古代アンデスには、ティワナク・ワリ・シカンといった都市国家が成熟し、そして膨張し、領土国家へ移行しようとする歴史がありました。
古代アンデス文明展が国立科学博物館で開催されています(注1)。

第4展示室では、紀元後 500 年頃〜後1375 年頃にさかえた、ティワナク文化・ワリ文化・シカン文化(注2)について展示・解説しています。ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -



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四つの突起のある帽子(ティワナク文化)(上)
コカを噛む男の多彩色肖像土器(ティワナク文化)(下)

四つの突起のある帽子は、ビロードのような豪華な質感を表面にだしています。独特の形状と幾何学的な構造は、南部高地の文化特有のものです。たかい地位にある人物が身につけていたとおもわれます。

コカを噛む男の多彩色肖像土器は、エリート層の男性とおもわれる人物の肖像土器です。右頬がふくれているのでコカの葉をかんでいるとおもわれます。あごひもつきの帽子をかぶっており、耳飾りもつけています。


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ワリのキープ(ワリ文化)

行政に利用した情報の記録・伝達装置です。紐に結び目をつくって5進法の数字などをあらわしました。




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細かい細工がほどこされた金の装飾品(シカン文化)

中央の像はシカン王であり、両手をひろげ、乾杯儀式でつかう背のたかい器と、上部が扇形になった笏をかかげています。シカンの金細工の水準のたかさをしめす好例です。





紀元後6世紀後半になると、特定の場所にかつてないほど人々が集住するようになり、都市が成長し、「真の都市」とみなされるものが出現しました。

ティワナクは、ティティカカ湖(チチカカ湖)があるティティカカ盆地に位置し、壮大な石造建築物と彫刻をもつ祭祀都市であり、アンデス南部高地の文化的中心地でした。後7世紀初めになると、ティティカカ盆地の外へ経済的・宗教的な拡大をはじめ、太平洋岸にちかい谷に一連の飛び地をきずきました。

ほぼおなじころ中部高地の南部ではひとつの都市が急成長してワリ国家になりました。ワリ国家は、すくなくとも2度の拡大をおこないました。1度目は「宗教の布教」という性格がつよく、2度目は軍事的・政治的野望によるものだったようです。後8世紀初めには、計画的に設計され都市化された入植地のネットワークをひろげて、ペルー海岸と高地の大部分の覇権をにぎったとかんがえられています。ワリは、アンデス最初の帝国「ワリ帝国」とよばれることもあります。

シカンはペルー北部海岸に位置し、先行するモチェの文化をうけついで頭角をあらわしました。10世紀はじめになると、おおくの人口とたかい生産性とすすんだ技術を擁して国家を樹立し、海岸部を支配下におさめました。後 1000 年頃になると、すぐれた金属製品の生産と大規模な灌漑農業を確立し、遠距離交易を活性化させました。




古代アンデス文明は、農耕と定住生活の開始によりはじまりました。耕作地がつくられ、集落が形成されました。そして人口がふえて集落は都市になっていきました(図1)。農業とともに宗教も発達しました。

180129 都市国家
図1 都市のモデル


さらに人口がふえ都市が大きくなると、都市は都市国家になりました。インフラが整備されるとともにさまざまな社会制度もつくられました。国王が出現して政治体制も確立しました。

そして都市国家は成熟すると、さらなる膨張をはじめました。領域をひろげはじめました。

このように第4展示室では、都市国家が成長・成熟し、領土国家(領域国家)へ移行していく過程を想像することができます。


古代アンデス文明展
特設サイト

▼ 注2
ティワナク文化:紀元後500年頃〜後1100年頃
ワリ文化:紀元後650年頃〜後1000年頃
シカン文化:紀元後800年頃〜後1375年頃