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写真1 アンチンボルド展(国立西洋美術館)
(平行法で立体視ができます)
自然の要素、擬人化、生命の全体的ないとなみといった階層構造をみることができます。
東京・上野の国立西洋美術館でアンチンボルド展が開催されています。ジュゼッペ=アルチンボルド(1526-1593年)はイタリア・ミラノ生まれの画家であり、果物や野菜、魚や書物といったモチーフをおもいがけないかたちでくみあわせた寓意的な肖像画の数々をのこしたことで知られています。

アンチンボルドの絵は一見して、グロテスクで気持ちわるいと感じることがあるかもしれませんが、よくよく見てみると深遠な意味がよみとれ、絵解き謎解きのたのしさを味わうことができます。

目玉は中央展示室、《春》《夏》《秋》《冬》からなる連作『四季』と、これらとセットになった《空気》《火》《土》《水》からなる連作『四大元素』です。中央展示室の模式図を図1にしめします。

アンチンボルド
図1 中央展示室の模式図


ここでは、ちかくで見る、ややはなれて見る、全体を見わたすという3段階の見方をすることにおのずとなります。

 (1)ちかくで見る
 (2)ややはなれて見る
 (3)全体を見わたす



たとえば《春》をちかくで見ると、80種もの花々が克明にえがかれていることがわかります。しかしややはなれて見ると、わかい人間(女性?)の姿がうかびあがってきます。(写真1ですと右側の絵が《春》です。)同様に《夏》をちかくで見ると、トウモロコシやナス、サクランボやモモなど、たくさんの野菜や果物がえがかれていることがわかります。しかしややはなれて見ると人間の姿がうかびあがってきます。(写真1ですと左側の絵が《夏》です。)同様に《秋》をちかくで見ると、キノコやカキ・ブドウ、紅葉した葉、木材など、みのりの秋を連想させるものがえがかれています。しかしややはなれて見ると熟年の男性像が見えます。同様に《冬》をちかくでみると、かれた木、わずかにのこった葉、しおれたレモンなどがえがかれています。しかしややはなれて見ると老人の姿が見えます。

そして今度は、《春》《夏》《秋》《冬》のすべて(展示室の全体)をみわたすと、一年間の自然のうつりかわりと、青年から老人までの人間の一生がわかるという仕組みです。

それぞれの季節のいろいろな要素を集合させて人間をかたちづくっているということは、人間に擬人化して、それぞれの季節を統合し表現しているということです(注3)。それにしてもよく人間がえがけたとおもいます。これは普通ではありません。

このような見方には階層構造があることに気がつきます。そもそも自然や生命には階層構造があります(注2)。


 (1)要素(草、花、木、野菜、果物など)
 (2)季節、人間
 (3)一年、一生



中央展示室にいくと誰もが、階層的な見方がおのずとできてしまいます。イメージ(心象法)の訓練にもなります。非常にすぐれた仕組みがここにはあります。




さらに連作『四季』は連作『四大元素』とセットになっています。《春》と《大気》、《夏》と《火》、《秋》と《大地》、《冬》と《水》がそれぞれセットになっています。たとえば《水》では、62種類もの魚類や海獣が統合されて人間がかたちづくられています。《春》と《大気》ではさわやかな春風が、《夏》と《火》ではつよい熱が、《秋》と《大地》では母なる大地が、《冬》と《水》では冷たい世界が連想されます。

こうしてそれぞれのセットなかで共鳴が生じるだけでなく、階層をこえて大きな共鳴が生じ、自然の認識をいっそう強烈なものにしていきます。絵画と展示室がするどい記憶となって心のなかにのこります。




アンチンボルドの絵画には、当時、博物学が急激に発展していたいう時代背景がありました。自然の要素のリアルな描写はきわめて博物学的といえます。

しかし博物学や博物館でも、個々の自然の要素をただならべただけでは、それらが何を意味しているのかわからず、見る者に対してメッセージもつたわりません。いろいろな要素は統合して表現されなければならないのです。表現とはアウトプットといいかえてもよいでしょう。アンチンボルドは人間に統合してアウトプットしました。だから見る者につたわるのです。

アウトプットには統合が必要であり、アウトプットの本質は情報を統合することであることもおしえてくれています。おもしろい展覧会でした。


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▼ 注1
アンチンボルド展(国立西洋美術館)
アンチンボルド展(特設サイト)

▼ 注2
自然の全体から見れば季節は部分になります。

▼ 注3
擬人化ではないですが、自然のいろいろな要素や側面を神格化して表現・象徴する方法は、いわゆる高等宗教が生まれる前の多神教においてひろくおこなわれていました。そこであらわされた自然の神々は人間によく似ていました。