時系列的な出来事を一連の画像として一望すると、短時間で物事が理解できます。
東京都千代田区にある出光美術館で「祈りのかたち -仏教美術入門-」展が開催されています(注)。出光コレクションのなかから仏画を中心とする代表的な仏教美術作品を厳選・展示し、仏教美術を概観するという企画です。

なかでも、密教の正系をつたえたインド・中国・日本の八人の祖師の事績をえがいた八幅からなる「真言八祖行状図(しんごんはっそぎょうじょうず)」は必見です。これらの絵図がかつて、どのように配置されていたのか謎でしたが、今回、あらたな資料にもとづいて当時の空間配置を復元することに成功しました。

パズルあわせのようにそれぞれがつながって、密教の八代記が流麗な絵図として一望でき、同時に、金剛界(こんごうかい)と胎蔵界(たいぞうかい)へみちびかれる仕組みになっていました。

密教の八代記のような歴史を理解するときは、通常は、ふるい方から順をおって資料を読んでいくのですが、ここでは、本来は時系列的な出来事が一連の画像として一望できるようになっているので、これを目で見ることによって、かなり短時間で密教の歴史を知ることができます。時間を空間化するともいえるすぐれた手法がここにはあります。あるいは圧縮表現の例とみなしてもよいでしょう。曼荼羅に通じる方法でもあります。




「真言八祖行状図」は、内山永久寺(現在の奈良県天理市)の真言堂にもともとはつたわっていたものですが、明治初年の廃仏毀釈によって寺が廃絶した際に流失しました。同時に、どのような空間配置だったのかもわからなくなりました。

八幅のそれぞれには、以下の八人の祖師の事績がえがかれています。

  1. 龍猛:南インドうまれ。大日如来の化身である金剛薩埵から『金剛頂経』をさずかったといわれる密教の祖です。
  2. 龍智:龍猛から密経を伝授された高弟です。
  3. 金剛智:南インドうまれ。龍智から密教をまなんだのち唐へわたり、『金剛頂経』をつたえました。
  4. 不空:南インド出身。金剛智の弟子となり、また龍智に師事し、『金剛頂経』ならびに『大日経』を伝授されました。唐で、玄宗につかえました。
  5. 善無畏:中インドのマガダ国の王でしたが、王位をすてて仏道にはいり、龍智の弟子になりました。『大日経』を唐にもたらしました。
  6. 一行:中国うまれ。金剛智に師事して『金剛頂経』をまなび、善無畏に師事して『大日経』を翻訳しました。
  7. 恵果:中国うまれ。不空に師事、金剛界・胎蔵界両部の密教をうけつぎました。
  8. 空海:日本から唐にわたって恵果に師事、日本に密教をつたえました。

今回の展示をみていて、伝統のなかから人材がでてくるということがよくわかりました。何事もその種は、その前の段階に胚胎されています。

本展では、「両界曼荼羅」も展示されています。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせて両界曼荼羅といい、胎蔵界曼荼羅は善無畏訳の『大日経』を、金剛界曼荼羅は金剛智訳の『金剛頂経』を絵画的に表現したもので、ふたつの曼荼羅は本来は別々に成立したものでしたが一対の絵としてくみあわされ、密教の世界観を簡潔にあらわすものとなりました。

胎蔵界曼荼羅は世界(宇宙)の空間的側面を、金剛界曼荼羅はその時間的側面を強調してあらわしているとみることもできるでしょう。

▼ 関連記事
宇宙をイメージする - 宇宙と芸術展 -

▼ 注
出光美術館

▼ 参考文献
『祈りのかたち -仏教美術入門-』展(図録)出光美術館、2017年7月20日