フーリエ解析は、今日の情報化社会をささえる数学としてなくてはなりません。情報の圧縮や処理などの仕組みを理解することが大事です。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2018年7月号の「Newton Special」では「役立つ数学の代表選手」フーリエ解析について解説しています。




ジョゼフ・フーリエ(1768〜1830)は、熱の伝導をあらわす数式を数学的に研究する中で重要な発見にたどりつきました。それは、「どんな関数でも、さまざまなサイン(sin)とコサイン(cos)を無限に足し合わせた式としてあらわせる」という発見です。

フーリエ解析とは、「複雑な波」を「単純な波の足し合わせ」であらわし、さまざまな波や信号を解析する手法です。

フーリエ解析を使えば、複雑な波の形を単純な波に“分解”して、音の高さや楽器の音色といった、さまざまな情報を取り出すことができるのです。

私たちがスマートフォンやパソコン、テレビなどで目にするデジタル画像や映像にも、フーリエ解析が使われているのです。

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音声・画像・映像にふくまれる情報を分析したり、データ量をへらしたりするためにフーリエ解析は重要な役割をはたしています。AM ラジオ、FM ラジオ、地上デジタル放送でも、その基本原理の理解にフーリエ解析が必要です。携帯電話の通信、光ファイバーをつかった通信、Wi-Fi などの無線 LAN などにおいてもフーリエ解析は重要です。最近では、音声認識技術、ボーカロイド(コンピューターにうたわせる技術)、医療機器の画像構築(CT スキャンなど)、ノイズファンセリング・ヘッドホンなどにもフーリエ解析がつかわれています。

このように、私たちの今日の暮らしはフーリエ解析がささえているといってもよいでしょう。




わたしたちは声をだすとき、喉の声帯をふるわせて空気を振動させます。その空気振動が相手の耳の鼓膜をふるわせて、音声として相手にはそれが聞こえます。

空気が振動するとき、空気の密度が高くなったり低くなったりします。横軸を時間、縦軸を密度とすれば、空気振動は「波」としてあらわせます。この波は複雑な形をしており、この波の形こそが音声の情報をはこんでいるのです。

人の声だけでなく、ピアノやヴァイオリンなどの楽器の音も、それぞれに特有の複雑な波の形をもっています。たとえばピアノの音がもつ波の形を再現するように空気をうまく振動させれば、ピアノの音としてそれは聞こえます。これをおこなっているのがスピーカーとよばれる装置です(注)。

わたしたちの耳は、高い音と低い音を聞きわけることができます。これは、「蝸牛管」(かぎゅうかん)という器官が鼓膜の奥にあるからです。鼓膜の振動は、耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨を介して蝸牛管をゆらします。すると蝸牛管の内部をみたすリンパ液がゆれて、蝸牛管の内壁にならんだ細胞の毛をゆらします。このとき、高い音は蝸牛官の手前側の毛をゆらし、低い音は蝸牛官の奥側の毛をゆらします。すなわち蝸牛官は、周波数成分に音を分解します。分解された音の情報は電気信号になって神経を通じて脳におくられ、脳が、その信号を処理することでわたしたちは音を認知します。

この「複雑な波を分解して周波数成分を取り出す」というはたらきが「フーリエ解析」に相当します。蝸牛官がフーリエ解析の計算をやっているわけではありませんが、このアナロジー(類推)が理解をたすけます。




数学では、単純な波のことを「サイン波(正弦波)」とよびます。サインとは、三角関数の代表的なもので、記号では sin とかきます。

このような「単純な波を足し合わせればどんな複雑な波でもつくれる」といえ、その逆に、「どんな複雑な波でも、単純な波に分解できる」ともいえます。実際には、サイン波だけでなく、コサイン波も足し合わせていけば、どんな形の波でもあらわすことができ、「複雑な波」は「ある関数のグラフ」とみなすことができます。

したがって「複雑な波」を関数とみなし、「単純な波」であるサイン波とコサイン波に分解してしまえば、どの高さの音がどれだけふくまれているかといったことがわかり、声や楽器の音の特徴をつかむことができます。

オーディオ機器や音楽プレーヤーには、それぞれの高さの音のまざりぐあいをグラフィカルに表示するものがあり、これは、このような解析によってえられた周波数成分をビジュアル化しているのです。

こうして、周波数成分に分解してしまえば、たとえば、人間の聴覚ではほとんど認知できない高周波成分をデータからカットすることができ、音質をおとさずにデータ量を減らすことができます。これがデータ圧縮のしくみであり、CD に収録されたデジタル音源や、MPEG とよばれるデジタル動画形式などはこのようにしてつくられます。デジタルカメラで一般につかわれる JPEG も、人間の視覚では認識しずらい高周波成分をカットするなどしてデータ量を減らして(圧縮して)います。

このように、高度情報化社会になって情報機器が開発されるにつれてフーリエ解析はますます重要になってきています。データ量を減らしつつも、ただしい情報を相手につたえる機能が情報機器にはもとめられます。一方の情報をうけとる側も、それはオリジナルではなく、データ量が減らされているということを知らなければなりません。

またフーリエ解析や情報機器について理解することは、わたしたち人間の視覚や聴覚の仕組みを知るためにも役立ちます。視覚とは光の情報処理システムであり、聴覚とは音の情報処理システムです。人間は情報処理をする存在です。わたしたちの環境(外界)ではどのような物理現象がおこっていて、目や耳、脳はどのようにはたらいているのか、認識するとはどういうことなのか、かんがえてみるとおもしろいとおもいます。


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▼ 注
音とは「空気の密度の波」です。たとえばスピーカーに電圧をかけると、その電圧の変化の波が「振動板」とよばれる板の振動へと変換されます。振動板が前にうごくと、その前方にある空気の密度が高まり、うしろにうごくと、空気の密度が低くなります。このくりかえしによって発生した空気の振動の波が人間の鼓膜につたわっていきます。そしてその情報が脳で処理されて音が認知されます。したがってわたしたちの環境(外界)には空気の振動があるだけであって、その振動には音色も音質もありません。音は脳がつくりだしていたのです。実際には「脳で聞いている」といってもよいです。このことは、光とは電磁波であって、波長があるだけで色彩はついていないということと似ています。

▼ 参考文献
『Newton』(2018年7月号)、ニュートンプレス、2018年7月7日