対象とともに、それが存在する空間もしっかりとらえるようにします。見るときには、空間にも心をくばることが大事です。
『Newton 錯視と錯覚の科学 形と空間の錯視』(Kindle版)は、形や大きさ・位置の錯視がなぜおこるのか、実際に錯視を体験しながら理解をふかめられる好著です(注)。



つぎのような錯視を体験できます。


傾き錯視
  • アルファベットが傾いてみえる
  • 直線が傾いてみえる
  • 円がゆがんでみえる
  • 直線が湾曲してみえる(膨らみや波がみえる)
その他の形の錯視
  • 太った人は背が低くみえる
  • 長方形が台形にみえる
  • 下線が太いと文字も太くみえる
奥行きの知覚の錯視
  • 同じ大きさのものは、遠くのものの方が大きくみえる
  • 同じ建物なのに片方がより傾いてみえる
  • 手前から奥にのびる道路の2本の白線がつくる角度が鋭角にみえる
  • 的を狙っているのに、外れているようにみえる
  • 同じ線の太さと長さがちがってみえる


どこかにでかけて、ある銅像をとおくから見て、高さは約2メートルだとおもったとします。本当にそうでしょうか? わたしはある人を、身長が 150 cm ぐらいの人だとずっとおもっていました。しかし実際に会ってみたら 170 cm ぐらいあることがわかったという経験があります。

このような錯視には遠近感(奥行き)が関係しているとかんがえられています。わたちたちは3次元空間のなかでいきているので、脳は、遠近感にもとづいて情報を補正して、3次元で対象を解釈しようとします。

たとえば「手前から奥にのびる道路の2本の白線がつくる角度」について、写真をつかった実験(道路写真の角度錯視)をおこなったところ、線以外の3次元情報(街路樹や歩道、山などの周囲の風景)をとりのぞくと、錯視がなくなってただしい角度が知覚されることがわかったそうです。写真は平面(2次元)ですが、それに付加された奥行き情報によって錯視がひきおこされるのです。




このように、わたしたち人間の視覚系の情報処理は3次元の処理に基本的になっていて、3次元空間のなかで対象が知覚されます。対象がおなじでも、周囲の空間がかわると対象の見え方がかわってしまいます。おなじものでも、周囲の状況によって大きく見えたり、ゆがんで見えたり、太く見えたりします。したがって対象とともに空間をとらえる能力がとても重要になってきます。本書をつかった錯視体験がこのことをおしてくれます。

わたしたちは小さいころから、集中することをとくに学校教育で強要されてきました。ひとつのことに意識を集中させることが美徳であるとかんがえられてきました。しかし集中があるなら分散もあっていいはずです。意識を集中させるとともに、意識を周辺に分散させる。これがまさに3次元空間の知覚になります。

ひとつの対象を見たら、同時に、それが存在する空間もしっかり見るようにします。対象だけでなく、空間にも心をくばるようにします。

具体的な技術としては、中心視野で対象を見て、周辺視野で空間を見ます。視野の中心でははっきりくっきり見えます。その周辺はぼやっとしていますが全体的に見えます。中心視野で対象をとらえているときに、周辺視野でその周囲の空間をとらえることができます。そのような視覚能力をわたしたちはそもそももっているのであり、それを再活性化させることが大事です。


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▼ 注:参考文献
『Newton 錯視と錯覚の科学 形と空間の錯視』(Kindle版)ニュートンプレス、2016年9月26日
※ この電子書籍は、2013年4月に発行された『錯視と錯覚の科学』(ニュートン別冊)の第3章を電子版にしたものです。 
※「形の錯視」は錯視の元祖ともいわれます。本書を見ていると、わたしたちがおもっている以上に、いたるところで日常的に錯視がおこっていることがわかります。