今日では、コンピューターとインターネットをつかったデータベースがあります。データベースのうえにたって探究をすすめることが可能です。
生誕 150 年記念企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」が国立科学博物館で開催されています(注)。

熊楠は、1867(慶応3)年、和歌山の商家にうまれました。おさないころから、さまざまな和漢の百科事典や本草書などの筆写に精をだしました。中学に進学してからは博物学をまなびました。

ステレオ写真はいずれも平行法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -



IMG_1966_7
『本草綱目』(上)、本草綱目抜書(下)
『本草綱目』は、16世紀末に中国で刊行された本草書であり、薬物(動植物や鉱物など)を体系的にまとめて紹介した解説書です。熊楠は、興味のある事項を『本草綱目』から筆写しました。この筆写ノートづくりは、のちの「ロンドン抜書」や「田辺抜書」などに発展します。



中学卒業後の1884年、熊楠(17歳)は、東京帝国大学予備門に進学しますが、ドロップアウト、郷里にかえります。

その後1886年、「商売の勉強のため」と父親を説得し、アメリカにわたります。当初は、サンフランシスコのビジネススクールに入学しますが退学、ランシングのミシガン州立農学校に入学します。しかしここも退学し、学園都市アナーバーにうつり、学校にはかよわずに標本採集などをおこないます。



IMG_1976_7
アメリカ時代に書かれた植物のメモ帳



IMG_1980_1
熊楠採集菌類標本帳
熊楠自身が採集したり、人からもらったりした標本をはりつけて整理したものです。



1892年、熊楠(25歳)は、英国ロンドンにわたります。大英博物館図書室などで書籍をよみあさります。書籍からノートに抜き書きした「ロンドン抜書」は 52 冊、1万ページ以上になりました。また雑誌『ネイチャー』などに論文を発表しました。



IMG_2005_6
ロンドン抜書
大英博物館、ロンドン自然史博物館、ヴィクトリア&アルバート博物館などが所蔵するさまざまな本から抜き書きをしたノート。


 
しかし1892年に父が死去、1899年からは仕送りがとまったこともあり、1900年に帰国します。 

帰国後しばらくして、紀伊半島南部の那智にすんで採集にあけくれます。論文も執筆・投稿しましたがつぎつぎに不採択となりました。

1904年、紀伊田辺にうつります。隠花植物の採集をし、とくにキノコの標本をたくさんあつめました。『変形菌目録』(1908年)を出版、時の摂政宮(後の昭和天皇)に円形菌類の標本を献上しました。1929(昭和4)年には昭和天皇に御進講をしました。



IMG_2019_20
変形菌類の進献標本
1926年、熊楠が選定した90点の標本を昭和天皇(当時は摂政宮)に献上しました。



また神社合祀に反対し、鎮守の森をまもる運動もおこないました。1935(昭和10)年には、神島が、文部省より天然記念物に指定されました。

1941(昭和16)年12月29日、永眠、74歳でした。デスマスクがつくられ、また本人の希望によって大阪大学医学部に脳が保存されました。その後、MRI(磁気共鳴診断装置)の検査によって右側頭葉の海馬に萎縮があることがわかり、「側頭葉てんかん」の患者であったと推測されました。海馬は、学習や記憶とかかわりがふかい場所です。実際、はげしい頭痛やてんかんの発作になやまされていたという記録があり、心身の異常もあったのではないかとかんがえられています。




熊楠は、本一冊をおもいおこしてまるごと書きだすことができました。尋常ではない驚異的な記憶力をうまれつきもっていたようです。しかし一方で数学は不得意であり、東京帝国大学予備門も代数で落第、ドロップアウトしました。熊楠は奇人変人とみなされましたが、あたらしい時代をきりひらく天才はみな奇人変人であることを理解しなければなりません。古今東西をとわず天才とは普通の人ではありません。

熊楠は、博覧強記であるとともに異常な語学力ももっていました。19ヵ国語もの言語をつかいこなすことができました。

こうして熊楠は、当時の普通の人々がもちえない巨大な “データベース” を構築したといってよいでしょう。このデータベースのうえにたって菌類の研究もすすめることができました。

今日では、コンピューターとインターネットをつかったデータベースがあります。データベースを利用して探究をすすめることができます。熊楠の方法は、データベースのうえにたって探究をすすめる最初の事例として参考にすることができます。


▼ 関連記事
総合的方法を実践する - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(1)-
データベースのうえにたって探究をすすめる - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(2)-
フィールドワークを実践する - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(3)-
ファイルをつくる - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(4)-
エコロジー運動をすすめる - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(5)-
ファイルを構造化する - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(6)-
フィールドワークからフィールドサイエンスへ - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(7)-
南方熊楠の情報処理 - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(8)-
問題解決を実践する - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(まとめ)-
フィールドワークを実践する - 中沢新一著『熊楠の星の時間』-
野生への扉をひらく -「野生展:飼いならされない感覚と思考」-

▼ 注
南方熊楠生誕150周年記念企画展「南方熊楠-100年早かった智の人-」
場所:国立科学博物館・企画展示室(日本館1階)
会期:2017年12月19日~2018年3月4日