「不条理」には、天災のみならず、人間がつくりだす不条理もあります。「ペスト」とは不条理の象徴です。内なる「ペスト」を誰もがもっています。
NHK「100分de名著」、今月は、アルベール=カミュ『ペスト』を解説しています(注)。講師は、学習院大学教授の中条省平さんです。

日本でおこった災害とかさねあわせて読んでいくと理解がふかまります。
 


舞台は、北アフリカの港湾都市、フランスの植民地であるオラン市。突然、ペストの猛威にさらされ、街全体が隔離されます。罪なき人々がたくさん死んでいきます。さけられない苦難、愛するものとの離別、後手にまわる行政、相互不信、はびこる悪、刹那的享楽への現実逃避・・・、「不条理」な出来事が満ちあふれてきます。


ここの市民たちは一生懸命働くが、それはつねに金を儲けるためだ。


オラン市は植民地であり、もともと経済社会でした。文化ではなく物質的な繁栄をめざす世界でした。すこしでもたくさんのお金をえるにはどうすればよいか? 人々の関心はそこにむいていました。現代社会とおなじです。しかしこのような人々は、「お金」という目的をうしなったとき、どう生きればよいかがわからなくなります。

ペストの蔓延によりオラン市は監禁状態になりました。交通は遮断され、物質の行き来はなくなりました。つまり経済活動が完全に停止しました。人々はどう生きていくのか?

しかしこんな極限状態のなかでも、人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもってたちあがる人々が一部にはいました。「保健隊」を結成し、力をふりしぼってペストと闘いはじめました。


われわれはおそらく、この世界が子供たちの苦しめられる世界であることを妨げることはできません。しかし、われわれは、苦しめられる子供の数を減らすことはできます。


悪を前にして、それでもなお、人間的な努力によって悲惨な世界を改善してゆくことはできるはずだとかたります。




そしてながい時をへて、ペストはひいていきます。しかし、


ペスト菌はけっして死ぬことも、消滅することもない。数十年間も、家具や布製品のなかで眠りながら生きのこり、寝室や地下倉庫やトランクやハンカチや紙束のなかで忍耐づよく待ちつづける。そして、おそらくいつの日か、人間に不幸と教えをもたらすために、ペストはネズミたちを目覚めさせ、どこか幸福な町で死なせるために送りこむのである。


天災は回帰します。災厄はくりかえされます。そしてまた、つぎの “物語” がはじまります。

大地震、大津波、放射能汚染、通り魔、無差別殺人、そして恐怖政治、全体主義、革命の暴力、死刑、戦争・・・、「不条理」には、天災のみならず、人間がつくりだす不条理もあります。東日本大震災にかぎったことではありません。

「ペスト」とはこれらの象徴でした。「ペスト」は、外側からおそってくるばかりではありません。誰もが、「ペスト」になる可能性をもっています。誰もが、内なる「ペスト」をもっています。

カミュはうったえかけます。「見きわめたものを決して忘れてはいけない。記憶しつづける。そして自分にできることをする」。希望をすててはいけません。


▼ 注
NHK 100分de名著:アルベール=カミュ『ペスト』

▼ 参考文献
中条省平著『NHK 100 de 名著 2018年6月』(『ペスト』)、NHK出版、2018年6月1日