ひとつひとつの作品を味わうとともに、作品群がつくりだす美術館の共鳴空間を体験することも大事です。
赤須孝之著『伊藤若冲製動植綵絵研究』は、若冲がのこしたメッセージを科学者が解きあかしたという点で画期的といえるでしょう。若冲ファン必見の書です。




2016年春に、東京都美術館で開催された「生誕300年記念 若冲」展は、開催期間が31日間と短期間であったにもかかわらず、45万人ちかい来館者をあつめる大盛況となりました。『動植綵絵』30幅が、『釈迦三尊像』大幅3幅とともに一挙公開されたことがこの「狂乱」をうみだす要因になりました。

全33幅を同時に見られるという体験が重要でした。東京都美術館の第2層(1階)のギャラリーには、生命力がみなぎる大空間がひろがっていました。個々の作品が単独で存在するのとはちがい、相互にかかわりあいながら共鳴空間をつくっていたのです。

若冲の画を一枚一枚じっくり味わうことも大切です。しかし全33幅がつくりだす全体的な空間(構造)も同等に大事です。一枚一枚を見ることは要素の認識、全体を見ることは空間の認識といえます。要素認識は分析、空間認識は大観といってもよいでしょう。たとえば個々の動植物を分析すると同時に、生態系も認識しなければなりません。

したがって画集や図録で作品を見るのもいいですが、一方で、美術館にいって美術館の空間のなかで絵画をたのしむことには大きな意義があるのです。実際にいけば、空間認識(大観)はおのずとできてしまいます。

あるいは美術館にまではいけない場合であっても、画集や図録をみながら、美術館のなかをあるいているような気分になることが大事です。最後のページまでを一気に見てしまい全体像をつかむことが重要です。実は、速読法とはこのような効果をうみだす方法でもあるのです。




『動植綵絵』は宮内庁が現在は管理しています。1971年には、東京国立博物館で「若冲」特別展が開催されました。しかし『動植綵絵』全30幅を一挙に展示することは許可されず、前後期15幅ずつと制限されてしまいました。要素しか見えていない役人の仕業でした。大観の原理からいって、全部を一挙に展示しなければ意味がありません。若冲のメッセージがわかりません。

しかし時代はかわってきました。宮内庁のメンバーもかわりました。そして「生誕300年記念 若冲」展となりました。しかし開催期間がみじかすぎたのではないでしょうか。「狂乱」若冲展になってしまいました。もっとゆったりと観賞できるようにしたほうがよいでしょう。宮内庁三の丸尚蔵館は総床面積を3倍に増築・改修するそうで、2022年度に完成予定だそうです。「若冲」展を是非また開催してもらいたいとおもいます。




赤須孝之著『伊藤若冲製動植綵絵研究』をよめばわかるように、若冲が生きた江戸時代は、博物学・医学・測量学、その他の科学が日本でも発展した時代でもあり、このような時代的背景が知の巨人・若冲を生みだしたとみることもできます。寺子屋での教育や「読み書きそろばん」教育などがおこなわれ、日本の教育水準は世界的にみてもかなり高かったのであり、そのことが江戸時代の学問の発展に大きく寄与しました。

ちょんまげのおくれた時代という認識はあらためなければなりません。むしろ近代日本の基礎は江戸時代にきずかれたとかんがえた方がよいでしょう。

赤須孝之著『伊藤若冲製動植綵絵研究』はとても興味ぶかい本であり、おつたえしたいことはまだまだあるのですが、今回はこのくらいにしておきます。本書をとおして、若冲ファンがひとりでもふえることをねがっています。


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▼ 参考文献
赤須孝之著『伊藤若冲製動植綵絵研究 -描かれた形態の相似性と非合同性について-』誠文堂新光社、2017年1月11日