天才が生まれた環境や背景・時代・場所をとらえると、創造性とは何かという問題をかんがえるときのヒントがえられるかもしれません。
『ナショナル ジオグラフィック 2017.5号』の特集「天才 その条件を探る」では、並外れた知性や才能をもって生まれ、世界を変えた人たちの驚異的な頭脳の秘密に、さまざまな研究結果をもとにせまっています。



 
業績の内容から幅広い影響まで、万能の天才の名にふさわしい人物がいるとすれば、それはレオナルド・ダ・ヴィンチだろう。1452年、現在のイタリアのトスカーナ地方で生まれ、貧しい出自にもかかわらず、その知性と芸術的才能は途方もない高みに達した。美術における洞察力、人体解剖の専門知識、技術者としての先見の明など、彼ほど幅広い分野で才能を発揮した人物はほかにいない。


現在、国際的な研究チームが「レオナルド・プロジェクト」をすすめ、レオナルドの DNA 解析をしようとしています。彼が、凡人よりも遺伝的に優位にあったのかどうかをしらべようとしているのです。

レオナルドは10代で、フィレンツェのアンドレア=デル=ベロッキオの工房に弟子入りし、天才への道をあゆみはじめました。レオナルドはよき指導者にめぐまれたのでした。

またそのころのイタリアはルネッサンス期であり、フィレンツェはその中心地でした。レオナルドは時代と場所にもめぐまれました。フィレンツェでは、ミケランジェロやラファエロらの偉大な芸術家たちがしのぎをけずって創作活動をしており、レオナルドはこれらの天才たちから創造の刺激もうけることもできました。

このようにレオナルドは、遺伝的な優位があったかどうかは別にして、指導者・時代・場所・周囲の人々にめぐまれたのでした。

心理学者のシモントンは、2026人の科学者と772人の芸術家の人間関係をしらべて、孤高の天才はいないことをあきらかにしました。天才たちにはネットワークがあったのです。実際、ノーベル賞受賞者の関係者や系列・弟子からノーベル賞受賞者がまた生まれるという事実があります。

遺伝的に天才は優位にあったのかどうかという研究は遺伝子の研究によりすすめられていますがまだ解明されていません。しかし環境の影響が大きいことはあきらかです。とくに、わかいときにすぐれた指導者にめぐまれることが重要です。たとえば日本の歴史上の天才・空海にも恵果というすぐれた指導者がいました。よい指導者にであえず、自己流でやっていた人はけっきょく没落しました。

一方で、その分野や時代の転換期に天才が生まれるという傾向もあります。

古典物理学が完成して研究することがもうないといったときにアインシュタインがでてきて現代物理学の扉をひらきました。物理学者がいうには、アインシュタインがたとえいなかったとしても、現代物理学の道はひらかれただろうということです。その人がいなくてもほかの誰かがやるからです。科学には潮流があり、必然的に進歩しています。その人がやらなければほかの人(あるいは人たち)がやります。

「天才 その条件を探る」という課題についてかんがえるとき、天才の背後にあるもっと大きな潮流・歴史と創造の本質をとらえなければ意味がありません(注1、2)。世の中は今後どのように変わっていくのか?この問題の方が重要です。



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環境や背景・時代・場所をとらえる -「天才 その条件を探る」(ナショナル ジオグラフィック 2017.5号)-

▼ 注1
天才がもつ共通した能力に、関連性が一見なさそうに見えていた事柄をむすびつけてあたらしいものを生みだすというものがあります。これは創造性のあらわれひとつであり、直観的なひらめきがはたらいたなどといわれます。

また天才は、仮説をたてたり発明をしたりして、複雑なことを単純にします。しかし能力のひくい人は、機能をふやしたり精密化したりして単純なものを複雑にしてしまいます。あるいは単純・簡単なことをむずかしくおしえます。 

▼ 注2
ジャズピアニストのキース=ジャレットは創造性についてつぎのようにのべています。

自分の音楽がどう形づくられるかを説明するのは難しい、いや、不可能です。だが、いったん聴衆を前にすると、意識的に頭の中から音を締め出し、ただ無心に鍵盤に指を走らせる。脳の支持を完全に無視して、見えない力にすべてを委ねます。その力には感謝するのみです。

ミュンヘンでおこなったコンサートでは、演奏しているうちにピアノの高音域に自分が消え入ってしまうような感覚があったそうです。意識のコントロールから解放されてはじめて、創造的な芸術性が生じるというわけです。これは、言葉や論理などがはたらく表面意識からときはなたれて、無我無心の境地になったたときに、潜在意識が発動して創造性が発揮されることをしめしています。

▼ 参考文献
『ナショナルジオグラフィック 2017年5月号』日経ナショナルジオグラフィック社、2017年4月28日