ピルトダウン人の頭骨復元(中央)と頭骨片(周囲)
(交差法で立体視ができます)
思い込みで何事も判断しないようにすることが大事です。
国立科学博物館で開催されている「大英自然史博物館」展の第5展示室では、「これからの自然史博物館」と題して、自然を認識し、知識を発展させるために、また未来の扉をひらくためにはたしていくべき自然史博物館の役割について解説しています(注1)。
なかでもおもしろいのが100年ほど前に発見された「ピルトダウン人の頭骨」(写真)です。
これは、類人猿と人類をつなぐ化石(両者の中間段階の化石)であり、類人猿から人類への進化の証拠であるとかんがえられました。50万年ほどまえのものと推定し、イギリスの人類学者たちはこの化石に大きな意義をみいだしました。
19世紀から20世紀の初頭にかけて、人類の祖先とかんがえられる化石が世界各地でつぎつぎに発見されました。
1856年には、ネアンデルタール人がドイツで発見されました。1868には、クロマニョン人がフランスで発見されました。1891年には、ピテカントロプスがジャワで発見されました。イタリアやベルギー・クロアチアからもネアンデルタール人が発見されました。
こうしたなかでイギリスの人類学者はあせっていました。ダーウィンを生んだ国であるにもかかわらず、『種の起源』発表から半世紀以上たっても化石(証拠)は発見できていません。
しかし1912年、イギリスのそんな閉塞感が見事にうちやぶられました。大英博物館自然史部門の地質部長ウッドワードは、「アマチュア考古学者ドーソンが、イングランド・サセックス州ピルトダウンで化石人骨を発見した」と発表しました。これがピルトダウン人です。類人猿からヒトに進化したことをしめす決定的な証拠でした。イギリスの人類学者たちはよろこびをわかちあいました。
ところが、1953年、同館の研究員オークリーは、ピルトダウン人のフッ素分析の結果を発表しました。それは、下顎骨と頭蓋片がことなる個体に由来するというものでした。そして下顎骨はオランウータンのもので、頭蓋片は現代人のものであることがあきらかになりました。すなわちピルトダウン人は贋作だったのです。
これはおどろきました。すると約40年間にわたって人類学者は誰かにだまされていたということになります。
どうしてこんな事件がおこったのでしょうか?
このような贋作は、贋作者だけでつくりだせるものではなく、それを生みだすその時の背景があって、その全体的な状況のなかで贋作や捏造が生じてきます。人間は、物品だけでだまされるのではありません。要するに、イギリス人はみんなあせっていたのです。どんどん周囲が成果をあげていく。こっちも何とかしなければ。そしてその時の状況にぴったりした物がつくられる。すると・・・。
ある国のある研究所でおこったある細胞に関する事件も本質はおなじです。そこの研究所の人たちはみんなあせっていました。よその大学の方では大きな成果があがってしまっている。うちの研究所ではこんなに予算を投入しているのに・・・。
ピルトダウン事件は人類学者だけの問題ではありません。科学者であっても、あせりや思い込みがあると事実がみえなくなってしまうという教訓をのこしています。
今回の特別展のピルトダウン人は、人間社会において事件がおこっていくときのひとつの本質をおしえてくれています。もはや自然科学をこえています。このような人間の本質をしめすかのような展示・解説は通常の博物館ではありえません。ながい歴史をもち、またまじめな研究者がいた大英自然史博物館だからできたことでしょう。あらためてこの博物館に敬意をはらいたいとおもいます。
最近、DNA 鑑定もふくめたあらたな分析がおこなわれて、犯人は、アマチュア考古学者ドーソンだったのではないかという仮説がたてられています。
大英自然史博物館では、ピルトダウン人の標本の分析をいまでもつづけています。科学技術が進歩すればあたらしい分析方法も開発されます。贋作だとわかっても標本を廃棄せずに保管し再鑑定をつづけていく。これも、大英自然史博物館からおしえられた重要な教訓です。それによって事実がわかり、またあらたな発見があります。自然史の標本にかぎらずいえることです。
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▼ 注1大英自然史博物館展(国立科学博物館)
大英自然史博物館展(特設サイト)
公式動画
▼ 参考文献
国立科学博物館・読売新聞社編集『大英自然史博物館展 図録』読売新聞社発行、2017年
なかでもおもしろいのが100年ほど前に発見された「ピルトダウン人の頭骨」(写真)です。
これは、類人猿と人類をつなぐ化石(両者の中間段階の化石)であり、類人猿から人類への進化の証拠であるとかんがえられました。50万年ほどまえのものと推定し、イギリスの人類学者たちはこの化石に大きな意義をみいだしました。
19世紀から20世紀の初頭にかけて、人類の祖先とかんがえられる化石が世界各地でつぎつぎに発見されました。
1856年には、ネアンデルタール人がドイツで発見されました。1868には、クロマニョン人がフランスで発見されました。1891年には、ピテカントロプスがジャワで発見されました。イタリアやベルギー・クロアチアからもネアンデルタール人が発見されました。
こうしたなかでイギリスの人類学者はあせっていました。ダーウィンを生んだ国であるにもかかわらず、『種の起源』発表から半世紀以上たっても化石(証拠)は発見できていません。
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ところが、1953年、同館の研究員オークリーは、ピルトダウン人のフッ素分析の結果を発表しました。それは、下顎骨と頭蓋片がことなる個体に由来するというものでした。そして下顎骨はオランウータンのもので、頭蓋片は現代人のものであることがあきらかになりました。すなわちピルトダウン人は贋作だったのです。
これはおどろきました。すると約40年間にわたって人類学者は誰かにだまされていたということになります。
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どうしてこんな事件がおこったのでしょうか?
このような贋作は、贋作者だけでつくりだせるものではなく、それを生みだすその時の背景があって、その全体的な状況のなかで贋作や捏造が生じてきます。人間は、物品だけでだまされるのではありません。要するに、イギリス人はみんなあせっていたのです。どんどん周囲が成果をあげていく。こっちも何とかしなければ。そしてその時の状況にぴったりした物がつくられる。すると・・・。
ある国のある研究所でおこったある細胞に関する事件も本質はおなじです。そこの研究所の人たちはみんなあせっていました。よその大学の方では大きな成果があがってしまっている。うちの研究所ではこんなに予算を投入しているのに・・・。
ピルトダウン事件は人類学者だけの問題ではありません。科学者であっても、あせりや思い込みがあると事実がみえなくなってしまうという教訓をのこしています。
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最近、DNA 鑑定もふくめたあらたな分析がおこなわれて、犯人は、アマチュア考古学者ドーソンだったのではないかという仮説がたてられています。
大英自然史博物館では、ピルトダウン人の標本の分析をいまでもつづけています。科学技術が進歩すればあたらしい分析方法も開発されます。贋作だとわかっても標本を廃棄せずに保管し再鑑定をつづけていく。これも、大英自然史博物館からおしえられた重要な教訓です。それによって事実がわかり、またあらたな発見があります。自然史の標本にかぎらずいえることです。
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▼ 注1
大英自然史博物館展(特設サイト)
公式動画
▼ 参考文献
国立科学博物館・読売新聞社編集『大英自然史博物館展 図録』読売新聞社発行、2017年