自分自身の感性で宮沢賢治に接し、自分とのかかわりのなかで作品をたのしんでいくとよいです。そして賢治に共鳴できれば作品の味わいはいっそうふかまるでしょう。
今月の NHK「100分 de 名著」は「宮沢賢治スペシャル」を放送しています(注1)。指南役は山下聖美さんです。




賢治の特異な感性がはじけている作品の代表は「イーハトーボ農学校の春」でしょう。ここではもう共感覚が炸裂しています。春の光り輝く喜びが音として表され、実際に文中に楽譜が挿入されているのです。


賢治の特異な感性を理解するアプローチとして「共感覚」が注目されています。

たとえば目で見たものが聞こえたり、聞こえたことが目で見たように感じられたり、1つの刺激に2つ以上の器官が反応して感覚が混合してしまうのが共感覚です。幼少期だいたい3歳くらいまでは誰もがもっていた感覚であり、大人になってからも維持する人は芸術などにそれをいかす場合が多いそうです。


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前に私の自費で出した「春と修羅」も、亦それからあと只今まで書き付けてあるものも、これらはみんな到底詩ではありません。私がこれから、何とかして完成したいと思って居ります、或る心理学的な仕事の仕度に、正統な勉強の許されない間、境遇の許す限り、機会のある度毎に、いろいろな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象のスケッチでしかありません。(大正十四〈一九二五〉年二月九日 森佐一あて封書)


賢治は、「心象スケッチ」という創作方法をもちいていました。心象とはイメージのことであり、スケッチとはうかんできたイメージを文章にまとめることです。情報処理用語でいうならイメージとはプロセシング、文章にすることはアウトプットです。

こうして賢治は、共感覚などにもとずいて心象をえがき文章化をすすめていました。わたしなりにこれをモデル化(図式化)すると下図のようになります。

170326 宮沢賢治
図  賢治の情報処理




すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
(『春と修羅』の「序」)


ここでいう「四次」というのは四次元のことであり、「第四次延長」とは「四次元時空」をしめしているのでしょう。このような記述をみると、賢治は、アインシュタインの相対性理論を勉強していたにちがいないとおもえてきます。

賢治は理科系の人でした。物理学・化学・生物学・地質学などの最新の自然科学をよく理解していました。このことも大きく作品に反映されています。自然科学者が賢治をよみ研究すればいろいろなことがもっとわかってくるでしょう。




これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。
 
ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです。(童話集『注文の多い料理店』の「序」)


賢治は、自然の中をあるいて、自然からもらってきたものを書いただけなのだといっています。ここには自然との共鳴がありました。賢治は、高度な共鳴力の持ち主でもありました。感覚をこえて、自然とじかに共鳴し対話することができました。
 
ここまでくると、情報のインプットといっためんどくさいことはもう必要ありません。ひたすら共鳴すればいい。そして直観すればいい。それだけです。

今回の指南役の山下聖美さんはつぎのようにのべています。


賢治は、頭の中であらかじめ構成や意図を計算して物語を書いたのではなく、もっと大きなものに突き動かされるようにして作品を書いていたのでしょう。
 

学術的にいえば、潜在意識から自然にうかんできたものを表面意識でキャッチしてアウトプットしたということもできるでしょう。

しかしそのような理屈はともかく、自分自身の感性で賢治に接し、自分とのかかわりのなかで賢治の作品をたのしんでいくとよいです。美術作品を鑑賞するときとおなじです。そして賢治にもし共鳴できれば、作品の味わいもいっそうふかまるにちがいありません。
 
▼ 注1
NHK「100分 de 名著」:「宮沢賢治スペシャル」

▼ 参考文献
山下聖美著『100分 de 名著:宮沢賢治スペシャル』(NHKテキスト)NHK出版、2017年2月25日