上空から鉄道をみると一枚の絵のようにそのエリア全体が見えます。線的だった認識が空間的な理解に一気にかわります。

吉永陽一(著・写真)『空鉄(そらてつ)-鉄道鳥瞰物語-』(講談社)は、空撮でせまるめずらしい鉄道写真集です。全国 51ヵ所の写真が掲載されていて、大地にきざまれた「線」の造形美を堪能することができます。



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わたしたちは列車にのっているときは車窓から外をながめます。そのときは順をおって風景がつぎつぎに見えてきます。しかし本書をとおして上空から見ると一瞬にしてそのエリアの全体を見ることができます。

たとえば箱根登山鉄道の「スイッチバック構造」。「あ、こういう構造になっていたのか」とすぐにわかります。列車にのっていたときは周囲の崖だけが見えて、行ったりもどったりしているという線的な認識でしたが、上空から見ると、そばの川と線路と斜面の配置がよくわかり、急斜面をたくみにのぼっていく山岳鉄道の様子が手にとるようにわかります。

箱根登山鉄道は日本が世界にほこる山岳鉄道です。起点の小田原駅の標高は 14m ですが終点の強羅駅では 541m 、最大勾配は 80パーミル(1000分の80)にもなります。1000分の80 の勾配というのは、1m はしる間に 80mm の高さをのぼる勾配のことであり、12.5m すすむだけで1m ものぼってしまうことになります。このような急勾配を車輪の力だけでのぼるのは日本では箱根登山電車だけです。

あるいは「日暮里駅」。京成スカイライナーで成田空港にいくときに利用します。幾多の路線がせまい空間で交差し、四方へ分散していく様子がよくわかります。




鉄道(線路)は線的な存在です。したがってわたしたちが鉄道で移動するときには世界を線的に見ることになります。それは、いいかえれば時間的に見るということです。つぎからつぎへと視界は変化してきます。

しかし上空にまいあがると見え方は一気に変わります。こんどは空間的に見えます。本来は線的・時間的だったものを空間的にとらえなおすことができるのです。このことによっておこる心的変化はおもっていた以上に大きいです。

わたしたちは地上にいるかぎり、日常を、線的・時間的な流れであると感じます。しかしもし上空にまいあがることができれば、日常から常識から脱出できるかもしれません。

さらに上空からの空間のなかで、線路をはしる列車をとらえるように、時間の流れもとらえることができれば、「4次元時空」ともいえる世界がイメージできるかもしれません。

鉄道ファンでしたら、本書『空鉄』と時刻表とをてらしあわせて、そのようなイメージをすぐにえがいてしまうでしょう。

空鉄には、想像以上に重要な方法論が潜在しているとおもいます。単なる「撮り鉄」の本ではありません。鉄道ファンのみならず一般の方々にもおすすめできる良書です。


▼ 引用文献
吉永 陽一(著・写真)『空鉄 鉄道鳥瞰物語』講談社、2012年10月10日

▼ 関連書
吉永陽一著『空鉄今昔 昭和から平成へ 空から見る鉄道変遷』講談社
吉永陽一著『もっと 空鉄 鳥瞰鉄道探訪記』講談社