事実にもとづいて考察をすすめる、データにもとづいて仮説をたてることが重要です。人間の闇、普通の人の狂気、国家・社会の深層、歴史の底流などについてかんがえてみます。
NHK・100分de名著、今月は「松本清張スペシャル」です。指南役は放送大学教授の原武史さんです。番組では、『点と線』『砂の器』『昭和史発掘』『神々の乱心』を順次解説しています。




『点と線』
清張はなぜ、名探偵のようなヒーローではなく、二等車に乗って出張したり、家では五右衛門風呂に入ったりするような庶民的刑事を事件の追及役として立てたのか。そこにはやはり、清張の生い立ちが関係しているように思われます。

『砂の器』
実在する本の要約だったり、いくつかの本から論点を抽出してまとめたものだったりするのですが、当時の研究成果に拠っています。『点と線』同様に、フィクションの中にノンフィクションの要素を組み込んでいるのです。

『昭和史発掘』
『昭和史発掘』の大きな意義の一つは、二・二六事件の最終目標が宮城占拠、つまり皇居を占拠することにあったという点に着目したことです。清張は新史料を駆使してそれを実証し、その中心にいた中橋基明中尉に焦点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てました。

『神々の乱心』
清張の作品には、必ず女性が出てきます。これは第1回の『点と線』から指摘してきたことですが、重要な鍵を握っているのは実は女性であるという視点は、『神々の乱心』まで一貫しています。ここは司馬遼太郎や、多くの男性の歴史学者たちとは全く見方が違うところです。そのためか、清張には女性の読者も大変多くいます。



推理小説・ノンフィクションをとわず、清張はつねに、事実にもとづいて考察をしています。データにもとづいて仮説をたてるといってもよいです。

  • 事実→考察
  • データ→仮説

仮説をたてると、今度は、その仮説にもつづいて、あらたな事実を予見し(想像し)、そしてそれを現場でたしかめる(検証する)という過程も重視しています。

  • 仮説→予見→検証

一方的に知識をおしうりするのではなく、読者みずからが考察しながら読みすすめるというスタイルがここにはあります。読者にとってはかなりの知的鍛錬になります。




清張は、天皇制や被差別部落・ハンセン病といったテーマに大胆にとりくみました。これらはしばしばタブー視され、わたしたちは正面からむきあうことをさけがちですが、清張はタブーをつくらず、あくまでも自分が発掘した史料や関係者へのインタビューをもとに、それに忠実にむきあう姿勢を一貫してとりつづけました。

そして女性の視点など、下にみられていた人々の立場を重視し、現場に根差した物語をえがきだしました。




清張の没後 26 年が経過し、日本社会はいくらか改善されたでしょうか?

ニュースをみていると、「中間管理職、あるいは現場と上司のあいだにはさまれた人が死においこまれる」。上司は、「知らぬ存ぜぬ」「○○に責任がある」・・・

何もかわっていない?

昭和史のみならず現在の社会を再考するためのテキストとして、清張の作品をあらためて読んでみる価値があるとおもいます。人間の闇、普通の人の狂気、社会と権力の深層、歴史をつきうごかす底流にあるもの、課題はたくさんあります。おなじことをくりかえしていてはいけません。


▼ 注
NHK・100分de名著「松本清張スペシャル」

▼ 参考文献
NHK・100分de名著「松本清張スペシャル」NHK出版、2018年2月24日