ)
事実を枚挙して仮説を形成する 〜梅原猛著『縄文の神秘』〜
縄文時代を想像する - 東京国立博物館・考古展示(1) -
土器をみて縄文人の生活を想像する - 東京国立博物館・考古展示(2)-
全体像をイメージしてから作業を実施する - 東京国立博物館・考古展示(3)-
縄文人の精神性をよみとる - 特別展「火焔型土器のデザインと機能」(國學院大學博物館)(1)-
シンボルだけでなく文化圏もとらえる - 特別展「火焔型土器のデザインと機能」(國學院大學博物館)(2)-
物に執着しない - 特別展「火焔型土器のデザインと機能」(國學院大學博物館)(3)-
引いて見よ、寄って見よ、名を付けよ -『DOGU 縄文図鑑でめぐる旅』(東京国立博物館)-
インプットと堆積 -「日本人はどこから来たのか?」(Newton 2017.12号)-
〈縄文人-半自然-自然環境〉システム -『ここまでわかった! 縄文人の植物利用』-
日本の基層文化である縄文文化に注目する
スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』(シネマ歌舞伎)
野生への扉をひらく -「野生展:飼いならされない感覚と思考」-
環太平洋文明と地理学をみなおす - 安田喜憲『森の日本文明史』-
いのちのシステム - 企画展「いのちの交歓 -残酷なロマンティスム-」(國學院大學博物館)-
いのちを再生する - 企画展「太陽の塔 1967 - 2018 - 岡本太郎が問いかけたもの -」(岡本太郎記念館)-
創造の伝統 - 特別展「名作誕生 - つながる日本美術」(東京国立博物館)-
▼ 注
特別展「縄文―1万年の美の鼓動」
特設サイト
会期:2018年7月3日 ~9月2日
会場:東京国立博物館 平成館
※ 撮影コーナー以外は撮影は許可されていません。
▼ 参考文献
『特別展 縄文 ― 1万年の美の鼓動』(図録)NHK・朝日新聞社、2018年7月3日