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関流算術免許皆伝書(上)と関孝和の著作『発微算法』(下)
(交差法で立体視ができます)
「読み、書き、そろばん」は情報処理の訓練になっていました。
国立科学博物館・地球館2階には「科学と技術の歩み、江戸時代の科学技術」の展示があります(注)。

江戸時代の日本には寺子屋が発達し、「読み、書き、そろばん」を庶民でもまなべる社会がうまれていました。

日本の数学「和算」も、学問や商業などの実用の技(わざ)として、学者や武士だけでなく庶民にまでひろがりました。学者らのなかには流派がうまれ、知識をきそいあい、西洋の数学に匹敵する高度な学問体系が創造されました。とくに江戸初期の数学者で関流和算の開祖・関孝和(1640年ごろ〜1708年)は、筆記和算の考案をはじめとする数多くの業績をあげ、和算の基礎をつくりま、また多くの後継者をそだてました。

「読み、書き、そろばん」を、今日の情報処理の観点からとらえなおすと、「インプット、アウトプット、プロセシング」ということになるでしょう。「そろばん」とは計算をすることであり、プロセッシングに位置づけられます。したがって順序的には、「読み、そろばん(計算)、書き」ということになります。

昔は、そろばんや暗算ができる人は計算だけでなく、物事の理解がはやかったり、考察ができたり、アイデアをだしたりすることもできました。つまり情報の処理能力がたかかった(“頭の回転”がはやかった)わけです。そろばんは計算能力をたかめるだけでなく、プロセシング能力全般をたかめる訓練になっていました。

今日では計算は、コンピューターがおもにおこないますが、人間のプロセシング能力をたかめるためには、やはり、計算練習が必要です。小さいときから計算練習あるいは算数・数学を勉強すれば、プロセシング能力は確実に高まり、その能力は、理科系・文科系をとわず、あらゆる分野でいかしていくことができます。

また「読み」とは本を読むことであり、情報をとりいれること、「書き」とは作文をしたり、絵や図をえがいたりすることであることはいうまでもありません。

「読み、書き、そろばん」が江戸時代に普及していたということは、用語こそちがいますが、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の教育が当時からおこなわれていたということであり、古今東西をとわず、情報処理の訓練は学習の基本であるといえるでしょう。


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