記憶は不変ではありません。「記銘→保持→想起」を理解し自覚し、記憶のエラーをおこさないようにします。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』(2018年5月号)では「偽りの記憶」の心理学を特集しています。




記憶の誤りやすさは、現実社会でも深刻な問題となっています。たとえば記憶にもとづく「目撃証言」は、一般に思われているほど正確ではありません。アメリカでは、のちの DNA 鑑定によって冤罪(無実なのに有罪とされること)だったと判明した 300 名の裁判のうち、少なくとも約 75 %において、事実とはことなる目撃証言が有罪の根拠だったという報告があります。

記憶は、五感の情報が入力されてくる脳内の「海馬」がつかさどっています。(中略)一方で、個人的な思い出や、強盗にあったときのように強い感情(情動)をつかさどる脳の部位がとくに大きな役割を果たします。そうした部位の代表例が「扁桃体」です。

「人の顔が覚えられない」という人は、性格や職業などの情報を意識的に関連づけて覚えるようにするとよい。


記憶力に自信をもっている人がいるかもしれません。しかし鮮明な記憶にもかかわらず、事実とはことなる記憶がつくられることがよくあります。

このような記憶のエラーを防止するためにはメモや記録をとるとよいです。その時その場でとったメモはとくに有効です。ブログや報告書などを書くときにはそのメモをみなおして、事実を確認しながら書くようにします。

また上記の例の DNA 鑑定にみるように、分析的方法をつかって事実をチェックするのもよいです。それぞれの分野にそれぞれの分析的方法があるとおもいます。科学的・定量的な方法はチェックのためにとくに役立ちます。

記憶法のひとつに、イメージと言葉をむすびつけておぼえるという方法があります。上記の例のように、はじめて出会った人をおぼえるときには、顔のイメージとともに、その人と話したことやその人に関する情報を言葉でメモしておきます。場所と日付も記録しておくとよいでしょう。

写真をとればいいとおもう人がいるかもしれませんがそれでは記憶にはなりません。写真は便利ですが撮影と記憶はちがいます。写真は、あとで事実をチェックするために役立ちますが、撮影したからといって記憶できたということにはなりません。

また記憶は感情とむすびついています。したがってよい感情とともに記憶するようにするとその記憶は長持ちします。




そもそも記憶とは、「記銘→保持→想起」という3場面からなりたっています。

わたしたちは、目や耳などの感覚器官から膨大な量の情報を脳にインプットしています。その情報の一部が脳の海馬に記憶されます。これが記銘です。インプットされた情報のなかから大事な情報が選択されて記銘されます。

記銘された情報は脳内に一定期間保持されます。一生保持される情報もあります。

そして必要に応じて情報がおもいだされます。これは想起です。脳科学によると想起は、脳の前頭前野がになっており、日付のわからないパズルをあつめてひとつにくみあげることにたとえられています。

こうして想起された情報を、たとえば言葉にして書きだすのはアウトプットです。

このように記憶(記銘→保持→想起)は、人間が、心のなかでおこなうプロセシングに位置づけてとらえるなおすことができます(図)。


180331 記憶法
図 情報処理と記憶(記銘・保持・想起)


記憶は、誰もが生まれもった能力ですのであまり自覚することなく、生活のなかで自然におこっているとおもいますが、このように、情報処理システムにおける位置づけを自覚するだけでも記憶力がよくなります。

とくに記銘を自覚することが大切です。あなたは何を記銘しようとしているのでしょうか? あれもこれもすべてを記銘することは不可能ですし、その必要もありません。記銘のためには課題をあきらかにし、問題意識を鮮明にすることがもとめられます。

記憶にエラーがおこるのはそもそも記銘がうまくできていない場合が多く、それは課題がさだまっていないことが原因になっています。いわれたことだけをやって漠然と生きていると記銘がうまくできません。課題をきめて主体的にとりくむ必要があります。

記憶のエラーは、情報処理のエラーにそのままつながります。「偽りの記憶」はけっきょく情報処理のエラーになります。情報処理にはエラーがおこりうることを自覚し、エラーをおこさない努力と訓練をつづけることが、ひいては情報処理能力をたかめることになるでしょう。

なお記憶には忘却もあります。ドイツの心理学ヘルマン=エビングハウスは1880年ごろ、記憶の“有効期限”の定量的な実験をおこない、その結果が「忘却曲線」としてひろくしられています。20 分後には約4割、1日後には7割ちかくがわすれられたそうです。

忘却にはよい面もあります。忘却があることによって、つらい記憶やネガティブな記憶をわすれることができます。記憶には保持とともに忘却もあり、記憶は不変ではありません。

このような記憶の特性を理解して情報処理にいかし、よくできたアウトプットにつなげていくことが大事だとおもいます。


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▼ 参考文献
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』(2018年5月号)ニュートンプレス、2018年5月7日発行