「文明の生態史観」は、生態系モデルをつかって空間的に世界を大観する方法をおしえてくれます。文明の平行現象に気がつくことが重要です。
文明の生態史観」は、生態学に根差して世界史をとらえなおし、世界の見方を一変させた論文です(注1)。梅棹忠夫さん(国立民族学博物館初代館長)が1957年に発表しました。とくに、日本文明と西欧文明との平行現象をみいだして日本と西欧は対等であるとした見解は、欧米に対して劣等感をもって「日本は後進国である」といっていた多くの日本のインテリに衝撃をあたえました。

それから半世紀、「文明の生態史観」は今日ではどのようにとらえられているのでしょうか。梅棹忠夫編『文明の生態史観はいま』(中央公論新社)はその意義を検証し、日本文明の今後のすすむべき道を提示しています(注2)。





そもそもは生態学とは生物学の一分野であり、生物と環境のあいだの相互作用を研究する自然科学です。この生態学では、環境は生物に影響をあたえ、生物は環境に影響をあたえることに注目し、生物と環境はひとつの体系(システム)を形成しているとかんがえます。この体系は生態系とよばれます。

これを、わたしなりにモデル化(図式化)すると図1のようになります。環境から生物への影響・作用はインプット、生物から環境への影響・作用はアウトプットとよぶこともできます。影響・作用には、物質・エネルギー・情報のながれがふくまれます。

170322 生態系
図1 生態系のモデル


この生態系のなかの生物を人間におきかえ、そのモデルをつかって世界史をみなおすと生態学的な史観、「生態史観」ということになります。

ユーラシア大陸のそれぞれの地域の生態系をみると、それぞれに人間(民族)がいて、それぞれの環境(気候)に適応して彼らが生活していることがわかります。そして人間と環境との相互作用のなかからそれぞれの文明がうまれてきました




「文明の生態史観」は、それまでの一元的で時系列的な歴史の見方を否定し、並列的・空間的な見方に転換したところに大きな意義がありました。平行現象に気がつく背景には空間的な見方があったのです。これは、人工衛星から地球を大観するような方法でした(注3)。だからこそユーラシア大陸の模式図(幾何学モデル)がえがけたのです。

平行現象のほかの例としては、「遊牧革命と農耕革命の平行現象」もとりあげています。それまでの見方は、「狩猟社会→遊牧革命→農業革命」という時系列的な見方でしたが、それぞれの地域の環境(気候)によって遊牧革命あるいは農業革命が並行的におこったことをしめしました。




こうして「文明の生態史観」は、その後の文明学発展の基礎になりました。本書では、川勝平太さんの「文明の海洋史観」も紹介されています。「文明の生態史観」にもとづき、海の視点からそれを補完する内容になっています。

最後に、梅棹さんは、日本文明の21世紀のすすむべき道として「西太平洋島嶼国家連合」を提唱しています。日本、フィリピン、インドネシア、パプアニューギニア、ミクロネシア連邦、オーストラリア、ニュージーランドなど。

これらの国々と日本は連携すべきです。日本は海にもどるべきです。アジア文明ということではなくて、西太平洋島嶼にあらたな文明圏ができる可能性があるのです。

わたしもこの地域に注目しています。


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▼ 注1
「文明の生態史観」は、現在は、梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)などでよむことができます。
梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)中央公論新社、1998年1月18日 

▼ 注2
梅棹忠夫編『文明の生態史観はいま』(中公叢書)中央公論新社、2001年3月10日

▼ 注3
具体的には、「ケッペンの気候区分図をベースにして調査・研究をすすめていた」と梅棹忠夫さんはのべています。「文明の生態史観」が発表された当時は、人工衛星から地球を撮影した画像は手にはいらなかったおもいますが、今日では、Google アースをつかって、ケッペンの気候区分図にてらしあわせてその地域の衛星画像をみることができます。衛星画像が手にはいらなかった時代に、大観するように地球をイメージできたところに、梅棹忠夫さんの情報処理能力の高さがうかがえます。能力の高い人には共通して、上空から大観することができるという特徴があります。