ヒト(現生人類)は皆おなじ DNA をもっています。ヒトには人種は存在しませんでした。
『ナショナルジオグラフィック』(2018年4月号)で「人種と遺伝子」について解説しています。




ヒトの DNA を構成するすべての塩基配列を明らかにしようと始まった「ヒトゲノム計画」では、さまざまな人種で構成されるように被験者が選ばれた。2000年6月に解読結果が発表されたとき、DNA の配列決定における先駆者であるクレイグ・ベンターは、「人種という概念には、遺伝的にも科学的にも根拠がない」と述べた。

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「ヒトゲノム計画」の結果により、世界のすべての人々がおなじ DNA をもっていることがあきらかになりました(注1)。

わたしたちは、世界の人々は、いくつかの「人種」にわけることができるとかんがえていました。たとえば白人がもっとも知能がたかく、つぎに東アジア人、その下に東南アジア人、その下にアメリカ大陸の先住民、もっとも知能のひくい人種が黒人であるとかんがえたアメリカ人たちがいました。あるいはアフリカ人を「土人」とよんで低レベルの人種とみる一方で、「さすが、アングロサクソンだ」などといって、アングロサクソンは知能のたかい人種だとかんがえた日本人がいました。

しかしこのような人種という概念は遺伝学的に完全に否定されました。思想的にではなく、科学的(客観的)に否定されたというのがポイントです。差別と対立を歴史的にうみだしてきた人種という概念に科学的な根拠はなかったのです。肌の色のちがいは、単なる外見のちがいでしかありませんでした。




わたしたちヒト(現生人類)はアフリカで誕生したとかんがえられています。モロッコで最近発見された化石によれば、ヒトの特徴があらわれたのは約 30 万年前であり、それから 20 万年ほどはアフリカにとどまっていました。

そして約6万年前に、2000〜3000 人のヒトの集団がアフリカ大陸をでて、世界に拡散していったと遺伝子がおしえています。この集団の子孫は、5万年前にはオーストラリア、4万 5000 年前にはシベリア、1万 5000 年前には南米大陸にたどりつきました。すなわち地球上のヒト(現生人類)はみな、アフリカ人の子孫であるのです。




外見でヒトを分類することには意味がなく、「人種差別」はその根拠をうしなった。そうはいっても、ながい歴史のなかで多くの人々にしみついた常識(おもいこみ)をくつがえすのは容易ではありません。人種差別に現にくるしんでいる人々にとっては何のなぐさめにもならないかもしれません。

しかし歴史的にみても人種の否定は大きな出来事であり、遺伝学や生物学の研究成果が世界に普及していけば、いつかは常識もくつがえされるのではないでしょうか。


▼ 注1
DNA は、A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)という塩基の並び順によって遺伝情報を記録していて、この4文字で書かれた膨大なページ数の本にたとえられます。

▼ 文献
『ナショナルジオグラフィック日本版』(2018年4月号)日経ナショナルジオグラフィック社