161006 感覚
図1 感覚器官でインプットし、プロセシングにより認知する

感覚器官はセンサー、脳はプロセッサーです。色や音・匂い・甘さ・暑さなどは人の情報処理の結果として生じます。わたたち人間は、情報処理の結果として世界を認知しています。適切なインプットとプロセシングをすすめ、情報処理のエラーをおこさないことが大切です。

わたしたち人間(ヒト)は、見る(視覚)・聞く(聴覚)・かぐ(臭覚)・味わう(味覚)・ふれる(皮膚感覚)といった感覚によって周囲の環境を認知しています。

『感覚 - 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)はこのような感覚のしくみについてわかりやすく解説しています。




眼・耳・鼻・舌・皮膚などは人体にそなわったセンサーです。このようなセンサーでうけとった情報はニューロン(神経細胞)を介して脳につたわり処理されて知覚されます。つまり感覚器官はセンサー、脳はプロセッサーです。情報のインプットと情報のプロセシングの2つの場面があることに気がつくことが大切です(図1)。

そしてプロセシングの基本原理は並列原理であり、プロセシングでは並列処理をすすめるようにします。そのためには空間を活用します。


 
 
視覚では、外界(環境)から眼にはいってきた光(光子)が網膜にあつまります。網膜の視細胞の密度は中心部は高密度、周辺部は低密度になっているため、こまかいものは視野の中央部で見ることになります。中心視野は高画質、周辺視野は低画質ということです。

中心視野は高画質であるため特定の対象を見るために適しています。他方の周辺視野は、対象がおかれている部屋や空間あるいは風景などを見るためにつかわれます。中心視野で要素をとらえ、周辺視野で全体をとらえるということです。わたしたちは中心視野をつかいがちですが、周辺視野をもっとつかう努力をしなければなりません。立体視訓練のときにもいえることです。周辺視野をつかっていると眼のつかれがいちじるしく軽減されるという効能もあります。

眼の網膜でうけた情報は脳におくられて並列処理されます。色と形を処理するルートでは見ている物が何かを認知します。また位置を処理するルートでは見ている物がどこにあるのか、奥行き、動きとその方向などを認知し、これらの情報は、とるべき行動を判断するためにつかわれます。

このように、色や形・奥行き・動きなどは脳で生じていることに注意してください。

わたしは本ブログで、ステレオ写真による立体視訓練をしばしばとりあげています。2枚の写真がインプットされると、プロセシングにより立体画像(3Dイメージ)が生じます。この立体画像が生まれる仕組みは、通常の視覚系の情報処理の仕組みと何らちがいはありません。

ステレオ写真を立体視するとたしかに立体的(3D)に見えます。しかしその3Dは外界に存在するのではなく、見る人の意識のなかに存在しています(外界には、2枚の2D写真が存在しているのですから)。ここで意識とは情報処理の場といってもよいでしょう。意識のなか(情報処理の場)に3Dが生じるということも重要な知見です。




聴覚においては、外界の空気振動が耳で電気信号になり、それが脳で処理されて音が生じます。音は脳で生まれるのです。同様に、空気中をただよう微量の分子が鼻でとらえられ、脳で処理されて匂いが生じます。食べ物の分子が舌でとらえられ、おいしさが脳で生じます。さわりごこちも脳で生じます。




このように私たちは現実にあるものをそのまま見ているのではなく、感覚器官からの信号をもとに脳がつくりだしたイメージを見ているのです。

体の外の物理的な世界には、電磁波や空気波・分子運動・温度などの物理現象(物理量)が実際にはあるのであり、色や音・匂い・甘さ・暑さなどが存在しているわけではありません。色や音・匂い・甘さ・暑さなどは人の内面の情報処理の結果として生じるのです。したがってわたしたち人間が感覚で認知している世界は人間独自の「感覚世界」とよんでもよいでしょう。

このような感覚世界においては情報のインプットも大切ですが、プロセシングはもっと重要になってきます。プロセシングの仕方によって物事がちがって認知されてしまうからです。

たとえばミカンジュースを紫色に着色して「ブドウジュースですよ」といって飲ませる実験をした人がいました。すると多くの人々がブドウジュースを飲んだとおもったそうです。この実験からつぎの2点がうかがわれます。

  • 人は、複数の感覚ルートを組みあわせてプロセシングをすすめている。
  • 記憶・経験・おもいこみがプロセシングに大きな影響をあたえる。

この実験の例では、視覚と味覚が組みあわさってプロセシングがすすんで判断がくだされていることがわわります。そしてこのプロセシングには、「ブドウジュースは紫色をしている」という記憶や経験あるいはおもいこみが大きく作用しています。こうして「情報処理のエラー」がおこったのです。

あるいはわたしはかつて、ある観察事実をある年配の人にのべたら、「そんなはずはない!」ときびしくしかられたことがありました。

人間は、年齢をかさねるにつれて経験や記憶が増大していきます。するとおもいこみも増えてきて、素直なインプットとプロセシングができなくなってきます。こうして「情報処理のエラー」がおこってしまうのです。人間とは主観的な存在です。

情報処理のエラーをおこさないためには、固定観念にとらわれない素直なインプットとプロセシングが必要です。「己をむなしくする」といった意識が必要でしょう。


▼ 記事リンク
感覚は脳で知覚される -『感覚 - 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)(1)-
プロセシングでは並列処理をする -『感覚 - 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)(2)-

眼はセンサー、脳はプロセッサー - 「視覚のしくみ」 (Newton 2015年 11 月号) -
眼はセンサー、脳はプロセッサー - 「色覚のしくみ」(Newton 2015年 12 月号)-
耳はセンサー、脳はプロセッサー - 聴覚のしくみ(Newton 2016年2月号)-
耳はセンサー、脳はプロセッサー - 平衡感覚のしくみ(Newton 2016年2月号)-
臭覚系の情報処理の仕組みを知る -『Newton』2016年1月号 -
おいしさが大脳で認識される仕組みを知る -『Newton』2016年1月号 -
皮膚はセンサー、脳はプロセッサー -「皮膚感覚のしくみ」(Newton 2016年3月号)-
感覚器をつかって情報をインプットする 〜 岩堀修明著『図解・感覚器の進化』〜

▼ 文献
『感覚 - 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)ニュートンプレス、2016年3月25日
※ 本書は、『Newton』(2015.11-2016.3)に連載された「シリーズ:感覚のしくみ」を再編集したものです。